25 私、アデックマ嬢(アデラinクマさん)と結婚します
その後、アデラは一部始終を聞いて悪乗りしたヴァイオレットにあれよあれよとクマのぬいぐるみの中に入れられた。
一時的にマリアに体の所有権を奪われ(マリアはやろうと思えば強引に表に出てこれる)、お腹のあたりをきゅきゅっ、とされ、気が付いた時には魂だけの状態でぺいっとマリアに吐き出されていた。そしてつままれてクマのぬいぐるみの口にくりくりっとねじ込まれ、あっという間にアデラinクマちゃんである。何とも鮮やかな手口であった。
「嘘よ!噓でしょ!!?」
「いやいやー。自分が言ったことには責任持たないと駄目よん」
マリアがにやにやとしながらアデラの……正確にはクマになったアデラの毛をブラシでマッサージしてくれている。傍目にはぬいぐるみを溺愛するご令嬢だが、マッサージされているアデラからすれば地獄の光景である。
「あの人頭がおかしいわよっ。私をこれから家族に紹介するってどういうつもりなの!?」
「あー、はいはい。リボンをつけてっと」
「真面目に聞いてよ、マリア!!」
「大丈夫よ。ウィリアルドが本当にやばい男なのかただの変態なのかはこれから行動していけばわかるわ」
「どっちに転んでも嫌なんですけど?」
「まあまあ。彼の愛を存分に確かめなさいな。その姿ならせいぜいキスまでしかできないから」
「ひいぃっ」
そうこうしているうちにアデラinクマちゃんの支度が完成したらしい。
マリアが「よしっ」と満足げにうなずいたところでドアがノックされ、問題のウィリアルドが現れた。
「アデラ、用意はできたかい?」
「もちのろんよっ。見よ、アデックマちゃんの艶姿を!」
「変なあだ名付けないでよっ」
「素晴らしい仕事だ、マリア。美しいぞアデックマ」
「やめてぇーーーーっっ」
「いいんじゃない?アデラって名前だと色々障りがありそうだもの。アデックマに改名なさいよ」
「さあ行こう、アデックマ。家族が待っている」
「いってらっしゃーい」
ウィリアルドはアデックマを抱き上げると意気揚々と部屋を後にする。その背中をマリアが満面の笑みで見送った。
「いやよぉーーーーーーーっっ!」
「……というわけで、ここにいるアデックマと婚姻することになりました。明日には職場にも彼女を連れて行って、新婚休暇をもぎ取るつもりです」
ウィリアルドは国境の町でアデックマと出会い、彼女を口説き落として結婚を了承してもらったと説明した。微妙に真実を混ぜているが、やはり根本的に色々と破綻している。
そしてローデン家の反応は……。
「はーん」
「ほーん」
「あらあら」
「あでっくま……」
上から兄オットー、父ゴロード、義母ヴィオーラ、そして義姉となる予定のオーロラである。
アデラは恥ずかしさで憤死しそうになりながらもウィリアルドの家族を観察していた。
ヴィオーラ(ヴァイオレット)はもうしょうがない。明らかにこの状況を面白がっているが、正直アデラの身から出た錆である。
オーロラは自分がヴィオーラにプレゼントしたはずのクマのぬいぐるみが自分の義妹になるかもしれないという状況に混乱して固まっている。喚いたり取り乱したりしないのは流石だ。できればもう少し石化したままでいていただきたい。
問題は大公家長男のオットーと、当主のゴロードだ。反応が薄い。
(普通次男がクマのぬいぐるみと結婚するって言ったら怒るか正気を疑って心配するかどっちかでしょ?)
だが二人は驚きはしたようだが焦っている様子もない。
「昔から変わり者だとは思っていたが、ウィルはぬいぐるみと結婚するのか」
「兄上、ぬいぐるみではありません。アデックマです」
(名前なんてどうでもいいわっ)
「でもぬいぐる……アデックマと結婚できるのか?戸籍ないだろう?」
(気にするとこそこ!!?どうなってるの、この家族)
アデラは唖然とする。
オーロラは目を見開いて固まったままで、ヴィオーラだけが必死で笑いをこらえている。
「ウィリアルドは昔から言い出したら聞かないからなぁ。そのアデークマァ?と結婚するならするんだろう、絶対に」
「はい父上!絶対に彼女と結婚し、幸せな家庭を築いてみせます」
(お義父さまぁーーーーーーっっ)
アデラがアデックマでなければ頭を抱えて床に倒れこんでいただろう。だがアデックマをぬいぐるみだと信じている(信じてるよね?よね!?)ローガン家を驚かしたり怯えさせたりしないよう、アデラは動けないアデックマに徹するしかない。
「ウィルは昔からそうだったよなぁ。子犬を拾ってきたら、絶対に母犬を探すって一ヶ月も探し回ったり」
最終的に本当に見つけ出して、母犬ともども使用人の飼い犬になったらしい。
「病気になった母親(離婚した実母)に滋養の付く果物を食べさせるってしばらく行方不明になったことがあったのう」
数日後に王都から三十キロも離れた果樹園で保護され、ほくほくで母親に果物を手渡した(母親はとっくに快癒して床上げしていた)。
「父が毒を飲まされた時は、逃げた犯人を王都中追い掛け回して土下座で謝罪させ、黒幕まで吐かせたな」
そういえば、数年前に大公家の怒りを買った侯爵家が断罪され、一家離散に追い込まれていた。
「あらあら、つまりウィリアルド様はとても意志が強い殿方なのね」
ヴィオーラが穏やかな笑みを浮かべながら会話に割り込む。男たちはそうそうと大きく頷いた。
「やると決めたことはやり遂げないと収まらんのだ」
「説得なんて無意味なんだ。……まあ、さほど他人様の迷惑になるようなことにはならないから、僕たちも諦めているところがあるが」
「ぬいぐるみと結婚には驚いたが、……誰かが迷惑を被るわけでもないしの」
「ウィリアルドの奇行遍歴が増えるだけですからね」
(いやいや、被っている!私が迷惑被りまくってるっっ)
などと訴えられるはずもなく。
恐ろしいことに、家族との顔合わせは何の問題もなく終わってしまったのである。
翌日。
今度はレースのリボンとそれに合わせたフリルのエプロンで飾られたアデックマはウィリアルドに抱えられて彼の職場に連行された。……もちろん結婚相手として。
「団長!このたびウィリアルド・ローデンは、ここにいるアデックマ嬢と結婚することになりました!」
「あ、はい。オメデトウゴザイマス」
団長のデンプシー子爵が引きつった顔で応対している。ご愁傷様である。
他の団員たちは自分たちの仕事をするふりをしてしっかり聞き耳を立てていた。
「つきましては!結婚後は二週間の休暇をいただきたくっっ」
「あー、はい。引継ぎをちゃんとやってくれればどうぞどうぞ」
「ありがとうございます!」
「と、ところでローデン君……。君に私の親戚から縁談がいくつか来てるんだけど、そういうことなら僕の方で断っていいのかな?」
「是非お願いします!!アデックマ嬢以外の伴侶など考えられません」
「……でしょうね」
目がマジなウィリアルドに対し、親族の身勝手な政略結婚を勧める勇気はデンプシー子爵にはなかったらしい。
「断るとき、アデックマ嬢のことを親戚に話してもいいかな?」
「かまいませんっ」
「あ、じゃあそういうことで」
(団長ーーーーーーっっっ)
デンプシー子爵はあっさり引き下がった。すると団長が認めたことで、団員たちもぽつぽつと「おめでとうございます」「お幸せに」と口にし始めた。
(か、カオスだわ)
おそらくウィリアルドは騎士団でも意志を曲げぬ熱い男で通っているのだろう。そもそもウィリアルドは身分だけなら大公子息。そしてもうすぐ王族になるのだから、彼を説得しようという猛者はここにはいないのだ。よほどの強心臓でない限り。
「そんな、納得できません。副団長!!」
そこで声を上げたのは三人の女騎士たちだった。騎士の装いはしているが、きっちり化粧をし、仕事には不必要そうなアクセサリーもつけている。おそらくウィリアルドの嫁狙いの貴族のご令嬢たちだ。父親の権力で騎士団にねじ込まれたのだろう。
「ウィリアルド様!王太子になる兄君に遠慮してぬいぐるみと結婚するなどと……。オットー公子はなんて酷い方なの!?」
「そうですわっ。どうか私を選んでくださいませ。ウィリアルド様が王位を継げるよう、我が家が全力でサポートいたします」
「いいえ、結婚は侯爵令嬢の私と!さあ、そんな汚いクマはお捨てになって」
(強心臓がいたわ……)
しかもアデックマを敵視するならばまだしも、オットー公子を悪役に仕立て、ウィリアルドと王位を争わせようとしている。案の定、ウィリアルドは鬼の形相になっていた。
「ほざけ、愚物ども!!!」
「ひいいぃぃっ!」
「きゃあっ」
「あう!」
あまりの覇気に、女騎士たちは腰を抜かして床に倒れこんだ。
「俺の最愛の伴侶をけなしたばかりか、兄を侮辱し、さらに兄を押しのけて王位を継げだと!?一体何様のつもりだっっ」
「その三人を国家反逆罪で捕らえろっ。責任は俺が取る!拘束して貴族牢にぶち込めっっ」
すかさず女騎士たちの拘束を命じたのは団長のデンプシー子爵だ。このままではウィリアルドが女たちに対し剣を抜きかねないとすぐに判断したのだ。彼の勘は正しく、ウィリアルドの右手は剣の柄へと伸びていた。アデックマが必死に右手にしがみついたので抜かずに終わったのだが。
ウィリアルドの激高とデンプシーの命令に、団員たちはばたばたと女騎士たちを拘束する。幸い意気消沈していた女騎士たちは抵抗せず、すぐさま執務室から連れ出された。おそらくこの件は王家と大公家に伝えられ、彼女たちの貴族生命は終わりを迎えることだろう。なにせ未来の王太子を失脚させるとも取られる発言をしたのだ。
ウィリアルドは騒がせたことを団長と団員たちに詫びるとそのまま職場を辞した。
「……アデラ、止めてくれてありがとう」
帰りの馬車止めに向かう途中、人気がなくなったところでウィリアルドがぽつりと礼を述べた。先ほど右手を抑え込んだことだろう。
「どういたしまして。あまり団長さんを困らせたら駄目ですよ」
もし女騎士たちに剣を抜き、万が一にも死なせることになっていたら、あの気の毒な団長が責任を取らされたことだろう。彼とてあの三人を騎士団に置きたくて置いたわけではないはずだ。副団長のウィリアルドも貴族たちの付き合いの手前、断ると逆に面倒になると思い、彼女たちを職場に受け入れたうえで放置していた。
「君の言うとおりだ。俺が弱腰だったせいで団長に迷惑をかけるところだった」
「そうそう」
「このままではいかんっ。家族と職場にさえ伝えればいいと思っていたが、君が俺の唯一無二の伴侶だということを、ケンブリッジ王国中に知らしめねば」
「はい?」
「アデックマ、俺のパートナーとして社交界に出よう」
「へえ?」
「早速マリアとヴァイオレットの力を借りて君に相応しいドレスを採寸して……ああ、俺の色のアクセサリーもまとってほしい」
「ほーん?」
「そうと決まれば早速準備を始めるぞっ」
「待て待て待てーーーーーっ!」
目をらんらんとさせてタウンハウスに戻ろうとしたウィリアルドの横っ面を、ふわっふわのアデックマパンチが襲った。
こうかはゼロだった!
アデラはとうとう腹をくくる。
「分かったわよ、わかりましたわよっっ。私の負けよ。結婚しますっ。人間に戻ったうえで、結婚させていただきますっ!!」
暴走は続くよどこまでも。




