魔王様は暇なので、仕事の片手間で勇者の対応をする
地方の小さい国の魔王様が、初めて女勇者と対峙した。
でも勇者の様子が微妙に変である。装備はしょぼいし、魔法で強化している様子もない。ついでに一人で乗り込んできている
一方の魔王様はデスクワークに飽き飽きしていた。そんな二人が出会ったら……
日のあたる城の1階にある、喫茶店の奥の方の席を1時間占領してから戻ると、小さい地方の魔王城には似つかわしくない、背の低い女の子のお客さんがいた。そんな来客の予定は無かったはずなので、上で飲むつもりのアイスコーヒーを片手に少し話を聞いてみる。
「で、本日はどういったご用件でしょうか?」
「魔王を倒しに来ました」
聞き間違いだろうか?私を殺めるって目の前で宣言されたが、本当だろうか?
どうせどこかの出入りの商人の悪ふざけか、そうでもなければ警備の連中が飽きてきて外で模擬戦やりたいだけだろう。
「はい、じゃあ仕事が片付いたらやりましょうね」
普段の城の中の連中なら、仕方ないですね……と言いながら部屋から出て行ってくれるが、今日のは様子がおかしい。
「そう言って、逃げるつもりでしょう!」
そういって少女は剣を抜き、私に剣先を向けてくる。完全に対応を間違えた気がする。これは完全に想定外だ。まさかこんなにも素早く剣を抜くとは……私がもう少し素早ければこんな恥ずかしい姿は見せたくてすんだのに
「いやそうじゃなくて、事務仕事と会議がまだあるから。」
剣先が自分を向いた状態で下を見ながら答える。扱いを間違えたら、この部屋か自分の体が粉々になる気がする。
「あと、この部屋だと戦いにくいから、城の裏の広場空けてもらうから待っててほしい」
「そうね、じゃあ空くまで待っててあげる」
幸いにも、この部屋の小さめの窓から城の裏の闘技場は見えるので、数十分稼ぐ言い訳としては利いたようだ。
相手をするにも、場所と時間の確保、あと自分の仕事を片付けたうえでやらないといけない。
幸か不幸か、手元に積みあがった手つかず書類に緊急性の高いものはないし、壁に貼られたスケジュールにも特に会議などはなかった。
そして、部屋の端では、大きめの耳をこちらに向けながらイザベラが黙々と仕事をしている。
多分この子は私が刺されても夕方位まで黙々と仕事をして、それから定時で帰るタイプだと思う。
少し席を外してもらうために、休憩前に済ませた書類と魔力の封印処理を終えた諸々を、仕事中毒になっているイザベラに渡して、下の階での雑用もすましてもらうことにする。
「じゃあイザベラ、この辺の書類はサイン終えたから、下に返してきてくれない。あとお茶追加で」
「了解しました!」
元気な声で部屋から秘書が出ていくのを確認して、今ここにある脅威と対峙することにする。一旦の勝利条件は、とりあえずこの部屋での戦闘を避けること。できれば穏便におかえりいただいて、可愛い秘書を眺めながら仕事をするのが良いが、かなり難しい気がする。追加で稼いだ時間で、少し情報を集めてみる。
「まず、戦う前に自己紹介しないか。殺す相手の素性を確かめるのは成功への第一歩だ」
「先に私の紹介から。私がこの国の王をしている、魔族のアデレードだ。」
黒い外套を羽織って、頭から角が出ている。こてこての魔族の王の格好だからか、特に突っ込みは入らなかった。ちなみにひたすらに強力な魔力と強力な大鉈での攻撃が持ち味
「私は、ジュリアナ。」
外見は背が高めに感じる。160cm位?あちこち細いが力は弱くはなく、どちらかというと俊敏?
防具も武器もそんなに高くないもの。全体的な戦闘力は悪くないが、よくここまで無傷で来たものだ。
「ところで、仲間は居ないのか?普通なら4~6人程度で来ると思っていたが、何かあったのか?」
「私一人でも十分倒せる。」
何故か勇者ジュリアナの視線が下を向く。行動からは罠が仕掛けられているわけでも嘘があるわけでもなさそうだが、明らかにしたくないことはありそうだ。
「どうせ、連れの3人はこの辺の酒場で潰れているか、そうでもなければショッピングを楽しんでいるのだろう、それかまだ部屋で寝ているか。で、何故、私を倒しに来た」
「決まっているじゃない。王様の命令よ」
ちょっとからかったからか真っ赤になって涙目で可愛らしい。そしてなんて純粋でめちゃくちゃな指示を聞いてくれる良い子……なんだろう……私の部下に欲しい
「どこの王ですか?こんな華奢で可憐な娘に魔王討伐に向かわせたのは」
「ダールモントの国王です。知っているでしょう?」
ああ、知っている。豪華な自分用の家を建てて自分の使うものと城の見てくれだけは異様に豪華にした奴だ。
「この町にも出身者が居るから話はよく聞いている。
で、報酬はどうなの?その武器とか防具は支給してくれたの?」
「いえ、必要なものは自分で揃えるようにと言って、銀貨で20oxもくれましたよ」
「その20oxって日給?週給?それとも月給?」
「城を出るときに、命令書と一緒に渡されたやつです。城を出てからは一銭も貰っていません。」
20oxって、この辺だと宿代1泊でお釣りが来る程度……量が多いから気づかれないけどそんなに高い報酬じゃない。あの糞王はこの辺りもケチらしい。
「何で泣いているのですか」
「いや、私の部下の警備隊の給与が、各々100oxも貰っているのに、こんな良い子が少額のお金しかもらえないなんて。」
「そうなんですよ。仕事きついし大変なんですよね、自分の食い扶持は狩と採集で稼がないといけないですし」
「あの給料は週給で休みもある。しかも警備隊の装備は支給してるし、朝昼夜の食事と住居も支給している。遠征時の費用も国の予算から支給している。」
「え……本当ですか」
「嘘だと思うなら、今なら外で訓練しているから会いに行って聞きに行く?」
「本当にいいんですか?こんな突然来た小娘に優しくしてくれますか?」
勇者の、野生の狼みたいな吊り上がった怖い表情が、外で草を食っている牛並みにかなり柔らかくなってきているのを感じる。多分私の目も相当に優しい見た目になっているはず。
「優しいから何でも教えてくれるし、昼に起きて訓練している人々は意外といろいろやってくれるよ。模擬戦やりたいですと頼めば本気で来てくれるし、おいしい料理屋聞いたら多分連れて行ってくれる」
そんな感じに自己紹介とついでにアイスコーヒーが飲み頃になったころ、優秀な秘書が返ってきた。
「イザベラただいま戻りました」
紹介を忘れていた私の有能な秘書がようやく戻ってきた。
「お使いありがとう。この場で紹介していないのは君だけなので、自己紹介よろしく」
「魔王様のお側で秘書をやらせていただいているイザベラと申します。特技が泳ぐことで、趣味は楽器の演奏です」
こうやって横から二人を見比べると、ジュリアナの背の高さと引き締まった線の細さとそこからくる俊敏な動きと、イザベラの狼耳の付いた頭部は小さく、全体的に界隈らしいシルエットではある。しかしある程度肉がついていて、意外とスタミナがある感じの理由と普段の仕事の違いが良くわかる。
「じゃあイザベラ戻ってきたし、ここ任せていい?一緒に外の訓練場で一戦やってくる」
「魔王様、お仕事は?」
「戻ってきたら処理するから大丈夫。なんかあったら訓練場の呼びに来て」
少しあきれ顔で膨れているイザベラを置いて、私はジュリアナの手を引いて部屋から出る。
「じゃあ、訓練場に行こうか」
「はい!」
試しに書いてみた、ファンタジー系勇者が魔王に戦いを挑む話でした。
次の章では実際に模擬戦と屈強な者たちとの会話までを予定しています
日常生活編はその次です