プロローグ
〈十七年前とある平原〉
「お前ら気張れよ!絶対にここを通らせるな!」
「「「オォォォー‼︎」」」
男は魔獣と対峙しながら周りにいる騎士たちに声を掛けると、騎士たちも魔物と戦いながら応える。
「おい!避難は後どれくらいかかる!」
「後一時間くらいかと!」
「マジか、じゃあお前ら三十分持ち堪えろ!その後は、俺がなんとかしてやる!」
男は魔獣を切り倒すと、そう言いながら別の魔獣に切りかかる。その姿は、国最強の名に相応しく、まるで闘神の如き強さである。
「さすがは隊長だな。俺たちと同じ平民とは思えないくらい強いな」
「俺たちは、姫さんの援護がないと、何回死んでるか分からないってのに」
そう言って、騎士たちは後ろを振り返る。そこには、祈る様に手を合わす銀髪の美しい少女がいた。一人の騎士が魔物の攻撃を受け、腕から血を流す。
しかし、傷口が光ると瞬く間に傷が塞がり始める。
三十分経つと、三千近くいた魔物の数は、残り百近くにまで減らしていた。
「お前らよく頑張った。残りは俺に任せてゆっくり休んどけ」
一人も死者は出なかったが、疲れ切っていた騎士たちは、男の言葉で一斉に座り込んだ。しかし、
「隊長!後ろの方から、更に千近い魔物の群れが。そ、それに、ドラゴンが…」
「嘘だろ!もう体力残ってねーよ!」
新たな群れ、ドラゴンの出現に騎士たちは、絶望の声を上げる。男は考えるかの様に目を閉じ、そして決断する。
「よし。お前ら、やっぱり残りのやつは任せる。俺は、後から来たやつの相手をする」
「いやっいくら隊長でも、あの数とドラゴンは無理ですって!俺たちもいっしょに戦います!」
男はそう言いながら準備体操をする。
騎士たちは、男の言葉に驚き無理だと説得しようとするも、
「あー、さすがにあの数とドラゴンが相手だと、お前ら無駄死にしちまうから駄目だ。それに」
笑いながら言われてしまい、その言い方はどうかと反論しようにも、男の顔が真剣そのものに変わり、口を閉ざしてしまう。
「お前らがこっちに来ると、誰が姫さん守るんだ。知ってるだろ、俺が何のために戦ってるのか」
その言葉に騎士たちは、何も言えずにいた。男は後ろを振り返り、
「という訳で、悪いな姫さん。俺ちょっと用事思い出したから離れるわ。」
軽い感じで笑いながら言う。それを聞いた少女も
「それは仕方がないですね。あなたはそういう人ですから」
同じ様に笑い返す。男と少女は数秒見つめあった後、男の方から視線を外し、騎士たちの方を向く。
「それじゃお前ら、あと頼んだぞ」
そう言って男は、魔物の群れがいる方向に走り出した。後ろから騎士たちの止める声が聞こえてくるが、
「なっ隊長!無茶ですって!」
「止まって下さい、隊長!」
「あっ、ちょっと!姫さん!」
…少し不安な声も聞こえてくるが、男はどんどんと魔物を切りながら進んでいく。
そしてドラゴンの所まで行き、
「人間なめんじゃねーぞ!トカゲ野郎!」
そう言いながら切り掛かるも、死角から尾で弾かれる。とっさにガードするも、頭から血を流してしまう。
「大丈夫ですかー?」
すると、呑気な声が聞こえ、頭から流れていた血が止まった。嫌な予感がして後ろを振り返る。
「何でいんだよ、姫さん!待っとけって言っただろ!」
そこには、もっと後ろにいるはずの少女が、笑いながら手を振ってくる。
「そんなこと言ってないですよ。用事があると言われただけです」
「……言ってなかったな…。けど!だいたい状況見たら分かるだろーが!」
男は少女にそう言われて、一瞬納得してしまうも、すかさず反論する。
「そうですね。でも、私がサポートすれば、その用事も早く終わるかなーと思いまして」
「けどな…っ⁉︎」
いまだ、軽い感じの少女に何か言いたげにするも、
「守る自信がないんですか?」
「……覚えとけよ、お前…」
男は、挑発する様に言う少女に、眉をピクリとし、挑発に乗る。
「さっさとトカゲ倒して帰るぞ!」
「はい!」
そう言って、男はトカゲに向かい、少女は手を合わせた。
三十分後、残りの魔物を倒した騎士たちは、男と少女のいる所に向かうも、そこには、あちこち切り傷まみれのドラゴンやバラバラな魔物、何故か地面に串刺しにされた魔物の死体しかなく、二人の姿はどこにもなかった。
国に愛された姫と、民の英雄だった男が行方不明になったこの戦いを、後に平原の名前から【ハルストフの悲劇】と呼ばれる様になり、それから十七年間これ以上の魔物の大量発生は起きなかった。