第706話、巨大化ダンジョンは罠もデカい
巨大採取地にて、粗方必要な物を採取した。流石に全部採り切るのは、時間が勿体ない。需要の少ない素材まで確保する必要はないからな。
量は少なかったが、走りメイジキノコの幼体と成体も確保出来た。1mくらいにデカく育った個体には〈自動収穫〉が効かなかったが、これは収穫時期ではないとスキルに判断されたのだろう。ただ、放置するのは勿体ない。
歩きマージキノコの時と同じく、『ザフランケの樹液』を根元に撒くことで成長を促進させることに成功。もちろん、〈グロウプラント〉は効かなかったので、ダンジョンのマナだけで育てないと駄目なようだ。時間に余裕があれば、幼体の方も成長させてから、手脚をもぎ取って収穫した方が良いだろう。原木栽培は地上でも出来るので、ダンジョンでは成体の確保を優先した方が、結果的に数多く採れるのだ。
小休止を終えてから、出発する。
バイクで移動距離を稼いでいる筈であるが、ゴールの階段の位置が分からないので、先を急ぐ外ない。
幸いな事に、アイシスパペットとブリッツホルンのセットならば、優位に戦えている。2頭のブリッツホルンに、アイシスパペットが二人乗りしてきたのはちょっと驚いたが、対処法は変わらない。オーバーブラスト2連打でブリッツホルンを倒し、敵の〈ブリザード〉は反射、格闘戦を仕掛けるだけだ。武器コピーしていない素人状態のアイシスパペットなら、2体同時どころか4体同時でも攻撃を捌けるだろう。俺が〈ヘイトリアクション〉で注意を引き、他のみんなに背中から攻撃してもらうだけだ。
懸念点は、ブリッツホルンはワンダリングモンスターなので、接敵するタイミングがバラバラな点か。まぁ、事前に魔剣術を準備しておくだけなので、些細な点である。魔方陣を完成状態で保持しておくより、魔剣術の方が楽だからな。
戦闘にバイクが巻き込まれない様に、毎回ストレージにしまう方が面倒かも?
順調に進んでいくと、〈マッピング〉の地図上で罠の表示が近づいてきた。〈聖騎士団の行軍〉の効果で消えないのは、初めてである。皆に声を掛けて、罠の手前で停車した。
「見かけ上は何もないが……確かに地図上は罠を示す点があるな。ザックス、何の罠なのだ?」
「『幻惑床の罠』ですよ。十字路には入らないで……いや、危険性は無いから試して見せた方が早いか。皆、見ててくれ」
待機を命じてから、バイクを十字路に進ませる……と、気付いたら十字路を過ぎていた。しかも、振り返ると後ろではなく、右の通路に皆の姿がある。すると、二人乗りをしていたレスミアも、懐かしむように声を上げた。
「あー、懐かしいですね。ランドマイス村の迷路階層にあった罠ですよね?」
【罠】【名称:幻惑床の罠】【パッシブ】
・踏み入れた者を別の道へ誘い、惑わす罠。効果範囲内では立ち止まる事は出来ない。
また、この罠は破壊することは出来ない。
改めて鑑定してみると、『破壊することは出来ない』とあった。〈聖騎士団の行軍〉の効果で消せなかった原因だろう。念の為〈罠解除中級〉と〈リユーストラップ〉を使用してみたが、不発だった。
しかも、魔導重バイクの特性で地面を削られているのに、罠自体は残っている。これは床に設置されているというより、位置指定なのかもしれないな。
罠に関して説明をすると、ソフィアリーセとルティルトさんは揃って首を傾げた。
「授業でも聞いた覚えがないな。ソフィ?」
「ええと……教科書には載っていなかったけど、騎士団の資料にはあったような……名前だけは見た覚えがあるのよねぇ。
ザックス、対処法は分かるの?」
「目当ての道に出るまで何度も入るか、十字路を踏まない様にジャンプするかだ!
ヴァルト、武僧正なら空蹴を足場にすれば簡単だぞ」
バイクをしまい、空中を走って見せた。レスミアも〈2にゃんジャンプ〉があるので、軽々と付いて来てくれる(ただし、にゃんにゃん語尾になるのを恥ずかしがって、喋ってくれなくなるが)。
皆から直線方向の通路に降り立ち手招きするが、ヴァルトは呆れた様子を見せて、自身の乗っていたバイクを指さす。
「バイクはどうすんだよ? 担いで行けってか?
そもそも、空中を走るスキルはあんま使った事が無いから、難しいぞ」
「私なら華麗にジャンプしてみせるよ!……って言いたかったけど、ダンジョンが巨大化しているせいで十字路も広いからね。流石に無理かなぁ」
フィオーレも、その場で軽くジャンプしてウォーミングアップをするが、十字路の広さ(直線で20m)は無理だと判断したようだ。ただ、それとは逆に闘志を燃やす人もいる。ルティルトさんとヴァイスクリガー君である。
「障害物を飛び越えるのはレースで馴れているからな。聖騎士と聖馬になった今の全力を試す時かも知れない!」
「ちょっとルティ、大丈夫なの? この距離は無理だと思うわよ……わたくしは重荷になりそうだから降りるわね。
ザックス! 迎えに来てちょうだい!」
お嬢様の御指名が入った。お姫様抱っこで運べと言う意味だろう。
俺が〈空蹴〉で迎えに行くと、やる気満々なルティルトさんが後ろへ走り始めた。助走距離を取ったのだろう。少し離れた所でUターンし、猛然と走り始める。馬が全力で走る歩法ギャロップだが、聖馬で強化された馬体は跳ねるようにして前に進む。助走距離など瞬く間に走り抜け、十字路の手前で踏み切った。
「飛べ! ヴァイスクリガー!!」
前脚後ろ脚を大きく広げた、見惚れるようなジャンプである。自身の背丈を超えるような跳躍であり、3m程の高さに飛び上がっていた。
ただ、巨大化している十字路の半分を過ぎた辺りから、斜め下に落ち始める。
……これは届かないか。
と、思った時だ。馬上のルティルトさんがスキルを発動させた。
「〈シールドラッシュ〉!」
下に落ち始めていた馬体が、急に水平に進んだ。〈人馬一強〉の効果で〈シールドバッシュ〉と〈シールドラッシュ〉は、『馬ごと体当たり』に変化するのである。蛇牛ボスのオピオタウロス戦で使って見せた戦術だな。アレを移動スキルとして使うとは、なかなか面白い。
ただし、水平移動したのは3mほど。スキル終了後は急激に失速して、着地してしまうのだった。
惜しい。残り5mくらいだったのに。
地面に降りたヴァイスクリガー君は【幻惑床の罠】の効果に引っかかり、着地の慣性を無視したように直ぐさま回れ右をして、横の通路へと歩いて行ってしまった。効果中は自動で無意識に歩かされるからな。
右折した先の通路で止まった後、1人と1頭は我に返る。周囲を見回し、後ろを見ると失敗を悟ったようで、首をカクっと落とすのだった。余程自信があったんだろうな。
慰めにしかならないが、フォローの声は掛けておく。
「惜しかったですよ! 普通のダンジョンだったら、余裕で飛び越えていたでしょうから!」
「もう、普通に渡りなさい!
ちょっと意固地になっていたみたいね。危険はない罠なのだから、無理しなくても良いのに……ザックス、わたくしの心の準備は出来ていますから、いつでも良いわよ」
その言葉にルティルトさんは不服そうな顔を見せたが、ソフィアリーセは俺の方に向き直って笑顔を見せた。両手を広げて、準備万端だとアピールする辺り、合法的にイチャつける期待しているようだ。
その後はバイクを回収し、ベルンヴァルトへ〈空蹴〉のお手本を見せた。ソフィアリーセをお姫様抱っこして、飛び石をジャンプして渡るように移動する。念じるだけで足場を作れるので簡単そうに見えるが、馴れるまでタイミングが難しいのだよな。落ちない様に早め早めに足場を作ると、徐々に上に上がってしまうし、タイミングが遅いと落ちてしまう。かといって、歩幅を狭くすると、足場を連続で作らないないといけないので、慌ただしくなって消費MPも地味に増える。
それに、俺はエディング伯爵にお披露目する前に練習しておいたから、模擬戦で三次元戦闘が出来たのだ。
レベリングで武僧正を得ただけのベルンヴァルトは、試しに使った程度である。流石に20mはキツかったようで、真ん中あたりで落下。回れ左して、横の通路に歩いて行ってしまった。
結局のところ、距離を短くすればベルンヴァルトでも渡れるようだ。左の通路から、奥の通路へ斜めに数m、空中を渡るだけだ。
これを見ていたフィオーレは、「そっか~、斜めに飛べば行けるじゃん!」と、軽々飛んで見せた。空中で足を180度開く、バレエのジャンプを見せる余裕っぷりである。
これに続き、ルティルトさん&ヴァイスクリガー君も斜めにジャンプすることで、合流した。通路が大きくなった分だけ、斜めに助走距離が取れたのも大きかったようだ。
ともあれ、一悶着あったが全員無事に渡れた。〈聖騎士団の行軍〉で消せない罠があった事が分かっただけでも良しとしよう。罠の近くで魔物と戦闘にならないような位置取りは重要なのだ。
改めて出発したのだが、直ぐに足止めされてしまう。罠から進んだ先が、T字路だったのに、左右どちらも行き止まりだったのだ。いや、正確には、T字路の突き当りには大部屋がある。しかし、赤点6個の反応……すべてアイシスパペットであったので、レスミアに中を覗いてもらっただけでスルーしたんだよな。
さて、どうしようか?
【幻惑床の罠】まで戻って、あっちの左右の道を確認するしかないか?
51層の突き当りに来たにしては、まだ早い気がする。採取で時間を喰ったにしても、まだ半分くらいじゃないかと推測しているからだ。
そんな話をしていると、〈ステルス迷彩の術〉を解いたレスミアが戻ってきた。「気になることがあるから」と、2回目の偵察に大部屋に入って行っていたのである。
「すみません、見落としてました。部屋の左奥に、奥に続く道があるみたいです」
「そうなると……そろそろ、アイシスパペット6体に挑戦する頃合いかもな」
「ザックス、新しい戦術を考えると言っていたけど、何か思いついたの?
わたくしは、〈プラズマブラスト〉を3連射する、安全策で良いと思いますけど……」
「考えてはある。現状では机上の空論だから、実際に使えるか試してみないとね。
何パターンか考えたから、最初は俺にしか出来ない瞬殺案をやりたいと思う」
皆に対してサムズアップをして見せたのだが、懐疑的半分、心配半分な顔を返されてしまった。