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【短編】ロマンティックは探せない

作者: 高木幸一

「……ねえセンパイ。アタシって可愛いじゃないですか」


「死ね」


「初手『死ね』!? ありえなくないですかっ!? アタシ以外なら訴えてますよ!?」


 そう言って後輩は長机をバンバン叩き出して、その長い黒髪と、インクのビンが揺れ、鉛筆が浮く。僕は原稿に消しゴムをかけ、それを払うと同時にため息をつくと、まだ机の向こう側でぎゃーぎゃーわめいている後輩に言った。


「僕以外なら、心の中で『死ね』と言うだけだろ。そして女子なら、そのまま人数集めてお前の悪口大会だ。対面ではっきり、口に出して言ってもらえることのありがたさをもう少しかみしめろ。そして死ね」


「また『死ね』!? そんなだからセンパイの漫画は面白くないんですよ分かってます!? 人間関係がぜーんぜん描けてないん・で・す! いっつも出てくるキャラ出てくるキャラ、ぜーんぶ、出会ってすぐに『好きっ!』『嫌いだ!』『好き!』『あたしも!』っていうのばっか! ……そんなの会員のアタシ以外にだれが読むんですかっ!?」


「僕は展開が遅いのは嫌いなんだよ。それにいまは修行中だから、読者がお前だけでも問題ない。……ああ。お前が死んだらゼロになるな。やっぱり生きろ。僕にはお前が必要だ」


「……それ、別の場面で言ってもらっていいですか? ぜんぜん心に響かない、どころかむちゃくちゃムカつきます……。っていうか、いま改めて思いましたけど、センパイって他人に興味なさすぎじゃないですか? 彼女どころか友達もいないし。漫画同好会の会員も、アタシしかいませんし。……よく寂しくならないですね。メンタルが鉄なんですか?」


「真剣に打ち込める漫画がある。家に帰れば家族がいるし、放課後にはお前がいる。それで充分だろ。これで寂しいなんて贅沢すぎる。……あとお前、いまの暴言はちゃんとカウントしとくからな」


 僕は再び下書きを再開した。すると影が原稿にかかる。顔を上げると、後輩が身を乗り出してじー……っと僕を見つめていた。


「なんだ。腹が減り過ぎて、僕の顔がアンマンに見えるのか? ……かじるなよ。金を忘れたなら貸してやるから買いに行けよ」


 僕は財布から硬貨を数枚取り出して後輩の前に置く。ヤツは「ち・が・い・ま・すぅ~」と言いながらまた机をバンバン叩き、ちゃりんちゃりんと硬貨が跳ねる。そして後輩は、自分の顔を指し示して、続けた。


「実は相談があるんですよ、【鉄メン】の先輩に。……さいしょに言いましたように、これ、自慢でもなんでもないですからね? ほんとうに、マジに、真剣な話で……。アタシのお顔が可愛いばっかりに、いま、とても困ったことになってまして」


「……。妬みか。横恋慕か。ストーカーか」


「ほんとうに、会話ですら【中間】とかないんですねセンパイって……。ストーカー……、ってほどじゃないんですけど、ちょっと、まあ。一週間前にクラスメイトに告白されて、その場で断って。でもクラスメイトなんで、毎日顔、合わせるじゃないですか。……アタシはふつうにしたほうがいいかなー、って。前みたく挨拶とかしてたんですけど。それでなにを勘違いしたか、その……。どうもアタシが『恥ずかしくて断っただけで、ほんとうは自分のことを好きだったんだ』と誤解されまして。告白前よりも馴れ馴れしくなった、という感じで……」


「馴れ馴れしくとは?」


「下の名前で呼ばれる、とか。ボディタッチされるようなった、とか。変なトコロは触られてないですけど。あと、勝手に、クリスマスの予定を、アタシとデートすることにしてるとか。やっぱりちょっと、そろそろ無理な感じでして、ハハ……」


 苦笑いして、頭をかく。僕は二度目のため息をつき、後輩を指差した。


「スマホを出せ。どうせお前のことだから、【分け隔てなく】クラス全員とライン交換してるんだろ? いますぐソイツに電話をかけろ」


「えっ……? ちょっ、ちょっと待ってください!? アタシ、なにを言えばいいとか、まったく……! い、言っておきますけど先輩のトンデモ言葉の通りに話せ、とか無理無理ですからね!?」


「話すのは僕だ。かけないと、月曜にお前のクラスへ乗り込むが、そっちのほうがいいか?」


 言うとすぐ、ライン通話状態のスマホを差し出した。相手は僕が耳に当てると同時に出て、≪あ、み、美早みさきっ!? ど、どうしたの!? ひょっとして、いまから出てきて、とか!? ……いいよいいよぜんぜん行けるからっ!? ……どこっ!?≫とまくし立ててきた。僕はため息をつかずに、そのまま淡々と返した。


「いま、美早は僕と会室でふたりきりでいる。そしてスマホを借りて、お前に電話している。……この意味が分かるか? 美早には僕がいる。お前が入る余地はない。あしたから近づくな。もし近づけば僕がお前を殺す。この言い分に文句があるなら2年B組、高戸朔たかとさくまで会いに来い。――以上」


 僕は電話を切り、スマホを後輩に差し出した。だがヤツは口をぱくぱく、赤いとも青いともつかない表情かおで開け閉めして、僕を震える指で指して受け取らない。なので机に置いた。


「これで一件落着、だな。……ああ、違う。ソイツのを削除しとかないと。……ほらまたかかってきた」


 うるさく鳴り出した後輩のスマホをまた拾うと電話に出て、「死ね」と言ったあとに切り即ブロック、そして削除した。


「ちょっ……、ちょっとぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!! なに!? なに!? なにぃーーーーーーーーーーーーーーーっ!? なにしてんですかあなたぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!??」


 立ち上がり、思い切り机をバンバン叩きまくり、ビンが倒れ鉛筆や消しゴムや硬貨が飛び上がろうとお構いなしに後輩が怒鳴る。僕は顔をしかめつつ返した。


「ただの【適切な対処】だ。お前みたいな八方美人を続けてたら一生解決できない。万が一、逆恨みでお前になにかしてくるかもしれんから、あした直接会って、さらに僕にヘイトを向けるようにしておく。それで大丈夫だろう」


 僕は後輩が倒したインクのビンを起こし、移動した鉛筆と消しゴムと硬貨を元の位置に戻す。後輩は上下させた肩をゆっくりと落ち着かせて、歯ぎしりしたまま乱暴にイスを引き、腰かける。それからバン! と、性懲りもなく机を叩いて俺の顔をのぞき込んだ。


「……自分がぁ~、なにをしたかぁ~、分かってますぅ~? あの人の中では、センパイとアタシが付き合ってることになった、と思うんですけどぉ~……? さらにあの人お喋りだからぁ、近日中にはクラス内に、そして今年中にはクラス外にも広まっちゃうと思うんですけどぉ~……っ!?」


「それでいいじゃないか。問題のヤツさえ遠ざかるなら。実態はただの同好会の会員【そのいち】と【そのに】だ。真実がすべての人間に共有される必要はない。面倒な誤解は困るが、都合のいい誤解はあっていい」


 それでさらに顔が近づいてきた。完全に切れた表情かおで。……可愛いとか自称している面影はいっさいない般若面だな。僕的には、こっちのほうが正直で好いと思うが。


「ア・タ・シ・の高校生活はっ!? センパイと恋人同士って誤解されたままじゃ、これから彼氏もできないじゃないですかぁ!! まさに【面倒な誤解】なんですけどっ!? ってか来月のクリスマスぅーーーーーーーーーーー!! ……どーーーーーーーーーーしてくれるんですかぁ!!」


「それでできないっていうのは、相手のほうから言い寄ってくるのを待つ姿勢だからだろう? 好いなと思う男がいたら言い寄れよ。そのときに、僕のことは振ったと言えばいい。それで恋人ができるまでに虫よけもできて万事OKだ。……あとクリスマスはデートの言い訳のための日じゃない。おとなしくケーキを食べてろ阿呆が」


「ム・カ・つ・くぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこんなムカつく人いるぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?? アタシは好きな人に告白されて付き合いたいんですぅーーーーーーーーーーーーそのロマンをぶち壊すなっ!!!!」


 手が痛くならないのか? と思うほどに、太鼓のごとく机を連打し始めた。かの伝説の漫画家は、走行中のタクシー内だろうが新幹線の中だろうが原稿を描いていたというが……僕はまだまだ修行が足らんな。無理だこれじゃ。


「……ならとりあえず、【好きな人】とやらを作れ。そしたら僕が、ソイツがお前のことを好きになって、告白してくるように協力してやる。これならいいだろう?」


「……。……ホントー、ですか? というより、そんなことできるんですか? 友達も彼女もいたことないセンパイが……」


「詐欺師は当該の経験も才能も実態もないのに【そう】だと見せかけ人を動かす。詐欺に限らず、要は現実を動かす力は、本質の理解にあり、必ずしも経験の有無に左右されないんだよ。お前とお前の好きな男をくっつけるくらい、僕にとっちゃ面白い漫画を描くことよりも容易い」


「な、なんか腹が立つけど……。センパイ、変な行動力だけはありますからね……。その辺の説得力は悔しいけど認めざるをえないというか。――ホ、ホントのホントに協力してくれるんですね!?」


「漫画描きに二言はない。とりあえず、お前の好みのタイプを言ってみろ」


 そう言うと、急に髪をいじったり、頬を指でかいたりと、もじもじし始めた。……ウザイな。そして訳の分からんことをまくし立てる予感がする。コイツ、会に入るときも「なんかピーン! って! そんなのが来たんです!」とか意味不明なこと言ってたしな。漫画が好きなわけでもない、僕しかいないところなのに。


「……えっとお。顔は中性的な感じでぇ、でも目つきは男らしくて! 無駄なことは話さないで優しくてぇ、アタシが困ってるときはすぐに行動して助けてくれる、そういうナイトみたいな人がいいかなぁ~……」


 えへ、えへへ……と照れながら言って、僕の鉛筆と消しゴムを指で弾いて飛ばし、床に落とす。死ねばいいのに。


 しかし、まあ、なんだ。コイツの好みって……なあ。


「僕じゃないか。それ。……お前僕のことが好きだったのか?」


「……。……――はっ?」


 後輩の表情かおから一瞬で赤みが消え、目は半眼となり、口の端がぴくぴくと震え出す。そして僕が床に転がる消しゴムと鉛筆を指差すと、無言でゆっくり拾い上げ……、僕を半笑いでにらみつつ、ひとつずつ机に置いたのち、逆にこちらを指差して言った。


「人の話、聞いてました? いまので、どこをどう聞けば、センパイのことってなるんです? ……耳は大丈夫ですか?」


「僕はちいさなころ、女子に間違えられたことがあるほど中性的な顔立ちだったし。けれど目は、ガンを飛ばせばたいていのやヤツはびびるほどに迫力がある。そして無駄口はいっさい叩かず、いま……、まさにお前の困りごとを迅速に助け、解決した。……これで耳が悪いとか、お前のほうが頭の心配をしたほうがいいんじゃないのか?」


「【ちいさなころ】に中性的だったんですよね信じられないですけれども!? いまは【中世】ヨーロッパ的に濃いですからぁ!! それと【ヤ〇ザみたいに怖い】と【男らしい】は別物ですよ!? さらに【無駄なことを話さない】んじゃなくて、【必要なことしか話せない】のがセンパイといふき物なんですよイーーーーーーーーー加減自覚して下さいっ!!!!」


「そうか。自己評価と他者評価にはズレがあるもんだな」


 僕は感心したようにうなずいた。が、なにが気に入らないのかいよいよ顔を赤くして怒り狂っている。僕は散らばった消しカスをかき集め、ゴミ箱に捨てると続けた。


「でも最後のは合ってるだろう。そこも解釈違いか?」


「……れは、合ってないことも、ないです……けど」


 不服ながらも認めるように、漏らす。それからどすん、と脱力したように腰をおろし、うつむくと、「……いしょは、たしかにナイトみたいだって……だからアタシはここに……」となにやらよく分からないことをぶつぶつ言い始めた。僕は立ち上がり、会室の隅にある棚に置いた、電子ケトルのスイッチを入れた。


「……ともかく。目下気にすべきことは、さっきのクラスメイトの付きまといを絶つことだろう? それはこのままでうまくいく。いまはそれで納得しろ。お前のロマンとやらも、安全があってこそだろうが」


「……【このまま】じゃ、センパイが危ないじゃないですか。センパイ、顔は怖いですけど、喧嘩とか……。もしかして強いんですか?」


「そんなわけあるか。年がら年中屋内で漫画しか描いてないヤツが」


「……な~ら~な~ん~でぇ~、さっきみたいな危ないこと言ったんですか。ほんとうにあの人に狙われたら、どうするつもりなんですか!」


「お前の頼みは、お前に迫る厄介ごとを払うことで、それは達成できるからそれでいい」


「……――っとに。っとに、っとに、ほんっっっとーーーーーーーーーーーーーーーーーにぃ!!!」


 がちゃん! と音を立てて、パイプ椅子を揺らして立ち上がり、棚からがちゃがちゃカップ二脚とスプーン、インスタントコーヒーのビンを取り出すとテーブルに運び、また戻ってくると、ケトルのスイッチを切り、持って行った。


「コーヒー、アタシが用意しますから、先輩はその棚の二段目の奥から、箱、取ってください! それクッキーなんで!」


「……なんで目覚まし時計の箱にクッキーを入れてるんだ?」


「センパイに食べられないように決まってるでしょーがっ! ……お皿も二枚、お願いしますっ!」


 ほんとうに、訳が分からんヤツだな。怒ってるくせに……。まあ、思わぬ茶菓子にありつけそうだからラッキーだけどな。


 後輩は怒ったまま、てきぱきとコーヒーの準備をした。ちゃんと僕の分も入れてくれた。そしてクッキーも分けてくれた。僕のほうが三枚、少なかったけれども……。


「原稿も片づけて下さい。きょうはもう、お茶をしたら帰りますよ! 続きはあした!」


「あしたは土曜で休みだろう。正確には明々後日しあさってだな」


「あした、家で描いてください、っていう意味ですぅ~。センパイ、どーせ休みの日も描いてるんでしょう? どこにも行かず!」


「ああ。描いてる。どこにも行かず。一日中な。楽しいぞ」


「嫌味も通じない……。はあ……。そんな感じでクリスマスも、周りがなにをしてても関係なく、楽しく漫画を描いて過ごしてるんでしょうね……。うらやましい」


「いや、クリスマスは年に一度の漫画休みの日だ。ただゴロゴロして過ごしている。あとケーキだな。ウチの母親が作るケーキは絶品なんだ。死ぬほどうまい」


「ゴロゴロ!? 年に一度の休み!? センパイの基準はいったいなんなんですか!? それとアタシに、クリスマス、ケーキ推ししたのは、嫌味じゃなくて、お母さんのケーキが美味しかったからですか!? はぁああぁ……」


 長机に突っ伏して、脱力する。その間に俺はコーヒーをひと口飲むが、案の定、苦いので砂糖を追加する。コイツの入れるコーヒーは、なんでいつもこんなに苦いんだ。ブラックが格好いいとでも思ってる派か?


「……。その死ぬほど美味しいケーキ。アタシにも分けて下さいよ。どーせクリスマスまでには、もう彼氏なんてできそうにありませんから、センパイんのパーティに交ぜてください」


 死にかけの表情かおを上げて、言ってくる。俺は真顔でかぶりを振った。


「そんな消極的な理由では、やれんな。お前はあのケーキの値打ちをなにも分かっていない。それとパーティはプライベートなものだからお前は参加できない」


「うがぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!! だれのせいで【クリスマスまでに彼氏を作ってラブラブな想い出を作るマルヒ計画】がとん挫したと思ってんだぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこのDNAが朴念仁でしか構成されていない漫画馬鹿っ!!! 責任のひとつでも取る気あるんですかっ!!?? ……ケーキくらい寄越せっ!!」


「くらいとはなんだくらいとはっ!! ……ようし分かった。特別にお前を招待してやる。それで、いかにお前の発言が愚かなものだったかを後悔させてやるからな。……絶対に予定は空けておけよ」


「絶対もなにも、【予定なんてない予定】ですからだれかさんのせいでっ!! センパイのほうこそ、『やっぱりプライベートなものだから無理だった』とかやめて下さいよ! もうアタシの中じゃ、センパイとちょー美味しいケーキを食べるってことに決定しちゃいましたから!」


「僕だけじゃないぞ。父と、母と、妹と、ポチがいる」


「そっ! そ、そんなこと分かってますぅ~!! 変な意味に取らないでくれますぅ!? あ、あとそのポチって、どーせ猫ちゃんなんでしょう!? アタシが犬って言うと思ってわざわざ挙げてぇ! ……センパイがおかしいのは充分知ってるんですからねっ!!」


「ポチは今年の春からホームスティしてる子のあだ名だ。なにを先まわりして勘違いしてるんだ? 念のためだが、本人がポチって呼んでくれって言ってるんだからな。なんでも昔の好きなアニメの台詞から取ったそうだ。『ポチっとな』っていう」


「うぎぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!! クッキー返せっ!! コーヒーも返せぇ馬鹿ぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 ブチ切れた後輩は僕の皿に残った最後のクッキーをひったくり、残ったコーヒーを奪い取った。そのあとちびちび飲んでは「甘っ! また勝手に砂糖いっぱい……! コーヒーの味を殺す気ですかっ!?」と文句を言いながらも飲み干していた。ほんとうに面倒くさいヤツだな。こんなヤツを招待してよかったのだろうか……。


「……あー甘かった! それとセンパイ! 当日はアタシのこと、家族の人たちになんて紹介するつもりなんですか? も、もしかして、うそ設定の……、恋……人……的、な。……そ、そんな感じで言うつもりじゃ……ないでしょうね」


「僕は家族にうそは言えないからそれはない」


「……あーそうですかっ! 分・か・り・ま・し・たっ! じゃあふつーに、同好会の後輩でお願いしますっ!」


 やはりぷりぷりと怒って、がちゃがちゃソーサーとカップを重ね始めた。俺はおおきく息をはくと続けた。


「後輩とも、もちろん言うが。なにせウチにとってクリスマスは特別だ。だから、ただの後輩では参加させづらいから、もう少し付け足す。……『大切な人』とな」


「えっ……」


「『僕の漫画を学校で唯一、読んでくれるとても大切な人だ』と。それで参加を許してくれるだろう。だから安心してくれ」


 僕は胸を叩いた。後輩は、なんとも言えない表情かおとなり、ぎこちない笑い方で言葉を紡いだ。


「へ、へぇー……。で、でもそれだと、家族の人たちは、誤解、するんじゃないですか……? だって異性ですし、クリスマスですし、家族に紹介するわけ、ですし……。大切、っていう言葉を別の意味にも」


「それはない。なぜなら僕の家族、及びポチは、僕の漫画を『『『ぜんぜん面白くない』』』『驚くべきつまらなさだヨこれは!』と言ってはばからないからな。そんな僕の漫画を継続して読んでくれる人というのは、皆にとって驚嘆すべき人物なんだよ。だから僕の言葉にも真実味がある。うそやごまかしのない、僕にとって、ほんとうの意味で【大切な人】だとな」


「はい、分かりマシター。じゃあソレデオネガイシマスー。アタシカップ洗ッテキマスネー」


 後輩はロボットのような棒読み無表情でそう告げると、棚からお盆を持ってきてカップなどを載せる。なので僕はお盆をひったくり、率先して会室を出て、手洗い場へ歩いた。後ろから黙って後輩がついてきて、洗い場につくと、並んでいっしょに洗い始めた。


「……こうして、今年のクリスマスも、そして来年も同じように、センパイと独り身を貫くんでしょーネー。……は~っ」


「だから僕が協力してやると言っただろうが。あしたから、学校でも、通学中でも、休みの日でも、好きになれそうな相手、いつでも注意深く探して接近しておけよ」


「言い方! なんかがっついててヤダ! ……ロマンがないロマンがないロマンがないぃ~! ……そもそもさいしょに……――ンってきたのが、ちゃんと当たってたらいまごろ……。アタシのカンって、外れたことないんだけどなぁ~……」


「なにをぶつぶつ言ってるんだ? それと泡を飛ばすな。そもそも現実にロマンなんてそうそうないから、物語のロマンが映えるんだろうが。だから漫画を描いて、読む。映画でも小説でも演劇でも同じことだろ。……ま、中には万にひとつの出会いを運よく得た人もいるんだろうけどな。ここでカップを僕と洗っているお前には縁のないことだから諦めろ」


「……もし好き同士なら、いま、とってもロマンティックな場面ですよ。こんなふうに洗い物をすることでも」


「そうだな。皿洗いでも、馬鹿話をしていても。別にきれいな夜景を見に行かなくても、サプライズでプレゼントしなくても、感動的なわけだ」


「アタシは日常のなにげなさを大切にしつつも、そういうことも、あって欲しいな~、というタイプですから。念のため。というか一般的な女子意見ですからね。常日頃、非現実的な漫画を描いているセンパイはきっと理解してないでしょうから、どうぞ参考にしてください」


「僕の漫画のヒロインは、そんなその辺にいるような女は該当しない。いっしょに河原に行ったら、『わ、この石すごく飛びそう!』と言って水切り石を日暮れまで探す女だ。しかもじっさいに投げるとぜんぜん飛ばないというな。そこが可愛いんだ」


「それ、思いっ切り猫かぶってますからね? もしそんな女子がいたら、じっさいにめちゃ飛ばせるっていうのがリアルなんですよ! まあ、現実的にはまず、ほぼ水切り自体を知らないと思いますけどね……」


「だからロマンだって言ってるだろうが。現実にはほぼいないけど、いて欲しいっていうな。しかしお前は水切り、知ってるんだな」


 洗い終えたカップを拭きながらじっと見る。後輩は鼻で笑いつつ、ソーサーを拭きつつ返す。


「お兄ちゃんとか従兄弟いとこたちと、ちいさなころから、おばあちゃんの家に集まるたびにやってましたからね。……ちなみにアタシはちょーうまいですよ。並みの川なら向こう岸まで跳ねますから」


「……すごいなお前! 今度いっしょに川行こうぜ! っていうかクリスマスパーティの前に水切りしようぜ!」


「嫌に決まってるでしょうなに言ってるんですか!? クリスマスパーティの前っていつなんです!? もしかしてイブのこと言ってます!? ――どこの世界にイブに水切りする男女がいるんですかっ!! ……あといま、アタシと出会ってから、いちばんテンション上がりましたよね!?」


 なぜかぎゃーぎゃー怒り出す後輩に、僕は首をかしげながらカップ類をまとめてお盆に載せて会室に引き返す。そして原稿の片付けも終えて、電気も消して会室を出て、鍵を職員室に返して学校を出る。外は冬らしい冷ややかな風が強めに吹いていて、僕たちは思わず身を縮めた。


「あーあ……。こんな寒い日の下校でも、彼氏がいたらぬくぬくなのになぁ。世の中は不公平だぁー……」


「カイロやるよ。これで体温的にはマシだろう。心のほうは我慢しろ」


「ありがとうございますぅー……! ほんとう、センパイって用意はいいですよねぇー……!」


 温くなったカイロを受け取り、手の中でわしゃわしゃやってポケットに突っ込む後輩は、そのまま仏頂面でずかずか歩いてゆく。僕はあっという間に小さくなった後ろ姿の、さらさらと揺れる長い髪を見ながら、ぼそりと言った。


「……可愛い、とか。自分で言わなきゃ、可愛いんだけどなぁ」


「……いま『可愛い』って言いました!? だれ!? だれのことですかっ!!」


 振り向き遠くで叫び、すぐに走り寄ってくる。どんな耳してんだよコイツは。……こりゃあとうぶん【このまま】だな。だーれがちゃんと言ってなんかやるもんか【可愛くねぇ】。


「少なくとも、お前以外のだれかだよ。自分で可愛いとか言わないだれかな」


「でもいま、近くに女子歩いてませんけどぉー!? アタシしかいませんけどぉー!? へっへっへ……。離れたと思って油断しましたねセーンパイ! 仕方ないからもう一度だけ、素直になるチャンスをあげますっ! ……ねえセンパイ。アタシって可愛いじゃないですかぁ~!?」


「死ね。お前がクリスマスを迎えることは、神が許してもこの僕が許さん」


「さいしょよりひどくなってない!!?? それ【救いようのない悪】に言い放つセリフですからね!? ……センパイのほうこそ、アタシの1000倍、かわいくないぃ~~~~~~っ!!!」


 こうして僕たちは、駅までも、電車に乗って、互いの降車駅で別れるまでもずっと無駄なお喋りを続けた。


 翌日、後輩はきちんと自分でクラスメイトにはっきり断り、それで向こうは諦めたようで、後輩や僕になにか起こることはなかった。どうもソイツも純粋な恋心というよりも、クリスマスに過ごす相手が欲しかっただけのようだ。やはりはっきり言うのが大事だよな、と言うと、後輩は、「そうですね。センパイも、【大切な言うべきこと】があったら言っておいたほうがいいですよ。アタシに」などと言っていたがスルーした。


 その、クリスマス当日も、同じように過ごし(後輩はケーキがうますぎて感涙していた)、次の年も、卒業するまでも――。放課後に僕は漫画を描き、後輩は横でスマホをいじりながら話しかけてきて、決まって文句を言い合い、ときにはどこかへ出かけ……ずっとふたりで過ごしたのだった。


 そして、これがかけがえのない日々だった、とようやく【互いに可愛く】素直に言えるようになるのは――、10度目のクリスマスをいっしょに迎えた夜の、……まだまだ遠い未来さきのことだった。

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