36 私はマリア。ただのマリアよ
前の35話はこの話から半年以上経っています。どうしてもこの話を最後に持ってきたかったので、未来の話を間に入れてしまいました。この話は34話でヘザーがダニエルたちと面会した話の続きです。
私はマリア。
もう小柴真理愛じゃないわよ。ただのマリアになったの。
そして皆さんご注目!とうとう……とうとう念願の肉体を手に入れたの!やったぜイエーーーーッッ。
あの陰険女ヘザーの肉体ってのが気に入らないけど。でもこのマリアちゃんの内側から滲み出る聖女オーラで清らかな美少女にジョブチェンジなのだ。
「面倒なことをご苦労だったわね、マリア」
ヴァイオレットから荷物を受け取り、私は大きく伸びをする。
「本当よっ。あいつら全然反省していないの。未だにアデラを逆恨みしてるなんて……生まれつき頭のネジが飛んでたのね」
私はフンスっ、と鼻息を荒くしながらヘザーのピンクの髪を後ろで高く結んだ。
ダニエルたちの身を奴隷に落としたものの、私とヴァイオレット、そしてウィリアルドは決して安心できなかった。あのクソ親父どもは決して反省しない、そしていつかアリシアとなったアデラを見つけ出して復讐しに来るかもしれないという不安がどうしても消えなかった。最初のあの調子じゃあ的はずれな懸念じゃなかったはずだ。
だから断罪から二年後、私達は手を打つことにした。ちょうどアリシアは出産を終え、産褥の危険な状況を脱したばかり。彼女が床上げしないうちに決着をつけようと私とヴァイオレットで動いた。
断崖の修道院はギド修道院といい、ケンブリッジ王国の闇の部分の一つらしい。……私は知ってたよ?「ラピスラズリの王冠」で攻略失敗すると悪役令嬢カーリーにこの修道院に送り込まれるルートがあるんだもん。このギド修道院はケンブリッジ国内はもちろん、他国で問題を起こしながらも表向きは処罰できない問題児たちを収容する施設でもある。ヴァイオレットよりも前の時代に生きた魔導士が建設に携わり、常人には決して行き来できない孤城となっている。私も行き来する時に周辺を確認したけど、丸三日無休でボルダリングできる超人でもいないと登ることも降りることもできないやつだった。
私たちは事前に話し合い、一度ばらばらにしたダニエルたちを集めてギド修道院に送りこむことに決めた。さらに彼らの復讐心を折るためにアデラがお産で死んだという話をしたのだ。ライラのことがあったので、彼らにとってアデラの産褥死は信ぴょう性があったことだろう。実際アリシアは死にかけていたわけだし。
「アデラが『お産で死んだ』っていうのがかなり堪えたみたいよ。三人とも抜け殻みたいになってたわ」
病死した、事故死したならば彼らは疑い、アデラを探すことを諦めなかったかもしれない。だがあいつらにとって常に悪者だったアデラが、被害者であるはずのライラと同じ死を迎えたという事実は矛盾と葛藤を生んだようだ。ああまでしないと自分たちの過ちに気づかなかったというのはどうかと思うけど。
……アデラ、あなた本当に生まれる家を間違えたわよ。
「ことと次第によっては管理人に毒を頼もうとしたけど、必要ないかしら」
「大丈夫だと思うわ」
あの抜け殻ぶりなら万一ということはないだろう。きっと死んだように生きるか、あるいは……。まっ、私にはもう関係ないことだ。悪は滅びる!これでいいのよ。
「マリア、本当にリロ王国に行くの?」
「ええ、もう決めてるもの。この国にはヴァイオレットがいるしね」
ヴァイオレットがプレゼントしてくれた真新しい革靴の紐を締める。ピンク色でとってもかわいい!
ヴァイオレットは結局、ウィリアルドの父であるゴロードさんの下に戻った。ヴィオーラ・ライダーとしてではなく、ただの平民のヴァイオレットとして彼の傍にいることを選択したのだ。
いやー、愛ですねぇ。あの金の亡者ヴァイオレットもとうとう年貢の納め時が来たようだ。二人の間にどんな話し合いがあったかは知らないけど、多分ヴァイオレットはもう延命せずにゴロードさんと運命を共にするんじゃないかな。そしてアリシアのことをウィリアルドと共に守ってくれるだろう。だからマリアちゃんは安心して旅立つのだ。
「いつでも帰ってきなさい。ヘザー・エルスマンはもう死んだことになっているのだから、平民として暮らす分には何の問題もないのよ」
「ヘザーも最後はちょっとかわいそうだったわね。一生寝たままなのかしら」
「……おそらくそうでしょうね」
魔女カーリーを皆で倒した二年前。王子無双をしていた私は名残惜しく感じつつもブライアンの体を持ち主に返し、またアデックマ生活に戻っていた。だが一ヶ月も経たないうちに、ヴァイオレットがヘザーを連れてきて、彼女の身体を使えと言うのだから驚いたものだ。
なんとヘザーは完全に気が狂っていた。
目の前で駆け落ち相手のミーノスを殺され、カーリーに魔力を吸われ、隣には死体が転がり相当恐ろしい思いをしたのだろう。常に周囲の音や気配に怯え、意味のわからない言葉をぶつぶつ呟いていた。
ヘザーは保護されてすぐに両親と面会したのだが正気には戻らなかったそうだ。そしてそんなヘザーをエルスマン伯爵夫妻はあっさりと見捨てた。そのうえ出戻っていたヘザーの姉をオットーかウィリアルドの妾に!むしろ妻に!と売り込んできたらしい。婚約者を溺愛しているローデン兄弟に逆に目をつけられ、あの家も先は長くないだろう。
さて、そうして後ろ盾がなくなってしまったヘザーをウィリアルドが保養所に入れると言って引取り、実際の身柄はヴァイオレットが預かった。そして彼女はヘザー(の魂)に深い眠りをかけ、体の中にこの私、マリアの魂を入れることにしたのだ。
「じゃあこの身体にいる限り、カーリーのように身体が腐る心配をしなくていいのね」
「ええ、でもヘザーがもし正気に戻れば、アデラの時のように一つの体で二つの魂を共有することになるわ」
ヘザーが目を覚ますかどうかは彼女次第だ。もしかしたら永久に眠ったままなのかもしれない。それがヘザーにとって罰なのか、救いなのかはわからないが。
「ところでマリア、リロ王国に行ったら何をするつもりなの?」
「もちろん、小説家として大成するのよ!」
私はぐっと拳を握りしめて突き上げた。
いける!天才マリアちゃんはきっと売れっ子作家になれる!!
「……完全に『王妃アリシアの誓い』で味を占めてるわね」
「次回作は決まってるの。アリシアが生んだ王女が活躍するストーリーなんだから。『お前を愛するつもりはない!』からの白い結婚とか、追放されてからの、実は精霊の加護持ちが保護された国からざまあする話とか、たくさんネタがあるのよ。絶対成功してやるわ!」
「……スポンサーした方がいい?」
「よろしく!マージンは弾みます」
私はヴァイオレットに向かってにかっと笑った。
ヴァイオレットは呆れながらも「元気でやりなさい」と手を振ってくれる。
さあ!五十年前から止まったままのマリアちゃんの人生はまた動き出したのよ。今度こそ幸せになってやるんだからね、覚悟しなさい、世界っ。
私は軽快な足取りで国境を越えるべく歩き出したのだった。
お付き合いいただきありがとうございました。




