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復讐令嬢アデラの帰還  作者: 小針 ゆき子
第一章 復讐の始まり
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04 レックスの失墜


 あのウィリアルド・ローデンがまたしても現れた。

「これはこれは、公子様。本日はどのようなご要件でしょうか」

 レックスはとりあえず慇懃に挨拶をした。気に入らない男ではあるが、大公の息子に無礼な態度は取れない。

 一瞬先日の無礼を詫びにきたのかもしれないといい気分になったが、ウィリアルドの険しい顔を見てすぐにその可能性を消した。よもや書類の不備があったのだろうか。だとしたらアビーをみっちり叱っておかねばならない。


「アビー嬢はどこにいる?」

「は?」

 まさに今頭に思い浮かべていた人物の名前を言われ、レックスはぽかんとする。どうしてウィリアルドがその名前を知っているのだろう。

「彼女は確かに私の部下ですが……ウィリアルド卿は彼女のお知り合いだったのですか?」

「アッシャー準男爵は母の古い友人だ。アビーとは身分が違うが、親の縁で何度か会ったことがある」

「そ、そうでしたか」

 まずいな、アビーは公子の顔馴染だったのか。身分の低い彼女をこのまま使い潰そうとすれば、アビーは公子に縋るかもしれない。

 レックスは頭をフル回転させる……どうすればアビーをもっと効率よく使えるか、と。いっそ愛人にでもしてしまおうか。あの芋臭い容姿は好みではないが、女を手懐けるなら身体も支配してしまった方がいい。そんな下種なことを考えていたレックスに、ウィリアルドは書類の束を取り出した。


「先日の王太子殿下の結婚式での警備配置の素案だ」

「え、あ、……はい。それがなにか?」

「君が全て考えて作成したと聞いたが?」

「はい。間違いありません。私が作成しました」

 本当はアビーにすべてやらせたのだが、レックスは平然と嘘を付く。だが余裕だったのはここまでだった。


「嘘をつくな!!!」

 

「なっ」

 部屋中をびりびりと震わせる大声に、レックスは椅子から転げ落ちた。

「これを作ったのは君ではない。……アビー・アッシャーだろう」

「そ、そ、そんな……どうしてそんな」

「なぜならこの素案は、私が全て考えたものだからだ」

「え?」

 状況が飲み込めないままのレックスの前に、ウィリアルドは別の書類を叩きつける。それは王宮の警備の素案だった。しかも内容はレックスが提出したものと全く同じ……兵を区分けするコードネームまで同じだった。

「説明をしてもらおう」

「こ、これは……言いがかりです!私が書類を提出したあとで、ウィリアルド卿が案を盗んだのでは?」

「ほう、私を盗人呼ばわりするか。しかもあくまで『自分自身が』考えた案だと言い張るのだな?」

 念押しするようなウィリアルドの言葉に嫌な予感がした。そしてその予感はすぐさま現実のものとなった。

「残念ながら、ウィリアルド公子が君から案を盗むのは無理なんだ」

 そう言いながら現れたのはプリチャード宰相だった。しかも後ろには憲兵を連れている。

 レックスはぞっとした。プリチャード宰相の冷たい視線で、彼が自分を駆逐しようとしているのがわかったのだ。

「さ、宰相閣下……」

「レックス・ラムゼイ君。私はその書類をずっと前にウィリアルド公子から受け取っているんだ。そして受け取ったあとで、君にも同じ依頼をした」

「なっ!」

「……私がこの書類を作ったのは、ある人物に依頼されたからだ。アビー・アッシャー嬢にな」

 プリチャード宰相に続いてのウィリアルドの言葉に、レックスは完全に言葉を失った。

 ようやく理解したのだ。アビーはとっくに宰相たちにレックスのことを告発していた。自分はずいぶん前から疑われていたのだ。一時功績を認められたと思ったのも見せかけで、レックスに個室を与える口実を作るためだった。自分の部屋を持てばレックスが馬脚を露すと思ったのだろう。そしてレックスは狙い通りの動きをしてしまった。


「私が素案を作るとアビーはそれを書き写した。そしてそのまま宰相閣下のところに行って素案を渡し、君に同じ依頼をするように頼んできた」

「そ、そうだ!アビーだ!!あの女が私を嵌めるためにこんなことを!!」

「それはおかしいな」

「何がだ!明らかでしょう?彼女が公子様の案を盗んだのです」

「そうではない。君ははっきりと言っただろう。『自分が全て作成した』と」

「いや、それは」

「つまり君は宰相からの依頼を全てアビーに放り投げ、大して精査もせずに自分のサインだけ入れて手柄を横取りしたんだ」

「ちが……」

「ならばなぜ一字一句同じ書類が出来上がるんだ!?納得行く説明をしろ!!」

「あ、」

「少しだけアビーに手伝わせたというのはなしだぞ。君が少しでも関わったのなら同じ内容になるはずがないのだから」

「……」

「どうした、何か言ってみろ」

「た、確かに、その書類を作ったのはアビーです」

「認めたな」

「で、ですが!アビーに頼まれたのです。私が作ったことにしてほしいと」

「なぜアビーがそんなことをする必要がある?」

「じ、実は……その、彼女に告白されていて……彼女とは恋人同士なのです。私のためならなんでもすると」

「信じられんな」

「な、なぜですか?」

 するとプリチャード宰相が一歩前に出た。

「君に書類を与えてから、君が処理した仕事は全てチェックしていた。よく似せてはいるが、ほとんどの書類は君の筆跡ではなかった」

「それは、アビーには手伝わせていましたし」

「ほとんど、と言っただろう!中には財務のチェックや王家の支出の精査も入っていた。新人に任せていい仕事ではない」

 レックスはとうとう押し黙った。何を言っても相手に言い負かされてしまう。


「さて、アビー・アッシャーをどこに監禁している?」

「か、監禁なんて大げさな」

「嘘をついても無駄だ。ここ一週間、アビーの姿を確認できないと何人もの職員から陳情が上がっている。一週間前の朝礼の後にレックス・ラムゼイと一緒に彼のオフィスに入ったのを最後に、何日も姿が見えないと!」

「は、はあ?」

 監禁までは心当たりがあり過ぎるレックスだったが、アビーが一週間行方不明だという話にはさすがに認められなかった。今朝だってレックスはアビーを横に置いて朝礼に出席し、一緒に部屋に入ったのだ。この一週間ずっとだ。だから同僚たちがアビーを見ていないわけがないのだ。


「そんなはずはありません。アビーは今仮眠室で休んでいます。今朝の朝礼にも出席しましたよ」

「私も朝礼にはいたが、アッシャー君はいなかったと思うぞ」

「さ、宰相、何を言っているんですか?さきほど私と交通府の書類について話した時、アビーは私のすぐ隣に立っていたでしょう?」

「……」

「……あの?」

 それまでレックスを厳しい目で見ていたプリチャード宰相だったが、それが急に怯えたものに変わった。逆にウィリアルドや憲兵たちは目尻がつり上がる。修羅場をくぐり抜けた男の威圧感にレックスは息苦しくなった。


(何なんだ?何かが……おかしい)

「仮眠室はどこだ?」

「そこのドアを開けた先にある廊下の突き当りです」

 プリチャード宰相が答えると、ウィリアルドは大股で仮眠室へと向かった。そしてすぐに怒号が響く。

「おい!!外から鍵がかかっているぞ!」

「っ!」

 しまった!レックスは内心で舌打ちする。アビーを仮眠室に閉じ込めていたことがばれてしまった。レックス自身が真っ先に仮眠室に入って、アビーをここまで連れてこなければならなかったのだ。宰相たちの冷たい視線がレックスに突き刺さる。

「ち、ちがう……アビーに頼まれて……」

「外から鍵をかけてほしいと頼まれたと?」

「あそこは彼女専用の仕事場なんです!誰にも邪魔されたくないから鍵をかけて外から遮断してほしいと……だから」

「いいから鍵を渡せ!」

 執務スペースまで戻ってきたウィリアルドが肩を怒らせている。さすがに言葉が続かず、レックスは大人しく鍵を渡した。ウィリアルドは鍵を憲兵に渡すと、レックスの腕を乱暴に掴んだ。

「いたた」

「ついて来い!!」

「わかった。行きますよ」

 レックスは痛みに顔をしかめながらウィリアルドに引きずられるように仮眠室へと赴く。

 仕方ない、書類の件は認めるしかない。監禁だけは白を切り続け、アビーと話せるようになったらとびきり優しくしてやって抱いてやろう。贈り物の一つや二つしてやれば、アビーも態度を軟化させるかもしれない。監禁の事実はないと証言させてなんとか切り抜けなければ。

 だがレックスの甘い目論見は、仮眠室のドアが開くまでだった。


「うっ……」

「この匂いはっ」

「ひいっ」

 ドアを開けた途端、鼻がびりびりするような刺激臭が廊下に流れ込んできた。

「宰相閣下はそこで待っていてください」

 ウィリアルドは執務室と廊下を繋ぐドアを潜ろうといていた宰相に呼びかける。レックスも執務室に戻りたかったが、ウィリアルドの腕の力は緩まなかった。

 そのまま仮眠室まで引きずられ、そして……。


「ば、ばかな!!そんなはずがない!」


 仮眠室の床にアビーが仰向けに倒れていた。瞳はわずかに開いており、いくら待っても瞬きの気配はない。肌は茶色く変色し始めており、それが死体であることは明らかだった。

 最初に部屋に入った憲兵がアビーの近くに歩み寄り、脈を取り、簡単に身体を調べる。

「どうだ?」

「やはり亡くなっています。死後五日から七日くらいでしょう。首に締められたような痕が見えるので、病死や餓死ではないかもしれません」

「書類のことで言い争いになって殺したか」

「ま、待ってくれ!なにかの間違いだ!」

「間違い?百歩譲って彼女が事故か何かで死んだとして、一週間もここに遺体を隠していた理由はなんだ!?」

「だから、それがおかしいんだ!アビーは今日の朝まで絶対に生きてた!俺は見たんだ。だから死後一週間なんて絶対にありえない!!」

「その今朝の生きているアビーを見たのは君だけだ。他の誰も見てない。寮には数週間前から戻っていないことは確認が取れている」

「嘘だ……うそ……」

「レックス・ラムゼイをアビー・アッシャーの死体隠匿で拘束し、取り調べてくれ」

「そんなはずはない!俺は嵌められたんだ。さわるな、さわるな!!俺は王太子殿下の側近だぞ。そうだ、殿下を……王太子殿下を呼んでくれ。俺は何もしてない!殿下の側近になって、いずれ宰相になるんだ!!」




 抵抗むなしくレックスは部屋から引きずり出され、貴族牢に繋がれた。

 王太子と親しくしていたレックスが一人の若い女性を監禁し、死に至らしめた―――この醜聞に王宮は大騒ぎになった。レックスは殺人だけは頑として認めなかったものの、アビーに自分がやるべき仕事をやらせ、成果を奪っていたことは白状した。同僚たちはここぞとばかりにレックスが態度が大きいだけで仕事ができなかったと証言する。

 そしてアビーが補佐に付いた途端、レックスの仕事の評価が上がったが、もちろん同僚たちはずっとレックスがアビーを利用しているのではないかと疑っていた。もちろんプリチャード宰相も。だからレックスの不正を炙り出すためにウィリアルド公子の手も借りてそれを証明したわけだが、まさかレックスがアビーを手にかけるとは思わなかった。彼らは自分たちの目論見が甘かった、もっと早くアビーを助け出すべきだったと涙ながらに語った。


 やがてレックスは不正と監禁、そして殺人で正式に逮捕された。

 そして裁判まで拘束されるはずだったのだが……。





「―――それで?レックスはどこに消えたんだ?」


 レックスは捕らえられていた牢から忽然と姿を消した。

 若い女性を手にかけたかもしれない極悪人が脱獄した……王宮はこの事実を伏せ、レックスが罪を悔いて獄中で自殺したと公表した。もちろんそれが嘘だと知っているウィリアルドは、目の前の女を静かに見つめた。ルージュを塗った女の唇の端が吊り上がる。


「この中よ」


 ウィリアルドは女が取り出したガラスのケースを覗き込み、わずかに目を見開く。

 人の頭蓋よりやや小さい立方体のケースの中に、小さな人間が閉じ込められていた。間違いない、大きさはともかくその顔かたちはレックス・ラムゼイだ。ケースの隅で子どものようにうずくまっている。

「一人で寂しそうだったから、お友達をお招きしたの。でもお友達が興奮しちゃって……ちょっとびっくりしちゃったみたいね。ふふ」

 そう言った女の視界の先には、ケージに入れられた不気味な蜘蛛がいる。毒蜘蛛かと見まごう禍々しさだ。

「大丈夫よ、その子は毒なんか持っていないわ。明日またレックス君のおうちにご招待しましょうね。きっと仲良くなれるわ」

 女はくすくすと笑っている。その笑みは美しく、けれどもぞくりとするものだった。

()()()。レックスはあのままなら裁判で死罪を言い渡されていただろう。彼を助けたのか?」

「もちろんよ。こいつに一瞬の死なんてもったいないわ。もっと苦しんでもらわないと」

「……」


 黙り込んだウィリアルドに、アデラと呼ばれた女は吹き出す。だがその顔は死んだはずのアビーのものだ。レックスに搾取されていた時のようなおどおどした様子はなく、化粧を施した顔からは野暮ったさが消えていた。自信に満ち溢れた顔はむしろ美しく、それでいて瞳は爛々としている。ウィリアルドはその瞳が憎しみで輝いていることを知っていた。

「あら、もしかして私がレックスを憐れんで助けたと思っているの?そんなわけないじゃない、こんなクズ!」

 アデラはガラスのケースを拳でがんっ、と叩いた。

 レックスは突然の衝撃に飛び上がり、泣きながら懇願するポーズで何言かつぶやいている。どうやらあちら側からは外の景色も音も届かないらしい。

「こいつは!私に自分の仕事を押し付け、その成果を奪い、馬車馬のようにこき使ったのよ。そしてぼろぼろになった私をブライアンと一緒に嘲笑っていた……!私がヘザーを虐めたという偽の証言をでっちあげたのもこいつ!ただで死なせるわけにはいかないのよ」

「……」

 激高し、憎しみを吐き散らすアデラ。しかしウィリアルドは驚いた様子もなくじっと彼女を見つめていた。

「私は()()()()()()()人間全員に復讐する!誰も逃さないわ。そしてこいつのように生き地獄を味わわせてやるのよ」

 アデラはふうっ、と深い溜め息をつき、そしてウィリアルドに向き直った。

「そういうことよ、ウィリアルド。あなたが愛していた優しくて清廉なアデラは死んだの。私は悪魔と契約した別人よ。今回はどうしてもというから協力してもらったけど、私の手口はわかったでしょう……。もうかかわらないで」

「わかってないな、君は」

「何をよ?」

「いや、いいんだ。君の邪魔はしない。ただ、助けが必要だと思ったら、必ず私を頼ってほしい」

「そんな日は来ないわ。さよなら」

「……行くよ。また会おう」


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