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復讐令嬢アデラの帰還  作者: 小針 ゆき子
第四章 魔女の因縁
33/40

29 ざまあ返しをした悪役令嬢のその後 (1)

突然ですが、マリアを断罪した悪役令嬢カーリーのその後の話です。

彼女はウィリアルドに転生した……はず。


 カーリー・オズボーンという日本からの転生者の少女がいた。


 「ラピスラズリの王冠」の世界の悪役令嬢に転生したカーリーの人生は順風満帆だった。

 ヒロインのマリアと浮気者の王子をざまあ返しし、彼女は上手く第二王子の婚約者に収まった。そして結婚式を挙げ、ほどなく夫が王位を継いだことでカーリーが王妃になった。

 ―――ここまでは順調だったのだ。

 カーリーの武勇伝に酔い、ちやほやしてくれた周囲も二年も経てば態度が冷たくなってきた。理由はカーリーがなかなか子供に恵まれなかったことだ。五年たってそろそろ側妃の話が出始めたところでようやく懐妊し、これで安心かと思えば生まれてきたのは女児だった。以降カーリーは二度と妊娠しなかった。色々と調べたが薬などを盛られた形跡はなく、自分か夫の体の問題だと諦めるしかなかった。



「王妃、ティファニーの勉強の課題をまた増やしたそうだな。あの子はまだ十歳なんだぞ?」

 久しぶりに夫が話しかけてきたと思えば、王女の教育に関してだった。

 娘のティファニーはいずれ女王になるのだ。勉強し過ぎることはないというのに、夫はもっと余裕を持たせてやれと文句を言ってくる。

「私が十歳の時は五か国語をマスターしていたわ。あの子はまだ三か国語なのよ」

「それぞれのペースがあるだろう!ティファニーは辛くて泣いているんだぞ」

「私は泣くことすら許されなかったわ。王族に嫁ぐ人間に弱音は許されないってね。ティファニーは生まれながらの王女なのよ。そして女王になるの。あれくらいで泣き言を言うなんて情けない」

「……勉強のこともそうだが、食事を抜くのはいくら何でもやり過ぎだ」

「肥え太った王族を見たら、民が贅沢していると非難するでしょう。あの子のためなのよ」

「ティファニーは十分痩せている!娘を殺す気なのか!!」

「もう!あの子の管理は私の担当なのよ?口を出さないで頂戴。全てはあの子が女王になるためなのよ」

「あの子のためあの子のため……。お前は本当にティファニーのことを考えているのか?」

「なんですって?」

「自分の地位が危ういから、ティファニーをなんとしても王にしようとしているだけじゃないのか?」

「っ」

 カーリーは思わず黙り込んだ。

 夫の言う通り、カーリーの地位は脅かされつつあった。カーリーがもう子供を産めないと気づいた政敵たちが、夫の末弟ルーク王子を担ごうとする動きがあるのだ。


 ルーク王子は前王が晩年に娶った正妃との子で、今年十八になるというのに婚約者がいない。王太后となった前王妃が他国の有力な貴族の娘と結婚させようとしていると専らの噂だ。前王は静観の体だが、第一王子から第二王子に乗り換えたカーリーを快く思っていないだろう。

 そして何より、目の前のカーリーの夫が玉座に対して執着を見せていなかった。


「あなたがもっとしっかりしてくれれば……」

「結婚した以上、君と上手くやっていくつもりだった。だが君は自分のことばかり……。子供ができたら変わるのかと思えば、その子を自分の地位のために利用する始末だ」

「そんなことない!私はティファニーのことを愛しているわ」

 カーリーに何を言っても無駄だと悟ったのか、夫は大きくため息を吐いた。

「よくわかった……。教育に関してはもう口を出さない。だが食事は私が管理する。専属の侍女も私が決める」

「じ、侍女は……、」

 ティファニーを甘やかすような侍女では困る。今ティファニーに付けているのは厳格で有名なカーリーの実家の者だ。だが夫の決死の形相に、受け入れるしかないとカーリーは察した。これ以上ごねれば、夫は王位の返上や離婚を叫びかねない。

 こうして侍女は夫が用意した伯爵家の年若い令嬢になった。母の教育虐待に心身が弱っていたティファニー王女はこの侍女を頼りにするようになり、やがて姉のように慕うようになる。これがきっかけでもともとあった母娘の距離はさらに開き、夫には他人行儀にされ、カーリーは知らず知らずに孤立してしまうことになった。



 さらに五年後、カーリーに衝撃的な話がもたらされた。

「ティファニーが留学ですって!!?」

「そうだ。ドロレス王国の学園に短期留学しないかという話が来た」

 ドロレス王国は一応友好国ではあるものの、国を二つ越え、さらに海を渡った先にある国だ。

「駄目です!遠すぎますわ」

「紹介された学園は高度な教育を施すことで有名だ。それにドロレス王国の第三王子はティファニーと歳が近い。……先方は相性を見て婚約を申し込みたいと言っている」

「ほ、本当ですか?」

 実際ドロレス王国の優れた教育は有名だった。その学園を卒業できれば、ティファニーが女だと侮る政敵たちも黙らせることができるだろう。さらにあちらの王族を王配に迎えることができるのならば、ティファニーの地位がより盤石になるかもしれない。

 

 夫に見放されたことで、カーリーの立場はさらに悪くなっていた。

 カーリーの目の前で堂々と夫に側妃を勧める者もいれば、カーリーに暗殺者を差し向ける者もいた。味方のいないカーリーはそれらに一人で対処しなくてはならなかった。

 令嬢時代に魔術を研究していたカーリーは、魔道具も仕入れて何とか政敵に対抗していた。背に腹は代えられず、政敵の家族に呪いをかけたこともある。子供も含め、もう十人は死に追いやっていた。そんなカーリーの本性に気づいているのかいないのか、夫と娘はさらにカーリーを遠巻きにするという悪循環だ。だからカーリーは気づかなかった。遠い他国への娘の留学を取り付けてきた夫の本当の意図を……。


 ティファニーが留学のためにドロレス王国に旅立ってすぐ、夫は退位を宣言した。

「王位は王弟ルークに譲る!」


 カーリーはその宣言に反対することすら許されなかった……すでに貴族牢に収監されていたからだ。

 いくら魔術を操れ魔道具を有するとはいえ、騎士に一斉に飛び掛かられてはなすすべもない。就寝中を襲われたカーリーは自室から引きずり出され、氷の目をした夫に対峙したところで全てを理解した。

「あなた……どうして。私のおかげで国王になれたのよ?なぜこんな仕打ちを?」

「私は国王になりたいと言ったことは一度もない。兄の補佐として、幼いころからの婚約者と小さな幸せを育めればそれでよかったんだ」

 夫は立太子にあたり、元からいた婚約者との婚約を解消していた。カーリーは自分のことしか考えていなかったのでそれが当然だと思っていたが、夫は元婚約者に心を残していたようだ。

「ティファニーはどうなるの?あの子は帰ってきたら居場所がないのよ?」

「ティファニーを心配するふりなどしなくてもいい。……連れて行ってくれ」


 カーリーは貴族牢で夫の退位宣言と、ルーク王子の立太子を知った。

 そしてティファニーがドロレス王国の王子ではなく、伯爵位の男と婚約することも。歳が離れているようだが、ティファニーは母の呪縛から逃れられるならばと躊躇なくその話を承諾したらしい。

 カーリーは幽閉されたまま、さらに二年の時が流れた。



 その日もカーリーは手首のブレスレットをもてあそびながらぼうっとしていた。

「元王妃が惨めなものね」

 若い女の声に驚いて振り向くと、牢の向こう側に豪奢なドレス姿の令嬢が立っていた。髪も肌も爪も手入れが行き届いており、一目で高位の貴族令嬢だとわかる。だが仮にも王妃だったカーリーの記憶にはない娘だった。

「あなたは……」

「私はカザリン。王妃カザリンよ」

 カーリーはすぐに状況を理解した。王太后がルーク王子との結婚相手に考えていた他国の公爵令嬢……確かそんな名前だった。

 王妃と名乗っているということは、国王となったルークと予定通り結婚したのだろう。

「なんの用なの?」

「愚かな女の顔を見に来たのよ。あなた、夫にも娘にも見放されたんですってね」

 カーリーはとっさに言い返せなかった。夫はともかく実の娘のティファニーに見捨てられたことは許容し難かった。

 だがこの令嬢はカーリーの状況を知ったうえで、揶揄しにわざわざ足を運んだらしい。随分な性格のようだ。

「あなたの噂を聞きまわったけど酷いものだったわよ。娘を精神的に虐待する冷血女。妙な占いに嵌って政敵を呪う。政務もろくにしていなかったみたいじゃない」

「政務は……ちゃんとしていたわ」


 ティファニーが生まれるまでは良い王妃だと言われたくて精力的に頑張っていた。だがティファニーの教育で夫と対立してからは、あまり政務が回ってこなくなった。政敵からの攻撃をはねのけるのに精いっぱいで気にしている余裕がなかったが、おそらくあの頃から夫はルーク王子への譲位を考えていたのだろう。知らなかったのはカーリーだけだった。

「あなたの夫は先日王宮を出たわ。修道院に入っていた元婚約者と再婚して人生をやり直すんですって」

「なんですって?」

「あははははっ!哀れよねー。あんたの夫はあんたをずっと愛していなかったのよ。国王に据えられたのも余計なお世話。娘にも見捨てられて、こんなところで朽ち果てて馬鹿みたい」

「ぐっ」

「あら、何その目。私が王妃になった以上、もう威張れないわよ?弁えなさい」

 カーリーはあまりの恥辱に唇を噛んだ。


(ヒロインに勝ってハッピーエンドを手に入れたはずだったのに……)

(これは何?)

(なんでこんな結末になったの?)


 カーリーが屈辱にふるえている間もカザリンは嘲笑し続けていた。

「王妃権限であんたを絞首刑にするつもりだったけど、もう少し生かしておくことにするわ。身の程をちゃんと分からせておきたいもの」

「みの、ほど……」

「そうよぉ。あんたはイカレ女よ。もっとぼろぼろにしたところで犬みたいに引きずって、公衆の前で『生きていてごめんなさい』って這いつくばらせてあげる」

「……」

「今からやってもいいわよ?そうしたら、すぐにでも死刑執行にサインして楽にしてあげましょう」

「……」

「ねえ、私って優しいでしょう?」

「……、ざ」

「ん?何?」

「ふざ、っけんなぁっっ!!」

 カーリーは生まれてこの方ここまで馬鹿にされたことはない。公爵令嬢として生まれ変わったこの生ではもちろん、転生前の日本の女子高生だった時ですらこれほど貶められたことはなかった。

 完全に我を失ったカーリーは、鉄格子の隙間から女の髪を掴んだ。カザリンは完全に油断していたのだろう、それにカーリーを馬鹿にする姿を万一にでも誰にも見せられないと侍女も従者も連れていなかったことが彼女の運命を決定づけた。

「うわああああーーーーーっっ!!」

 カーリーは怒りのまま、もう片方の手でカザリンの顔をひっかく。カザリンが悲鳴を上げながら体をばたつかせる。

 鉄格子ごしに二人の女がもつれ合った。

 

 そして……。


「はあっ……、はあっ……」

 カーリーは荒い息をしながら床に座り込んだ。

 鉄格子の向こうではカザリンが倒れている。見開かれた目から見える瞳孔が完全に開ききっていた。……死んでいる?

「な、なに……これ……」

 カーリーの手には、ビー玉より少し大きいくらいの虹色の玉が握られていた。

 さっきの取っ組み合いの間に、いつの間にか握っていたものだ。

 この玉が手の上に現れたと思った瞬間、カザリンの体が糸の切れた人形のように崩れ落ちたのだ。

(いいえ、待って……これは、見覚えがある)

 カーリーの脳裏に、十数年前の断罪劇での出来事が蘇った。

 カーリーと結託したヴァイオレットは、マリアの口に手を突っ込むと、やはり虹色の玉を取り出して見せたのだ。彼女はあれは魂だと言っていた。

(……でもどうして?どうして私がカザリンから魂を抜き出すことができたの?)

 ヴァイオレットとは魔術の話を何度かしたことがあるが、こんな高等魔術は教わっていない。

 そこでカーリーははっとする。魂を持っている方の手に着けていたブレスレットに気が付いたのだ。ブレスレットはずっと以前に購入した魔道具だった。買ったときは敵の攻撃を防ぐことができると言われていたのだが……。おそらく売った側も本当の効力を知らなかったのだろう。

「これは……使えるわ」

 カーリーはうっそりと笑った。



 数日後。

 前王妃カーリーの病死が発表された。

 すでに権力をなくしたカーリーの死に興味を持つ者はおらず、すぐに人々の記憶から忘れ去られる。

 そんな中、新王妃となったカザリンがネズミを飼い始めたという噂が王宮の侍女を中心に広まった。しかしそのネズミは全く餌を食べず、二週間ほどで餓死してしまった。

 カザリンはネズミの死に悲しむ様子を見せず、侍女に遺骸の始末を命じると、以降はその話を二度と口にしなかった。

 

カーリー=カザリンの話はもう一話あります。

伏線回収できるように頑張ります。

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