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復讐令嬢アデラの帰還  作者: 小針 ゆき子
第四章 魔女の因縁
37/40

33 全てが終わって


 ヴァイオレットはカーリーを魔道具で拘束すると、そのまま王妃の部屋に幽閉した。魔道具には魔封じの力があるので逃げ出すことはできない。このままゴロードに事情を話し、かつて体を奪う前のカーリー王妃が閉じ込められていた塔に移す手はずだ。

 そして助け出されたアリシアは、マリア(inブライアン)が用意した部屋で手当てを受けた。


「アリシア、無事で良かった」

「ウィリアルド」

 手当てが終わったアリシアを、付き添っていたウィリアルドが抱きしめる。自分を心から心配してくれる婚約者にアリシアは胸が熱くなった。かつての婚約では決して得られなかった、愛されているという自己肯定感だ。

「わかってたわ。近くにいてくれたのでしょう」

「ああ。でも肝心な時に助けられなくて」

「いいえ、いいの。魔女に勝てなくても、あなたはここにいて、私を想って抱き締めてくれる。こんなに嬉しいことはないわ」

「アリシア……」

「愛してくれてありがとうっ」

 アリシアは初めて自分からウィリアルドに抱きついた。この人と一緒なら、自分はきっと幸せになれるだろう。幸せな未来を思い描けることが奇跡のように感じた。



 二時間ほど経って、マリア(inブライアン)とヴァイオレットが部屋にやってきた。

「マリア、ヴァイオレット!」

「お待たせ、アデ……、じゃないアリシア。ゴロード様に動いてもらってルーク様や囚われていた人たちの移送をお願いしてたの」

 ブライアンの体でくねくねしているマリアに苦笑いする。アリシアにとってはトラウマな男なのだが、言動が完全にマリアなので緊張はなかった。

「国王様……ルーク様はご無事だったの?」

 アリシアの質問にヴァイオレットが頷く。

「カーリーの魔力の影響で弱っているけど、頭はしっかりしてたわ。正直、彼が動いてくれなかったらアリシアは体を奪われていたかもしれない……。今はブライアンと一緒にいるわ」

「息子がぬいぐるみになって驚いていたけど、すぐに受け入れて色々話し込んでたわよ。やっと息子との時間が取れて嬉しいみたい。明日にでもローデン家が用意した屋敷にブライアンと一緒に移動する予定よ」

 この体便利だったのに返さないと、とマリアがぼやいている。


「そんなことより、どうしてブライアンが一緒だったんだ?俺たちと別れた後何があったのか教えてくれ」

 ウィリアルドはアリシアのことが心配で、ビビアナ夫人をなだめすかして王家の居住区の近くをうろついていた。そんな時に息せき切ってブライアンとヴァイオレットが飛び込んできたのだ。廃嫡された王子の登場にウィリアルドや重臣たちはぎょっとしたが、ヴァイオレットが「カザリンは魔女だった。アリシアが危険よ」とウィリアルドに囁いたので、彼女たちと王妃の部屋に走ったのだ。ちょうどそのタイミングで、例の女騎士が王妃が倒れたらしいと知らせに来たので、強引に王妃の部屋に入る大義名分も手に入れられたと言う。

「カザリン王妃がカーリーってどういうことなんだ?俺はカーリーの生まれ変わりじゃないのか?」

「違うわ。あなたもカーリーに狙われていたのよ。体じゃなくて魔力をね」


 ヴァイオレットは他人の体を乗っ取り王宮に潜んでいたカーリーを探していたことから話し始めた。そしてゴロードが新国王になったことで一度態勢を立て直そうとローデン家から離れたこと、そして追い詰められたブライアンが助けを求めて来たことも。


「ルークに逃がされたブライアンが私のところに来たことで、ようやくカーリーがカザリン王妃の体を乗っ取っていたことを知ったのよ。そしてあなた達が今日王宮に呼び出されていることも」

 まさに今カーリーがアリシアの体を奪おうとしていることに気づき、慌てて王宮に乗り込んだのだ。

「いやー、ブライアンって廃嫡されても王子様ね。兵士はすぐにどいてくれるし、騎士もまずはこっちの話しを丁寧に聞いてくれるから中に入るのが楽だったわ」

「王宮に来る前に入れ替わったのね」

「だって長年アデラをいじめていたクズ王子よ。そう簡単には信用しないわ」

「違いない」

 マリアの言葉にウィリアルドが深く頷く。生まれた時からカーリーに支配されていた人生とは言え、アデラにした仕打ちは彼自身の所業だ。

「ねえマリア、ヴァイオレット……」

「なあに、アリシア」

「もう黙っていなくならないでね。もしお別れの時が来たら、ちゃんと見送らせて頂戴」

 心細そうな顔で言うアリシアに、マリアとヴァイオレットは頷いた。

「もちろんよ、アリシア」

「悲しませてごめんなさいね」

 三人で抱き合う。

 生まれた場所も生まれた時代も違う三人だったが、家族以上の深い絆で結ばれていた。




 翌日、前国王ルークと廃太子ブライアンが、ローデン家が用意した王都外れの屋敷に移動することになった。アリシアは挨拶に訪れたブライアンと少しだけ話をした。

 かつて未来の国王として自信に満ち溢れ、アデラを召使のように扱っていたブライアンは、いまやその顔に暗い影を負っている。これからの自分の未来に不安しかないのだろう。だがそれはカーリーのせいではなく、彼自身の責任だった。

「アリシア嬢……、あえてアデラと呼ばせてくれ。過去に僕がした仕打ち、本当に申し訳なかった。謝って済むことではないが……」

 しおらしく謝るブライアンに、アリシアは冷めた目を向ける。アデラはすでに死んでいる。死んだ後で謝られても何の意味もないのだ。許しを請うその反省の態度すら傲慢に思える。

 ブライアンはアリシアが何も言わないことに、不思議そうに首を傾ける。まさか「許します」「もういいです」とでも言うと思っているのだろうか。

「絶対に許さないわ、ブライアン」

「!」

「一生恨んでやる。あなたみたいな人間のクズなんて地獄に落ちればいいのよ」

「あ、アデラ……」

「二度と私の前に現れないで」

 アリシアはそう言い捨てると、ウィリアルドに伴われてその場を去る。ブライアンが床に崩れ落ちる気配がしたがどうでもよかった。


 こうして失意のブライアンと父親のルーク前王は、歴史の表舞台から去っていった。

 ブライアンは一代限りの伯爵位を与えられ、社交にも参加せず、元王子とは思えないほど慎ましやかな人生を送った。

 ルークもまたそんな息子に寄り添うように静かに暮らし、退位の八年後に病没したのだった。



 一方のカザリン王妃ことカーリーは、そのまま王宮にとどめ置かれた。当然監視のためだ。

 カザリンの体はそれまで行っていた他人からの魔力の補給が絶たれたため、幽閉の日を境にどんどん腐り始めた。とにかく痛みが酷かったらしく、カーリーは毎日ベッドの上でのたうち回っていたという。耐えがたい痛みに半狂乱になったカーリーは、閉ざされた扉を叩きながら「こんな身体捨てる!私の魂を抜き取って!」とヴァイオレットに向けて懇願し続けたが、当然その願いは叶えられることはなかった。

 やがて正気も保てなくなったカーリーは、幽閉された三ヶ月後にひっそりと息を引き取った。

 カーリーはともかく体を奪われたカザリンに罪はないので、遺体は王家の墓地に丁寧に葬られたそうだ。



 そしてカーリーに魔力の補給源として捕らえられていた使用人たち。カーリーは遺体の処理が面倒だと知っていたため、二十年越しの犯罪にもかかわらず死人はさほど多くなかった。王家の閉ざされた井戸から五体の白骨遺体と、若い男の撲殺死体が出てきたので丁重に葬られることになった。後から分かったことだが、若い男の遺体はヘザーと駆け落ちしたと思われていたブライアンの元側近ミーノスだった。

 生き延びた二十余名はローデン家で保護され手当てを受けた。記憶を消せれば簡単だったが長い期間虜囚となっていた者が多く、記憶を完全に消すことはできなかったという。ヴァイオレットは彼らに暗示をかけて悪い病気にかかって悪夢を見たことにし、体が回復したのちに家族の下へ返した。


 だが帰還した虜囚たちの中に、ブライアンの二人目の婚約者だったヘザー・エルスマンの姿はなかった。

 




 譲位の書面が交わされた四ヶ月後。

 新国王ゴロードの即位式が厳かに執り行われた。

 ゴロードは一年半だけ国王を務めると、オットー王太子とオーロラ・ファース伯爵令嬢の結婚を機に王位を息子夫婦に譲って隠居した。王位に執着せず、若く未来ある二人にその座を譲ったゴロードの姿は好意的に受け入れられた。ゴロードはそんな民意を知ってか知らずか、隠居後はあちこちを旅行し、八五歳で大往生するまで有意義な余生を過ごしたようだ。彼は二度の結婚を経た後は独身を貫いたが、その傍らには常に紫の髪と瞳をした妖艶な美女が寄り添っていたという。

 そして新たに誕生したオットー国王とオーロラ妃は穏やかな気質ながら、王弟ウィリアルドを始めとする優秀な家臣に恵まれた。

 そしてケンブリッジ王国は長きにわたって繁栄したのだった。


もう少しだけ続きます。

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