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復讐令嬢アデラの帰還  作者: 小針 ゆき子
第四章 魔女の因縁
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27 譲位と魔女と危機


 ローデン大公ゴロードとライダー女男爵ヴィオーラの電撃離婚から二日後。

 ローデン大公家の居間に再び家族が集結していた。


「王家から登城の要請が来た」

 ゴロードが王家の印が刻まれた手紙を皆に見せる。

「王家は用向きを使者に伝えていましたか?」

 ウィリアルドの質問にゴロードは頷いた。

「王妃の病状が思ったより悪く、国王は今回のことを機に一刻も早く王位を私に譲りたいそうだ。諸々の儀式はまだ先のことになるが、五日後に教皇を王宮に呼んで王位継承だけ済ませてしまいたいと」

「そんなに早くですか?……急ですね」

「万が一にもブライアン廃太子を担ぐ輩が現れて国が割れるような事態を避けたいそうだ」


 ゴロードが王位を継ぎさえすれば、その後はオットー、ウィリアルドへと続く。ブライアンが王太子に返り咲く可能性はぐっと低くなるだろう。

「罠なのではありませんか?我々を呼び寄せ、目障りな大公家を一網打尽にするつもりなのでは……」

 懸念を示したのはオットーだ。ゴロードも同じことを考えていたのか深く頷いた。

「可能性は大いにある。だが、人間性に欠けたブライアンに王位を渡すわけにはいかない。私は応じるつもりだ」

「それでは私が同行します」

 すぐさまオットーが声を上げたがゴロードは首を振った。

「お前は跡継ぎだ。何かあったときのためにも残ってもらう」

「では私をお連れください」

「ウィリアルド、頼むぞ」

 騎士のウィリアルドは護衛にうってつけだ。この呼び出しが王家の罠だったとして、彼ならば最悪自分だけでも対処できる能力がある。

 そんな父子の様子をアリシアは黙って見つめていた。次男の婚約者に過ぎないアリシアがここで出しゃばって発言することはない。このまま話がまとまりそうだと思っていたのだが、ゴロードはアリシアに視線を向けた。

「アリシア嬢、これは使者からの伝言なのだが……」

「はい、大公閣下」

「王妃様があなたのことを知り、ぜひ会いたいと仰せらしい」

「王妃様が、ですか?」

「あなたがブライアン廃太子の元婚約者アデラ・クラーク嬢の遠縁で、とてもよく似ているという話を耳にされたようでな。会って話をしてみたいと」

「……ですが、私はそのアデラ嬢と会ったことも話したこともございませんのよ」

「それはあちらもご存知だ。だが長患いのうえ実の息子が廃嫡されてすっかり参っておられるようでな。おそらくアデラ嬢に似ているからというのは建前で、王宮の外の人間と話したいのだろう」

「そうでしたか。……王妃様をお慰めできるかどうかわかりませんが、私でよろしければ」

 どちらにしろ、王位継承の手続きがあるのならば秘書が必要だ。オットーがうってつけだったのだろうが同行できないし、ウィリアルドは護衛に専念しなければならない。年若いオーロラには荷が重いので、やはりアリシアが適任なのだろう。

 こうして五日後、ゴロード、ウィリアルド、アリシアの三人は王宮に向かうことになった。




 約束の時刻になり、アリシアたちが王宮に向かうとすぐに謁見の間に通される。

 そこには病身のはずのカザリン王妃と重臣たちが揃っていた。


「ローデン大公、足を運んでくれて感謝します」

 礼をするとカザリン王妃が静かに口を開いた。

「ウィリアルド公子、それから婚約者のアリシア嬢ですね」

「王妃様」

「顔を上げてちょうだい……ああ、確かにアデラに似ているわ。髪の色以外はそっくりよ」

 アリシアは反応に困った。そっくりも何も本人なのだからあまり迂闊なことは口にできない。そんなアリシアに助け舟を出すようにウィリアルドが話題をそらした。

「王妃陛下、国王陛下はまだお着きではないのですか?」

 すると重臣たちもわざとらしくきょろきょろし出した。彼らも同じ疑問を持っていたのだろう。だが王妃は首を振っただけだ。

「陛下は今回のことで心労が重なり、本日は謁見できません」

 これには皆が驚いた。カザリン王妃が病身だと言うことは知っていたが、ここに来て国王まで倒れたというのだろうか。

「それでは本日は王位継承の手続きができないということでしょうか」

「いいえ。手続きは行います。事前に陛下は書類を揃えておられました」

「そ、それは……」

「教皇猊下にまで足を運んでいただいているというのに手続きを遅らせることはできません。すませてしまいましょう」

 カザリン王妃は淡々としている。その様子に周囲の者たちは戸惑うばかりだった。


「―――王妃陛下、それは本当に国王陛下のご意志でお間違いございませんか?」


 空気が凍った。

 言葉を発したのはウィリアルドだ。全員の視線がウィリアルドとカザリン王妃に集まる。

「ウィリアルド、無礼だぞ!」

 ゴロードは息子を叱責する。もちろん計算してのことだ。ウィリアルドならば王妃の行動に疑心を唱えたとして若気の至りで済ますことができる。それをゴロードが諌めれば、王家対大公家になることもない。

 カザリン王妃といえば、微笑みこそ消したものの取り乱した様子もなかった。

「良いのです。この場に国王陛下を引きずってくることができなかった私の落ち度ですもの」

「王妃様……」

「陛下のご意志が間違いないかどうかは……宰相、この書類のサインを確認してください」

 カザリン王妃が同席していたプリチャード宰相に書類を手渡す。宰相はそれを受け取り、つぶさに確認し出した。

 沈黙が部屋を支配する。ほんの一、二分ほどだったが、全員が数十分も待たされたような重い雰囲気を感じた。


「間違いございません。これは国王陛下の直筆のサインです」

「本当か?」

 すかさずウィリアルドが確認を入れる。この場でなんとしても本物だと第三者に断言してもらわねばならない。

「陛下のサインもお使いのインクの色味も私の頭の中に叩き込まれております。さらに言えば、この書類は私が作成し、教皇猊下の印を頂いた唯一無二のもの。昨日完成して私が預かり、今朝になって王妃様に直接手渡しました」

 女官も介していない、書類は教皇から宰相、王妃、そして国王に渡ったもの。そして同じ経路で戻ってきて今ここにある。


「そうか……。王妃陛下、大変失礼しました」

「誤解が解けて良かったわ」

 王妃はそう言うと、ゴロードと教皇をテーブルへと促す。皆の前でゴロードに署名をさせ、教皇にすぐさま承認してもらうのだ。ゴロードは椅子に座り、差し出された書類をひとまず確認する。ウィリアルドとアリシアも後ろに控え、彼がサインをするのを待った。やがてさらさらとペンが走る音がして、ゴロードのサインが終わる。そして教皇がそれを確認し、従者に持たせていた教皇の印を押した。


「―――ここに、ケンブリッジ王国の王位をゴロード・ジェラルド・オットー・ローデンが継いだことを承認する」


 重臣たちは短いため息を吐いた後、ゴロードに向かって礼を執る。ウィリアルド、アリシアはもちろん、カザリン王妃も膝をついた。

 十数人の重臣に祝福され、国王ゴロードが静かに誕生した。仮に今ここでゴロードが命を落とすようなことがあっても、ブライアンが王冠を被る未来は事実上潰えたのだった。




 国王ゴロードが誕生し、重臣たちはうずうずとしている。そんな雰囲気を感じ取ったのか、カザリン元王妃は彼らに声をかけた。

「皆のもの、これからは新国王をお支えするように。前国王と私は一ヶ月以内にこの王宮を去り、南の離宮に移ります。それまでの間、プリチャード宰相は宰相職を続投、重臣たちをまとめるように」

「かしこまりました」

「早速戴冠の儀式をせねばなりません。プリチャード宰相が中心になって日取りや規模を決めてください。前国王と私は関与しないつもりです。もちろん元王太子のブライアンも同じです」

「そういえば王妃様、ブライアン王太……ブライアン元王子はどちらに?」

「あれは自室で謹慎しています。私達はブライアンを離宮に連れていくつもりはありません。本人が納得するのならば出家させるつもりです」

 皆が息を呑んだ。生まれたときから王太子と持て囃されていたブライアンが出家することになるとは……。

「ブライアン殿が納得されなかった場合はどうされるつもりで?」

「前国王の最後の慈悲を無碍にするようなことがあれば、新国王に処遇を一任するつもりです」

 それはつまり、ゴロードがブライアンを一生幽閉するような沙汰を下したとしても彼の両親は文句を言わないということだ。

 

 アリシアは一人瞠目していた。ブライアンは憎き復讐対象だ。だから同情するつもりはないのだが、ブライアンの両親の彼に対する無情さには戦慄すら覚えた。思えばアリシアがアデラだった時も、ルークもカザリンも決してブライアンを甘やかしていたわけではない。かといって厳しく教育しているわけでもなく、どこか放置気味だったようにアリシアは思う。

 ブライアンが元婚約者を虐げても静観し、彼が逆境に置かれても手を差し伸べなかった。彼らは常に、ブライアンに対して無関心だったことにようやく気付いた。


「―――アリシア嬢、男性陣が儀式の話し合いをしている間、私に付き合ってちょうだい」

 アリシアは問題のカザリンに誘われてぎょっとする。さすがに動揺し、ちらりとウィリアルドを見た。

 だがカザリンは逃げ道を防ぐように言葉をかぶせてくる。

「あら、ウィリアルド公子は駄目。女同士の話よ」

「ですが」

 するとカザリンはアリシアの心配を別の方向に取ったらしい。

「確かに心配よね。……ビビアナ」

「はい、王妃さ……カザリン奥様」

 王妃の後ろに控えていた女官の一人が返事をした。年は四十くらいで髪をきっちり結い上げている。美人とまでは言えないが、王妃専属の女官だけあって立ち振舞いに品がある女性だった。

「公子様にはアリシア嬢という婚約者がいるけれど、重臣たちはここぞとばかりに自分の一族の娘を押し付けようとするかもしれないわ。公子様を見守っていてちょうだい」

「承知しました」

「おうひ……カザリン様。あの、私は」

「ビビアナの兄上は辺境伯、ご夫君は侯爵よ。私は今ここをもって王妃ではなくなったけど、今日一日くらい権威は持つでしょう。あなた方に手は出させないわ」

 そう言われればウィリアルドもアリシアを絶対に渡さないとは言えない。そもそもカザリンがアリシアと話をしたがっているとわかっていて連れてきたのだ。アリシアも断れないと察し、ウィリアルドに作り笑いを向けた。

「私は大丈夫よ、ウィル」

「アリシア……わかった。後で迎えに行くよ」




 カザリンの部屋……つまり王妃のための部屋は、王族の居住区の最奥にある。アリシアはカザリンと彼女の侍女と共に中に入った。病気がちな王妃は一日中この部屋にいることが多いのだろう、使いかけの細々とした日用品が多く、生活感が滲み出ている。あまり客を招いたことはないはずだ。実際アリシアがアデラ・クラークだったときも、一度も王妃に部屋に誘われたことはなかった。

 窓際の居間として使う空間にティーテーブルが置かれており、アリシアは席に案内された。カザリンも向かい側に座り、二人の侍女がいそいそと茶を淹れている。


「食べられないものはあるかしら?」

「いいえ、奥様。嫌いなものはありません」

「感心なこと。私はオレンジを使った紅茶やお菓子が苦手なの。()()のオレンジは苦くて渋みがあって、とても生では食べられないわ」

「は、はあ」

 アリシアは返答に困った。オレンジは一応果物に分類されているものの、基本的にそのまま食べるものではない。強い渋みがあり、マーマレードに加工したり、皮を少しだけ削って料理の香り付けに使う場合がほとんどだ。カザリンの言い方だと、生で食べられるオレンジがあるようだが。

「生で食することのできるオレンジがどこかの国に存在するのですか?」

 アリシアの問いに、カザリンの口元が歪んだ。

「ええ、そうね。存在するわ……」

「奥様の故国でしょうか。興味がありますわ」

 そうこうしているうちに紅茶が淹れ終わり、二人のもとにサーブされた。爽やかなジンジャーの香りがする。

「最近お気に入りのお茶なの。香りが素晴らしいでしょう」

「はい。ミルクとお砂糖を入れた方が……」

 香りを楽しんでいたアリシアはふと気づく。強いジンジャーの香りに混じって、かぎ慣れた香の匂いがしたからだ。


(魔術に使うお香だわ!)


 アリシアは反射的に鼻から下を手で押さえた。

 そして、それが間違った行動だと気づくのはすぐだった。カザリンが能面のような顔でアリシアを見つめていたからだ。


「あら、気づいちゃったのね」

(―――しまった!)

 状況がよく分からない。……わからないが、アリシアは自分がこの部屋に誘い込まれたのだということだけは理解した。

 魔法の香に気づかないふりをして逃げ道を探さねばならなかったのだ。アリシアは身の危険を感じてとっさに立ち上がろうとするが、後ろから何者かがのしかかってきた。

「ぐっ、うっ……あなたたち」

 アリシアを押さえつけているのは二人の侍女だった。共に虚ろな顔をしている。何らかの方法で操られているのだ。どちらもアリシアより体格が良いので、二人がかりでは振り払うことはできなかった。

 アリシアはせめてもの抵抗とカザリンを睨む。一方のカザリンはアリシアをぞっとするほど冷たい瞳で見下ろしていた。まるで路傍の石ころを見るような、感情のこもっていない視線だ。


(間違いない、カザリンはヴァイオレットやマリアと同じ魔女だ)


 ずっと王宮の奥でルーク王やブライアン王子の影に隠れて爪を隠し、そしてこのタイミングで何かを仕掛けようとしている。

(いったい何を?)

 するとアリシアの心を見透かしたように、カザリンは艷やかな唇を開いた。

「ねえ、()()()。……私にあなたの体をちょうだい?」


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