知り合いが管理しているダンジョンに勇者と潜ってみる(前編)
珍しく外出許可を2日も貰った魔王様。代償として相当な量の肉と酒をイザベラに奢らされるらしい。
さて、貰った休みで昔からの友達の管理するダンジョンの物の回収と改修、あと宝箱の補給を頼まれたとか
で、この報酬が結構良い。ダンジョンの運営ってって儲かるらしい。この世界には訴訟とかPL法とかないからね。
朝いつも通り家から出勤すると、城の裏に大量の木箱が運び込まれていた。
木箱の宛名を覗いて見ると、アデレード様宛になっている……勇者が起きてきたら手伝ってもらうか。
木箱の数的に今開けるのも厳しいし、開けてもどうしようもないので、とりあえず見なかったことにして執務室……いや先に喫茶店に行って一服するか。どうせ朝食もまだだし、この時間なら誰かいるでしょう。
喫茶店に入ると、カウンターで珍しく勇者が1人でミルクを啜っていた。
「おはよう、ジュリアナ。今日も素敵だね」
「お、おはようございます、魔王様」
申し訳ないことをしただろうか、勇者の顔が真っ赤になっている。そんなにミルクを飲んでいることを見られるのが嫌だったのだろうか
この変な雰囲気をごまかすために、適当に注文する
「すみません、アイスコーヒー1つ。あとゆで卵とトースト」
「あいよー」
最近この店入った新人だろうか、異様に声が柔らかいのによく通る声で癖になる。まだ姿は見たことないけど、多分小さくてガッチリしている気がする。
その前に、ダンジョンの手伝いの件で勇者にお願いしておかないと
「ねぇ、もし一緒にダンジョンに潜ってお願いしたら、断るよね?」
「断りませんよ。強い魔王様が一緒ですから怖いところなんてありません」
「ありがとう。ただ、やる仕事が、ダンジョンの修理と落ちているものの回収、あと宝箱の補充」
「魔王様があのダンジョン管理していたのですか?」
「いや、旧友がしばらく行けてないから、代わりに補充と回収を頼まれたってわけ」
「そうなんですね」
「で、問題があって、それは執務室で落ち着いたら説明する」
適当にトーストと卵を胃に押し込み、早々に喫茶店を出る。当然、勇者の飲んでいたミルクとパンの代金も私のツケになりました。
晴れやかなのか爆弾抱えているのか微妙な気分になりながら、階段を上る。
「魔王様、問題って何ですか」
「後で見てもらう方が早いから、そのとき説明する」
そんな会話をしながら執務室に到着。勇者はまだご機嫌。
「「おはようございます!」」
返事がない……って当たり前か。この時間だとイザベラまだ来てないし。
「魔王様、鍵が閉まってます」
久しぶりだな、鍵開けするの。鍵は……そうだった、どうせ魔術で開ければいいからって、鍵はイザベラしか持ってないんだった。
「開けるから待ってて」
そういいながら、鍵の内部に魔術をかける。内側にサムターンが無いし、バイパスしてカムをいじるのもできないので、鍵の形状を思い出しながら鍵開けを行う。
「魔王様、まさか盗賊的な手段で鍵開けを……」
「その通りですよ。元々鍵が2本しかなくて、そのカギの片方は部屋の中、もう一本は私の秘書が持ってる」
「じゃあ昨日はどうやって閉めたのですか?」
「イザベラが最後だったから、彼女が閉めて帰ったよ」
こんな会話をしながら、鍵穴内部を1つ1つデコードしていくと、途端に鍵の形状を思い出した。
「じゃあ、開けるよ」
軽快な金属音とともに鍵が開錠され、そのままドアノブを押すと、重厚なきしみ音と共にいつもの光景が目に入ってきた。
「自分の部屋に入るだけなのに、何でこんなに疲れるのだろう」
「私にも合鍵ください」
「仮にもあなたは敵なんですから、鍵開け位覚えてください」
「魔王様が教えてくれますか?」
「当然教えるよ」
そんな議論をしながら部屋に入り、来客用ソファーで体を休めていると、ふと荷物の存在を思い出した
「ジュリアナ、今からダンジョンに潜らないか?」
「魔王様、かなり急ですが何がありました?」
「ダンジョン経営やっている知り合いから、ダンジョンのメンテナンスを急に頼まれて、丁度良いから誘ってみた」
「そんな軽い気持ちで……ちなみに、お給金は?」
「200oxでどう?ダンジョン内の地図はある」
「魔王様、直ぐに行きましょう」
「今回は宝箱の補充もあるから、大分重いぞ」
宝箱補充の話をしたところ、勇者から面白い質問を貰った
「宝箱って、魔王様が補充していたのですか?何故補充するのですか?」
普通の生活をしていた、地方の農家出身の娘では知るわけがないので、ちゃんと説明しよう
「まず、大抵のダンジョンには所有者が居て、そのダンジョンを持っていることで利益を上げている」
「でも魔王様、ダンジョンの中身を持っていかれたら赤字ですよ。さらに補充をするのは何故ですか?」
「ここで、ダンジョン内で負けた時のことを覚えているか?」
勇者は不思議な顔をしていたが、何かに気づいたようである。
「ダンジョン内で負けるとほぼ素寒貧になるんですよ。まさかそれが報酬……?」
私は教えたくて仕方ないことがいくつもあり、はやる気持ちを抑えながら答える。
「半分正解。正確には、負けた後に町まで引っ張っていくやつの報酬が、手持ちの80%、重い武器はその場に置いて行かれるのが通例。ダンジョン運営で儲かるのは、救出に入る人間から入る入場料。」
「入っても身動きできない人間が必ずいるわけじゃないから、そんなに儲かる話じゃない」
勇者は理解が追い付かないような顔をしながら、真剣にこの話を聞いている。
「ダンジョンを整備して、宝箱を元に戻すのは、そうしないと冒険者が入ってこないからやっているだけ。で、冒険者がたくさん入れば、救助者がいっぱい入るから、それで儲ける。これがダンジョン経営の基本の1」
ふと静かになった勇者の方を見ると、勇者は完全に理解能力を超えてしまい、白目をむいて気絶していた。この後の話は聞かなくても問題は……あるな。でもダンジョンに沸く魔獣とかの説明すればよいでしょう。
勇者が復帰するまでの間で、少し準備をする事にする。
前回の鉱石掘りと異なり、このダンジョンでは特に強い何か沸いていることを考えないといけないし、壊れかけの仕掛けが突然作動して脱出不可能になることも考えておかないといけない、今回は日帰りとはいえ、一応食料は余分に用意するし、武器も普段使いの斧と短剣、更には短銃を仕込んでおく。あ、勇者は短銃持ってなかったから、警備隊の装備から借りていくか……だいぶ余裕があったはずだし。
けがの対策として、普段は使わない防具も色々つけていく上に、薬の類もいろいろ持っていく。普通の傷薬から、よくある毒消し、気付薬も念のために数個入れる。後、樽一杯の水。そして、これらを荷車に乗せ、終わり……勇者が復活したら、送られてきた物品を積まないと。
忙しく荷物を積んでいると、どこからともなく勇者が起きてきた。
「魔王様、何か手伝うことありますか?」
「あとはそこの木箱を積めばほぼ終わり。あとは、警備隊の詰め所に行って、ちょっと短銃と防具借りて行こう」
「はい!」
勇者に木箱を積ませているが、荷車の開いた空間が一気に埋まっていく。いつもよりも持っていく物は少ないのに、荷物が多いのは気のせいではない。
荷車の後ろが一杯になったころに、勇者を再度呼び止め、城の地下にある警備隊の倉庫に連れていく。
「魔王様、暗いですね」
「一応、訓練場としても使ってることもあるけど……」
壁沿いの暗い照明を頼りに歩くと、警備隊のよく使っている倉庫があった。
「鍵は……ついて無かった」
そのまま、言うことを聞かなそうな扉を力づくで開けると、保管状態的にぎりぎり使えるかどうかの武器が出てきた。当然、短銃も似たような感じに……だが今はこれしかないので、防具と一緒に拝借する。幸運なことに、勇者の剣はジュリアナちゃんがちゃんとメンテナンスしているため、状態には何の問題もない。
なお、この武器庫のメンテナンスが今後は定期的に行われるようになったのは言うまでもない。
地下から拝借した防具と武器も装備して、今日の昼飯と夕飯の調達をする。前回は1泊予定だったが、今回は基本は夜になる前、伸びても夕飯食べて帰るくらいなので、市場で適当なパンと野菜、あとはハムと缶詰を調達。後は、薬屋で足りない薬を買えばよいか……ゆいさんの所に行くか。
いつものように、薬屋の扉を開けて頭を突っ込み、聞いてみる。
「ごめんください、アデレードだけど、ゆいさん居る?」
「いるけど、何が必要?」
「傷薬2セットに、毒消し、気付薬が各1セットでお願いします。」
「ちょっと待ってて」
流石に店の外から注文するのも変なので、店の中に入って待つことにする。
「魔王様、何で店の中に入ってから聞かないのですか?」
「この店、ゆいさん居ない時に入ると、魔術で出られない構造だから」
「そうなんですね……」
そうこうしていると、商品をもってゆいさんが出てきた
「アデレード、用意できたよ。あれ、新しく来た子?」
「あれ、初めてだっけ、紹介するよ、勇者のジュリアナ。かなり強い今後の有望株」
「ご紹介にあずかりました。勇者のジュリアナです。今後ともよろしくお願いいたします。」
「私はこの店の店主のゆいだよ。よろしくね!」
互いの第一印象は良さそうだが、会ったのは2度目のはず。
これで大体必要なものはそろったので、ダンジョンに向かうことにする。
今回は、ダンジョン内に何があり、各配管がどこを走っていて、魔力を制御する制御盤の位置を含めた施工図まで入った、詳しい内部の図面を手に入れたので、驚くことはないはず。
勇者を座席に乗せ、私が荷車を引っ張っていると、勇者から変わった提案が
「魔王様がずっと引っ張っていると疲れるでしょうから、私が変わります」
「ジュリアナの心遣いは嬉しいけど、大丈夫?」
「もちろん、私は元気一杯です」
私が荷車に座り、勇者が引っ張る体制に。
私の体重は275lbsもあり、そこらのヒト族男性どころかオーガ並みに体重ある。一方、勇者の体重は100lbsあるかどうかのかなりの軽量。これで引っ張れるだろうか・・・・・・?
「では行きます」
予想に反して、荷車は前に動き出した。
「魔王様、動きました」
「ジュリアナってそんなに力あったの?」
「ここは平坦で道も良いので、力が無くても引けるのです」
確かにその通りだ。ここからしばらくは平坦だから勇者に引っ張って行ってもらおう
「ジュリアナ、重くて引けなくなったら教えて。そこで変わるから」
「わかりました」
いつ振りだろう、他人に荷車を任せて、自分は座席でのんびりくつろげるようになったのは……それこそ自分の親が生きていた時まで遡らないと思い出せないくらいか……でもこんな体験も子供の時を思い出せてよい。
そんなことを考えて寝っ転がっていると、いつの間にか寝てしまっていたらしい。気づくと峠道の入り口に差し掛かっていた。流石にここからの山越えを小柄な勇者で引くのは無理だろう。
「ねえジュリアナ、ここまででいいよ。ここからは私が引くから」
「ありがとうございます。魔王様」
「こちらこそ。久しぶりにゆっくり休めたから、感謝しないと。ジュリアナは後ろで休んでいなよ」
「ありがとうございます。少し休ませていただきます」
ここからが、魔王様の力の見せ所。平均5%の上り坂を、満載の荷車で時速8マイルで走ると言われている。
後ろで勇者が寝ていることを確認して、手と足に力を込める。荷車は重力に逆らうように加速をはじめ、約20マイルの山越えの道のりを力強く進んでいく。普通に歩けば6時間以上かかるところを、魔王様は3時間を切る位の俊足で駆けていく。しかも2500lbs程度の荷車を引いた状態で。
この山道自体は人通りも多く、昼間は治安に不安などなく通過することができる。山の反対側の中腹付近には、小さな集落があり、簡単な補給や簡易的な宿泊所もある。
そんな山道を爆走すること2時間、山頂を超えると見えてくるのが小さな集落と、今回の話のメインである、色々仕事が待っているダンジョンである。
このダンジョン、元々はこの辺りを治めていた貴族か何かの城だったらしいのだが、色々あって今はほぼ廃墟。それを知り合いの魔族が格安で買って、ダンジョンに作り替えたとか。
城の前に荷車を置き、我が家に届けられた荷物を下ろす。外からの来客などないように、念のため結界を張っておく。
勇者にも手伝わせるために、荷台をのぞき込む。やっぱり揺れのせいなのか、勇者の着衣がはだけてしまっていたりする。
「おーい、ジュリアナ、着いたぞ」
「魔王様、おはようございます。結構速かったですね」
山道を10mphで走ってもこの1言で済ませる勇者は、かなりタフな存在なのではないかと思えてきた。
「準備できたら、木箱の中身を下ろすのを手伝ってほしい」
「了解しました。」
荷台で寝ていたのか、着衣がかなり乱れていたが、降りる前に直したようで、すぐに仕事する体制で降りてきた。そのスキル、こんど教えてもらおう。
「じゃあ、持ってきた木箱だけど、これを全部ダンジョンに運び込む」
「魔王様、一体何をするのですか……?」
「ああ、今回の仕事の内容を教えてなかったね。今回の仕事は、ダンジョンの維持管理の仕事」
「魔王様、ダンジョンの維持管理って何するんですか?」
「そう焦るな勇者よ、宝箱の補充と仕掛けの点検と修理が主な仕事。後は、居ないはずの魔獣の討伐」
「魔王様、城の地図はありますか?」
カバンの中から、城の地図や宝箱の場所と入れる中身の表から、契約した魔獣の数と詳細、仕掛けの説明書とサービスマニュアルまでの詳細な資料まで、勇者に手渡した。
「重い……なんですかこれは?」
「今回の仕事で使う資料全部。今回は基本的には襲われないから、前回よりも楽なはず」
勇者が試しに1箱目の木箱を開けると、中から鉄の盾が3つ、鉄の剣が2つ、鎧が2つ出てきた
勇者が地図を見ながら装備を見ると、各宝箱に記号が書かれているのに気付いたようだ
そして、その記号が宝箱に入れるものに対応していることを理解したようだ・
「ね、意外と簡単そうでしょう?」
「そうですね、では、入りましょうか」
今回の勇者は非常に積極的だが、資料も読まずに入って大丈夫だろうか……その予感は後で的中するのだが、それはまた別のお話
初めての物×マニュアルを読まずに行う作業ってやばい気がします。次回は、可愛い勇者ちゃんが何度か罠にかかる話です。魔王様は優しいので終わったらかなりいい夕飯と酒を奢ってくれるはずです。多分魔王様は、罠にかかった可愛い勇者ちゃんを思い出しながら飲むのでしょう