24 ウィリアルドの求婚
ヴィオーラ・ライダー女男爵は四ヶ月前にゴロード・ローガン大公と結婚した。
領地なしの爵位持ちだった彼女はその肩書のまま大公家に迎え入れられ、ローガン大公のパートナー兼補佐として一室を与えられている。
ダニエルを断罪したアデラはあえて魔法を使わず、顔だけ大きなつば付きの帽子に隠した令嬢姿でローガン大公のタウンハウスの門を叩いた。ライダー女男爵の客だと言えば、多少は待たされたもののすんなりと奥へ通される。
はたしてそこにはウィリアルド・ローデンが待っていた。
「よく来てくれた。アデラ」
「公子様にご挨拶申し上げます」
アデラはカーテシーをした。ウィリアルドとの距離を保ちたかったこともあるが、彼は王族になることがほぼ確定している。無礼があってはならないと冷静な部分が働いた。
ウィリアルドは頑なな態度のアデラに少しショックを受けた顔をするもそれについては何も言わなかった。
「そこにかけてくれないか、アデラ。長い話になるから」
「……」
アデラは逡巡した。ウィリアルドの要求だけを聞き、すぐに立ち去りたい。何となく、ここに長居してはいけないという気がしていた。
「さあ、アデラ」
再度促されて、アデラは断る理由も思いつかずにソファに腰を掛ける。ウィリアルドも向かいに座った。
この部屋の本当の主であるヴァイオレットの気配はない。近くにもいないようだった。マリアも沈黙してしまっているので、完全にウィリアルドと二人きりになっている。これは初めてのことではないだろうか。なんだかすごく居心地が悪かった。ウィリアルドの真っ直ぐな瞳は、いつもアデラを落ち着かなくさせるのだ。
「アデラ、私と初めて会った日のことを覚えているか?」
「国境の町ですか?」
「そうだ。どうして復讐に協力するのかと問うた君に、私は不思議な記憶があると言っただろう」
「え、ええ。確かに」
その直後に「好きだ」と告白されてしまい有耶無耶になってしまったが。
「俺には前世の記憶があるんだ」
ウィリアルドは自分が異世界の女子高生だったころからの記憶を話した。事故で死んでなぜかこの世界の公爵令嬢カーリーに転生し、やはり同じ世界から召喚されたマリアとも会っていた。なんとマリアを断罪してヴァイオレットの従僕(違うわよっ(マリア談))にしたのは前世のウィリアルドだったのだ。道理で最初からマリアに塩対応だったわけである。その過程で何故か彼はアデラの苦境を知るに至ったらしい。
ウィリアルドが言うには自分が実際に見ていたというよりは俯瞰で映像を見ている感覚だったらしく、王宮で倒れた際に一時的に仮死状態になって生霊のようになったのかもしれないということだ。そんな妙な話があるだろうかと疑問だが、ウィリアルドが見たクラーク家での虐待はその場にいた者でないと知らないことが含まれており、アデラもその説明で納得せざるを得なかった。
「あの時の言葉に嘘はない。俺は君に恋をした」
「……そんな」
「家族に虐待され、婚約者に裏切られ、それでも前を向いて努力を重ねていた君のひたむきさが好ましいと思った」
「そんな純粋なもの、もう私には残っていません」
アデラは家族とブライアンたちを恨み、憎み、復讐を遂げた。もう綺麗でお優しい侯爵令嬢ではない。
「もちろん君は変わった。だから俺は君の近くで君の復讐を間近で見てきた。……自分の気持ちを確かめたくて」
「……」
「復讐の鬼になってしまった君に恋心が萎むかもしれない、最後まで見届けろとヴァイオレットには言われたよ。そしてそうした……」
「……」
ウィリアルドが立ち上がる。そして大股でアデラに近寄ると片膝をついた。
「気持ちは変わらない。いいや、ますます強くなった。アデラ、俺は君を愛している。どうか結婚してほしい」
「けっ、こん?」
「結婚だ」
色々飛び越した。
一瞬気が遠くなりかけたアデラだったが、すうっと大きく息を吸って脳に酸素を送る。
(平常心……平常心……)
「ウィリアルド様……私はその求婚にはお応えできません」
「何故だと聞いても?」
「私はもうすぐこの体をマリアに明け渡すからです。マリアには大変世話になりました。前世のあなたの婚約者を奪おうとした悪い女かもしれませんが、私にとっては恩人であり、かけがえのない友人です。この体をぜひ彼女に使ってほしいのです」
「マリアが悪い奴でないことは知っている」
「ではマリアを幸せにして下さいませんか?彼女は五十年もの間体を奪われ、罪を償いました。もとは十代の少女です。彼女はやり直せます」
「あなたとマリアの間で体の受け渡しが決まっているのなら俺には口を出すことはできない。だが君の体の中身がマリアならば、結婚してもなんの意味もない」
「で、ですが」
「君がいいんだ、アデラ。君じゃないと意味がない。君を幸せにしたいんだ」
「む、無理よ……」
アデラは首を振る。
アデラはすでに人生を諦めていた。だからこそ復讐ができたのだ。悪辣に、思いのままに、苛烈にやり返し、その後は命を絶つつもりでいた。
体をマリアが有効活用してくれるのならそれでいい。魂もヴァイオレットが欲しいなら差し出す。そのつもりで全ての感情をあの復讐に注ぎ込んだのだ。だから今のアデラはもう空っぽなのだ。
……何もない、はず。
「もう一度言う。結婚してくれ」
「もう一度言わないでください。私は結婚しません」
「君が魂だけになっても結婚する」
「できるわけないでしょ!?あなた王子になるのよ。相応しい結婚相手がいくらでもいるでしょうが」
「兄とオーロラ嬢が婚約することになった。オーロラ嬢の成人を待ってすぐに結婚、父はすぐ王位を譲るだろう、俺は結婚相手を自由に選んでいいと言われている。アデラがいいんだ」
「オーロラ様が?お、おめでとうございます……?じゃなくてっ」
ライダー女男爵 (ヴァイオレット) に保護されローデン大公家に匿われていたオーロラ・ファース伯爵令嬢は、どういうわけかウィリアルドの兄オットーの婚約者に納まってしまったらしい。歳が一回り近く離れているが、未来の王妃ならばめでたいことだ。だが今のアデラには全く関係がない。
「諦めてください。私は……」
「絶対に諦めない」
「かぶせて言わないで!」
もう駄目だ。こちらを見る目が澄んでいて真っ直ぐ過ぎる。絶対に言葉では説得できない。
アデラはうろうろと視線を彷徨わせた。と、お堅い執務室に不釣り合いなものを見つける。それは見覚えのあるものだった。
(オーロラ様のクマのぬいぐるみ?)
間違いない、アビゲイルの姿で初めて会ったときにオーロラが持っていたぬいぐるみだった。
あれだけ大きいものは珍しいから間違いない。きっと世話になった礼にオーロラがヴァイオレットにプレゼントしたのだろう。
(そうだわっ)
アデラは立ち上がり、ぬいぐるみを抱き上げる。いいことを思いついた。
「アデラ?」
ウィリアルドがきょとんとしている。アデラはにやりと笑った。
「ウィリアルド様、私を魂だけになっても愛する、結婚するとおっしゃいましたね?」
「ああ。言った」
「なら私はマリアに体を明け渡した後、このクマの中に入ります。クマのぬいぐるみになった私と結婚しましょう!」
固まったウィリアルドにアデラは笑みを深くする。
(これで諦めるはず)
たとえどんなにうわべだけの愛を囁こうと、ぬいぐるみと結婚できる男などいないだろう。
「そうか!ぬいぐるみの君となら結婚できるんだなっっ」
「……は?」
「君から結婚を提案してくれるなんて嬉しい。幸せになろう、アデラ」
(ぬいぐるみと結婚できる男、いたーーーーーーーーーーっっ!!!)
そしてウィリアルドの暴走が始まる……。




