選定の儀 光の行方
〈現在〉
世界で三大国と言われている国の一つ、ルーベン王国は今、滅亡の危機に遭っていた。魔物の大量発生である。
それは、年に一度や二度起こる事であり、王国も十分対策をしていた。しかし、通常の大量発生なら魔物の数は約五百体なのに対して、今回の大量発生は、六千といつもの十倍近い数の魔物がおり、魔物の上位種である魔獣も五十体確認されている。更には、魔獣の中でも最強格のドラゴンが一体いることが分かった。
王都には避難してきた国民達が溢れている。その中に、親とはぐれたのか泣いている少女がいた。それを見た一人の少年が駆け寄る。
「どうしたんだ?もしかして迷子?」
「うん……」
「そっか……僕が一緒に探してあげるよ!」
そう言い少年は少女の手を取り歩き出した。少女は歩きながら少年に聞く。
「ねぇ、私たち死んじゃうの?」
少年は一度視線を下げた後顔を上げ、
「大丈夫さ!この国の王子様は最強なんだってみんな言ってる。それに騎士団や冒険者だって。何よりも、この国には最高位冒険者がいるんだ!だから、きっと大丈夫」
励ます様に、自分に言い聞かせる様に明るい声で言うと、騎士や冒険者が集められている王城を見上げた。
〈王城、玉座の間〉
「よく集まってくれた!我が国の勇敢なる戦士達よ!!今日皆を集めたのは、この国に迫り来る脅威についてだ!!」
王座の前に立った男が大声で叫ぶ。その男の名はアルフリート・ヴァイス・ルーベン。ルーベン王国の現国王である。そして、集められた騎士や冒険者はその言葉を聞き一層気を引き締めた。
「魔物の数はおよそ六千!そのうち魔獣は約五十、更にドラゴンも確認された!はっきり言おう!状況は絶望的だ!ゆえに私は、選定の儀を行う事を宣言する!」
それを聞いた人々は、言葉を失う。選定の儀とは、王族の中でも膨大な魔力を持つものが自らの血と魔力で、未来の英雄に加護を与える代わりに、儀式を行なったものは永遠に魔力を失ってしまう。それを王はやると宣言した。
「お待ちください王よ!それはあまりにも無謀すぎます!確かに成功すれば、国は救われるかもしれません!しかし、過去には英雄の資格を持つ者がおらず、ただ魔力を失っただけの王もいました!それに、今アルフの魔力が失われてしまえば、それこそ終わりです!」
一人の男が立ち上がり、アルフを必死に止めようとする。動揺し、呼び捨てした事に気づいていないこの男は、アルフの側近であり、親友でもあるダスト・フォン・ノックスだ。そんな男の叫びにも似た言葉に、アルフは笑って返す。
「確かに、お前の言う通り俺が魔力を失うだけになるかもしれない。だがなダスト、俺は王として民を守らねばならないのだ!これは王としての責務であり俺の意志だ!」
「あなたと言う人は……もう何も言いません」
アルフの飾らない言葉を聞き、昔からの幼馴染であるダストは、もう覆す気が無いと確信して肩を下ろした。
「それに、俺には確信がある。少なくとも二人、ここに未来の英雄がいる。そうだろう!ジーク!ランス!」
アルフがそう言うと、二人の青年が前に出る。一人は金髪碧眼、もう一人は赤髪黒目の男だった。二人はアルフの前に立つと頭を下げる。
「はっ、仰せのままに父上。我らが命に代えても民を守り抜きましょう」
アルフを父上と呼ぶ金髪碧眼の青年、ジークフリート・ヴァイス・ルーベンは冷静沈着に応え、
「お任せください王よ!魔物も魔獣もドラゴンも、まとめて俺が叩っ斬って見せます!」
反対に、赤髪黒目の青年、ランス・フォン・ノックスは、アルフの父である王に向かって威勢良く答えた。
二人は共に切磋琢磨してきた幼馴染であり、十七歳の学生でありながら、すでに騎士団でもトップクラスの実力を持っている。
「この二人以外にも、騎士団や冒険者には才能溢れた若者が大勢いる!期待しようではないか!ではこれより、選定の儀を始める!」
そう宣言すると、一人の騎士が古びた聖杯と短剣をアルフの前にある台に置く。そして、アルフは短剣で自分の手首を切り、血を聖杯に垂らす。
「我が名はアルフリート・ヴァイス・ルーベン!王家の血を継ぐ者なり!我が血と全ての魔力を糧に、未来の英雄に加護を!」
そう叫ぶと、アルフから溢れ出した魔力が聖杯に吸い込まれていく。
「うぐぅ!…………これが魔力がなくなる痛みか…」
苦悶の表情を浮かべるアルフを見て、周りの者達は息を飲む。やがて、アルフの魔力が全て聖杯に収まると、聖杯は輝きを放ち始め、周りが光に包まれる。
光が収まると、そこには四つの光の球が浮かんでいた。
「ふー、成功したか。しかし、四つも出るとは、いい意味で期待が外れた」
アルフは、青白い顔で安堵する。
「おお!なんと美しい光だ!」
「さすがは王だ!」
「これでこの国は救われるぞ!」
騎士や冒険者の中から歓声が上がる。
「静まれ!まだ選定の儀が成功しただけだ!誰が英雄になれるかは、これから決まる!気を引き締めよ!」
アルフが一喝して黙らせる。そして、玉座に座り直すと話を続ける。
「この光は、未来の英雄の元に飛んでいき、力や加護を与えると言われている。つまり、未来の英雄は四人だ!」
アルフの言葉に、またも大きな歓声が上がった。
すると、二つの光がジークとランスの元に、一つが冒険者の方に飛んで行く。
「よっしゃー!俺たち、未来の英雄だってさ、ジーク!」
「良かったな、ランス。これで私たちは、もっと国の役に立てる」
「やはり二人には、資格があったか。それで、残る二つは一体誰の所に行くのか、埋まっていた英雄が見つかるのは良いことだな」
アルフは喜ぶ二人を見守りながら、二つの光の行方を追う。
冒険者の方に行った光は、壁にもたれかかっている少年の前で止まった。しかし、少年は下を向いたままピクリとも動かない。
「なんだ?こいつは、寝ているのか?」
「おいお前!起きろ!選定の儀が終わっているぞ!」
周りの冒険者たちは、大声で呼びかけるが、反応がない。
すると、一人の男が少年に近づき、
「起きろ!この馬鹿が!」
と拳を頭に叩き込んだ。ゴンッと鈍い音が響く。
「痛った~!何すんだよオッサン!」
「大事な話の時に寝てるからだ!」
目を覚ました少年は、頭を抑えながら抗議する。
「魔物をぶっ殺しに行こうとしたのに、オッサンが止めたから暇だったんだよ!オッサンが少し話を聞きに行くって言うから聞いてたのに、全然少しじゃねーじゃん!眠くなるわ!」
「逆ギレするな!周りをよく見ろ!」
逆ギレした少年にまた拳を振り下ろす。少年はかわしながら周りを見渡し、
「あぶないだろーが!それに、周りを見ろって……何この光?」
ようやく光に気がつく。
周りの人が呆然としている中、アルフは少年を殴っていた男に尋ねる。
「支部長よ。この少年は冒険者なのか?」
「すいません、お見苦しいところをお見せしました。こいつはギルベルトといいまして、こう見えて一応Sランク冒険者でして、若手で一番の有望株なので連れてきたんです。おいギル。挨拶」
ギルベルトは、黒髪黒眼の目つきの悪い少年だった。十六歳という若さでありながら、最高位の一つ下のSランクにまで上り詰めた、優秀な冒険者である。背中に槍を背負い、腰のベルトに小袋を四つと短剣を差した、少し変わった装備をしていた。
ギルは、アルフに向かい挨拶すると、
「どうもっす。で、この光何?」
支部長に質問した。支部長は呆れながら応える。
「まったく、お前はもう少し礼儀というものをだな……まぁいい。それは選定の光だ。未来の英雄として選ばれし者の所に、飛んでくるんだそうだ」
「へー、そうなんだ。で、俺は英雄に選ばれちゃったわけだ」
ギルは、どうでもいいかの様に言う。
「そういう事だ。さっきからそう言っているだろうが」
「ねー、王様。俺、魔物ぶっ殺せればどうでもいいんだけど」
ギルは、支部長の言葉を無視してアルフに質問する。
「英雄になれば、加護や力を得られるから、魔物を倒しやすくなるかもしれないぞ。それと、できれば国の為にその力を使ってくれると嬉しい」
「え~、めんどくさいなぁ。まあ、魔物ぶっ殺すのは、全然いいけど。だけど、それ以外は俺冒険者だから、依頼出してくれたら考えるかな」
ギルは、面倒臭そうに答える。
「分かった。では、ギルドを通して依頼を出すとしよう。それでどうだろうか?」
「ん~、それならいっか」
アルフは、ギルとの取り引きを終わらせると、最後の光を見る。
最後の光は、あちこちを迷子の様に彷徨った後、凄い勢いで城の外に出ていく。
「おい!急いで方向を確認しろ!」
アルフがそう言うと、騎士達は急いで窓の外を見る。そして、声を震わせながら報告する。
「王様、…あの、…大地の魔女の山に…その、飛んでいきました」
「何!あの山にか!」
騎士の報告に、アルフは驚いてしまう。大地の魔女とは、二百年近く生きており、自分勝手でその昔、大地を操る力で、いくつもの国を滅ぼしたといわれている。
そんな魔女が住む山には、恐ろしくて人は誰も住んでいないはずである。
「あんな所に、何で光が…」
アルフは、どうするべきか考える。
「仕方ない。最後の光は諦めよう。英雄は三人もいるんだ。あとは…」
「お待ちください!」
アルフの言葉を遮る様に、一人の少女が発言する。少女の名は、エリスフィア・ヴァイス・ルーベン。長い金の髪を後ろに纏めた美しい顔立ちの少女である。彼女は、国王の娘であり、王女であった。
「考え直してください、お父様!今は国の危機なんです!仕方がないと妥協する余裕なんてありません!最善を尽くす必要があるんです!」
エリスがとても頭が良い事を、アルフはよく知っており、今まで多くの政策にエリスの考えが取り入れられてきた。故に、一理あると思い、
「そうだな、今は国の危機。最善を尽くすべきだ。騎士の中から何名か山の調査に…」
「それもダメです!他に適任がいます!」
騎士に命じようとするも、娘の提案を聞き、
「適任か、その様なやつがいるのか」
「います。魔物達が王都に辿り着くまで、あと三日ぐらいしかありません。あの山は、木々が生い茂り迷いやすいです。
一度迷ってしまえば、絶対に間に合いません」
「ならば、誰が行っても同じだろう。…いや、…まさかお前」
「はい。私が行きます。私の固有適正を使えば、迷わず最速で辿り着けます」
話の最中で、薄々まさかと周りは思っていたが、エリス本人の言葉に絶句してしまう。
この世界には、魔法という力がある。貴族、平民問わずほとんどの人に魔力があり、魔法を使える、魔法には、火、水、土、風、雷の五つの属性魔法があり、生まれた時から一つだけ使える属性がある。それを魔法適性といい、もちろん他の属性も覚えれば使える様になるが、相性の問題もあるため、一つの属性を極めるのが一般的だ。
しかし、ごく稀に魔法が使えない人が出てくる。その人は、代わりに固有適正と呼ばれるものがある。それは、その人だけが使える特別な魔法である。
例にするなら、エリスがそうだ。エリスの固有適性は植物である。植物を生やしたり、自由に操れる。その力を最大限活用すれば、エリスは、まよわずに最短ルートで魔女のいる場所に向かう事ができると考えたのだ。
「駄目だ!お前が危険を犯す必要は無い!」
アルフは、エリスの身を案じて反対する。確かにエリスは優秀だが、娘のことが可愛いアルフは、危ないことをして欲しくなかった。
「いえ、行かせてください!私は王女です!民を守る義務があります!私にも命をかける覚悟があります!」
エリスは必死になって説得する。十五になったばかりの少女とは思えない程の気迫でアルフに迫る。
「だが、……」
「お願いします!お父様!」
「…分かった。だが、決して無理はしないでくれ。ジーク、ランス、すまんがエリスについて行ってくれ。」
アルフは、娘の頼みに折れるが、代わりに頼れる男たちを同行させる。
「分かりました」
「ああ、まかせろ!」
二人の青年は力強く答える。
「四つ目の光は、三人に任せるとして、支部長よ。冒険者の戦力はどうなっている」
「はい。SからBランクの冒険者は、全員参加を表明しました。C以下の冒険者もちらほらといます。ただ…」「なんだ?」
「…最高位ランクの[名無し]が来ていません」
「何⁉︎どういうことだ!」
「それが……」
支部長は、少し汗をかきながら説明を始める。
「[名無し]は月に一度ぐらいしかギルドに来ないんです。それで…五日前に来たばかりでして……」
「そんな事があってたまるか!この国は、今危機にさらされているんだぞ!今すぐ連れてこい!」
支部長の言葉を聞いてアルフは激昂するが、
「その…[名無し]は、どこに住んでいるのか誰も分からなくてですね、あと…顔もフードで隠していて、探そうにも……一応、ギルドカードで連絡はしたんですけど、気分でしか出てくれなくて…」
「…どうして、そんな奴を最高位ランクにしたんだ?」
「実力だけは、本物ですから」
悲しそうに言う支部長に、アルフは頭を抱える。それでも、最高位ランクなら強さは本物だ。
「分かった。だが、戦力は多い方がいい。一応、連絡は続けてくれ」
アルフは、支部長にそう言い一度目を閉じる。気持ちの整理がつくと、
「皆、聞け!魔物が王都に到達するのは、今日より約三日後!今からできる限りの準備を整え、皆で迎え撃つ!そして、この国を守るぞ!」
『おおー!』
アルフの言葉に全員が賛同する。こうして、王国の存亡をかけた戦いが始まるのであった。
〈同時刻、とある山にある家〉
昼間から、ベッドの上で毛布に包まり幸せそうに寝ている人物がいた。
すると、外から光る球が飛んできて、寝ている人の周りを飛ぶ。その動きはまるで、迷子の子どもが親を見つけて喜んでいる様に見える。
更に、床に置いてある小さな黒い物体が、音を出しながら震え出す。
そんな状況に、幸せそうに寝ていた顔が、どんどん険しい顔に変わり、遂に我慢の限界に達した。
ゆっくり起き上がり、光の球と音の元凶を睨みつけ、指を鳴らす。そして、暗く静かになったのを確認し、再び眠りについた。