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復讐令嬢アデラの帰還  作者: 小針 ゆき子
第四章 魔女の因縁
35/40

31 カーリーを探し出せ



 ヴィオーラ・ライダー女男爵というエセ貴族になったヴァイオレットがローデン大公と再婚した頃。

 マリアはヴァイオレットにとある衝撃情報を聞かされていた。


「カーリーが別の人間に乗り移っている可能性があるわ」

「カーリーですって?悪役令嬢の?」

 マリアの頭の上にクエスチョンマークが飛び交う。

「ちょっと待ってよ。カーリーは生まれ変わってウィリアルドになったんじゃないの?」

「違うわ」

「違うんかい!」

 もっと早く教えてほしかったとマリアは思った。

 大事なアデラを、あの性悪のカーリーの生まれ変わり(だと思っていた)のウィリアルドにくれてやるのか、ならいっそマリアちゃんが男の体を乗っ取って奪っちゃった方がいいのか、いやいやもうウィリアルド殺ってもうていいんでない?と、わりと真剣に悩んだマリアちゃんの一週間を返してほしい。

「でもウィリアルド、私やあなたの過去を詳しく知ってたんでしょ。カーリーの生まれ変わりだっていう証拠じゃないの?」

「いいえ。ウィリアルドは何かのタイミングでカーリーと魔力が混ざり、一緒に彼女の記憶を受け継いでしまったのよ。彼は自分がカーリーの生まれ替わりだって思い込んでいるだけ」

「魔力が混ざったぁ?」

「ウィリアルドは王宮でカーリーに誘い込まれて食われかけたのね。彼も上質な魔力の持ち主だから」

「食われかけ……何?何がどうなってるの?カーリーって人間よね?五十年のうちにサキュバスにでもジョブチェンジしたの?」

「言い得て妙になってるわよ」



 ヴァイオレットが言うには、カーリーは何かのタイミングで他人の身体を魂を移動させることで奪い取ったはず。だかその身体は魔力の相性がカーリーとは合わなかったのだろう。カーリーはその身体にそのまま入った状態でいるのは難しく、何も手を打たないと肉体が腐り始めてしまうらしい。


「怖っ!!じゃ、じゃあアデラも?」

「あなたたちの魔力の相性はいいし、本来の持ち主のアデラと共有しているうちは何も心配いらないわ」

「よ、よかった」

 

 逆に魔力の相性が合わない場合は肉体を維持するため、外から魔力を補う必要があるらしい。マリアは知らなかったが、カーリーは他人から魔力を奪う術を持っていたはずだという。

 だが、そもそもどうしてヴァイオレットはカーリーが他人の身体を乗っ取っていることに気づいたのか。カーリーは二十数年前に王宮内で亡くなったことをマリアも聞いて知っている。翌年ウィリアルドが生まれているので悪役令嬢が筋肉マッチョ騎士に生まれ変わったのかぁ、ぐらいにしか思わなかった。

 だがそのウィリアルドの話こそがカーリーが死ぬ前に他人の身体を乗っ取り、いまだ王宮に潜んでいると確信するに至った理由らしい。


「今も隠れ続け、魔力の補給ができているということは……おそらく身分がかなり高い人間だわ」

「王族とか?ブライアン王太子は?」

「ブライアンはカーリーが亡くなった数年後に生まれている。さすがに無理よ」

「……じゃあ、国王?」

「可能性は高いけど、異性の体を乗っ取るのはかなり精神に負担がかかるの。性別は同じだと思うわ。私は重臣の妻、あるいは王族に信頼されている女官か貴族の身分がある侍女だと思う」

「結構候補がいるのね。……あれ、今の王妃様は?」

「彼女はカーリーが失脚して幽閉された後で他国から嫁いでいるわ。もちろん接触する可能性はゼロじゃないけど、わざわざ夫に見放されて追い落とされた前王妃に会いに行くかしら?しかも身体を乗っ取ったということは魔術を行使したはず。騒ぎになっていないということは、一対一で会っていた可能性が高いわ」

「なるほどね。ほぼ罪人のカーリーに、王妃様が一人で幽閉先に会いにいくはずないか」

 ……そのまさかだったと知るのは随分先の話である。




 ヴァイオレットがローデン大公と再婚してまで上位貴族と関わりを持った理由はカーリーを探し出し、他人の体を乗っ取るという暴挙を止めるためだった。アデラに同情はしていたようだが、当初は復讐にあまり関わる気がなかったようだ。だが共に行動しているうちに、ヴァイオレットはある可能性に気づいた。


「カーリーはアデラを自分の次の肉体に選んでいたのではないかしら」

「なんですって?」

「ウィリアルドがアデラを知ったきっかけが、記憶の中で彼女を俯瞰で見ていたからだと言っていたでしょう。あれはカーリーが映し鏡か水晶でアデラを監視していた記憶よ。アデラは魔力の保有量が多いわ。若いし侯爵家出身だし、家族に蔑ろにされているというのも都合が良かったのでしょうね。乗っ取った後で不審に思う人間がいないもの」

「だったらもっと早く手に入れようとしたんじゃないの?それにアデラは王宮でブライアンに虐げられて婚約破棄までされて行方不明になったのよ。私だったらもっとアデラを大事にして、甘やかして、依存されるように誘導するわよ」

「アデラが成長するのを待っていたのね。身体を乗っ取ってしまったらもう魔力は伸びないもの。ブライアンを放置していた理由は体さえ手に入れられればアデラの心がどれだけ踏みつけられようがどうでも良かったのでしょう」

 マリアはぎりっと歯ぎしりをした。カーリーはアデラの苦境を見て見ぬふりをしていたのか。

「それで、目星が付いたの?」

「それが全くなのよ……」


 大公妃となったことで王宮に出入りできるようになり、行方不明になっている王宮の使用人や不審な死を遂げた者を調べることができたが、それでも黒幕まではたどり着かなかった。相手も不信を抱かれぬよう慎重に動いている。わかったことがあるといえば、カーリーがカーリー王妃であったころ、いくつかの魔道具を仕入れていたことだ。その時のリストを手に入れ、ヴァイオレットはカーリーがどうやって身体を入れ替えることが可能だったのか推察できた。

 まだ魔女になりたての若い頃、大金につられて魔道具師にいくつかの魔術を提供したことがある。その時たった一度だけ、人から魂を抜き取る魔術を水晶に組み込んでしまったのだ。今思えばどうしてそんな危険で愚かなことができたのか……。ともあれその危険な魔道具がカーリーの手元に渡ってしまったらしいのだ。カーリーはその魔道具を使って、他人の身体をその人生ごと乗っ取ることに成功したのだろう。原因が自分にあると知ったヴァイオレットは、なおのことカーリーを止めなければと強く決意した。



 そうこうしているうちに事態が大きく動き、なんと今の国王の退位とローデン大公への譲位が決定してしまった。

 ヴァイオレットは大公と離婚することを決めた。なんだかんだでゴロード・ローデンに情が芽生えてしまっているが、魔女である自分が政治の世界に介入するのはタブーだ。

「いいの?ゴロードさんのこと気に入ってるんでしょう?」

 ゴロードはウィリアルドの父なだけあって豪放磊落な男だ。若い頃は浮名を流して前妻を呆れさせていたが、今は落ち着きながらも茶目っ気もあるマリアの世界で言うところのイケオジになっている。そんな色気ある壮年に愛を囁かれ、ヴァイオレットがかなりぐらついていることをマリアは見抜いていた。

「いいのよ……。これ以上近くにいたら情が移ってしまうわ。今のうちに離れなきゃいけなかったのよ」

「もう、素直じゃないんだから」

 だが離婚する理由は王妃にならないためだけではない。さすがのカーリーも、変装しているとはいえヴァイオレットが王妃になって注目されれば正体に気づく可能性がある。そうなれば警戒してさらに鳴りを潜めるだろう。アリシアとなったアデラはまだ狙われている可能性が高い……相手を油断させていた方が守りやすいと思った。


 ひとまずアリシアたちと別れたヴァイオレットとアデックマ・マリアは、ヴァイオレットが王都で身を潜める時に使う路地の店に身を潜めることにした。

「うう......アデラぁーー。さびじいよう」

 碌に別れも交わせないまま屋敷を出てしまい、一日二日と経つうちにマリアはアデラ恋しくてめそめそしている。ヴァイオレットもなかなか調査の続きに集中できていないようだ。



 突然の来客は八日目の正午頃に突然訪れた。

 仲介役の盲目の老婆から連絡があったのだ。ヴァイオレットとアデックマ・マリアが依頼用の店にやってくる。果たしてそこにいたのは.......。

「ブライアン王子だわ」

 どうして彼がこんなところへ?そもそも魔女ヴァイオレットのことをどうやって知ったのか。

「もしかしてアデラ......じゃなかった、アリシアが?」

「いいえ、違うと思うわ」

 ヴァイオレットはネックレスをじっと見つめていた。ブライアンが紹介状替わりに持っていたらしい。

「話をするわ。マリア、あなたはぬいぐるみのふりをしていなさい」



 父に言われた通りに行動したブライアンは、大して待たされることなく部屋に通されたことにほっとしていた。父が用意してくれた服に着替えて銀貨も持っているが、王都のダウンタウンでは王宮育ちの自分は目立っているという自覚はある。護衛も連れていないので追い剥ぎにでも遭ったらひとたまりもなかっただろう。

「お待たせしたわね」

 二時間ほど待たされて、姿を現したのは紫の髪の女だった。目深くフードを被っているが、想像よりずっと若くて気品があるのが分かる。

「あなたがヴァイオレット……良い魔女ですか?」

「金にがめついと言われたことはあるけど、『良い魔女』は初めてよ」

「父があなたをそう言っていました」

「ルークが?……まあ、そうなの。会ったのは一度切りだったけど、義理堅い子だったのね」

「父に会ったことがあるんですね」

「あの子が四、五歳くらいの時に、王宮で助けたことがあるの」


 王宮で一人で遊んでいたルークを使われていない部屋に引きずり込み、いたずらをしようとした貴族がいた。カーリーに招かれて王宮に出入りしていたヴァイオレットはルークを助け、不埒な貴族を裸に剥いて庭園に放置してやったのだ。きらきらした目で丁寧にお礼を言う幼い王子に、ヴァイオレットは「困ったことがあったらこれを持って訪ねなさい」と自分の魔力を込めたネックレスを渡していたのだった。

 ルークはそのやり取りを四十数年間ちゃんと覚えていて、そして軽々しくは使わずに大切に保管していたのだろう。

「さて、ブライアン王子」

 ヴァイオレットはブライアンを見据える。未来の国王の座から転がり落ちた哀れな王子。そして、アデラを苦しめていた下衆どもの一人。

「魔女の私に何をお求めで?」


 ブライアンはやや戸惑っているようだったが、やがて意を決したように口を開いた。

「私は……父の代理としてやってきました」

 そうしてブライアンは自分が失態を犯し、王宮の自室に幽閉されていたところから話し始めた。突然疎遠だった父ルークが現れ、母カザリンが魔女であると教えてくれたこと。カザリンによって魔力のある使用人や元婚約者のヘザーが囚われていること等……。

 どうせ王位を奪還するために協力してくれという自分勝手な話だと思っていたヴァイオレットとマリアは、まさかの事態に戦慄した。


「カザリン王妃がカーリーなのね。……なんてことなの、関わるはずがないという思い込みで調べようともしなかった」

「父はずっと自分は操られていたと言っていました。私をちゃんと愛せなくて申し訳ないとも……意識もはっきりしない状態が続いていたようで、あなたに助けを求められなかったのだと思います」

 ヴァイオレットは少しだけブライアンに同情した。アデラを道具のように使って利用しようとした下衆野郎だと思っていたが、両親には幼い時から放置されていたらしい。アデラへの仕打ちは許せないが、ルークが父親としてきちんと接することができていたのなら、もう少しまともに育っていたかもしれない。

「今すぐ王宮に向かうわ」

「え、今から?」

 立ち上がったヴァイオレットに、マリアが驚いて声を出す。突然喋りだしたぬいぐるみに、ブライアンが顎を外していた。……喚いたり怯えたりしないのはいい。

「ルークの命が危ないわ。アデ……アリシアの身が危険になる前にカーリーを止めないと」

「そ、そうねっ」

「……あのっ」

「あなたも来てちょうだい。カザリン王妃の油断を誘いたいわ」

「あの、待ってください。アリシアって確か」

「ローデン家の次男の婚約者よ」

「彼女も魔力を狙われてるんですか?だったら急がないと」

「え?」

「父が言っていたんです。今日の午後、ローデン家に王位を譲る手続きをすると。今頃王宮の中にいるはず」

「なんですって!!?」


次回、ようやくアリシア (アデラ) 視点に戻ります。

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