第729話、結界の紋章と簡易拠点の異変?
他にも少額な日用品魔道具を購入し、最後に何か面白そうなものはないかと、パラパラ捲って探したところ、後ろの方に『獣除けスズラン』を使ったレシピを発見した。
その名も『魔物避けの鈴』……
『No-- 魔物避けの鈴 魔物が嫌がる音を鳴らし、寄せ付けない。獣除けスズラン+金のインゴット+エメラルドの宝玉+魔物遮断結界の紋章』
……名前の通り、効果が強いな!
ダンジョンで魔物の数が多い時や、拠点防衛に役立つだろう。いや、それを言ったら、領都防衛戦も楽になった筈なのに、そんな音を聞いた覚えがない。鐘の音なら、魔物接近警報として聞いたが……流石に違うよな?
ソフィアリーセにもカタログを見せて聞いてみたところ、苦笑して首を振られた。
「時計塔の鐘は、只の鐘よ。『魔物避けの鈴』……確か大昔の魔道具と聞いた事があるわ。ジゲングラーフ砦を支える貴重な1個だとか」
おおっと、予想以上に重要な魔道具なようだ。対面から手を伸ばし、カタログのページを指さしたファイリーナ叔母様が詳しく解説してくれる。
「ここのNoの付いていないページは、現在販売していない魔道具なのよ。
『魔物避けの鈴』の材料に、『結界の紋章』と書かれているでしょう?
これは王都の錬金術師協会でしか作る事が出来ない素材なのだけど、『魔物遮断結界の紋章』は50年以上前に廃番になったそうよ。わたくしも見た事も無いわ」
「他の『結界の紋章』なら、今でも作られている物もありますよ。
ホラ、ザックス様も購入された、防音の魔道具。アレを作る材料に『遮音結界の紋章』が使われています」
あ、はい。昨晩もお世話になりました。なんて、言わないけどな。
揶揄うような眼を向けて来たフィナフィクスさんには、〈営業スマイルのペルソナ〉で笑顔を返しておいた。
ともあれ、買えないのではしょうがない。
予定通りのレシピだけでなく色々買えたので、今日は満足である。
商談を終えた後は、この場を借りてレグルス殿下への手紙(ドロップ品のミスリルインゴット下さい)をソフィアリーセと2人で文面を考えた。俺が相談内容を書いて、ソフィアリーセが訂正や貴族向けの装飾語を付け足す感じだな。書いた手紙はマルガネーテさん経由で、ゴールドカードの定期便担当(エディング伯爵の側近)へお願いしてもらう事となった。
その後、ソフィアリーセの買い物(オーダーメイド服屋)に付き合ってから、その日は解散となった。貴族街のレストランで夕食を一緒に取る案もあったが、明日の朝は早いので自重した次第である。
翌朝、白銀にゃんこカフェの開店日であるが、残る従業員達に任せて俺達ダンジョン攻略メンバーは街を出た。夜明けと共に出発したので、道中の車内で女性陣は寝ている人が多かったが、まぁ仕方がない。朝早いだけでなく、車内が暖かいからである。
昨日買った、魔道具の一つが早速役に立ったようだ。
【魔道具】【名称:暖房結界器】【レア度:B】
・魔結晶をセットする事で、結界器を中心とした小範囲内を20℃に暖める。
人が出入りすることは可能だが、余計にマナを消費してしまう。
防音の魔道具の暖房版だな。年末の花火大会においても、野外の特設会場を暖めるのに使われていたとか(ソフィアリーセ談、他にも暖まるソファーなんてのも)。
結界器を中心として暖めてくれるので、車内に魔道具を置いておけばエアコン代わりになる訳だ。本当は拠点の広場で夜番をする人用に買ったのだが、行き帰りの道中に使っても問題ない。
街道を走り抜け、山道に入って車体が揺れるようになると、流石に寝ていられない。目を覚ました女性陣の欠伸が聞こえた。
15分程森の中を徐行すると、簡易拠点へと辿り着く。ただ、先導していたルティルトさんが、大扉の向こうへ声を掛けているのにも関わらず、開く様子が全くない。どうかしたのかと心配になったので、俺も魔導車を降りる。すると、丁度、後ろから付いて来ていたゴーレム馬車からも、ゼルフヴェイン夫妻が降りて来たので、一緒に大扉の前に向かった。
騎乗したままのルティルトさんは、寒空で大声を出したせいで軽く咳をしていたが、俺達の姿に気が付くと首を振った。
「広場にまで届くくらいの大声を出したのだが、反応が無い。
確か、留守番メンバーが開けてくれる手筈だったわよね?」
「時間は……8時過ぎ。ええ、予定通りなので、居る筈ですけど……何かあったのか?」
大扉を押してみても、開かない。大扉を見上げても、破損は見当たらない。さて、どうするか?
なんて考えていたら、ゼルフヴェインさんにくっ付いているオルティラさんが、しびれを切らしたかのように言い放つ。
「この寒いのに、足止めなんて……仕方ないわね。私が開けてくるわよ。ゼルフ、鍵貸して」
「ああ、頼む。ティラ、念の為、気をつけてな」
「大丈夫よ。私には〈空蝉の術〉があるのだからね」
一応拠点防衛施設なので、大扉の外側には鍵は付いていない。各リーダーが持つ鍵によって、内側から掛けられているのだ。
ただ、厳重なようでいて、防衛力は大したことは無いけどな。この金属補強された木製の大扉も、ここ以外の石壁も、サードクラスなら簡単に破壊できるからだ。要は獣除けであり、本格的な敵襲に対しては多少の時間稼ぎと、破壊された場合の音で警報替わりにしているだけである。
上もがら空きだからな。〈壁天走り〉で大扉を駆け上がったオルティラさんが向こう側に姿を消すと、数秒後に爆破音が響き渡る。〈着地爆破演出〉の音だろう。程なくして大扉が開いた。
ただ、大扉を開けて手招きしたオルティラさんは、怪訝な顔をしている。
「広場には誰もいないどころか、焚火も点いてないわよ?」
「いや、それよりも今の爆破音がしたのにも関わらず、留守番メンバーが顔を見せない事が心配だ。ザックス殿、急ぎましょう」
「ええ、取り敢えず、広場に車を入れましょう」
急いで魔導車へ戻り、中の皆へ説明しながら発進させた。
門を潜り抜けて広場へ向かうと、アイシスメタルゴーレムが立っているのを発見。車を止めてから様子を見に行ったところ、ゴーレムの目に光が入っていない。未稼働のようだ。
ゴーレム馬車から降りてきた増援メンバーが周辺警戒するが、誰も出てこない。留守番メンバーの寝泊まりしている簡易宿舎へ見に行ってくれた人が戻ってきたが、誰も居なかったそうだ。
いよいよもって、異常事態と判断せざる負えない……と、考えたところで、ふと気付く。視界の邪魔になるので縮小化していた〈マッピング〉の地図を表示させてみたところ、緑色の光点が7個映った。その場所は……
「あれ? 女性用宿舎の方に全員居るみたいだぞ?」
「寝泊りは各自の部屋でと、話しておいた筈よね? マルガネーテ?」
「はい、お嬢様。しかし、もう8時過ぎです。寝ているとは思えません。朝食を取っておられるのではありませんか?」
「それにしても、私の着地爆発の音に気付かない訳はないわよ……先に前衛だけで踏み込みましょう。行くわよ!」
オルティラさんは仲間に声を掛けると、走り出した。俺もその後を追って駆け出す。
女性用宿舎の前には、もう1体のアイシスメタルゴーレムが立ち尽くしているが、こちらは目が光っていた。稼働はしていても、場所を動いた形跡は無いな。無視して宿舎へ駆け込むと、玄関奥に1人の男が倒れているのを発見した。額に角が生えた……ベルンヴァルトである。思わず駆け寄ろうとして……臭いに気が付いた。
「酒くっさ!!! なんだ、酔っぱらって寝ているだけか?」
「こっちもよ。ずいぶんとお楽しみだったみたいね。空の筒竹がいっぱい転がっているわ」
リビングの方を覗き込んでいたオルティラさんも、呆れたように首を振った。釣られて覗いてみると、残りの留守番メンバーがそこかしこで寝ていた。テーブルに突っ伏している者、ソファーで横になっている者、床で筒竹を持ったまま寝ている者etc
テーブルには沢山の食べ終わった皿と鍋、そして筒竹が大量に散乱していた。空の筒竹は床にも転がっているな。蒸留酒となったガラス瓶みたいな筒竹だけでなく、エール筒竹やワイン筒竹などもいっぱいだ。明らかに、俺が置いて行った分量の10倍は転がっていた。
つまり、ダンジョンで追加を取ってきた後、深夜まで宴会をしていたのだろう。よっぽど深酒をしているのか、俺達が入ってきても誰も起きる気配はない。こりゃ〈着地爆破演出〉の音程度じゃ、起きる訳もなかった訳だ。こっちの宿舎は暖房の魔道具が付いているから、その辺で雑魚寝しても問題なかったのだろう。外の広場だったら凍死していたかもだぞ。
取り敢えず臭いが酷いので、木窓を開けて換気をしてから玄関の方に戻る。後続のメンバーには問題が無かった事と留守番メンバーの無事を伝えておいた。ついでに、中の掃除をメイドさん達にお願いするのだが、レスミアを始めとして酒に弱い人は換気が終わるまで待つように伝えた。
ただ、中の状況を知ったマルガネーテさんが、見た事ないような笑顔を浮かべる。目や口元は笑っていても、怒気を纏っているかのようだ。彼女は、アイテムボックスから扇子を取り出し、手の中で打ち鳴らした。
「お嬢様、中の掃除は我々にお任せ下さいませ。御身はダンジョンの準備をなさって下さい」
「ええ、任せるわ。拠点防衛の放棄と今朝の寝坊は、彼らの失点よ。程々に叱っておいて」
「畏まりました」
ソフィアリーセに対して華麗な礼をした後、踵を返した彼女は足音を鳴らしながら宿舎へ入って行った。足音から不機嫌なのが分かるようで、後を付いていくメイドさん達も粛々とブラックカードを光らせ、〈ライトクリーニング〉の準備を始めている。
彼女たちはリビングの入口に倒れたベルンヴァルトを踏ん付けて中に入って行き……雷が落ちた。
「朝です! 起きなさい!! 何時だと思っているのですか!!! こんなところで寝るのではありません!!!!」
怒声と共に扇子が打ち鳴らされた。文字通り、叩き起こされているのだろう。
その声を聴いたここに居るメンバーは巻き込まれたく無い様で、そそくさと解散した。ソフィアリーセを始めとした女性陣も、足音を鳴らさぬように2階へと消えていく。
残された俺は……事態の把握に付き合った方が良いよなぁ。〈ライトクリーニング〉での浄化を手伝う振りをして、リビングへ向かった。
叩き起こされた留守番メンバーは、壁際に正座させられて説教を受けている。メイドさん達と俺で片付けていくのだが、筒竹もゴミと認識すれば、〈ライトクリーニング〉で消せるので、連打すれば直ぐ終わる。ついでに酒臭いリビングも浄化出来るので一石二鳥だ。
5分程で掃除は終わるが、説教は終わらない。皆さん二日酔いの頭に響いているようで、頭やこめかみを押さえる人も居た。
ただ、それらの説教を全く気にも留めない人も居る。留守番リーダーであるフェルスラーフさんである。彼は、後ろ手で隠して充填させていた癒しの奇跡を発動させた。
「〈キュアポイズン〉……ふう。二日酔いだってのに、ギャーギャー煩いな。休みの日くらい羽目を外したって良いだろうに」
「な?! 貴方は話を聞いていなかったのですか!?」
「なに、俺達は休みの日まで働いたってのにな。ホラ、53層から出現する魔物のデータ取りをしていたんだぜ。ついでに、採取地を見つけたんで、色々採取して夜に宴会しただけ。
むしろ、褒めて貰いたいくらいだけどな」
フェルスラーフさんがDダイバーに指示を出すと、アイテムボックスから紙が出てきて、俺に渡された。確かに、レベル53の魔物の〈詳細鑑定〉の情報が掛かれている。
成程、一昨日渡した〈サーチ・ストックポット〉のブラックカードを利用したのか。巧い事を考える。確かに戦果と言えるので、俺は彼らの功績を認める他ない。マルガネーテさんに笑顔を向けられたので少しビビったが、判決を下した。
「確かに休日までダンジョン探索、ご苦労様。マルガネーテも、ここらへんで矛を収めてやってくれ。
ただし、寝坊する程の飲み過ぎは看過出来ない。休日に宴会をするのは認めるが、22時までにするように」
「加えて、女性用宿舎では宴会禁止です! 次からは外で飲んで下さい!」
「ああ、次からは気を付けよう。くっくっくっ」
マルガネーテさんに詰め寄られ、指差しで怒られたフェルスラーフさんであるが、まるで気にしていないかのように、笑い返すのだった。




