第59話、10層のボス
10層の一番奥にあるのは、見上げる程に大きな両開きの扉だ。まるでマンションでも見上げているよう……目測で20m程だろうか? 横幅も同じくらいの大きさがあり、大扉には赤く燃える炎のような装飾が施されている。その大きさから人力では開ける事は出来ないだろう。
それに広場の床真っ白で、真っ平な様子はコンクリートのよう。大扉と合わせてボス戦前という雰囲気を醸し出している。
初めて見る大扉に圧倒されながら見上げていると、横合いから豚の断末魔が聞こえた。目をそちらに向けると、大扉の前の広場にいたジーリッツァが矢で倒されている。危ない、危ない、大扉に気を取られてジーリッツァを見逃していたが、後続の弓の青年が倒してくれたようだ。
「ワシらはパーティーを組んでボスを倒しに行くが、君も一緒にどうだ? 人数が居た方が早く終わるぞ」
もう一人の槍のおじさんから誘われたが、断る事にした。
「すみません。初めてのボス戦で、ボスの行動を見ておきたいので、一人で戦ってみるつもりです。お先にどうぞ」
「ここのボスだと、そこまで慎重になる必要は無いと思うがな。そっちも気を付けてな」
そう言うと、おじさんは長い槍をアイテムボックスにしまい、弓の青年と二人で大扉の方へ歩いて行った。
身長の倍はある長い槍はボス戦では邪魔なんだろうけど、しまった後に何も取り出しておらず、手ぶらなのが気になる。ここのボスは事前情報からウッドゴーレムと聞いているので、素手じゃキツイだろうに……
断っておいてなんだが、どんな風に戦うのか少し気になる。まあ、今更だが。
断った理由としては、じっくり行動パターンを見たいのと、何が有効か試したいのがある。しかしもう一つ、あの大扉が開くのを見たいというのがあった。あれだけ大きな扉は前世でも見たとこが無い、開くさまはさぞかし絶景だろう。
それなのに、大扉の足元に行ったのでは全景が見渡せないじゃないか。先に行った二人には感謝だな。
そんな思惑もあり、広場の入り口から槍のおじさん達の背中を目で追っていたのだが、なぜか大扉の真ん中には向かっていない。その進行方向には四角い小屋のような物があった。
今まで上の方ばかり見ていたのと、広場の床と同じ色なので見落としていたようだ。その小屋の扉を開けて、二人が入って行く。しばらく待ってみたが、大扉が開くことはなかった。
期待したせいで拍子抜けな気分だ。こうしていてもしょうがないので、俺も小屋に向かった。
部屋に入ると正面には赤い壁……いや炎のような装飾があるから大扉の一部に違いない。その赤い壁には片開きの扉がある。
他に、部屋の中には小さい円柱状の椅子が12脚、等間隔に並んでいる。恐らく講義で習った、ボス部屋前の魔物が入ってこられない休憩所とはここの事か。2パーティーが順番待ち出来るようになっているのだろう。
そうなると、奥の扉はボス部屋に繋がっているのか。扉にはドアノブも付いておらず、押しても開くことはない。先の二人がボス部屋に入って戦っているので、入場制限が掛かっているようだ。
大人しく椅子に座って待ちながら、ボス戦の準備をする。
万が一を考えて、聖剣クラウソラス(20p)を腰に着ける。ジョブは村の英雄レベル8のみで、情報収集用の〈詳細鑑定〉(5p)。中身が入っているので永遠に外せないストレージ(5p)。
後の余りで〈パーティー状態表示〉(1p)と、追加スキル2枠(3p)に〈二段斬り〉と〈獲得経験値小アップ〉をセットした。アビリティポイントは0p/34p。
アビリティポイントがあと1p多ければ、ジョブを増やせるのだが……まあ、今回は〈詳細鑑定〉したら、即付け替える気でいる。
〈獲得経験値小アップ〉を着けたのは他に候補が無かっただけである。戦士のスキル〈受け流し〉でもよかったが、大きいと聞くウッドゴーレムの攻撃は受け流すより、避けに徹した方が良さそうに感じたからだ。
その点〈獲得経験値小アップ〉は、経験値増と同じで腐る事も無いからな……効果もあまり実感湧かないが。
武器はショートソードを手に持ち、腰の後ろにワンドを刺した。別に槍のままでもよかったが、腰に聖剣を佩いているので、若干重く感じたせいだ。まあ、動けない程ではないのでリーチの槍にするか、身軽な剣にするかといった程度のこと。
最近ショートソードを使ってないなあ、なんて考えたせいでもあるが……
魔法と槍が、便利過ぎるのがいけないな。
そんな、準備をして待つこと15分程。ようやく扉が開いた。先ずは覗き込んでみるが、大広間が広がるだけで何もなく、誰もいない。
大扉の前の広場と同じく、真っ白で平らな床で戦いやすそうで、光量も光る天井が高くにあるので問題ない。
中に入ると、背後の扉が自動的に閉まった。ボスからは逃げられないという事か。実力不足な者が挑むと、逃げられずに終わり。今回のように事前情報が入手できるならいいが、未踏破の階層だと怖いな。
部屋の中央には大きな魔方陣が描かれている。それに近付くと、魔方陣が白く光り出した。典型的な召喚の合図を見て一旦距離を取り、光が収まって出現したウッドゴーレムを〈詳細鑑定〉する。
【魔物】【名称:ウッドゴーレム】【Lv10】
・3mの大型パペット、鈍重だが頑丈でHPが高く、重い攻撃も脅威。
・属性:風
・耐属性:土
・弱点属性:火
【ドロップ:木材】【レアドロップ:木炭】
単純な内容だ、火が弱点なのは事前情報通り。ドロップ品もしょっぱい。パペット君と同じに見えるが、あれよりは大きくて品質の良い丸太らしい。つまり、燃やすと木炭しかドロップしないと……
ウッドゴーレムが動き出す前に〈詳細鑑定〉から、追加ジョブを2次職に変更しようとしたが、動き出したので、更に後ろへ距離を取る。アビリティ設定の画面を出していると、その分視界が狭くなるので危険だ。
今回は鑑定結果にあった通り、ズシン!ズシン!と一歩一歩踏み締めるような鈍重な動きなので大丈夫だった。ジョブに村の英雄と魔法使いをセットして様子を見る。
大型のパペットと鑑定文にはあったが、実際はパペット君とは違い、相撲取り……いや、短い足に、長い腕を床について歩くさまはゴリラのようだ。その長い腕も丸太のままなので、太く長いためリーチがあるな。
近づいて攻撃を誘いながら、回避に専念する。
腕の叩き下ろしは、床が少し揺れる程の威力だ。直撃はもちろん、受け流しも無理だろう。スキル〈受け流し〉は外して正解だったな。
そして腕の薙ぎ払いはリーチが長く、距離を取っていないと危険だが、腕の可動域が狭いのか、横から正面までしか届かない。ウッドゴーレムが腕を横に振り上げる事前動作が見えたら、逆の腕側に逃げれば楽に避ける事が出来た。
暫く様子を見たが、攻撃は腕の振り下ろしと薙ぎ払いしかないようだ。どちらも攻撃後の隙が大きいので攻撃のチャンスも多い。しかし、だからといって、太い丸太が振り回される攻撃範囲内に踏み込めるかと言うと別問題。
3mの巨体から受ける威圧というか、プレッシャーを受けているようで、近付くのを躊躇してしまう。
いや、ビビっているだけだな。自分よりも大きい物に恐怖するのは自然の摂理だからしょうがない。後はどう乗り越えるかだけど……
遠距離から弱点の〈ファイアボール〉や、クラウソラスの〈プリズムソード〉に逃げたくなるが、それは最終手段だ。
今後深層で、ボス部屋の大扉が必要になるほどの大型の魔物が出るに違いない。マンションサイズの怪獣に比べたら、3mのゴリラゴーレムなんて小物……いや、深く考えたら深層に行くのが怖くなりそうだ。先ずは習うより慣れよ、ゴリラゴーレムを練習台にしてやろうじゃないか。