1話 真の恋人
僕は、新湊高校の門の前を歩いている。
花壇には園芸部の生徒がこころを込めて育てたであろうあじさいが美しく咲き誇っている。
太陽がここ最近で一番の輝きを放つ中いつも着ている中間服では、この暑さには耐えれなくなり多くの生徒が長袖を腕まくりをしている今日この頃、斉藤真はいつものようにイヤホンを詰め込み、地面のコンクリートをひたすら眺めながら登校していた。
「どこで間違えたんだ!!!!!」
心の中でそのような悲痛な雄叫びをあげる。
そう彼は高校デビューに失敗してしまったのだ。
周りの人たちはおおよそ、2人以上で楽しそうに会話をしながら学校に向かっている。
しかし、真は一人だ。この状況は非常に心の痛いものである。周りは複数人で行動しているのに自分だけ1人。友達の存在をうらやましいと思うとともに、どこか疎外感というか気まずいというか後ろめたい気持ちを持ってしまう。見えない圧力のせいで堂々できない。ゆえに、彼は地面のコンクリートを見ながら歩かなければならない。
いつも通り、「行ってきます!」と家を出てから一度も声帯を揺らすことが無く学校の昇降口についた。
昇降口で外靴から上履きに履き替え、3階にある自分のクラスに向かうため、階段を上がる。3階についた真は少しけだるさを感じていた。真には果たしてこのけだるさが階段を上って疲れたことが原因なのか、それとも今日も楽しくない学校が始まってしまうという憂鬱な気持ちが原因なのか分からなかった。
真は自分のクラスの前につき小さなため息をつく。真の席は手前の扉の対角にある。窓際であり、一番後ろの席である。ゆえに、手前の扉ではなく奥の扉から入りそのまま机と荷物を入れる棚との間の道を通って自分の机に向かう。ぼっち高校生である真にとって自分の机は治外法権の絶対領域、決して他人から侵されることのない自分の領土であり、その椅子に座ることでどこか安心感を得ることができた。
自分の席につき荷物の整理を行っているといつも通りクラスメート達が談笑している音が聞こえている。
その音は真が高校生になって以来ずっと憧れ続けたものであった。クラスメイトとふざけ合ったり、冗談を言い合ったり、時には真剣な相談をしたり、たまには喧嘩したりといった高校生の普通の青春を真はずっと望んでいた。ただ、その望みとは裏腹に真は一人鞄に入っていた教科書やノートなどの教材を机の引き出しに入れ机の上にうつ伏せになった。この登校し自分の席に着いてからホームルームが始まるまでの時間は多くの高校生にとっては、友達と話して楽しむ時間だが、友達のいない真にとってこの時間はなにもやることがない。中には一人で勉強をしたり、本を読んだりしている人もいるがそのようなことに興味のなかった真はただ寝たふりをするしかなかった。
机にうっぷした状態で目はつぶっているが意識は覚醒している真は視覚が無い分聴覚に神経が注がれている。真の耳にクラスメートの笑い声が聞こえてくる。これは、山田太陽、高橋冷、秋野光成の声だ。彼ら3人は同じ中学校に通っていた者同士でそのときからの仲良し3人組だ。高橋の席が真のとなりであり、彼らの集まり場所は高橋のところと決まっているため、真が机の上にうつ伏せになっているときは大方隣の席から彼らの声が聞こえてくる。真はこの三人組とほとんど話したことはなかった。ただ、寝たふりをしている時によく彼らの会話が聞こえてくるため彼らが中学の同級生であるなど3人組の事情がある程度わかっていた。ちょうど、山田が秋野に話しかけているようだ。
「光成ー、昨日のステップ(漫画雑誌)の○○見たー??」
「みたみた!○○最高だったよな!めっちゃ胸熱だった!!」
「だよな!全身燃えながらみてた! 冷は見たん??」
「俺はそんな低俗なものは見ないよ」
「なんだよ、モテ男だからってお高くとまり上がって 光成も何か言ってやれ!」
「え、俺も見てないけど....太陽はみてるんだ....」
「光成さっきと言ってること全く違うじゃないか!!裏切り者ー」
太陽が光成に襲いかかる。もちろん本気で襲いかかっているのではなく冗談として軽く抱きつくような感じ襲いかかっており、そのやりとりを冷が少し笑みをこぼしながら見守っている。
真のその輪の中に入りたいのだが、彼にはうらやましがることしかできなかった。
「キーンコーンカーンコーン」
この鐘はホームルームが始まることを学校中に知らせる。
教室の手前の扉がガラガラガラと開けられると同時にこのクラスの担任大輪正則が入ってきた。
「ホームルームをはじめるぞ、席に着け」
担任の大きな声で教室の各地に散らばっていたクラスメート達が一斉に席に着く、真も担任の声で起こされたように起き上がりあくびをしながらあたかも眠そうなふりをして姿勢を整えていた。実際に真は眠たくはない。ただ、先ほどまでは寝ていたという設定なので、眠たそうな雰囲気を出さないと辻褄が合わない。そのため、真は毎回そのような”ふり”を続けているのだ。
いつものホームルームを終え少しの休息時間を挟んだらいよいよ授業が始まる。
大半の高校性にとって授業は退屈で面白くなく嫌な時間で早く終わって欲しいと願うだろう。
真も例外ではなく授業の時間はあまり好きではない。ただ、早く終わって欲しいとはあまり思わなかった。なぜなら授業の時間は一人一人が自分の席に着き誰もが1人で孤立した状態だ。この時間真は1人であるにも関わらず孤独を感じずにすむ。ゆえに、自分だけ1人孤独な休憩時間より全員が1人で孤独である授業の時間の方がましなのであった。
思わず、朝のニュース番組を思い返す真。
確か、今日の最高気温は26度だったか。まだ教室に冷房がつくような時期ではないが、日差しも強く皆少し暑さを感じている。
突如として、カーテンがヒラヒラと揺れる。
風が果てなき空から窓という境界線を越え、教室へと吹き込んだ。
その風は、窓際の席に座る真の頬を真っ先になぞり、一瞬の爽快感をクラスに届ける。
心地よさを届けるデリバリーが、最後にたどり着いたのはクラスで”最も清らか”で”最も可憐”で”最も麗しく””最も端正”で”最も美しい”少女の後ろ髪であった。
幻想的に後ろ髪をなびかせる少女の名は香月凜。真の恋人となる女性である。