30 ざまあ返しをした悪役令嬢のその後 (2)
カザリンとなったカーリーは、まずは国王ルークをはじめ周囲の人間を支配下に置くことから始めた。
「カーリーはあまりに人を信用し過ぎた。……敵ばかりに気を取られていたけれど、本当に警戒しなければならないのは味方だったのだわ」
カザリンは魔術と薬を組み合わせ、ルークと祖国から連れてきた専属の侍女、そして当時の宰相をはじめ重臣数人に自分の命令には逆らえないような暗示をかけた。あまりやり過ぎるとぼろが出るので、権力がある人間のみに絞る。
それが成功したところで、カーリーだった時に自分を陥れた者たちに報復を始めた。
「元夫はもちろん、隠居していた元舅と元姑も許さない」
カザリンは彼らに躊躇なく暗殺者を放った。訃報がすぐに聞こえてきたが、彼らを恨む理由がないカザリンのことを誰も疑わない。
「ざまあないわね。この私を馬鹿にするからよ」
元娘のことも許せないが流石に距離が離れているし、後ろ盾をなくした彼女が他国で幸せになれるとは思えないので放置することにした。
掃除が終わったところで、カザリンはようやく魂を抜き出す魔道具のことを調べ始めた。
魂を抜き差しできる魔術となるとかなり高度なものだ。魔道具なしで行使できるのはもはや魔女ヴァイオレットくらいのものだろう。カザリンは前王妃だったカーリーの部屋の魔導書だけでなく、さらに遠方からも魔術書などを取り寄せた。
その結果、やはりブレスレットは古い魔道具で、かなり昔に作られたものだということがわかった。ブレスレットには水晶が五つ付いており、この水晶の中に魔術式が組み込まれているらしい。あの時はその魔術式がカーリーの魔力に反応して発動し、カザリンから魂を引きずり出したというわけだ。
水晶はすでに三つが黒くなっていた。使用限度があるのだ。カーリーの手元にこのブレスレットが来た時には、すでに一つ使われた状態だった。そしてカーリーがカザリンと自分にそれぞれ使った。残りは二つだ。あと二回しかこの魔道具を使うことはできない。慎重に使わなくてはならなかった。
やがて生活していくうえで、カザリンの肉体にもう一つ別の問題が出てきた。
カザリンはカーリーほど魔力の保有量が多くなかったのだ。なので魂が体に定着せず、気づいた時には指先や足先が壊死しそうになっていた。
これは魔力の多い人間から魔力を啜ることで解決した。魔力を測る魔道具で魔力の高い人間に狙いを定め、サキュバスのように口から魔力を吸い取る。他人から魔力を吸い取る方法はさほど難しい技ではない。カーリーだった時に会得していたので苦労はなかったが、魔力は精力でもあり、啜り過ぎると相手は死んでしまう。
カザリンはこれもやり過ぎないように注意したが、さすがにブライアンを妊娠して出産するまでは魔力はいくらあっても足りず、数人を死に追いやることになった。
再び王妃となってから三年目、カザリンはカーリーとは違いあっさりとブライアンという男児を授かった。王妃としての地位は盤石となったが、ブライアンはカザリンとルークの子だ。正直中身がカーリーのままのカザリンは息子が可愛いとは思えなかった。
実子の時の反動もあり、カザリンはブライアンに教育係をつけるとそのまま放置した。あれが秀才だろうが阿呆だろうが正直どうでもいい。だが役には立ってもらわねばならない。
「魔力が高い娘を探さなくては」
魔力の保有量が低いカザリンの体はやはり不便だ。正直すぐにでも魔力の高い人間と交換したいところだが、魂を交換できる魔道具には限度があるので慎重にならざるを得ない。
ブライアンを生んで十数年が過ぎた頃、カザリンの祈りが通じたのか適任の体が見つかった。
アデラ・クラーク侯爵令嬢。
優秀な娘だと聞いて会ってみたが、桁外れの魔力を持っていた。まだ十歳と聞いているので、長ずるに連れてもっと魔力が多くなるかもしれない。
すぐにでも体を交換したかったが、透視で調べてみるとアデラは実の家族に虐待されていた。カザリンはすぐにアデラを五歳年上のブライアンの婚約者に据え、クラーク侯爵に釘を刺した。まだ少しカザリンの体は持つ。アデラを成人させ、ブライアンと結婚させて王妃の身分を与えてから体を奪った方がいいだろう。
だがそのころからカザリンの体が免疫機能が著しく低下する病に侵され始めてしまった。魂を交換したことで何らかの影響が出たのかもしれないが、原因はわからず満足に治療すらできなかった。
さらに頭の痛い問題は続く。ブライアンがアデラを差し置いてヘザーという伯爵令嬢を囲い始めたのだ。側近からこの話を聞いたカザリンはすぐにヘザーをブライアンから引き離そうとしたが、念のため調べてみればヘザーもまた高い魔力を持っていることが分かった。
「アデラを正妃に、ヘザーを側妃にすれば……」
次の体の候補は多い方がいい。カザリンにそんな欲が出た。結果カザリンはブライアンとヘザーの不貞を放置したのだ。それがまさか、アデラの失踪という結果を生み出すとは知らずに。
アデラとブライアンの婚礼まであと一年と迫ったある日、カザリンは飛び切りの魔力の保有者を見つけた。それが大公子息のウィリアルド・ローデンだった。
ローデン大公は前王とルークの間にいる兄弟だが、生母の身分が男爵家出身の側妃だったため先の王位継承争いには巻き込まれなかった。上手く社交界を渡り歩いて敵を作らず、息子たちもブライアンがある程度の年になるまで王宮には連れてきていなかった。だからカザリンも義理の甥にあたるウィリアルドと初めて会ったのは、彼が騎士団の副団長に就任してからのことだ。
「素晴らしい魔力だわ。性別が女だったらすぐにでも魂を入れ替えるのに」
これまでの調査で、異性の体に魂を定着させるのは難しいということが分かっていた。一時的にならばともかく、長期間になるとやはり体の方が壊死してしまう。だからカザリンはウィリアルドを誘い出して魔力を啜ることに決めた。
「愛人にするのもいいかもしれないわね」
あれほど容姿が美しいのならば、隣に置くのもいいだろう。精力が強そうだから、魔力を啜っても簡単に弱ることはなさそうだ。
そんなことを考えながらウィリアルドを重臣の名前を使って呼び出し、魔力を含んだ香炉を使って酩酊状態にした。倒れたウィリアルドを口の固い側近に命じて自分の部屋のベッドに運ぶ。そして唇を合わせて魔力を吸い始めた。
「う、ううう、うわああああーーーーーっっ」
カザリンは現役の騎士の危機管理能力と、火事場の馬鹿力を甘く見ていた。魔力を吸ってしばらくして、ウィリアルドは意識がないまま暴れ始め、そのままカザリンを突き飛ばすと部屋を飛び出してしまったのだ。香炉が効いていると思い込んで拘束していなかったのが裏目に出た。ウィリアルドをそのまま逃がしてしまい、しかも警戒されたのか彼は王宮には滅多に近づかなくなってしまった。
ちなみにこの時の接触が原因で二人の魔力が混ざり合い、ウィリアルドはカーリーの記憶を一部引継いだ。そして結果的にヴァイオレット、マリア、アデラと接触することになるのだが、それは今はカザリンの預かり知らぬことである。
ウィリアルドの魔力を食い損ねた直後に馬鹿なブライアンがアデラを断罪し、アデラはそのまま行方知れずになってしまった。
さすがのカザリンも激怒した。あの馬鹿王子を縊り殺してやりたかったがそうもいかない。もうヘザーの体を乗っ取るしかカザリンに道は残されていなかった。カザリンは怒りに震えながらもルークを通してブライアンとヘザーの婚約を承認する。あのお花畑カップルが結婚したらすぐにヘザーの体を奪い、ブライアンもルークのように操り人形にしてしまおう。
だがこの作戦もとん挫するのは早かった。
ブライアンが起こした婚約破棄を揶揄する本や劇が他国から広まり、ブライアンに王太子の資格なしという声が国内外から上がり始めたのだ。そしてクラーク家のジェマが問題を起こしたところで、カザリンはアデラの気配を感じ取った。
(アデラが自分を陥れた者たちに復讐している……)
どうやったのかはわからない。だがアデラは膨大な魔力を有している。何らかの方法で魔術を手に入れたのだろう。
もう失敗するわけにはいかない。カザリンはじっくりと状況を見極めることにした。
アデラはどこかの貴族の家を後ろ盾にして動いているはず……。そう思って調べれば、ローデン大公家にアデラらしき娘が出入りしていることが分かった。さらに静観していると、ブライアンは廃太子が避けられない状況になり、アデラはアリシアと名前を変えてあのウィリアルドの婚約者に収まった。
「ふふふふ……。アデラ、私のために戻って来てくれたのね」
カザリンは密かにとらえていたヘザーの魔力を啜りながらうっそりと笑う。
「今度こそアデラの体をいただこう。そしてウィリアルドと結婚し、また王妃になればいい」




