20 査問 (2)
「―――さて、ダニエル・クラーク侯爵」
ウィリアルドがダニエルの名を呼ぶと、再び傍聴者たちは口を噤んだ。
ダニエルの言葉を一字一句聞き逃すまいと皆が耳を傾ける。これだけの証言・証人がいる中、どんな言い訳をするのだろうか。使用人の言い分など聞く必要がないと激高するのか。あるいは証拠を出せと言うかもしれない。
果たして……。
「あなたは次女のアデラ嬢を虐待していましたか?」
「……いいえ。虐待などしていません」
身に覚えがない。
そう言い切ったダニエルに「ふざけるな!」「これだけの証言があるのにしらを切るのか!」と傍聴者たちからの野次が飛ぶ。だがダニエルは眉一つ動かさなかった。
「クラーク侯爵、これだけの証言が揃っていますが、あなたは全て否定なさるのですね?証言者が全員嘘をついている、そう仰るのですね?」
「……さっきから一体何を言っているんだ?」
まさかの応えにウィリアルドはため息を吐く。
「クラーク侯爵、まさか話を聞いていなかったのですか?」
「聞いていたさ。アデラを生まれてすぐ乳母一人つけて別邸にやったこと、ジェマとイーサンの暴力と暴言を見過ごしていたこと、あとは生まれて来たことを床にひれ伏させて謝らせたことだったか?間違いなく私は容認していた」
野次が止んだ。ウィリアルドは慎重に口を開く。
「虐待を認めるのですね?」
「いいや?虐待はしていないと言ったぞ」
「ですが……」
「虐待ではない。あいつにふさわしい罰を与えていたんだ」
もう野次は聞こえない。全員が固唾を呑んでダニエルの言葉に集中した。ウィリアルドはなるべく威圧的にならないように、けれども怒りを抑えた様子で声を出した。
「罰、と言ったか?」
「そうだ。罰だ。アデラは罪人なんだ」
「……あなたはアデラ嬢を生まれた瞬間から虐げていた。生まれたばかりの赤子にどんな罪があったと?」
「そうだ!あんたたちは知らないんだ。アデラがどれほど罪深いか。だから私を責めるんだ!私は何も悪いことなんてしていないのにっ」
「質問に答えてくれ。アデラ嬢はどんな罪を犯したんだ?」
「アデラはライラを殺したんだ!酷い難産だった。イーサンとジェマのときはそんなことはなかったのに……。ああ、可哀想なライラ。苦しんで苦しんで……血まみれになって力尽きて死んでしまった。アデラは私の最愛の妻を殺した悪魔の子なんだ!!」
「……」
絶句したのはウィリアルドだけではない。先程から傍聴者たちだけでなく、他の査問員も一言も発さない。
お産で母体が亡くなるのは未だにある話だ。しかも死亡率が高いのは貴族だけ……貴族女性の体力がなさすぎるのが大きな理由だった。フォークより重いものを持ったことがない女性が、出産で体に大ダメージを負うのは自然の理とも言える。
一方仕事をするのが当たり前の平民女性のお産での死亡率は低いので、この国の医療のレベルが低いわけでは決してない。
「そんなに奥方を愛しておられたのだったら、三人目を作らなければよかったのでは?」
査問員の一人がとある疑問を口にした。同じ気持ちの者が多く、ほとんどがうんうんと頷いている。
「一人目は男児で健康体だったのに。しかもクラーク侯爵の御子は皆年が近いですよね。なぜ短い期間に三人も?」
ライラは幸運にも一人目で男児を授かった。二人目は女児だったものの、これも健康体だった。この国ではつなぎの意味合いが強いが女性でも爵位を継ぐことはできる。このうえ三人目の子供を無理をして……しかも立て続けに生む必要はなかったはずだ。
妻の体を気遣うのならばなおのこと。
スペアのために二人目を作る貴族の家は多いが、歳は五歳以上離れていることが多い……というか、常識だ。しかも三人以上子供を作る貴族の家は、側室や妾を許されている王家と辺境伯以外ではなかなかお目にかからない。
貴族は血を守るために生母が正妻以外の後継は認められていないので、政略結婚といえども基本的に妻を大事にするものなのだ。
「なぜです、クラーク侯爵。三人目の子供を作ったのはどういうつもりですか?質問の意味がわからないとは言わせない。子供は女性一人だけでは作れないのですよ」
「それは……」
それまで堂々としていたダニエルが急に口ごもった。視線をうろうろと彷徨わせている。
「それは?」
「こ、こんなことになるとは思わなかったんだ。二人大丈夫だったから……」
「つまり、自分の欲望を抑えきれず、避妊もせずに奥方を妊娠させたのですね」
「仕方ないだろう!私は妻を愛していたんだ!妻だって私の愛に応えてくれた」
「……そうかもしれません。三人目を妊娠したこと自体はお亡くなりになった奥方も責任のあることだ。あなただけを責めるのは違うでしょう。……ですが」
「っ」
「アデラ嬢には何の責任もない」
「だ、だからっ。でも、アデラがちゃんと生まれてくればライラは」
「お産で母親が死んだら、罪は子供にあるというのだな?それがあなたの主張で間違いないのだな、クラーク侯爵」
「そ、そうだ!当然だろう。悪いのは母親を殺した子供だ!」
「異議あり!」
突然の大声に、ダニエルは飛び上がった。
査問員の一人……先ほどダニエルに「三人目を作らなければ良かった」と言った男だ。確か伯爵だったはず。
「私の妻は嫡男を産んだ際に命を落とした。だが私の息子は人殺しなどではない!!」
「そうだ、そうだ!」
「子供に何の罪があるって言うんだっ」
聴衆も査問員に味方する。
「私は息子を愛し、大事に育ててきた。あの子が結婚して爵位を継ぐまで愛し抜く。それは親の義務だ!……そして、妻の願いでもある」
「妻の願い……」
「妻は息子を抱くこともなく亡くなった。だが妻が息子を恨んでいるはずがない!私にはわかる。妻は息子の幸せを誰よりも願っていたんだと」
「その通りだわ!」
「母親を舐めるな!自分が腹を痛めて産んだ子が不幸になることを望むわけがないじゃない」
ダニエルはうろたえているようだった。心なしか体が縮んだ気がする。
その時だった。
「―――これ以上の審議は無駄のようですわね」




