第731話、ツインヘッドリザードとの情報収集戦
首だけ後ろに向けていたツインヘッドリザードの内、赤い頭×3が大きな口を開き、火炎のブレスが扇状に噴き出した。
〈インビジブル〉で姿を消している俺の位置は把握出来ていないのだろう。3つのブレスは、それぞれ角度をずらし、後方一帯を炎で埋め尽くすのだった。
……自分の頭同士で喧嘩するのに、他のトカゲとは連携するのかよ!
炎の噴出は予想以上に早く、バックステップでは追いつかれそうだ。〈縮地〉は前にしか飛べないのが弱点である。横に〈フェザーステップ〉で飛ぶにしても、扇状に広がる炎からは避けられそうにもないから……手で忍術の印を結んでスキルを発動させた。
「〈土遁の術〉!」
次の瞬間、急に影の中に入った。スキル効果で上から〈ロックフォール〉の釣鐘岩が落ちてきているからである。それに押し潰される前に、炎のブレスが届く前に、視界がブレて転移した。
釣鐘岩が地響きを立てて落着し、その上に俺も転移した。下を見ると、突然の岩に驚いたのか、ツインヘッドリザード共がブレスを止めている。よし、時間稼ぎにはなるな。
木の上を移動するのに邪魔なのと、〈発勁烈波〉を使うために、武器と盾を外していたのだ。ストレージからカイトシールドとミスリルバスタードソードを取り出して装備する。これでよし。ブレスの威力を試すにしても、顔を守る盾くらいは欲しいからな。
改めて下の状況を見ると、俺から見て手前のツインヘッドリザード2体は身体ごと向き直って岩を警戒していたが、奥の2体は奥の方へ向いていたまま。ベルンヴァルトとルティルトさんが駆け寄ってきているのが見つかったか。
こちら側の2体は俺とレスミアの担当なので、〈挑発〉して引き寄せるか。挟み撃ちによる早期殲滅ではなく、情報収集が目当てなので。〈インビジブル〉の効果をキャンセルして姿を現してから、岩の上から剣の切っ先を敵に向けた。
「お前のブレスなんて、当たっていない! 俺はここに居る…………ぞって、全部こっち向くな!」
手前の一体に剣を向けて〈挑発〉したのだが、何故か4体全部の緑色の首が俺の方へ向いた。逆に赤い首は反対側、ベルンヴァルト達の方へ向いている。そして、全部の口が開き、前後にブレスを放射する。
俺の方へ向けられた緑色の首は、口から竜巻を噴き出した。直線方向への風属性のブレスらしい。それが4本、岩の上に居る俺目掛けて殺到する。
風属性なせいか早い。直ぐさま岩の後ろに飛び降りないと回避は難しいが……敢えて、カイトシールドを構えて受けた。
直撃した瞬間、暴風を受けたかの様に身体が浮きかける。慌てて両手でカイトシールドを押さえたのだが、竜巻の中で緑に光る風属性の刃が幾つも飛来した。それもカイトシールドが嫌な音を立てて受け止めるが、足の方に飛来した刃までは風が邪魔して避けられない。脛辺りに衝撃を受けた後、視界が歪んだ。
〈空蝉の術〉による緊急回避である。
気付いた時には、ツインヘッドリザード共の10m程上空へ転移していた。
上から見ると良く判別出来たが、ツインヘッドリザードの竜巻ブレスは射程が長いな。直線で範囲が狭いが、30mは飛んでいた。竜巻の中を風属性の刃が乱舞しているのか、釣鐘岩ががりがり削られている。
逆方向へ放たれている炎のブレスは、射程10mの扇状だ。こっちは近接距離で使われると逃げ難く、厄介だな。ベルンヴァルトとルティルトさんは、盾を構えたまま突撃しているけど……HPバーが少し削れただけなので大丈夫だろう。
俺は自分の受け持ちを対処しないと。眼下のツインヘッドリザードの1体を見据えてから、体勢を整えてスキルを発動させた。
「〈墜山破槌〉」
急降下による落下エネルギーを加えた踵落としは、ツインヘッドリザードの赤い頭を打撃した。その勢いで地面へ叩き落し、自身はその反動を使って宙返りしてから着地をする。
……チッ! 表面が硬いゴムを蹴ったみたいな感触だったが、やっぱ駄目か。
打撃した部分の鱗にヒビが入り、赤い首は落ちたが死んではいない。目をパチパチすると、動こうと震えたからである。
2m程の長さがあるので、蛇みたいな構造なのだろう。よくたわむ筋肉の塊だ。この手の相手は、打撃よりも斬撃の方が効くだろう。
ただし、追撃を掛けようにも、スキル後の硬直で動けないでいた。いや、武僧正のジョブ特性『身に着ける装備品の重量が少ない程、アクティブスキル後の硬直が短くなる』のだが、今は剣と盾を装備しているからな。しょうがない。
その間に復帰した赤い頭であるが、鎌首をもたげた後、大きく口を開く。喉の奥に炎が見えた時、何故か緑の頭の方が、赤の頭に体当たりした。赤い頭を横に押しのけた後、緑の頭が大きく口を開いて、竜巻ブレスを撃とうとする。
……なんだ、こいつら? 戦闘中でも喧嘩しているのか?
若干呆れてしまった。まぁ、スキル後の硬直も解けているので、どっちが攻撃しようが変わらないけどな。
竜巻ブレスが放たれるより前に、〈縮地〉で前に飛んだ。ツインヘッドリザードの首の根元前へ着地すると、その勢いに任せてミスリルバスタードソードで斜めに切り上げた。硬い鱗を切る感触と共に、赤い首元を深く切り裂いた。
斬れはするが、両断には程遠い。剣に魔力を込めて氷属性を付与している筈なのに、三分の一しか切れなかったのである。返す刀で、無理やり同じ軌道の袈裟斬りを仕掛けたが、肉の奥の方の硬い感触……恐らく首の骨までは切れなかったようだ。スキル無しの実力(通常攻撃)だと、こんなものか。
同じ個所にもう2回程斬撃すれば両断できそうだが、敵も案山子ではない。前脚が持ち上がると、その大爪が横に薙ぎ払われた……のだが、攻撃がのっそりと遅い。いや、武僧正の〈隼の霊眼〉が発動する前から遅いのだ。バックステップで避けてやると、〈隼の霊眼〉の効果でスローモーションになる。
この状況なら、狙えそうだ。遅くなった世界の中、じっくりと狙いを定めて、先ほどの傷目掛けて剣を振るった。バックステップで間合いが離れたが、問題ない。
「〈ウインドスラッシュ〉!」
振るった刀身から、緑色の剣閃が放たれた。重装歩兵ジョブの新スキルである。
【スキル】【名称:ウインドスラッシュ】【アクティブ】
・武器を振り、風属性の剣閃を飛ばす。
この時、武器の重量が重いほど威力が上がる。
剣豪ジョブの〈円空旋〉や魔導剣士の〈エレメンタル・ダブルスラスト〉の類似……いや、劣化スキルだな。
上記の2つは念じるだけで発動するが、〈ウインドスラッシュ〉は発動キーワードが必要である。その代わり、抜刀術じゃないと駄目とか、魔剣術を使用中でないと使えない等の制約は無い。まぁ、普通のアクティブスキルって感じだ。言い換えれば、汎用性が高い。
ツインヘッドリザードは風と火属性が弱点なので、両方の弱点を突ける重装歩兵ジョブを採用したのである。
撃ち放った風の刃は、見事先ほどの傷口へ吸い込まれて行き……骨を断つ音と共に、赤い首を圧し折った。やはり、弱点属性を突くのが正解か。両断とはいかなかったが、三分の二を切り裂かれ、骨も経たれては耐えられなかったようだ。
生気を亡くした赤い首が折れて地面へ垂れ下がる。
さて、残るは緑の頭なのだが、予想外の行動に出た。ツインヘッドリザードは前脚の爪で、赤い首の残りを切り裂くと、そのまま横へ放り捨てた。そして、両脚を順に地面に叩き付けてから、「シャー!」と威嚇の声を上げる。
……敵意は感じるので相方の仇討?
ただ、それにしては、赤い首の扱いがぞんざいだったけど。トカゲの考えている事はよく分からん。分かるのは、攻撃を仕掛けて来た事だけだ。威嚇してきた口を大きく開け、俺に向かって突撃して来たからである。
少し前のぎこちない動きが嘘のように、素早い動きだ。長い首を伸ばし、ワニの様な牙を見せ付けて、噛み付いてくる。
その攻撃も〈隼の霊眼〉が発動しているので、途中からスローモーションなので問題ない。ギリギリまで引き寄せてからサイドステップで回避……ギリギリ回避により英雄スキル〈無我の境地〉が発動。思考速度が倍になる。
遅くなった世界の中で、サイドステップで避けながら〈カウンター〉で、緑の首を斬撃した。しかし、この攻撃も浅い。
着地したところを狙って、ツインヘッドリザードの前脚が薙ぎ払われる。勿論これも、更に外へサイドステップして逃げつつ〈カウンター〉。ただし、緑に変色した大爪とミスリルバスタードソードがぶつかり合い、弾かれた。
どうやら爪の方は鱗よりも硬いもよう。横を走り抜けていくツインヘッドリザードを見送る……と油断したところに、今度は尻尾が振るわれた。しかし、2回もギリギリ回避したので、まだ〈無我の境地〉の効果中である。尻尾の振りに合わせて、両手持ちしたミスリルバスタードソードを渾身の力を込めて振り下ろす……タイミングを合わせ、尻尾に対して刃筋を立てた一撃は、尻尾を両断して斬り飛ばした。
手に返ってきた両断の手応えは心地良い。
振り返り、走り抜けたツインヘッドリザードの様子を見ると、まだ諦めていないようだ。180度方向転換をしつつ、首だけが俺の方を向いている。再度開かれた口に、緑色の光が走る。竜巻ブレスだ。
一瞬だけ、回避か迷ったが、別の対抗策を講じる事にした。ミスリルバスタードソードを構え直し、スキルを使用する。
「〈封魔剣〉!」
ミスリルバスタードソードが纏っていた白い氷属性のオーラを塗りつぶし、黒いオーラが刀身に纏わり付く。
準備が完了すると同時に、竜巻ブレスが放たれた。横向きの竜巻が俺を飲み込もうと飛んでくる。
それを、再度上段に構えたミスリルバスタードソードを振り下ろし、竜巻を切り裂いた。
【スキル】【名称:封魔剣】【アクティブ】
・一定時間、封魔の力を武器に宿す。この状態で敵を攻撃すると、スキルの発動や魔法の充填を阻害し、低確率で魔封の状態異常にする。また、投射型の魔法やブレスを剣で切る事により、掻き消す事も可能。ただし、この効果で掻き消すと、スキルの効果も早く切れてしまう。
黒い刃で切り裂かれた竜巻は二つに割れて霧散していく。それは竜巻自体を伝って、ツインヘッドリザードの口元まで掻き消してしまうのだった。予想以上の効果にちょっと驚く。代わりに、刀身に込めた黒いオーラ、〈封魔剣〉の効果は1回で消えてしまったけどな。十分である。
自分のブレスが搔き消された事に驚いているのか、ツインヘッドリザードの動きが止まっていた。
〈縮地〉で飛んで、剣が当たる位置へと踏み込んだ。そして、スキルを使用しながら、剣を振るう。
「〈フレイムクラッシュ〉!」
長い首の根元を切り裂いた。しかし、今回も鱗は切り裂いたが、肉は三分の一くらいまでしか切れていない。ただ、切り裂いた傷口が、時間が経つにつれて赤くなっていく。その場からバックステップで離れつつ、数を数える。
……3、2、1、0!
赤くなった傷口が爆発した。爆炎が晴れると、線傷だった場所が大きく抉れ、骨まで露出していた。
これぞ重装歩兵ジョブの新スキルである。
【スキル】【名称:フレイムクラッシュ】【アクティブ】
・スキル使用後、武器で攻撃した個所に火属性マナを込め、3秒後に爆破する。
この爆発には敵味方識別はないので、巻き込み注意。
緑の首の方は火属性弱点なので、こいつを使用した訳だ。俺の特殊武器ブラストナックルが持つ、殴った箇所に〈ファイアマイン〉を埋め込む機能に似ているが、威力としては〈フレイムクラッシュ〉の方が低そうである。ただし、剣で深めに切り裂くか突き刺せば、奥の方から爆破出来るので使い方次第と言えるだろう。それに、MP負担が軽いのも魅力の内かな。1撃では倒せなかったが、連打すれば十分な威力になるだろう。
ツインヘッドリザードが痛みに怒ったのか、咆哮を上げる。そして、俺目掛けて、再度突進してきた。
取り敢えず、こんなところか。大体の情報は手に入ったので、ツインヘッドリザードの突進を、足元に投げた〈影縫い〉の投げナイフで拘束する。後は、先程の抉った箇所に〈フレイムクラッシュ〉を突き刺し、首ごと爆破して終わりにした。
ふむ、対処法が色々考え付くだけに、アイシスパペットよりは弱い魔物だったな。




