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第703話、強欲と破滅の臭気

 頭の葉を切り裂かれた荒らしマンドラは、プールに倒れこみ盛大に水飛沫を上げた。人間サイズに育った人参なので、さぞかし重いことだろう。切った葉が、遅れてその上に舞い落ちた。

 その一方で、最後の1体が逃げ出した。水飛沫や落ちる葉っぱに隠れつつ、プールから飛び出て森の奥へと走り去る。

 むろん、〈インビジブル〉で透明化したルティルトさんが後を追った筈だ。視界に映る〈マッピング〉の地図には、仲間を示す青点が移動しているので間違いない。


 さて、追跡は任せて、倒した方を回収しよう。葉っぱも大きいな。形状的には人参の葉のままだが、縮尺を数倍……1m以上のサイズにした感じだ。もちろん、人参の方もだ。手は生えていないので、二股人参のまま1.5m程の大きさになっていた。



【素材/植物】【名称:強欲マンドラ】【レア度:B】

・荒らしマンドラが過剰な栄養マナを摂取し、巨大化した姿。大きくなればなるほど、吸収力が指数関数的に増加し、あたりのマナを喰いつくす。

 ここまで大きくなると、効能もかなり強くなっている。一口食せば、固まったマナを分解し、石化の状態異常を治すだろう。(石化した場合は、物が食べられない場合が多いので、薬品に調合することを勧める)

 ただし、健常者は食べない様に。命に係わる程ではないが、体内のマナが分解されて魔法やスキルが一時的に使えなくなる。



 ……あっぶね! 最早、毒の域じゃないか。

 薬品の素材になるようだが、それ以外では使うべきじゃないな。『体内のマナが分解されて』とあるが、おそらく体内の魔力を動かし難くなって、スキルが使えなくなるのだろう。自分で試したくはないなぁ。いや、〈キュアポイズン〉を試すのに、弱めの毒は丁度良いかもしれない。それに、味を知っておいた方が良い場合もある。この毒人参、悪用しようと思えば、テロや要人暗殺にも使えそうだからである。

人参と偽って料理に使い、食べた人がスキルを使えなくなれば、テロが成功する可能性が上がる。護衛騎士の食事に混ぜれば、〈主君忠義の盾〉や〈カバーシールド〉が使えなくなるので、更に確立アップだ。


 ……俺も大分有名になってきたから、妖人族を警戒する必要があるんだよな。

 先の防衛戦で何人が始末したので、向こうのブラックリストに入っている可能性もあるからだ。スキルが使用不可となると、保険の〈空蝉の術〉や〈リアクション芸人〉等のパッシブスキルが発動するかも怪しい。



 鑑定文を読みながら、そんな事を考えていると、近くでゴリゴリと何かを破砕する音が聞こえた。敵意は感じないが、スルーするほど呑気ではない。鑑定文のウィンドウを閉じて周囲を見回すと……いつの間にか来ていたヴァイスクリガー君である。彼はプールに顔を突っ込み、中に浮いていた巨大人参の脚を食べているのだった。


「あっ! コラッ! それ、毒人参だぞ!?

 『体内のマナが分解』するから、魔法生物になった聖馬にはヤバいかも知れない!」

「ヒィーン!?」


 『聞いてないぞ!』みたいな顔を向けられても困る。契約者でないと念話は出来ないのだ。騎士系が覚えている〈騎乗術の心得〉では、なんとなく程度のニュアンスしか分からない。

 慌てて背中辺りを叩き、「吐け! 吐き戻せ!」と促してみたのだが、食べた分を吐き戻す事はなかった。


……馬の世話なんてやったことが無いから、誤飲した場合の対処なんて分からんぞ!

 俺があたふたしている内に具合が悪くなったのか、ヴァイスクリガー君がふらついて座り込んでしまった。脚を畳んだ腹這い状態で、呼吸も苦しそうにしている。


 自分の知識ではどうしようもないので、奇跡に頼ることにした。ジョブを入れ替え司教をセット、解毒の奇跡を充填する。


「〈キュアポイズン〉!」


 魔法陣から出た淡い光が馬体を包み込む。その光が消えると、周囲をキョロキョロと見回すヴァイスクリガー君が居た。呼吸も普通に戻っているから、多分大丈夫だろう。


「はぁ……取り合えず、解毒の奇跡で癒したから大丈夫……だよな?

 おい、もう苦しいとか、痛みは無いんだよな?」

「ブルルルルッ!」


 元気になった事を示すのか、立ち上がったヴァイスクリガー君は、その顔を俺に擦り付けようとしてくる。

ただ、とっさに苦手感を思い出してバックステップで逃げてしまった……親愛の情だったも知れないので、トラウマで逃げてしまった事には、ちょっと後ろめたさを感じてしまう。先ほどは慌てていたので、馬に近寄って背中を叩けたが、意識するとやっぱ駄目だな。

 こればっかりはどうしようもない。代わりにヴァイスクリガー君には、〈ヒール〉を追加で掛け、更に回復効果のあるザフクヴェレの樹液をバケツに入れて飲み水として用意してあげた。

 これは、最初に〈自動収穫〉した分の一部である。いや、すぐ横のプールには半分くらい樹液が残っているが、食べ残しの巨大人参が漬けられたままだからな。人参は石化回復の素材としてストレージに回収するが、残った樹液は飲まない(回収もしない)方が良いと判断したのだ。



 ちょっとしたハプニングだったが、無事でなにより。ヴァイスクリガー君にはここで休憩するように言ってから、俺はルティルトさんの後を追うことにした。


 自分にも〈インビジブル〉を掛けて透明化してから、地図が示す青の光点を目指して移動する。また、逃げられても面倒だからな。出来るだけ音も出さない様に木々の間を抜けていく。

 すると、前方に壁が見えてきた。超大部屋の端まで来てしまったようだ。そして、その手前に木々と同じくらいに大きい人参が仁王立ちしている……デカいな!

 既に見上げるような大きさになっている。しかも、現在進行形で大きくなっているのが、目で見て分かる程である。上に伸びるというよりは、縮尺が大きくなっている感じだな。その巨大人参の根元周囲を見ると、下草や藪は枯れ、近くの木も枯れたように葉を散らしていた。


 ルティルトさんを示す光点付近に来たのだが、透明化しているとまるで見えないな。〈潜伏迷彩〉の様に境界が甘い透明化ではなく、更に敵意もないので〈第六感の冴え〉も……いや、視線を向けられても反応するのだった。少しだけ感じた違和感の方へ小声で話しかける。


「(ルティ、居るか?)」

「っ! ……(ザックスか、驚かせるな。

 それに、遅いぞ。あの人参の大きさは見ただろう? あの調子で周囲を枯らされては、採取地が消えるぞ)」

「(ああ、アレは良くない感じだ。〈詳細鑑定〉を掛けて情報を得たら倒します)」


 互いに透明で見えないが、小声が聞こえる距離のようだ。彼女には待機を指示し、〈詳細鑑定〉を掛ける。



【―】【名称:破滅のマンドラ】【レア度:―】

・育ち過ぎた荒らしマンドラ。ここまで大きくなると効能が強力になり過ぎ、自身を構成するマナさえも分解し始める。それを防ぐ為に、周囲のマナを吸収し続け、更に巨大化するのだ。その為、部屋のマナを吸い尽くすか、自重で脚が折れてマナを吸収出来なくなると、自身の効果で身体の中心から腐ってしまう。食用などもってのほか。人はおろか魔物が食べても死の危険性がある。

 ある意味、採取地の位置を固定化させない為の、自壊装置でもある。



 ……なるほど、ダンジョンのシステムの一部って訳か。

レア殿記載がなくなっただけでなく、種別すらもない。『素材』でもないし、『植物』でもないのは、理というかルール外の存在になったのだろうか?

 取り敢えず、放置する選択肢は無い。こうして鑑定文を読んでいる間にも、マナ吸収範囲は広がり木々が枯れて行っているのだ。もう少しで、俺達の隠れている場所に到達しそうである。地面から吸収しているので、範囲内に入っても人体には影響は無いと思いたいが……念の為に遠距離から仕留める事にした。


 鑑定文を読んでいる間に充填していた魔方陣を、破滅のマンドラに向ける。魔方陣は透明化されないので、空中に魔方陣が浮かんでいるように見えるだろう。もっとも、木より高くなった破滅のマンドラが下を見ているかなんて分からないけどな。それに、気付かれても問題ない。鑑定文から推察するに、内部も腐り始めて、動くこともままならないだろう。

 その、二股の脚が生えている地面に、点滅魔方陣をロックオン。普段の魔法よりも範囲が大きく、太く育った脚もギリギリ入った。正に、この状況に相応しい魔法を発動させる。


「〈グラスカッター〉!」


 熟練採取師が覚えた、雑草狩りの範囲魔法だ。

 指定位置に出現したのは、〈ストームカッター〉のような、緑色の風属性の刃である。ただし、ミキサーとは違い、薄く鋭く長い刀のような刃である。それが目にも止まらぬ速さで一回転、範囲内に居た破滅のマンドラの脚はあっさりと両断されるのだった。


 支えを無くした巨大人参は、頭の葉っぱを揺らしふらつき始める。揺れが大きくなった後、急に横倒しに倒れた。周囲の枯れ木を巻き込み……いや、枯れ木に刺さっている。そこから、オレンジの液体を流し始めた。その途端に、こちらまで異臭が立ち込める。

 透明化を解除したルティルトさんは、口元を抑えて鼻声で話す。


「なんだこの匂いは! 倒して終わりではないのか?」

「あー、この酸っぱい匂いは、多分中身が腐っていたんでしょうね」


 鑑定文にあった、『自身の効果で身体の中心から腐ってしまう』だろう。育つのも早かったが、鮮度の脚も早かったようだ。枯れ木に負けるくらいには、柔らかくなっていたのだろう。


「30分ほど放置すれば、ダンジョンに飲まれて消えていくでしょうけど……嫌悪感が半端ないな。採取地の部屋中が臭くなる前に〈ライトクリーニング〉で消しましょう」

「もう、準備しているわよ! 〈ライトクリーニング〉!

 後で自分の身体も浄化しないと、臭いが付きそうじゃない!」


 2人で、腐った人参のプールを浄化して回るのだった。



 一瞬だけ、破滅のマンドラのサンプルを確保しようかと考えたのは内緒である。ただ、この嫌悪感からして、ストレージにも入れたくなかったのだ。ただ、どこかで覚えのある嫌悪感のような?

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