13.テンプレ的に、UMAを助ける俺。
シンジ君、ある意味失敗の巻。
馬って凛々し可愛いですよね。
しばらく空をふよふよと飛んでいると、やっと女騎士も落ち着きを取り戻してきたようだ。
「いや、信じられない。本当に空を飛んでいる。私は夢でも見ているんだろうか……」
シンジは女騎士の様子から、飛行魔術は一般的ではないのだろうと悟った。
「飛行魔術を使う人は少ないのかな?」
「そういう魔術があることは知っておりますし、この街にも使える魔術士はいます。ただ、自分ひとりで飛ぶのが精一杯ですし、それほど長くは飛んでいられないと聞いています」
シンジはふと、そうなると移動手段として、より上位に当たる転移魔術などはどうなのだろう? と考えた。が、考えても仕方ないと頭の中から消しておく。
「でも、貴殿が魔術士とは思いませんでした。見るからに戦士系冒険者の格好ですし」
なるほど、とシンジは思った。確かに自分の装備は魔術士には見えない。せいぜい身軽な軽剣士に見えるだろう。
「まあねー。で、空から見る森はどう?」
月並みな表現だけど、森の木が絨毯のように広がっている。その絨毯よりも100mほど天空を飛んでいる。
目の前一面に広がる森の絨毯。この魔の森と言われる地域が、いかに広いかが伺える。
はるか遠くには、壁のように連なる山脈がかすんで見える。どうやら、あの山脈のふもとからずっと森が広がっているらしい。
どれだけ広いんだろうか。先ほど思ったけど、青木ヶ原など目ではないほどの広さだ。
「すごい景色です。キレイ……」
女騎士は感嘆の声をあげた。確かに、この広葉樹らしい木々が海のように広がる風景は美しい。シンジも元の世界で、ドローンが撮影した広い森の空撮映像を見たことがあるが、生で見るとより美しく見える。
夢中で風景を見る女騎士は、最初のイメージよりずいぶんと若く見える。これが彼女の本当の顔なのかもしれない。
こういう空のデートもオツなものだが、残念ながらあまり悠長なことをしている暇はない。チラリと見えたその先には。
「じゃあ、あの向こう側の森のあたりを見てくれるかな?」
「あちらですか?」
そこには、木々に覆われ隠されながらも、灰肌色の物体が虫のようにいくつも蠢いているのが見て取れた。
「あ、あの色は……?」
「うん、間違いなくオークだね」
うじゃうじゃいるのが見える。下手に距離があるから、虫が波打っているように見えて、正直気味が悪い。
「ほ、本当に1000匹いるのか……?」
女騎士の声に恐れが混じった。この世界では、オーク1000匹の魔物暴走は大事なのだろうか。
その時、群れの奥の方に、木々の切れ間からひと際巨体のオークが見えた。
「うん、間違いないね、ロードクラスと見た」
「あ、あれが……」
女騎士が唾を呑むのが分かった。彼女の身体のこわばりが、抱き上げた腕を通してシンジに伝わった。
「す、すぐに、街へ知らせなければッ!」
「うん、その方が良いよね。何か、早く街へ戻れる手段あるの?」
手段があるなら、伝令は女騎士に任せて、シンジが足止めを引き受けても構わない。
「森の入口に、ノアが……馬がいます。それに乗って街へ行けば、早く知らせることが出来るはず……!」
それならば、シンジが飛んで連れて行った方が早いだろう。だが、先ほどの女騎士の反応から見て、飛行魔術で連れていくのは、この地の常識からは外れているだろう。何より目立ってしまうし。
であるなら、女騎士には馬で街へ駆けつけてもらい、シンジはここでオークどもを足止めするのが良いか。
(でも、オークを足止めしたら、何かの拍子で殲滅しちゃって、『俺なんかやっちゃいました?』のテンプレに引っ掛かりそうなんだよねえ)
あの幼女ならそうするだろう。シンジがあの幼女の立場なら、絶対にする。
ならば、シンジも女騎士に付いていく方が良いのだろうか?
「そう言えば、街までどのくらい距離あるの? それに、途中に村とかあるの?」
「近くに村があります。そこから緊急ののろしを上げてもらえれば、騎士隊が派遣されるはずです!」
通信網はなくても、原始的だが連絡方法はあるようだ。
「そうなると、足止めが要るね」
どちらにしても、途中に村があるのなら、1000匹単位の魔物暴走で蹂躙されてしまうだろう。
「足止めは……私がやります。村に残って、最後まで戦うつもりです」
女騎士は、青ざめた顔で拳を握り締めた。悲壮な決意というものを絵に描いたような顔だ。
「……まあ、まずは馬探しに行かないとね」
「あ、はい、森のあちら側に行ってください」
シンジは、女騎士の指示に従って、森の入口へと飛んだ。
◇
「ああッ! ノアッ!?」
森の入口まで来ると、そこには毛並みの良い黒毛の馬が1頭、蹲るように座り込んでおり、その周りには何故かオークが2頭、胸と頭を陥没させた姿で倒れていた。
よく見ると、オークの身体には蹄鉄の跡がある。
シンジが地面に降り立つと、女騎士はシンジを振りほどくように駆け出し、馬のもとへ向かった。
シンジも馬に近づいた。黒毛の馬は、体に何か所も傷があり、右前足が折れていた。
「ああ……ノア、ノア……」
女騎士が馬に頬を寄せて泣いていた。ノアと呼ばれた馬の方も、女騎士の頬に寄り添うように顔を寄せている。
非常に賢く強い馬なのか、2匹のオークを倒しながら、相打ちになったのだろう。
時折苦しそうにいななきながら、それでも女騎士に寄り添おうとする。
「女騎士さん、足が折れた馬は」
「分かっていますッ! だが、回復魔術士を連れてくることが出来ないこの場では、どうにも……」
女騎士は馬の頬を撫でながら、絶望したように怒鳴り、悲嘆に暮れるように声を落とした。
足の折れてしまった馬は、程度にもよるがシンジの世界の競走馬なら助けることが出来ないケースが多い。だが、この世界には回復魔術がある。助けることは可能だ。
「治そうか?」
シンジが何でもない様に問いかける。
「え? 貴殿は回復魔術が使えるのですかッ!? ……いや、でも身体を支えることが出来なくては」
そう、一時的にでも体を支えなければ、回復魔術を使っても骨が変な形にくっついてしまうことになりかねない。
だが、シンジには可能だ。
シンジが近づくと、馬は一瞬警戒するようにシンジを見て、女騎士を見る。彼女がひとつ肯くと、そのままぶるる、と軽くいなないて、目をつぶった。
(いやホントに頭いいね、この馬)
「馬さん、ちょっと我慢してね」
シンジは、慎重に飛行魔術をに掛けた。馬は、ゆっくりと宙に浮き始める。普通なら暴れそうなものだが、馬は落ち着き払ってピクリとも動かない。足以外にも痛む個所はあるだろうに、本当に優秀な馬だ。
女騎士は、ゆっくり浮かんでいく馬を見て一瞬呆然としたが、すぐ悲しい表情に戻る。
「で、でも、魔術で浮かしたまま回復は」
「馬さん、ちょっとそのまま大人しくしててね」
シンジは、折れた右の前足をそっと持ち、馬の反応を伺いながら少しだけ引っ張った。一瞬馬の首がビクリと震えるが、目をつぶって耐えるように動かない。
「こりゃちょっと、麻酔掛けるかな」
「ま? ます、とは?」
女騎士が聞きなれない言葉に反応するが、シンジは返答しなかった。そのまま、シンジは魔力を流し込み、馬の前足の神経を一時的にマヒさせる。これも回復魔術の一種だ。もちろんチュートリアル仕込みである。自分の身体に掛けることで、痛覚を刺激する毒に耐えるという、鬼のような修行の成果だ。
「よし、良い子だ。……いくよ?」
シンジは、グッと前足を引っ張ると、ずれていた足の骨を戻す。きれいに元の位置に戻ったのを確認し、そのまま回復魔術を患部に掛けた。腫れあがっていた前足が、どんどん小さくなっていく。
「す、すごい」
女騎士がつぶやく。普通の回復魔術で、ここまで早く治せる治療師は少ない。しかも、人間ではなく馬に掛けるのだ。勝手が違って当然だ。
だがシンジは、長年回復魔術も研鑽させられた。長寿の種族でも、ここまでハードな修行を積んだ者はそういない。効きが良いのだ。良すぎるのだ。
「一緒に、全身の傷も疲れも癒しておくね。これからすぐに近くの村まで行くんだから」
シンジとしても、馬の事が気に入っている。この短時間の邂逅で、その優秀さに感心したのだ。だから、フルパワーで癒し続けた。
「え? ノア? ちょっと?」
女騎士が何かつぶやいているのが聞こえた。シンジは、前足の折れていた箇所だけを見つめつつ、全身をフルパワーで癒していく。
ふと、シンジが気づくと、前足は完全に治り、前よりたくましく筋肉が付いたように見えた。
「よし、これで大丈夫……ってあれ? 足が地面に着いている?」
浮かしていたはずの足が、いつの間にか地面に着いていた。
「あ、あ、ノア……?」
変な声を出す女騎士の方を振り返ると、ずいぶん上を見上げていた。
「え? どうしたのぉおおッ!?」
シンジの目が、女騎士の視線をそのまま追いかけると、やたら上に馬の顔があった。思わずユカイな声が出てしまった。
「うわデカッ!?」
シンジが思わず声をあげる。そこには、巨大化し筋肉隆々となった、正体不明の動物と化した馬が、迫力満点に立っていた。
「ノアが……大ノアになっちゃった……」
呆然とつぶやく女騎士。浮かしていた分そのままノアの体高が高くなっている。高さはざっと見て2m近く。世界最大の馬種と名高いシャイヤー種かペルシェロン種にしか見えない。
鬣は波打つように長くうねっており、背に取り付けられた鞍は、サイズが合わなくなって外れてしまっている。辛うじて、鐙だけはそのまま背に残っているが、胴体の半分くらいまでの長さにしかなってない。良く見ると、蹄鉄すら外れてしまっているようだ。
その立ち姿は、まさに『威風堂々』。
大ノアは、生まれ変わったのを喜ぶように顔を上げ、高く太くいなないた。そして首を振ると、より知性を増したように見える瞳で、こちらをじっと見つめてくる。そこには、誇りと喜びが見て取れた。
「うわあ……。黒〇号か松〇かな?」
シンジも呆然と馬というよりUMAを見つめ、伝説の豪馬の名前を口にしてしまった。
「き、貴殿はノアにいったい何をッ!?」
女騎士が今気づいたように、シンジに食って掛かった。
「い、いやいやッ! 骨を治して、傷を治しただけだよッ!?」
「じゃあ、何でこんなに大きくなったのですかッ!?」
「知らないよッ!? 俺はただ、早く元気に、大きくなーれって目いっぱい魔力をッ! ……って、あ」
どうやらそれが原因らしい。過剰な回復魔術が、一気にケガを治しただけではなく、魔力による成長を促してしまったようだ。
「ま、まあ、元気に強くなってよかったじゃない? ね、ねッ!」
ノアが、シンジの言葉に同意するようにいなないた。
「そ、それより、これなら早く村にたどり着けるんじゃないかな? かなッ!?」
「はッ! そ、そうでした! 一刻も早く村に行かなければッ!! の、ノア、乗せてもらっても大丈夫か?!」
ノアは、ひとつ肯くように首を縦に振ると、自分の背に向かってアゴを横に振った。背に乗れと言っているようだ。
「……って、理解力まで進化したのかな?」
シンジがそう思っている間に、女騎士が巨大化したノアに乗ろうとする。が、位置が高くなってしまった鐙に足を掛けようと苦労していたので、飛行魔術で宙に浮かせて乗せた。
「きゃあっと、っと。あ、ありがとう」
ちょっとカワイイ声をあげたせいか、女騎士の顔が赤くなったように見えた。
それを見ていたノアが、シンジの方を見て、同じように顎を自分の背に振る。シンジにも乗れと言っているようだ。
「貴殿も一緒に来てもらった方が良い。ここに居ても、オークの群れに飲み込まれるだけです」
開き直ったのか、女騎士がノアの高い背から手を伸ばしてきた。
「俺も? でも、さすがにUMAには乗ったこと無いしねえ」
シンジは当然チュートリアルで乗馬は熟している。だが、UMAは対象外だ。
「……フェンリルやドラゴンなら乗ったことがあるけど」
ボソっと思わずつぶやいたシンジの言葉に、女騎士が反応した。
「何か、聞き捨てならないことを聞いた気がするが……いや、気のせいかな。ともかく、時間がありません。すぐに行きましょう」
確かに、とシンジは思った。ここでわがままを言っている場合ではない。
シンジは身体をふわりと浮かせると、女騎士の後ろに座って、腕をノアの背に置いた。
「その体勢だと危ない。しっかり腰に手を回してください」
「腰触って良いの?」
「非常時です」
「まあ、もう見ちゃってるし?」
「それは言わないでッ!!」
後ろから見ると、女騎士は耳まで真っ赤に染まっている。
まあいいかと、シンジは遠慮なく腰に腕を回した。
(ほっそッ!!?)
鎧の上からでもわかる腰の細さに、シンジが内心驚いていると、手綱を持った女騎士は鐙でノアの腹に合図を送る。
瞬間、ノアが加速する。一気に風景が流れた。
「おおッ! 速いッ!!」
並馬の全力疾走をはるかに超える速度で、ノアは村に向かって一直線に走り出した。
UMAだって、凛々し可愛いですよね?
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