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復讐令嬢アデラの帰還  作者: 小針 ゆき子
第二章 復讐本番
13/40

12 ジェマを嵌めろ!


 ジェマがその知らせを受けたのは朝のことだった。

「オーロラ様が私に謝罪したいとおっしゃっているの?」

「はい。使者の方からお手紙を預かっております」


 侍女から手紙を受け取ると、確かにオーロラからの手紙だった。私的なものなので伯爵家の封蝋印は使われていないが、貴族にしか使えない水色の便箋と封筒だ。正式な招待だと思っていいだろう。

 手紙そのものには「明日の午後、会って話がしたい」としか書いていない。

「ふーん」

 大方スチュアートの「未来の義姉と仲良くすべき」というご高説を受け、半ば強要されて書いたのだろう。また鞭で嬲られるとわかっていて半泣きでこの手紙を書いたオーロラの顔が浮かぶようだ。

 すっかりいい気分になったジェマは、その招待に諾の返事をして使者を帰らせた。

 通常貴族では招待が次の日になるということはありえないのだが、失礼にも取れるその誘いはジェマにとっては都合がよかった。二日前のあれでは不完全燃焼だったからだ。いつもならジェマはオーロラを言葉で嬲った後、いいアクセサリーや宝石があれば頂戴し、最後に言いがかりをつけて尻や太ももなど淑女が他人に晒せない場所を狙って鞭打っていた。だがあの時は侍女が邪魔に入ったせいで、背中を軽く打っただけだ。しかもオーロラはその後、スチュアートたちに告げ口しようとした。失敗に終わったのは愉快だったが生意気なことには変わりない。

 告げ口しようとしたお仕置きということで、明日はもっと念入りに鞭を入れてやろう。にやにやと笑うジェマは、明日着ていくワンピースを見繕い始めるのだった。



 ウィリアルドがファース家を訪れた次の日。約束通りの時間にジェマを乗せたクラーク家の馬車がやってきた。

 オーロラに変身したままのマリアは気を引き締める。今度こそ失敗するわけにはいかない。もうアデラのためだけではない。ジェマに人生を狂わされた使用人たちの無念と、オーロラの未来もかかっている。


「アデラ、よく見ていなさい。私がジェマに嚙みついてあげるわ」

《……》

 アデラの気配はするが、彼女はマリアに全て任せると決めているようで何も言ってこなかった。





 ファース伯爵家のタウンハウスを訪れたジェマは驚いた。ジェマの訪問を知っているはずの伯爵夫妻と婚約者のスチュアートが留守だと告げられたからだ。

「大変申し訳ございません。王宮から急ぎの使者が来て、当主夫妻と嫡男のスチュアート様が呼び出されてしまったのです。何事か問題が起きましたようで」

「そうなの。なら仕方ないわね」

 王宮からの呼び出しならば異を唱えることはできない。それにジェマの今日の目的は彼らの機嫌を取ることではない。

「オーロラ様は?」

「お部屋でお待ちでございます。こちらへ」

 どうやらオーロラはいるようだ。スチュアートたちが不在なのはかえって良かったかもしれない。ジェマは顔が緩むのをこらえきれなかった。


 部屋に入ると、今までに嗅いだことのない、変わった(こう)の香りがした。

 オーロラがセットされたティーテーブルの席に座っているのが見える。オーロラはジェマが部屋に入ると立ち上がってカーテシーをした。ともに侍女は連れていないので、完全に二人きりだ。てっきり怯えた顔で震えて待っているかと思ったのに、オーロラの毅然とした姿にジェマは早速いらっとした。

(何だろう、胸が酷くざわつく。気持ちが落ち着かない)

「貧相なカーテシーね。伯爵家の出来損ないなだけあるわ」

「そんな、酷い……」

 オーロラはジェマの言葉に悲しげに俯いた。

「……?」

 ここで一瞬ジェマは違和感を感じた。オーロラはこんなことを言う娘だっただろうか。いつもなら黙って耐えて……何かおかしい?

 ジェマは知らず知らずにオーロラの顔をよく見ようと身を乗り出していた。……と、俯いていたはずのオーロラが急に顔を上げる。

「―――あんたみたいな性根の腐った陰険女、くたばればいいのよ」

 ジェマにしか聞こえないような、囁くような罵倒。ジェマの視界が怒りで赤く染まった。


 ぱんっっ。


 ジェマは思わずオーロラを平手打ちした。

「きゃああっ!やめてください、ジェマ様!」

 オーロラが大きな悲鳴を上げたので、ジェマはさらにパニックになった。思考が上手くまとまらない。

「うるさいわね!大きな声を出すんじゃないわよ」

 そのままオーロラの髪を乱暴に掴むと、乱暴に立ち上がらせる。

「誰が陰険ですって!?役立たずの駄目女のくせに偉そうにするんじゃないわよ」

「そんなこと言ってません。許して、お願いぃ」

「いいえ、許さないわ」

 ジェマはスカートの下から鞭を取り出した。鞭を見たオーロラが暴れ出す。

「やめて、やめてください!言うことを何でも聞きます。だからその鞭でぶたないでっ」

 怯えるオーロラに、ようやくジェマはいつもの調子を取り戻した。

「その性根を叩き直してやるわ。……尻はいつもの倍打ってあげる。時間はたっぷりあるものねぇ」

「いやぁ!誰かっ、誰か助けてぇ!!」

「大きな声を出すなとっっ」

 ジェマはオーロラの髪を掴んでいた手を離すと、そのまま彼女の首を掴んだ。

「うぐっ」

「黙らないと絞め殺すわよ?できないと思わないで。あんたが死んだところで、あんたを愛していない家族は真相究明なんてしやしないわ」

 オーロラの顔が絶望に染まる。それにいい気になったジェマはさらに畳み掛けた。

「そうねえ。あんたを絞め殺したら部屋に吊るして自殺に見せかけるわ。私はあなたが首をつったことに驚いてしばらく気を失っていたことにすれば多少の時間差は問題にならない。きっとスチュアートたちは私の話を信じるわよ。私のことを信じ切っている、頭スカスカのお馬鹿どもだもの!」


 ばあんっっ。


「そこまでだ!!」

 突然ドアが……あの日アビゲイルが使った内扉が開き、三人の男が飛び込んできた。

 そのうちの二人がジェマとオーロラを引き離し、ジェマはあっという間に後ろ手に拘束されてしまった。

「な、なんなの?」

「ジェマ・クラーク侯爵令嬢だな。オーロラ・ファース伯爵令嬢への暴行の現行犯で拘束させてもらう」

「あ、あなたは……ウィリアルド様!?」

 ウィリアルド公子の登場にジェマは愕然とした。侯爵令嬢であるジェマは、大公子息の彼のことをよく知っていた。婚約を申し込んだこともあるくらいだ。当然彼が騎士団の副団長だということも知っていた。そのウィリアルドがここにいるということは、自分を拘束しているのは正規の騎士で間違いない。

「ち、違うのです……これは、誤解で」

 弱々しい令嬢を装い弁明をしようとしたジェマだが、ウィリアルドたちに続いて内扉から入ってきた人物たちにまたしても愕然とした。

「ジェマ……」

「スチュアート様」

 それは真っ青な顔をした彼女の婚約者だった。

「ジェマ、君がそんな女だと思わなかった。オーロラをずっと虐げ続けていたんだな」

 ジェマは頭をフル回転させる。何とかこの場を切り抜けなくてはならない。

「そんな、何かの間違いです。これはオーロラ様が急に暴れ出したので落ち着かせようと……」

「もう嘘はやめてくれ!僕達はずっと隣の部屋で君たちの会話を聞いていたんだ。君がオーロラのカーテシーを馬鹿にした時から一字一句!」

「!!」

「オーロラを罵倒した言葉も、我々を馬鹿にしていた言葉も全部聞いた。暴力も初めてではないことがよく分かった。よくも今まで騙してくれたな」

「とんでもない女!私たちだけにいい顔をして、大人しいオーロラを虐げていたのね」

 スチュアートの後ろにいる伯爵夫妻も憤怒の表情をジェマに向けている。

「どうして今更……」


 二日前まで彼らはジェマの手のひらの上だった。オーロラの決死の訴えも一蹴し、ジェマの言葉だけを信用していた。それがどうして皆で示し合わせてジェマの本性を暴こうとしたのだろう。

「―――ウィリアルド公子のおかげだ。昨日公子が訪ねて来て、君がオーロラに暴力をふるっている可能性があるとおっしゃったのだ」

「そんな、」

「オーロラが囮を申し出て、私たちは最初からずっと隣の部屋で待機していたのだよ。会話も全員が聞いている」

「なんで……どうして急に。騎士団まで出てくるなんて」

「君は外ではうまく隠していたが、ここ一年、屋敷の使用人に激しい暴力を振るっていたようだな。躾と言うには度を過ぎていて、いくら口止めしようとも、退職者の酷い怪我が領内でも話題になっていた」

 ウィリアルドの言葉にジェマは唇を噛む。ストレスの捌け口だったアデラが消えて以来、自分の感情をコントロールするのが難しくなっているのは自覚していた。あと半年で嫁ぐからと、クラーク家の使用人を雑に扱ったツケがきてしまった。

「さらに消えた君の妹、アデラ・クラーク嬢のことだ。アデラ嬢は我儘で使用人に暴力を振るう令嬢で、君はその被害者だというのが通説だったが、立場が逆だったという証言が出て来てね」

「逆……まさか」

 青ざめたのはスチュアートだった。ジェマを困らせるなとアデラに詰め寄った過去を思い出したのだろう。

「アデラ嬢のことは証言だけで証拠はない。だがもし本当に虐げられていたのがアデラ嬢だったのなら、彼女がいなくなった今、ジェマ嬢の攻撃対象は……」

「おお、オーロラ」

「オーロラ、許してくれ」

 伯爵夫妻がぼろぼろになったオーロラに駆け寄る。オーロラは俯いて震えるばかりだ。


「先日君が窃盗の冤罪をかけて解雇させた、アビゲイルという侍女を覚えているか?」

「え、冤罪なんて」

「アビゲイルは私が手配した部下だ」

「なっ」

「ジェマ・クラーク。君は侯爵令嬢だ。証言だけで騎士団は貴族籍にある者を連行したり聴取したりはしない。あなたの無罪を信じてアビゲイルをファース家に潜り込ませたのだ。あなたが結婚した後の義実家との関係も考えてファース伯爵にも知らせていなかった。何事もなければ三ヶ月ほどで辞めさせるつもりで派遣したのだ……まさか一ヶ月も経たないうちにあなたが馬脚を現し、しかも冤罪で辞めさせるとは」

 最後はジェマではなく、ファース家を非難したのだろう。ジェマにまんまと騙されて無実の侍女を紹介状無しで追い出したのだ。無能と蔑まれても仕方のない所業だった。

「大変……申しわけございません。我々が愚かでした。騙されていたとはいえ、実の娘と無実の侍女を窮地に追いやっていたなんて」

「オーロラ、ごめんなさい。決してあなたを蔑ろにしていたわけではないの」

「オーロラ、すまなかった。ずっと苦しんでいたんだね」

 オーロラは俯いたまま顔を上げない。口元を押さえ、静かに泣いているようだった。


「ジェマ嬢を詰め所にご案内しろ。クラーク家にも連絡を入れるように」

「いや!待って!」

 ジェマはにわかに慌て出した。拘束された状態で騎士の詰め所に連れていかれては、それだけで問題のある令嬢だという烙印を押されてしまう。婚約の解消どころか破棄、そのうえ二度といい縁談は望めないだろう。

「スチュアート様!本当に誤解なんです。お願い、信じて!」

「うるさい!私たちのことを頭スカスカの馬鹿だと言っていただろう。同じ舌で、二度と私の名前を呼ぶんじゃないっっ」

「そんなっ。オーロラ様!誤解だと言って!言ってよ!じゃないと……」

 オーロラの細い肩がびくりと揺れる。

「この期に及んでまだオーロラ嬢を脅そうとするとは……早く連れていけ。ファース家のあることないことを喚き散らすかもしれん。詰め所に着くまで猿轡を嚙ませていろ」

「はっ!」


 こうしてジェマは、婚約者の妹に暴力をふるった罪で騎士団に連行されていった。

 拘束されただけでなく猿轡までかまされた彼女のみじめな姿は、なぜか次の日には王都中の人々の話題に上がっていたのだった。




「どーよ!見ましたか?マリアちゃんの迫真の演技を」

《……》

「アーデラ?」

《……》

「ねえ、いじけてるの?」

《違うわ。何もできなかった自分が情けなくて》

「いじけてるじゃない」

 マリアはため息をつきながら、アフターヌーンティーに出されたプチシューを口の中に放り込む。テーブルの上に所狭しと並べられたスイーツは豪華の一言に尽きる。

 ファース家の面々はジェマが逮捕された途端、手のひらを返してオーロラのご機嫌を取り始めた。中身がマリアなのにご苦労なことである。

 マリアは泣きながら侍女に聞こえるように「甘いものでも食べたら元気になるかしら」と口にし、目の前のごちそうが届いてからは部屋に閉じこもって一人(二人?)戦勝パーティーを開いている。


《食べ過ぎじゃない、マリア?》

「だいじょーぶ、だいじょーぶっ。半日断食してたんだからプラマイゼロになるわ」

《……別にいいんだけど。ファース伯爵たちにばれないようにしなさいよ》

「だからよ。明日のうちに出ていくんだからこの家の今月のエンゲル係数を上げといてやるんだから」

 ぼろが出ないうちに、なるべく早く本物のオーロラとの入れ替わりを解消したい。そろそろ明日の昼に聴取のために騎士団の詰め所を訪れるようにウィリアルドが手をまわした伝令が来るだろう。それに応じるふりをして、ローデン家の屋敷にいるオーロラと入れ替わる算段だ。

《……こんな家に戻って、オーロラ様は大丈夫かしら?》

「しばらくあのアホ家族は大人しくするでしょうけどね。でもすぐに喉元過ぎそうよね。あいつらは大して被害を被ってないし」

 かと言って他人のアデラたちはこれ以上は干渉できない。厳しいようだがこれからのことを決めるのはオーロラ自身なのだ。



「それにしてもジェマもとうとう終わりね。年下の伯爵令嬢に暴力をふるったんだから修道院送りってところでしょうね」

《……》

「生ぬるいわよね」

《……》

「アデラ、私はジェマに噛みついた。でもあいつはまだ生きている。ジェマの喉元を食い破るチャンスはまだあるのよ?」

《私は》


「―――さあ、あんたはこれからどうするの?」


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