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第82話、良薬は口に苦過ぎる

 何度か奇襲されるうちに、隠れている場所の傾向が掴めて来た。そもそも餌となる小さい虫がいないダンジョンで、わざわざ蜘蛛の巣を張っているのかと思っていたが、どうやら囮として使われているようだ。

 数m上に蜘蛛の巣がある場合は、地上に穴を掘って隠れている事が多く、地上に蜘蛛の巣がある場合には、その裏側や頭上の枝葉に隠れている事が多い。


 つまり、蜘蛛の巣がある=近くに隠れているのは間違いなく、蜘蛛の巣も1匹に付き一個のよう。蜘蛛の巣が2個あればシルクスパイダーのペアと直ぐに分かる。



 大体の傾向が掴めて来た頃、なぜか採取地の部屋の前で丸くなっているシルクスパイダーを発見した。周囲には蜘蛛の巣も無い。脚を畳んで背中を見せている……いや採取地の方を見ているのか?


 今までに無いパターンに戸惑いながら、警戒して近づく。こちらに気付いたシルクスパイダーが脚を展開して動き出そうとしたので、〈エアカッター〉で両断して仕留めた。さて、ペアのもう一体はと、周囲を警戒しても見当たらない。


「ザックス様、部屋の中に1匹います。その、何かを食べている様な咀嚼音が……」


 レスミアが、ちょっと嫌そうな顔をしながらも教えてくれたので、採取地の部屋を覗いてみると、蜜リンゴの木の根元にワイルドボアの尻が見えた。足音を立てないようにコッソリと近づいてみたが、剣の間合いにまで来てもこちらに気づく様子は無い。一心不乱に踊りエノキを貪り食っている。



【魔物】【名称:ワイルドボア】【Lv13】

・イノシシ型の魔物。大きい牙を持ち、突進攻撃をしてくる。非戦闘時に土魔法〈ディグ〉で、壁際の床を穴だらけにして、戦闘時では穴の無い真ん中を突進してくる。壁際に向かって避ける際は足元注意。踊りエノキが好物で、採取場に入り込んで食べてしまう。

・属性:土

・耐属性:水

・弱点属性:風

【ドロップ:踊りエノキ】【レアドロップ:ワイルドボアの毛皮、ぼたん肉】



 何か覚えがある行動と思ったが、鑑定の説明文にあった内容だな。普通の魔物は採取地に入りたがらないのに、どれだけ食い意地が張っているのやら。

 ワイルドボアの頭の横に立ち、剣を振り上げても、まだ食っている。


「〈二段切り〉!」


 自動で剣が振り下ろされ、直ぐに切り上げると、一緒に首が宙を舞った。自力で切り落とす自信は無かったのでスキルに頼ったが、上手くいったな。走り回っていないワイルドボアなんて、楽なもの。ただの豚だな。


 ただ、断面から溢れ出る血が、残っていた踊りエノキを赤く染め上げる。血の池を踊りエノキが激しく踊る様は、軽くホラーだ。血を飛び散らせるんじゃない!


 目を背けて部屋の内部を見回すと、蜜リンゴの木が8本も有り、その周囲には色々な草木が生い茂っている。これは半分ルールを守って収穫しても、かなりの量が期待できるな。一部、畑のように並んでいる草も気になるが、ワイルドボアの死体が消えて行き、踊りエノキがドロップした。血溜まりも一緒に消えていったが、あの辺りの踊りエノキは収穫しないでおこう。


 偶然にもドロップした踊りエノキと、採取地の踊りエノキを見比べる事が出来たが、確かにイキがいい。1.5倍早く動き、傘が飛んで行くんじゃないかと思うほど頭を振っていたり、隣のエノキと捻れあっていたり。ちょっと激し過ぎて、踊りと言うより狂気が滲み出ている気がする。


「ザックス様~、蜘蛛がシルクの糸をドロップしましたよ。レアです!」


 入り口のシルクスパイダーのドロップ品を拾いに行ってくれていたレスミアが、光沢のある白い糸束を持ってきた。一瞬、三つ編みのように束ねられた白い糸束が、レスミアの銀髪に見えて焦る。弓を使う時は髪を束ねているし、メイド服の時も家事の邪魔だからと大きな三つ編みにしている姿を見ていたからだ。

 幸いにも、ただの見間違い。今日のレスミアの長く綺麗な髪は、首の後ろでお団子に纏められていた。



【素材】【名称:シルクの糸束】【レア度:E】

・魔物の蜘蛛糸を製糸したもの。真珠のような白い光沢や、しなやかな肌ざわりで人気がある素材。さらに普通のシルクよりも強度があり、後衛用の防具素材としても人気がある。ただし、非常に汚れ易い。



 ほうほう、防具素材になるなら、もっと数が欲しい。レアなのが惜しいな。蜘蛛の脚と逆にならないものか……


 そして、レスミアのジョブを職人に変えてから、蜜リンゴの採取を始めた。半分ルールがあるので、樹に沢山生っているうち取り易い下半分を取る事にしたが、それでも多い。

 ストレージを開けっ放しにして、切り取った蜜リンゴを放り込んでいくと、合計で120個も集まった。

 レスミアは鼻歌を歌うほどに上機嫌だ。まだ以前に蜜加工したのが残っているのだが……まあストレージなら腐る心配は無いので、ストックしておく分には問題無いか。


 蜜リンゴの樹には丈夫なツタが巻き付いており、根元には煙キノコや踊りエノキなどがあるが、先に見たことない植物から採取する事にした。部屋の一部にわっさわっさと生えている草。見た目は雑草にしか見えないが〈詳細鑑定〉を掛けてみると、



【素材】【名称:薬草】【レア度:E】

・ヨモギがダンジョンのマナで変質し、傷を治す効果を得たもの。ポーションの材料にするには乾燥させるが、生のまま食べてもHP自然回復量が少し上がる。磨り潰して傷口に張っても、多少の傷を癒す効果がある



 ようやく薬草が出て来たか。もっと低層で取れてもいいだろうに。

 それにしてもヨモギって、こんな草だったのか、始めて見た。よもぎ餅でしか食べた事がないからなぁ。


 確か習った、薬草の採取方法は……葉っぱだけ摘み取り、太い茎は要らないだったな。レスミアは手慣れた感じで詰み始めたので、真似をして摘み取り、採取用の袋に詰めていく。その最中にレスミアが雑談で教えてくれた。


「地上で生えているヨモギの場合、上の方の若芽だけ取るんですよ。地面に近いほどエグ味があって美味しくないのです。ダンジョンだと全部の葉っぱが採れて良いですよね!」


 成る程、手慣れた感じは普通のヨモギを積んだ事があるせいか。ちょっと気になったので上の方と、下の方の葉を食べ比べてみたが、確かに味に変わりは無い。どちらも噛んでいるとエグ味が少し感じられ、マヨネーズかドレッシングが欲しくなる。

 ただ、2枚食べても説明文にあった効果は発動していない。採取をしながらモシャモシャと食べていたら、5枚を食べきったところで視界のHPバーの横にアイコンが現れた。〈HP自然回復力小アップ〉が発動したようだ。


 う~ん、これは使い所が難しいな。

 怪我を治すなら回復の奇跡かポーションの方が良い。ボス戦前とか怪我する事を前提に回復力をアップさせておくのはいいかもしれないが、ボス前の待機部屋でサラダを食べるのはシュールだな。何より、あまり美味しくないし。


 などと考えているうちにアイコンが消えた。計ってはいないけど1分程度か? いくらなんでも効果時間が短すぎる。こりゃ駄目だ。



 薬草を8袋収穫し終えて、次は部屋の片隅にある小さな畑に移動した。まあ、規則的に大根が生えているので畑に見えるだけなんだけどね。いや、大根の葉っぱって青かったか? 緑だった覚えがあるが……取り敢えず大根を鑑定してみる。



【素材】【名称:解毒草】【レア度:E】

・有害物質を無毒化する効能を秘めた草。解毒薬の材料になる。磨り潰して飲むだけでも効果はあるが、火を通さずに生のままだと苦味とエグ味がある。逆に乾燥させてお茶にしたり、調理したり火を通せば苦味とエグ味は和らぐが、効能は少なくなる。



「解毒()? 解毒()()じゃないのか?」

 思わず口に出して突っ込んでしまった。葉の部分を持って引き抜いて見たが、地面から出て来たのは、白く長い大根だ。


「うふふ、ザックス様、大根の葉っぱは緑ですし、形も違いますよ。ほら、解毒草はハートが並んでいるみたいで可愛いでしょう」


 スーパーに並んでいた大根は葉っぱが落とされていたしなあ。葉っぱの形なんて覚えていないが、ハートではなかった気がする。ハートだから可愛いというのもイマイチ分からないが、同意しておいた。


「まあ、解毒薬の材料になるのは葉っぱだけなので、下の根っこ部分は普通の大根として食べちゃいますけどね」


 結局、大根は意味が無いのかい! 通りで説明文も一切大根について書かれていないわけだ。

 料理云々の部分があるので、収穫しながら雑談したところ、料理ではなく解毒草に纏わる思い出話を話してくれた。



「解毒草を生でって聞くと、学校の授業を思い出しますね。解毒()を忘れた場合の対処法で、採取地に生えている解毒草を食べるって教わるのですけど、実際に体験させられたんです。

 しかも、噛まないと効能が出ないからって、50回噛むまで飲み込んじゃ駄目なんです。一口サイズなのに苦くて、苦くて、みんな涙目になっていましたよ」


 なんでも、先生はダンジョンに行く際の事前準備の大切さを教えるための授業らしい。確かに、準備不足だと死ぬぞって言われても実感湧かないが、解毒薬を忘れるとこんな苦い思いをするぞ、って実体験させた方が分かり易いのかもな。


 苦かったと言いながらも、思い出話をするレスミアは懐かしそうに顔をほころばせる。共感できないのがちょっと寂しく感じてしまう。


「それなら、俺も経験しておいた方が良いか?」


 僧侶のジョブとストレージがあるので、準備不足は有り得ないが、この世界の常識っぽいので経験しておいた方が良いだろう。そういう事にした。

 半分ルールで残す方から大根の葉、もとい解毒草を1本だけ取り、一口齧ろうとしたところで、レスミアから待ったが掛かった。


「それなら、磨り潰した状態の方が、一番効能がある味が分かっていいんじゃないですか? 噛み続けるのも結構辛いのですから、液体の方がゴクゴクっと飲めるかもしれませんよ」


 ちょっと思惑と違うが、一理ある。ストレージから乳鉢と乳棒を取り出して、〈ウォーター〉で軽く洗い流してから、手で細かく千切った解毒草を入れた。ゴリゴリと乳棒で磨り潰していくと、徐々にペースト状になっていく。どこまでやれば一番効能があるのか分からないので、念入りに磨り潰した。

 磨り潰す感触が無くなってきてから、水を追加して溶かしてやると、群青色の液体が完成した。草の匂いがキツク、見た目の青さと言い、とても飲み物とは……薬というより染料か毒薬にしか見えないが。

 他の採取をしていたレスミアに声を掛けて、これでいいのか聞いてみた。


「……完全に磨り潰せばいい筈ですよ。そう習いましたし」


 乳鉢の液体を見たレスミアは、何故か後退りながら強張った笑顔で答えてくれた。尻尾が膨らんでいるのは、何に驚いているのか……怪しい。念のため〈詳細鑑定〉を掛けてみる。



【薬品】【名称:解毒草液】【レア度:F】

・解毒草を磨り潰しただけの液体。解毒作用はあるが、非常に飲み難い。毒で死ぬよりはマシだが……



 うん、一応効果はありそうだ。不穏な説明文だが……

 乳鉢に口を近づけるが、既に草の匂いが酷く躊躇してしまう。味あわずに喉に流し込めば良い、そう意を決して、グイッと呷る。

 次の瞬間、吹き出しそうになるのを、慌てて口元を押さえた。ドロッとした液体は喉に引っ掛かり、口の中が強烈な苦味とエグ味で一杯になる。飲み込もうにも、えずいて身体が飲み込むのを拒否する。仕方が無いので、上を向いて喉を通るのを待つが、一緒に涙まで溢れてきた。


「ええ?! 大丈夫ですか! あ、お水お水…………これで流し込んで!」


 俺の様子に慌てたレスミアが、取り出してあった水差しを差し出してくれる。しかし、いま口を開けば喉を逆流しそうな気がしたので、苦味を我慢して喉元を通り過ぎるのを待った。




 水差しの水を飲み干して、ようやく落ち着いた。それでも、吐く息が草臭くて駄目だ。甘めのリンゴ水を取り出して飲むが、甘さが感じられない。舌が馬鹿になっている。


「そんな泣くほどに、苦かったんですか?」

「良薬は口に苦し、と言っても限度があるわ! この不味さは、飲まなきゃ死ぬって状況以外では断固拒否するな。むしろ、これを他人に飲ませたら毒殺を疑われそうだ」


「すみません。そこまで酷いとは知りませんでした。磨り潰したのは飲んだことが無いので……」


 レスミアがハンカチで涙を拭いてくれていたが、その腕をガシッと掴み押さえた。まだ乳鉢の中には少し液体が残っている。俺はそれを笑顔で差し出した。


「駄目ですよぉ。学校の授業で苦手になったんです。おばあちゃんが健康に良いとか言って、お茶にして飲んでいましたけど、それも苦くて子供が飲むものじゃ無いです!」


「それは子供の頃の話だろ。大人になると味覚は変わるって言うし、レスミアは年齢的に大人だよね。それに一番効能がある味を知っておいた方が良いって言ったのは誰だったかな?

 はい、あーんして」


「うぅぅ……分かりましたよ! 一口だけですからね。あ~ん…………んんっ!? んんんんんんんーーーーーー!!!!」

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