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復讐令嬢アデラの帰還  作者: 小針 ゆき子
第二章 復讐本番
11/40

10 アデラに代わってお仕置きよ!


《ばーか。ばかばかバーカ》


「……」

 もう一人の自分に頭の中で責められながら、伯爵邸のすぐそばの公園で一人頭を抱えているのは侍女アビゲイルの姿のままのアデラだった。

《あんたのせいで計画が台無しよ。どうするつもりよ》

「……」

《あのアホアホ家族、今頃ジェマに言いくるめられているわよ。オーロラちゃんかわいそー》

「……」

《大体、あんたあの女に復讐する気あるの?》

「あるわよ!」

 これにはさすがに言い返した。

 隣で煙草をふかしていた中年男が虚空に向かって声を張り上げたアビゲイルにぎょっとしている。

 アビゲイルは慌てて人気のない木陰に移動した。

《これからどうするの?》

「仕方ないわ。別の人間になってまた乗り込むわ」

《馬鹿ね。使用人が盗みを働いた(ことになっている)のよ?前みたいに簡単に入り込めないわよ》

「……っ」

《その間に可哀そうなオーロラちゃんは、邪悪なジェマに鞭で嬲られるんだわー。あー気の毒。全部アデラのせいだわー。アデラのポカのせいだわー》

「わかったわよ!どうすればいいのか教えてよ!」

《……》

「ここまで言うんだから、何か方法があるんでしょう?……マリア」


 

 アデラの内なる声……それは二重人格などの類ではない。完全に別の人間がアデラと共存していた。

 一年前……クラーク侯爵邸から追い出され、彷徨っていたアデラが出会った女性にもらった不思議な飲み物。あの中に、別の人間の魂が入っていたのだ。彼女は「小柴真理愛(こしばまりあ)」という名前で、彼女と共存するようになってから、アデラは数々の魔法を使えるようになった。

 この世界では魔法を使える人間は少ない。秘された地域で壮絶な訓練を受けた一部の人間だけが受け継ぐことができる能力だといわれている。だというのに、別の世界からやってきたマリアは、呪文さえ覚えれば大した訓練もなしに様々な魔法が扱えたらしい。

「変身魔法は私を閉じ込めていた魔女から教わったけど、回復魔法や飛行魔法は魔法書に書かれていた通りにやったらあっさり使えたわ。いやー、私ってば天才!」

 それで五十年前は調子に乗り、魅了魔法で王子とその婚約者の間に割り込み、様々な騒動を起こして最後は生粋の魔女に敗れて封印されたということらしいが。

 アデラも悪女マリアの話は聞いたことがある。異世界から召喚された自称聖女マリアは魅了魔法を使い王国を混乱に陥れた悪女だったとされている。だがアデラの中に入ったマリアは、ちょっと思い込みが激しくちょっと自意識過剰でちょっと……いやかなり自分が好きなだけの普通の娘だった。

 ともあれマリアの魂を得たことで、アデラは生まれ変わった。アデラが得たのは魔法だけではなかったのだ。

 マリアはアデラの虐げられ続けた半生を知ると、不器用ながらもとにかくアデラを励ました。生まれてからこれまで、アデラは家族に疎まれて過ごしてきた。母が死んだのはお前のせいだと言われ続け、自身もそうだと思い込んだ。そして家族や婚約者に理不尽な仕打ちを受けても疑問に思うことなく、母を殺した罪深い自分は彼らに尽くすのが当然だと思っていた。だがそうではなかった。

 マリアの記憶が、それが虐待だと教えてくれた。アデラは無実で、潔白だと教えてくれた。そして怒りと復讐心を肯定してくれた。

 だからアデラはここにいる。



「さーて!ここからはマリアちゃんの独壇場よ!色気も男も最大限に使ってやるから覚悟しなさい。陰険ムチ女をアデラに代わって お 仕 置 き よっっ」

 大きな独り言を言いながら、謎のポーズを取ったアビゲイル(マリアin)を、先ほどの煙草の男がぽかんと見ている。幸いにも、ギャラリーは彼だけだった。

《ふ、不安しかない》

 一方体の所有権を引き渡してしまったアデラは、選択を誤ったかもしれないと戦々恐々としていた。




 侍女アビゲイルがファース家を解雇された、その日の夜。

 王都のリストランテにはアビゲイルの姿があった。動きやすそうな、けれども愛らしいワンピースに着替えて奥の椅子に腰かけている。ここで協力者を待っているのだ。あの後すぐに使い魔を送ったので、彼は約束の時間に十分間に合うだろう。


 やがて約束の時間きっかりに、アビゲイルの向かいの席に大柄な男が腰を下ろした。金髪に鋭い目つきの若者で、騎士の装いがよく似合っている。

 男は席に着くなり、アビゲイルを愛おしそうな目で見た。

「アデラ嬢、会いたかった」

「酷いですわ、ウィリアルド様。私はアビゲイルでございます」

「こ、これは失礼した。アビゲイル嬢」


 アビゲイルに呼び出されたのはウィリアルド・ローデンだった。王兄ローデン大公の次男であり、ブライアン王太子の従兄であり、騎士団の副長を務めるサラブレッドである。

 そして彼はアデラの協力者でもあった。

 そもそもアデラを助けるためにヴァイオレットを探し出し、クラーク家の魔の手から救い出したのは彼なのだ。そしてアデラが復讐を決意してからは、ヴァイオレットとともに復讐の手伝いをしてきた。

 レックスの後輩文官アビーも、ブライアン王太子の側近アルフレッドも、ウィリアルドの協力(というか権力)あっての配役である。


「君から連絡をもらって嬉しかった。今度は何を手伝えばいいんだい?」

「ジェマを嵌めちゃおうと思いまーす!」

 ウィリアルドの笑顔が固まった。アビゲイルはいたずらが成功したことににんまりする。

「君……マリアか」

「そーよん。残念でしたー」

 ウィリアルドはアデラに惚れているらしい。そしてマリアにはあまり興味がないらしい。初対面の時も「君がマリアか、本当に五十年も魂のまま生きてたんだ」と珍獣を見るような眼を向けられただけだ。

 ウィリアルドは自分を呼び出したのがアデラではないと知ってがっかりしたようだが、アビゲイル(マリア)に話の続きをするよう促した。ジェマへの復讐がアデラの中でどれだけ重要事項なのか彼にはちゃんと分かっているのだ。

 アビゲイルは今日ファース家で起こったことをかいつまんで説明した。


 ウィリアルドがファース家の現状を把握すると、今度は計画を詰める。

「今夜のうちにファース家へ潜入してオーロラ嬢を保護するわ。そして私はオーロラに変身して入れ替わる。あなたは本物のオーロラ嬢をライダー女男爵に預けてほしいの」

「ああ、彼女か」

 ヴィオーラ・ライダー女男爵とはローデン大公の再婚相手、つまりウィリアルドの継母である。

「その後は?」

「明日の朝早くにファース家に行って伯爵と面会して。面会の内容はジェマの使用人に対する虐待よ」

「ファース伯爵は信じるか?」

「ジェマはアデラが消えてから、クラーク家の使用人にかなり過度な暴力をふるっているの。何人か押さえてあるし、ジェマが騎士団に拘束されるようなことがあれば告発者がもっと増えるわ」

 この作戦は前からアデラが計画していたことだ。ジェマはサンドバッグ代わりだったアデラがいなくなったことで周囲に対して攻撃的になり、特にクラーク家の屋敷の中では使用人に八つ当たりし放題だった。しかもジェマの暴力で怪我をした使用人を、クラーク侯爵とイーサンは端金を押し付けて口止めし屋敷から解雇している。アデラはそんな使用人たちの身柄を押さえており、ジェマの悪事を暴くと同時に告発させるつもりだった。


「アデラは使用人たちに直接告発させるつもりだったみたいだけど、騎士団の副団長様を利用した方が絶対効果的だと思ってね」

 アビゲイルはジェマに暴力を振るわれ解雇された元使用人たちのリストをウィリアルドに渡した。今日のうちに身柄を保護し、クラーク家で起きたことを聞き取ってくれるだろう。そうすればファース家にジェマの危険性を訴える立派な理由ができる。


「ジェマは元妹のアデラと使用人たちを虐待していた。そしてその矛先は今はオーロラ嬢に向いているかもしれないと訴えればいいんだな」

「大公のご子息で騎士団副長の言葉を無視なんてできないわ。ファース伯爵はその場で娘に確認を取らざるを得ないでしょう」

「なるほど。そこでオーロラ嬢に化けた君の出番か」

 アビゲイル……いや、マリアはにやりと笑った。




 アビゲイルとウィリアルドの打ち合わせから数時間後の深夜。

 ファース家のタウンハウス。アビゲイルは魔法で姿を透明にし、音をたてないようにオーロラの部屋に滑り込んだ。

 そして透明化の魔法を解くと、ベッドで横になっているオーロラに潜めた声で呼びかける。

「オーロラ様、オーロラ様っ」

「っ!!」

 真夜中にも関わらずオーロラはすぐに目を覚ました。昼間の騒ぎで眠りが浅かったのだろう。

「声を出さないで。……私です、アビゲイルです」

「あ、アビゲイルなの?本当に?」

「驚かせてしまって申し訳ありません。オーロラお嬢様、私の話を聞いてもらえませんか?」

「え、ええ。もちろんよ」

 オーロラは驚いてはいたものの、しっかりと頷いてくれた。


「オーロラ様、実は私は騎士団のウィリアルド・ローデン副団長の部下なのです」

「まあ、騎士団の方だったの」

 嘘である。ウィリアルドと打ち合わせてそういうことにした。

「ジェマ・クラークはオーロラ様以外にもたくさんの立場の弱い人間を虐げ、暴力をふるっています。彼女を止めたいのです。どうか協力してください」

「もちろんよ。私は何をすればいいの?」

「まずは『明日の』午後に会いたいとジェマ宛に手紙を書いて下さい。そしてその後、ローデン大公家のライダー女男爵という方の元に身を隠していただきたいのです」

「家族には……」

「ご家族には我々から説明します。使用人がジェマの息がかかっている可能性がありますので手紙を書いた後、すぐに私と大公家へ」


 オーロラは大して逡巡することなくアビゲイルの指示に従った。

 昼間の件ですっかり家族に幻滅していた彼女は、ジェマを悪女と断じるアビゲイルと騎士団に己の身を委ねることにしたのだ。オーロラはすぐに用意された文面のメッセージを便せんに記載し、それを封筒に入れて宛名にジェマの名前を書いた。

 仕込みが全て終わった後、アビゲイルはそっとオーロラに眠りの魔法をかけた。力の抜けたオーロラの体を抱き、また透明化の魔法を使って屋敷を抜け出す。そして屋敷から死角になっている場所に控えていたウィリアルドに彼女の身柄を預けた。

 オーロラは屋敷を出た時のことを覚えていなくて混乱するかもしれないが、これから起こるはずの諸々ですぐに違和感を忘れてしまうだろう。

 アビゲイルは再度オーロラの部屋に戻ると、魔法でオーロラの姿に変身する。

 何度も鏡の前で自分の姿をチェックした後、ようやく彼女のベッドに横になった。


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