18 ダニエル・クラークが見た夢
イーサンが婚約解消される一週間前のこと。
クラーク侯爵ダニエルは、寝室で深い溜め息をついていた。娘のジェマが騎士団に拘束・投獄され、クラーク家はファース家に慰謝料を払う羽目になった。ジェマを除籍したものの、クラーク家の評判は地に落ちてしまった。
「どうしてこんなことに……」
あの日、ダニエルは騎士団に解放されたジェマをそのまま修道院に向かう馬車へと放り込んだ。かわいがっていたジェマの哀れな姿にさすがに感情が込み上げかける。
「アデラのせいだ」
そもそもジェマがファース家のオーロラ嬢を虐げたのもアデラのせいなのだ。アデラが姿を消したから、ジェマは苛立って感情をオーロラ嬢にぶつけてしまった。全てはアデラのせい。あの悪魔のせい。
ダニエルにとって都合の悪いことは全てアデラのせいだった。すでにアデラが行方不明になってから一年以上経っているというのに、何かあるとダニエルはアデラのせいにして彼女の姿を探す。見つけ出して頭を踏みつけて、自分を不快にしたことを謝罪させてやりたい。ライラを殺した悪魔なのだから謝罪するのは当然のことなのだ。
―――お、お父様。申し訳ございません。
―――生まれて来てごめんなさい。お母様を殺してしまってごめんなさい。
―――ごめんなさい、ごめんなさい……。未練がましく生きていてごめんなさい。
這いつくばって許しを請うアデラをもう一年も見ていない。
……ダニエルのストレスは限界に達していた。
その日の夜、ダニエルはなかなか寝付けなかった。なんだか視線を感じる気がする。水でも飲もうかと体を起こすと、ベッドの傍らに白い人影があることに気づいて悲鳴を上げかけた。
だが。
「ら、ライラ……?ライラなのか?」
その人影は、白いドレスをまとった愛しい妻だった。亜麻色の髪に飴色の瞳……間違いない。記憶の中の妻そのものだ。
「―――ダニエルさま」
「ライラ、ライラ……っ。どうして。私は夢を見ているのか?」
「ダニエルさま」
「ライラ」
夢でもいい。
ダニエルは二十年ぶりに目にした妻の体を抱きしめようと両手を広げた。だがライラはにこりともせず、無表情でダニエルを見つめている。
「ライラ、こっちへ来ておくれ」
「どうして……?」
「え?」
「どうしてアデラに辛く当たったの?」
「……」
ダニエルは目を見開いた。
「ライラ、私は君のために……」
「よくも…」
「あの子は悪魔で……」
「よくもよくもよくもっ!私の可愛い赤ちゃんを虐げたわね!この悪魔ぁっっ!!」
無表情だったライラの目が瞬時につり上がった。儚く美しい顔だったのに、恐ろしい憤怒のそれに変わる。ライラは髪を振り乱し、奇声を上げてダニエルに飛びかかった。
「ひいいいぃぃっっ」
ダニエルは振り払おうとして、そのまま床に尻もちをついた。だがいつまで経っても何の衝撃も襲ってこない。恐る恐る目を開けると、ライラの姿はどこにもなかった。
「今のは、いったい……」
(幻でも見たのか?)
だがそれにしてはあまりにライラの姿はリアルだった。彼女が飛びかかって来た瞬間、肌に触れてきてた髪の感触も、鼻腔をくすぐった甘い体臭も覚えている。
その日、ダニエルはとうとう眠りにつくことはできなかった。
「うまくいったわね」
《……アデラ、あんた幽霊の演技うま過ぎるわよ》
「ふふふ……。そう?」
クラーク家の使用人の部屋で、アデラは乱れた髪を直していた。この部屋の元持ち主は数日前に逃げ出したので、ベッドや備品がそのままで結構快適だ。
《……で?しばらくはこの幽霊作戦でいくの?》
「そうよ。真正面から諭したってあの男が反省するわけないでしょう?お母様の姿を使えば効果的だと思ったのよ」
先ほどダニエルにライラの幻影を見せていたのはもちろんアデラだ。幻影とは言っても、魔法で姿を変え、すでに薬で酩酊状態だったダニエルに軽い幻惑の魔法をかけただけなのだが。
だがライラの幽霊は想像以上に効果的だったようで、ダニエルは簡単にこちらの術に嵌まった。
「あの男、本当にお母様を愛していたのね。私を虐げるための口実かと思っていたわ」
《そうかなぁ?あそこまで来るとただの執着だと思うわよ》
「ふふ。マリアは容赦ないわね」
《それにあいつ、反省なんてしなさそうだけど》
「別にいいのよ、あの男を真人間にしたいわけじゃないの。あいつが愛してやまないお母様の姿で責めて、精神を削るだけ削るつもりよ」
《なら次は私にもやらせてよ!リアル貞子やってみたい》
「さだこ??」
《(体が)一つじゃ足りないわ。ヴァイオレットにも参加してもらいましょ》
その日の夜、二人はどんな科白とシチュエーションでダニエルを追い詰めるのか遅くまで話し合った。
アデラは復讐を始めてからずっと全てを捨てるつもりで気を張っていたが、マリアといると失った学園時代をやり直している気持ちになる。もし気の許せる女友達がいたら、オシャレやお菓子など、くだらない会話で盛り上がることができたのだろう。
(マリアは私を救ってくれた……。だから全ての復讐が終わったら、私が持っているものは全てマリアに捧げるわ)
ジェマが修道院に送られた次の日、クラーク家のタウンハウスに勤める使用人のほぼ半数が退職届を出した。ダニエルはこのまま辞めるなら紹介状は書かないと脅したが、むしろいらない、と若い者ほど我先にと逃げ出した。今月の給金が支払われるのは二週間後だから、せめてそれまではいるだろうと思っていたのに。
いくらジェマのことでクラーク侯爵家の評判が落ちたとはいえ、こうも簡単に離職していく使用人たちにダニエルは首を傾げる。するとダニエルの心の内を見透かした執事が深い溜め息をついた。
「皆覚えているんですよ、旦那様」
「何をだ?」
「あなたがアデラお嬢様を理不尽に虐げていたことをです。貴方がたはアデラ様を幼い頃から傷つけ続け、そして最後は見捨てて屋敷から追い出し、さらに彼女の心と誇りまで引き裂こうとしました」
「それは……っ。アデラが悪いんだ!あいつがライラを殺したから」
「赤ん坊だったアデラ様が奥様を殺せるわけがないでしょう!いい加減に目を覚ましなさい!」
「……っ」
「アデラ様がいなくなってもあなた達は変わらなかった。アデラ様の代わりにジェマ様は使用人を傷つけ、あなたとイーサン様は口止めと称して端金を押しつけ、脅して屋敷から追い出した」
「は、端金など、そんなつもりは」
「皆怯えていたんですよ。アデラ様や追い出された使用人たちのように理不尽に傷つけ追い出されるのではと。そこにきてジェマ様のあの愚かな事件です。追い詰められたあなた達に八つ当たりで殺されると若い者たちの間であっという間に噂になったのです」
「殺すなんて」
「すべてあなた達がしてきたことの結果でしょう!」
「き、貴様っ。さっきから黙って聞いていれば……よくも使用人の分際でそんな無礼なことを」
「むしろもっと早く言うべきだったと後悔しています。先々代と先代に恩があるからと、子供の頃から知っているあなたがいつか目を覚ましてくれると信じていましたが……。あなたの性根は腐り切っている」
「う、うるさい、うるさい!貴様など首だ!この屋敷からお前も去れっ」
執事は首を言い渡されてもまったく表情を変えなかった。ただ瞳に静かな憐憫の色を浮かべた。
「かしこまりました。本日をもってお暇します。引き継ぎは必要ありませんね」
一礼すると、執事は踵を返して行ってしまった。その背中は、幼い頃から見守っていたダニエルを完全に拒絶していた。
その日の夜、やはりダニエルは寝付けなかった。
また視線を感じて体を起こすと、今度は部屋のドアの前に白い人影がある。
「ライラ……」
またしても亡き妻の亡霊だった。
ダニエルは彼女の姿をよく見ようと目を凝らして……そこで今夜の彼女は一人ではないことに気がついた。見覚えのない四、五歳くらいの女の子がいたのだ。ライラと同じ白色のドレスをまとった幼女が、ライラのスカートにしがみついて肩を震わせていた。どうやら泣いているようだ。
「ああ、可哀想に。私の赤ちゃん」
「ふえーん、おかあしゃまぁ」
「私の愛するアデラ。神よ、どうして罪のないこの子に試練を与えるのですか」
(アデラだって!?)
ダニエルは驚いて幼女を凝視した。亜麻色の髪に水色の瞳。泣きじゃくってはいるものの、その顔立ちはライラと血の繋がりを感じさせるものだった。
(アデラ……あれがアデラなのか?)
思えばアデラの顔をよく見たことがなかった。ただただ憎しみをぶつける対象でしかなく、彼女が家族の誰に似ているかなんて知ろうとしたこともない。いつもアデラの名前を聞いて思い浮かべるのは、床に這いつくばって許しを請う彼女のつむじだ。まさかアデラがあんなにライラに似ていたなんて。ジェマもイーサンも、顔立ちはどちらかというとダニエルの方に似ているのに。
ダニエルが衝撃を受けている間も、母子の嘆きは続いている。
「お母様、ジェマお姉様がひどいの。私を鞭でぶつのよ」
「なんてこと!こんなに小さな子にひどい仕打ちを……」
「それからね、イーサンお兄様は私が痛い思いをするのは仕方のないことだ、って言うのよ。私が悪い子だからって」
「まあ!アデラは鞭で打たれるような悪いことをしたというの?」
「アデラはお母様を殺したんだって。悪魔の子だから罪を償いなさいって」
「ああ、神様。あの愛らしかったジェマと賢かったイーサンがそんな恐ろしいことをするなんて。しかも赤ん坊のアデラが私を殺したですって?一体誰の入れ知恵なの?」
ライラは肩を震わせ泣いている。ダニエルはやめてくれ!と叫びたかった。見たくなくてずっと蓋をしていたものを見せつけられているような気がした。
「アデラ、あなたがジェマにいじめられている間、ダニエルは……お父様は何をしているの?どうしてあなたをかばってくれないの?」
「お父様?お父様は助けてなんてくれないの。私の乳母を辞めさせたし、ご飯もちょっとしかくれないわ。助けてって言ったら、話しかけるな!って蹴られたの。だからお父様には話しかけないわ」
「やめろ、アデラ!!」
とうとうダニエルは叫んだ。それが幻影だと分かっていても。
「お父様はね、ジェマが私を鞭で打ったって言ったらよくやった!って褒めるのよ。イーサンが私を悪いと責めると、そうだって頷くの。それからね、いろんなヤカイやオチャカイで、私は我儘で嫌な子だって言うのよ。私、我儘なんて言ったことないのに」
「違うんだ、ライラ!」
「それからね、私は毎日お父様に謝らなくちゃいけないの。『生まれて来てごめんなさい』『お母様を殺してごめんなさい』って。床に額をこすりつけてお父様が許してくれるまでずっと謝り続けなきゃいけないのよ」
「私は君の仇をうちたくて……。私とイーサンたちから母親を奪ったアデラに思い知らせようとしただけなんだ」
ダニエルは必死に訴えるが、ライラの幻影にその声は届かないようだった。
「夫が私の息子と娘を悪魔に育ててしまった……。可哀そうなイーサンとジェマ。ダニエルから歪んだ思いを植え付けられて、幼い妹を虐待するなんて。本当はとても良い子達なのに。いつかあの子達には天罰が下ってしまうわ。おお、神よ。どうかイーサンとジェマをお許しください」
「違うんだ、違う……」
ダニエルはきっと幼いアデラを睨みつけた。こいつのせいだ!やっぱりこいつがすべての元凶だ!!
ダニエルはアデラに駆け寄ると、腕を掴もうとした。痛めつけて、思い知らせてやらねば。そして謝罪させるのだ。ライラを誤解させて惑わせたことを。何時間でも床に這いつくばっていればいいのだ。
だがダニエルよりも一瞬早く、ライラがアデラを腕に囲い込んだ。
はっと顔を上げれば、これまでダニエルがいないかのように振る舞っていたライラが鋭い目で睨んでいる。
「ら、ライラ……私は」
「いま、この子に何をしようとしたの?」
「それはっ」
「こんなに小さな子に暴力を振るおうとしたの?」
「し、躾だ、これは」
「……人でなし」
「っ!」
「人でなし!あなたは親どころじゃない、人間失格よ!実の子を虐待するなんて獣にも劣るわ!!」
ライラのあまりの剣幕に、ダニエルはすとんと床に座り込んだ。
「この子は私の宝なのに!命がけで産んだのよ。幸せになるために生まれてきたの。父親のあなたがこの子を愛してくれると信じたから託したのに!!」
(ライラがアデラの幸せを願っていた?)
そんなことを考えたこともなかった。ただただ力尽きて亡くなってしまったライラが哀れで。死に追いやったアデラを憎んでいるとばかり思っていた。
いつの間にかライラとアデラの幻影は消えていた。
ダニエルは眠ることもできず、日が昇るまで床に座り込んでいた。
あの夜以来、ライラの幻影は毎夜ダニエルの前に現れた。そしてダニエルを責める。
ダニエルはライラを愛しているのに、その愛を否定する。そしてアデラを憐れむのだ。
可哀想なアデラ、と。
やがてダニエルは碌に睡眠が取れず憔悴していった。仕事は当然回らないのに、執事長も辞めさせてしまったので整理されていない書類がたまる一方だ。
(今日は一体何日だ)
睡眠不足のせいで頭がうまく回らない。ジェマを修道院に送ってから数日が経った気がする。そういえば先ほどイーサンが話しかけてきた。どこかに行くと言っていたような……。
(ああ、頭痛がする)
ダニエルはふらふらと執務机に向かった。引き出しから鎮痛剤を出して水差しの水で流し込む。何も口にしていないからか程なく痛みは引き、強烈な眠気が襲ってきた。そのままソファに倒れ込もうとする、が。ソファには先客がいた。それが幻影と分かっていてもダニエルにはどうすることもできない。
「お母様、お父様が酷いの」
「一体どうしたの、ジェマ?」
だが今日のライラはアデラではなくジェマを伴っていた。ジェマは最後に馬車に詰め込まれたときのような薄汚れた姿ではなく、化粧も施し貴族令嬢らしいワンピース姿だ。まるでファース家との騒ぎが悪夢だったと疑いたくなるほどいつも通りの姿でそこにいた。
「お父様がね、私を家から追い出したのよ。私はお父様の望むようにしただけなのに」
「お父様が望むこと?それは一体なに?」
「アデラを痛めつけることよ!お父様がアデラが悪い子だって言うから、私はたくさんアデラを叩いたの。ご飯も床にこぼしてやったわ。アデラが泣くと、お父様はよくやった!って褒めてくれるのよ」
「ああ、ジェマ。それはいけないことなのよ。アデラをいじめるのは間違っているの」
「お父様は良いって言ったわ!」
「お父様が間違っているのよ。あの人は悪魔なの。あなたは悪魔に心を狂わされてしまったのよ」
「ええ、お父様が悪魔なの?お父様とお兄様はずっとアデラの方が悪魔だと言っていたのに……私ずっと騙されてたの?」
「そうよ、ジェマ。アデラは何も悪くないの。あなたはアデラを守ってあげなければならなかったのよ。あなたは今、報いを受けているの。アデラを虐げ、アデラがいなくなったら使用人やファース家のお嬢様に酷い仕打ちをしたのでしょう?」
「だって……誰かを傷つけたくてたまらなかったの。アデラがいなくなったからいけないのよ。ブライアン王子に婚約破棄されたあと、ずっと家にいるはずだったのに」
「ジェマ、なんて哀れな子なの。誰でもいいから傷つけたいだなんて……悪魔の心を植え付けられてしまったのだわ」
ジェマはわっと泣き出した。
「お父様はずっと私を騙していたのね。私がこんなにひどい目に遭うのもお父様のせいなのね」
「そうよ、ジェマ」
「許せない……許せない……」
ジェマが顔を上げた。見たことのないような憤怒の顔だった。
「許せないぃぃーーーっっ!この悪魔ぁーーーーっっ!」
ジェマの体が飛び上がった。ジャンプなどしていないはずなのに、あっという間にダニエルの眼の前にジェマが迫る。そのままジェマは腕を振り上げた。
「ひぃっ」
ダニエルは慌てて避ける。尖った爪が頬を掠った。
「お前のせいでっ、お前のせいでぇぇーーー!」
「やめろ、来るな!!」
ダニエルは本棚の本や花瓶など、投げられるものをありったけ投げつけた。それが功を奏したかはわからないが、宙に浮くジェマの幻影はダニエルに近づいては遠ざかるを繰り返していた。だが口からの罵倒は止まらない。
「この毒親め!実の子に幼い妹を虐待させるなんておぞましいことを!」
「お前は娘を二人共見殺しにしたのよ!必ず裁きを下してやる」
「お母様は子供を傷つけゴミのように捨てたお前を決して許しはしない!死んでもお母様と同じ天国に行けると思うな、大罪人めっ!」
「やめろ!やめてくれっっ!」
ダニエルはとうとう耳を塞いで座り込んだ。
「もう無理だ……耐えられない」
どうしてこんな目に遭わなくてはならないのだろう。自分は何も悪いことはしていない。妻を愛し、子供たちを愛した。侯爵として真面目に努めてきた。
アデラのことは……あれは家族ではないからいいのだ。だから、だから。
「私は悪くないっ」
こんこん……。
ドアがノックされた。
「父上、イーサンです」
イーサン。
(今度はお前か。お前が私を責めに来たのか)
イーサンのことはジェマ以上に大切にしてきた。イーサン自身もわきまえたいい子だった。アデラに罪の子だと言い聞かせていると、自分のいないところではフォローをしてくれるようになった。
だがライラはきっとそれも罪だと、悪魔の教育だと非難するのだろう。そしてイーサンもダニエルによって人生を狂わされたと責めるのか。あまりに理不尽ではないか。
「父上、大丈夫ですか?入りますよ?」
ダニエルはドアの陰にそっと身を隠した。手にはいつの間にか持っていたペーパーナイフ。
(誰にも私を否定させない。私を責めるなら、我が子の姿をしていても戦ってやる)
そしてダニエルは、部屋にやってきたイーサンに襲い掛かった。
「あははははっ!おっかしい!」
《予想以上の展開になったわね》
「そう?私はあの男ならやると思ってたわ」
《息子を攻撃するって?》
イーサンを奴隷商マーロンに売り渡し、クラーク邸に帰る馬車の中。アデラはアルフレッドの姿のままでマリアと会話をしていた。もはやターゲットはダニエルだけになった。
《それにしてもダニエルって本当に卑怯者だったのね。イーサンに後ろから斬りかかるとはねぇ》
「最も目をかけていた息子から、一言でも非難の言葉を聞きたくなかったんでしょうね。ジェマに化けた私があいつを罵倒していた時の顔を見た?飼い犬に手を噛まれた気分でしょうよ」
《ダニエルにとってジェマもイーサンもペットみたいなものだったってこと?》
「ペットというよりは作品でしょうね。あいつにとってきっと本当の家族(だと思っていたの)はお母様だけだったんだわ」
《それを思うとあの二人も少し気の毒よね。きっとあなたのお母様が生きていたらあなたを虐待や暴力なんてしなかったでしょうに》
「だとしても私はあの二人に復讐したことを後悔なんてしないわ。私が幼い頃から受けた苦痛や悲しみ、絶望はなくなりはしない……ずっと私の心に傷となって残り続ける。あの二人の事情なんて知らないわ」
《……そうね。親からの受け売りだとしても、あの二人のやったことは悪質過ぎたわ。特にジェマは放置していたら被害者が増えていたでしょうし》
これでよかったのだ。イーサンとジェマは二度と貴族としては復帰できない。
「……さあ、仕上げよ」
ダニエル・クラーク。実の娘を虐げ続けた男。これからお前の人生を終わらせてやる。
そのためにアデラは蘇ったのだから。




