勇者は伸びているので、魔法使いと僧侶で代替する
前回、勇者を鉱山に連れ出して、食事の準備から坑内の探索までやらせて、いくらかお賃金を渡したので、しばらくお休みするそうです。なんでも戦士と一緒に魔物狩りに行くとかで……
で、代わりに監視用のお仲間を送り込んできたそうです。そんなお仲間と休日的な平日を過ごすお話し
それは、冬の始まりを告げるような雪が降ったある日のこと。
いつのものように自分の部屋に着き、扉を開けると、応接セットのソファーが全部埋まっていた。
そして、秘書からこう告げられた。
「勇者殿が仲間を連れていらしてます」
勇者に仲間がいるのは知っていた。が、何でここに居るのか?
「初めまして、私がここウィロウウッドの魔王をしているアデレードと申します。以後お見知りおきを」
よくわからないので、改まった自己紹介してしまった。そして、それに真っ先に答えるのは、
「魔王様のお側で秘書をやらせていただいているイザベラと申します。特技が泳ぐことで、趣味はバイオリンの演奏です」
何故か私の秘書が続いてしまった……まあいつものことなので次に行ってもらおう
「魔法使いのエレノアです。よろしく」
見ての通りの身長高めのエルフ。外見は魔法使いというよりも悪さ漂う黒いスーツを着ていて、しかも一般的には背が高い部類に入る感じ。最初はどこの高級官僚だろうと思ってた。
「僧侶をやっていました。華 (Hua)です。よろしくお願いいたします。」
見た目は完全に清楚な女性の僧侶な、職業僧侶の華 (Hua)。しかし、魔王の能力をもってしても相手の力量が全く分からない。この間の勇者が決闘挑んできたときにその場に居なくてよかったと思った。
「これで、お客さんの自己紹介は終わったね。では本題に入ろう。今日はどういった御用で」
さっさと帰ってもらって、自分の仕事に入るために単刀直入に聞く。これが魔王様の成功の秘訣。
そして、魔法使いが真っ先に口を開いた。もちろんとんでもない内容と共に……
「勇者が言ってましたが、魔王様に聞けばこの町の美味しいお店から、最強の鍛冶屋まで、何でも紹介いただけると聞きました。」
一体勇者の馬鹿は何を言ったのか?確かに薬屋には連れて行ったけど、美味しいお店には連れて行っていない……何の話なんだ?
「驚かないで聞いてくれ。私は勇者を美味しいお店に連れて行っていない。」
「そんなぁ、この街で初めてのまともなおs……ご飯が頂けると思ったのに……」
「仕事が終わったら観光に連れて行くから、しばらくそこのソファーで休んでてください」
ああ、面倒くさい。と思いながら、隣の給湯室へ逃げ込み、お湯を沸かし、急須でお茶を抽出し、その後に4人分のお茶を淹れる。10分程度の時間だが、ここでお茶を入れる時間が、私にとっての休息時間。
淹れたお茶をもって、自分の部屋に戻る。僧侶と魔法使いが秘書と仲良く話に興じている。
お茶を出しつつ話の内容を聞くと、やっぱり衣装とかアクセサリーとか、はたまた化粧品の店の話を聞きだしている……確かに薬屋と武器屋で大体そろいそうなものだな。この2つで手に入らないものは雑貨屋に行くか、2週に1回来る、商人の開く店で買うしかないが、よりにもよって今日がその日である。
お茶を置き、知らないふりをして自席に戻る。
昨日から貯めている書類に目を通し、淡々とサインを入れていく。ダメな奴はNGボックスに貯めていく。
こっちから出さないといけない通知の作成だが、部下に頼んだ奴ができたので、サインを入れて各部署に配っていく。先ほどの書類返すついでに一緒に自分で行くことにする。
「じゃあイザベラ、30分ほど席外すから、この子達よろしく」
「了解しました。」
「華さん、魔王様が逃げましたよ」
「そういうことではないと思うけど、エレノア」
「長年一緒にやってきた勘だけど、魔王は城のどこかでサボるつもりだと思う。私は仕事が進めば何でも良いですが」
こちらの手がばれている気がするが、気にせず逃げることにする。
下のフロアの各部署に書類を渡しながら、今日をどう乗り切るか考えることにする。1階の受付とかの部署に長居すると仕事が増えるから危険だし、戻ったら戻ったであれなので、警備隊の詰め所に逃げ込むか。
そうと決まれば、さっさと書類を渡しに行くことにする。階段を急いで降りて、一階の窓口脇から中へ入る。ここを建てておきながら思うのだが、1階の窓口には裏口が無くて不便である。
「失礼します、メイ課長。ご依頼の書類です。私の署名入ってますので、直ぐ使えます」
メイ課長は、窓口業務をまとめている部署の一番偉い人。身長の低い女性のドワーフだったはず。
「魔王様、ありがとうございます。ところで、魔王様の執務室に最近出入りしている者ですが、紹介していただけないですか?」
これは渡りに船である。あの面倒な勇者を一掃できるチャンス。この仕事のできるマネージャーに全部託してみよう。
「もちろんです。ちなみに、どういった件ですか?」
「あの強そうな人間が居たでしょう。魔王様と戦ってた」
「あー、勇者ジュリアナですね。あの者がどうかしましたか?」
「私の娘の結婚相手に良いのではないかと思ってな」
あー、知らなければ勇敢でイケメンな青年に見えるかもしれないから、勘違いしているな。ただ黙って紹介したら後でクレーム対応が増えるから、正直に話そう。
「あの者ですが、人間の女です」
ニコニコしていたメイ課長の表情が、一気に失望と落胆に変わった。例えるなら、酒場で楽しみにしていた、羊肉の串焼きが売り切れだった時と同じような表情である。
「そうなのか……結婚はできないか」
「この国なら結婚自体はできます。」
沈んでいたメイ課長の表情が、一瞬明るくなった。
「ただ子供が欲しいとなるとかなり面倒です」
「そうか……足止めして悪かったね」
「いえいえ、皆さんの課題に答えるのも魔王のお仕事です」
数分足止めされたが、メイ課長から逃げ出すことができた。課長の表情を再度沈めてしまったのは申し訳ないと思っている。
1階がダメだったので、当初の予定通り警備隊の部屋に逃げ込んで仕事することにする。
が、当の警備隊の部屋に鍵がかかっている……凱と蓮は普通に休みでマーサは昼の警備担当で、サムエルは夜勤だからまだ出勤しないと。誰も居ないから閉めちゃったのか。
仕方ないので、自室に戻ることにする。結局どうやって町の観光から逃げるかの案がないまま戻ってきてしまった。
重い足取りで部屋に戻ると、イザベラとエレノア、あとは華さんが3人で、行きたいお店をリストアップしていた。
「魔王様、おかえりなさい」
恐ろしいリストが展開されているので、恐る恐る聞いてみる。
「イザベラ、そのリストは一体……」
「今日の昼に行けば買えるお店のリストです。」
「イザベラが付いていくのだよね?」
「やだなぁ魔王様、案内するのは魔王様ですよ」
そういうことか……だから細かく書いてあるのか……
「でも、まだ午後の仕事が残っているから、イザベラが行ってくれると嬉しいのですが」
「私が行ったら、仕事が貯まるでしょう?だから魔王様が行ってきてください」
秘書の押しに負けて、私が勇者様ご一行のガイドをすることになったようです。帰ってきたら仕事が山積みなのは確定です。
「じゃあ皆さん、お腹も空きましたし、お昼ご飯にしましょう」
「いいですね、魔王様が選んでいただけるのであれば外れは無いはずです。」
「エレノアさん、イザベラがお勧めしてくれた、おしゃれなお店もあるから、そっちにしようよ。」
今日は肉肉しいボリュームというよりは、見た目とフワフワ感を売りにした洋食屋さんにしたい気分。
なので、イザベラお勧めのお店だろうと思う方に行ってみる。
「じゃあ、皆さん、お店に行きますよ」
あまり広くない城の階段を下りてゆき、エントランスから城の外に出る。
魔王である私が、知り合いのパーティーメンバーのエルフの魔法使いと僧侶を連れて、自分の町の案内とかすることになろうとは・・・・・・。
城の入り口から、この街で最も太い通りが伸びていて、通りの両側には様々な職業のサービスがそろっている。医者だったり、魔法使いや魔術師、はたまた何故か弁護士だったりと、人が必要ならこの通りで探すと良い。
また、街を東西に貫く多くの商店や宿、はたまた医者とかの細かいサービス、そして当然レストランやテイクアウトまですべてそろっている。ちなみに東西と南北を貫く通りの交差点には、お洒落なカフェがあるので、そこによっても良いかもしれない。
「この町って、思っていたよりも活気がありますね」
「そうですね」
調査だの買い出しだの理由をつけて観光をする、勇者のお付きの魔法使いと僧侶の2人のお出かけに付き合う。どちらも可憐な乙女といった感じの見た目だが、なんと僧侶は男性らしい……。私は他の種族のそれを知らないから本当かどうかは知らない。
ちなみに私の大義名分は、「怪しい人物の監視」である。まあ勇者1人を片手でノックアウトしたから、この怪しいものたちが何かしでかしても止めるのに問題はない。ただし城の中の会議をいくつか抜けてきたのでそっちは問題があり、戻ったら消し炭にされる可能性がある。
「そこの角に美味しいお店あるけど行く?」
「魔王みたいな美しくない料理が出てくる店ならパス」
「エレノア、魔王殿にそのようなことを言ってはいけませんよ」
「まあまあ。エレノアさん、華さん、見た目も味も良いのでご安心ください」
そんなことを言いながら歩いていると、問題のお店に着いた。
「さあさ、入って入って」
店の中に入ると、シンプルで温かい内装が迎えてくれた。昼時だが、この店はいつも空いている
「こんにちは。アデレードです。イヴリンさん、席空いてますか」
少し遅れて、店主がカウンター越しに顔を出してきた
「アデレードじゃないか。最近来ないから心配していたの」
「最近忙しくてイヴリンさんの所に寄る時間も取れなくて」
ここで彼女は我々のお連れ様の存在に気付いたらしい
「アデレード、この人たちは?」
「私の昔の友人。ウイロウウッドに来るって聞いて、軽い観光案内してる」
「アデレードはね、この町を1から作った魔王なの。だから聞きたいこと全部聞きなよ」
「「はい、イヴリンさん」」
この2人をこんなにも短時間で手なずけるとは……イヴリンって猛獣使いだったかな
「で、注文だけど、いつもの奴3つで」
「ワインはどうする?」
「私以外の2人に出してあげて。私は午後の仕事の残ってるから」
「はいよー」
イヴリンの太くて力強い声が厨房に投げ込まれたのを見届けて、聞きたかったことを2人に聞いてみる。
「で、今回君たちは何しに来たの?」
「魔王様はなぜついてきたのですか?」
「君たちが買い物行きたいとか、美味しいもの食べたいとか言い出すから連れて行ってあげるの。ついでに、普通の人間なら、魔王を連れて街には出ないの」
「でもここ、魔王様が作った街ですよね」
何でこの魔法使いはそんなこと知っているんだ……
「確かに私が作った国ですよ。でも町中の商店とか教会とか、酒場とかはここに移住した人が作ったものだ」
「じゃあ問題ありませんね。行きましょうアデレード、華」
「ところで、魔法使いさん、勇者と戦士は?」
「アデレードが一番よく知っていますよ」
何故私に振るかな……
「私と昨日山籠もりしたせいで、勇者は今日は動けなくてお休み。戦士はそれの看病。後でその買い物もあるから忘れないように」
そんなことを話していると、サラダに、キッシュロレーヌに、マッシュポテトにパンとチーズが運ばれてきた。
「ではそろったようですし、いただきますか」
そう言うと、更にワインが3本運ばれてきた。運ばれてきたそばから、ワインを開けて、それぞれのグラスに注ぐ。
「では改めて、いただきましょう」
初めの方は恐る恐る食べ進めていたが、途中からは美味しさに気づいたのか、まあまあなペースで消費されていった。
「華さん、このサラダもマッシュポテトもおいしいです」
「そうねエレノア、キッシュが絶品ですよ。見た目通りの味で大満足です」
3本あったはずのワインも、しばらくすると空になっていた。
「皆さん、デザートのクリームブリュレが来ますよ」
デザートが来ると、彼女たちは更に目を輝かせ、まるで貴重品を扱うような慎重さでデザートを頂いていた。
長そうで短いお昼ご飯は終わり、我々は次の目的に向かう
「イヴリンさん、支払いは城に請求書回しておいてください」
「はいよー」
店を出て、次の目的の店に向かう。どこに行きたいかを知らないため、2人に聞いてみる
「すみません、エレノアさん、次にどこの店に行くつもりを教えていただけませんか?」
「華さん、次にどこ行く?魔王様が買い物について行ってくれるって」
「私は、アクセサリーが見たいです。あと戦闘でも使える衣装を1セット欲しいです」
「了解しました。今商人が広場で店を開いているので、アクセサリーはそこで見つけられるでしょう。
衣装については、仕立て屋に行くか、防具屋いって、見た目の良いものを選ぶかの2択ですね。
どちらも結構しますよ。」
「そこはあの、魔王的割引テクニックを発動させて安くする方向で」
「今後の働き次第だな」
ということで、街の中心の広場に向かってみた。予定通り、今日はここに寄った商人たちが普段この辺の店舗では売っていない物や変わった逸品を売っていた。
「さあ、付きましたよ。これが月に2度ほどある、商人が集まって色々なところから仕入れた世界中の品を売る祭りだよ。」
「魔王さん、華は少しアクセサリー見てきます」
そう言うと、華さんは市場の中に消えていった。
さて、もう一人のエレノアの方はというと……
「エレノアはどうするんだ?」
「ねえ、一緒に回ってみない?ちょっと相談したいこともあるからさ」
そう言うと、エレノアは私の手を引き、露店を回り始めた
「エレノア、相談ってなんだ?」
「実は私たち、元の王国では裏切り者扱いになっているらしくて、こっちで匿えない?」
何を言い出すかと思えば、そんなことか……
「別に問題ないぞ。家を買うか借りて、転入届を出せば正式にこの町の住人だ」
「助かった。この恩は絶対に返す」
「返してくれるのは良いが、それより先に仕事を見つけないと。この辺だと冒険者稼業では大して儲からない」
「ちなみに、ジュリアナは何やって稼いでいるの?」
「彼女は私のアシスタントやってもらってる。ただしオフィスの外で肉体労働したり、私の戦闘訓練の相手してもらったりしてる」
「私ならなにが向いていると思う?」
「まだ会って1日目だよ?わかるわけないでしょう?」
エレノアは私の顔を見ながら、期待に満ちた表情で
「えー、そうなの?魔王様とも呼ばれているお方だから、見れば全部見抜けると思ってた」
そんな訳ないだろ、と思いながら露店を見ながら適当に歩き進める。正直、結構重い話になっていて辛い。
エレノアがある露店の前で立ち止まると、私の腕を引っ張りながら、売っていたイヤリングをおねだりしてきた。
「あ、これ可愛い。ねえ魔王様、これ買ってよ」
買う義理は正直無いのだが、値段的には小銭で買える程度だし、断るのも体裁が良くないので、買ってあげることにした。
「すみません、これ1つ。」
財布を取り出し、商人にお代を渡す。エレノアがそのイヤリングを受け取り、その場で耳にぶら下げる
「ありがとうございます。魔王様もこんな娘を持って大変ですね」
「ええ、本当ですよ」
「またよろしくお願いいたします」
10ox程度の買い物で商人に同情されてしまった。
そんなやり取りをしながら、広場を歩いていると、華さんが戻ってきた。
「エレノアさん、魔王さん、お二人の買い物はどうでした?」
「魔王様にイヤリング買ってもらった。可愛いでしょう?」
「エレノアさん、とても似合ってて可愛いですね」
二人の癒されるやり取りを見ながら、次の予定を聞いてみる
「エレノアさん、華さん、この後はどうする?案内できるお店も大体見たけど」
二人は顔を見合わせて、少し考えているようだが、直ぐに答えは出たようだ
「今日は色々な所を回れたので、大満足です。ありがとうございます。」
「楽しんでもらって何よりです。」
そして、華さんは帰路についたが、エレノアは話が残っているようで
「魔王様、仕事の件ですが、何か直ぐにでも紹介できる仕事は無いですか?」
「とりあえず、城で暇している連中と模擬戦やってみてからだね。能力と性格がわかるから。その後に知り合いに職は聞いてみるよ」
彼女は私の顔を見て、とんでもない一言を放った
「じゃあ、魔王様が私とやらない?」
私が予想外の言葉に固まっていると、彼女はさらに畳みかけるように
「魔王様が私を紹介するんでしょう。なら魔王様に直接能力見てもらうのがいいよね。」
どうしようかと考えていると、彼女は最後に締めるように
「じゃあ決まりということで。魔王様と本気で勝負できるの楽しみだなぁ。場所と日程は魔王様が決めていいから」
そういうと、彼女は帰ってしまった。非常に元気で生活力はある方なので、心配はしないが、何か問題を抱えているのだろうか。
珍しく平和で大人しい話でした。皆さんの毎日もこうあることを願っています
次回は、勇者に新しい装備を支給する話です。売掛で買うので現金無くても大丈夫