第705話、黄金色の大豊作
〈マッピング〉の地図で見る限り、レスミアは畑側の奥の方に居るようだが、ここからじゃ姿は見えない。それもその筈、畑と言ってもパンペルコール(群れキャベツ)の木や、環金柑の木なども生えているので、見通しが良い訳でもないからだ。
……一旦合流して、荒らしマンドラの話をしておくべきだな。
ここから〈自動収穫〉をしながら向かうことにする。レスミアはこの辺を通っていないようなので、素材は沢山生えているから、スルーするのも勿体ない。(最初は一緒に居たフィオーレも、入口付近の果物が採り尽くされた後に分かれて、新たな果物系を求めて竹林の方までやって来た)
「〈自動収穫〉!……やっぱり、獣除けスズランには効かないか。しょうがない、プラスベリーに〈自動収穫〉!」
「あー! 私のも残しといてよ!」
「分かった、分かった。ここのプラスベリーの木は数本残しておくから、休憩に食べな。
それじゃ、ソフィ。獣除けスズランの収穫は宜しく頼む」
「ええ、ザックスの方も、錬金術に使えそうな素材があったら、後で教えてね」
手作業の収穫になるが、生えている数も少ないし、3人居れば大した手間でもないだろう。ここはソフィアリーセに任せて、俺も畑へと足を踏み入れた。
〈無充填無詠唱〉をセットする事で、念じるだけで〈自動収穫〉する。〈収納上手〉を覚えてから、ストレージの黒枠の広さでまとめて収穫出来るので、1回の収穫時間が早いのだ。特に樹液よりも作物の方が、一気に飛んでくる量が多いのも、早くなった原因の一つだな。
その為、ゆっくり歩く速度くらいなら、周囲の作物を根こそぎ収穫できる。後は、発動キーワードを早口言葉の様に言わなくて済むからね。
プラスベリーの木々の奥には、ハーブ系の葉物が沢山生えていた。ヨモギに似た薬草、大根でもある解毒草、シャンプーの材料になるソープワート、虫除け効果のあるシトロネラ、食べると一時的に力の湧く激昂草身。どれも街のダンジョンでも採取出来た素材達である。レア度が階層に従ってBに上がり、効能や買い取り値段が少し上がっているが、珍しい物でもない。需要があるのは、大根サラダで食卓によく上がる解毒大根や、ソープワート辺りか。平民街にあるせいか、お手頃価格な下級貴族向けシャンプーが白銀にゃんこでよく売れるのだよな。
他の素材については、根こそぎ採る程でもない。強化系の薬品の材料もあるが……激昂薬や加速剤とか、切り札として前衛陣はポーチに入れているが、常用する程でもないからな。レア度Bのサンプルで1袋もあれば十分。
そんな中、初めて見る青い草が一角に沢山生えていた。入口からでも見えていた新種であるが、ここら辺にも生えていたようだ。他の採取物を〈自動収穫〉しつつ、青い草に〈詳細鑑定〉。(荒らしマンドラの例があるので、鑑定するまでは収穫しない)
【素材】【名称:癒し草】【レア度:B】
・薬草が高濃度のマナを溜め込み、効能を飛躍的に高めたもの。薬品に加工すれば、癒しの奇跡に匹敵する程の回復力を持つ。生のまま食べるとえぐみがあるが、HP自然回復量が上がる。また、磨り潰して傷口に張っても、傷を癒す効果がある。
【木属性80%】【水属性:20%】【熟成100%】
おっと、ハイポーションの材料が揃ったな。この辺は有名なので、材料まで調べられたのだ。
レシピ:癒し草+踊りなめこ+ザフクヴェレの樹液
なんでも、司祭の癒しの奇跡〈キュア〉と同じくらい回復し、傷が治る速度も劇的に早いそうだ。ええと、古傷や骨折にも効くが、練り込む様に何度も塗ると話してくれたのは誰だったか。
兎も角、今までのポーションでは飲んでも回復に数分掛かったので、大怪我だと戦線復帰は難しかった。しかし、ハイポーションならば、大怪我(骨折未満)でも直ぐに治るので、直ぐに戦線復帰が可能となるのだ。
奇跡は充填に時間が掛かり、ハイポーションは戦闘中に隙を見て飲む時間が居る。どちらにするかは戦闘状況によるが、各自に常備薬として持たしておく事は必須になるだろう。
……街に帰ったら、レシピを買いに行きたいな。
ハイポーションと、ハイマナポーションはレシピ代が高くても、自分で作れるようにしたい。
癒し草を根こそぎ収穫して進むと、今度はキノコの寝床を発見した。ハイポーションに必要となる『踊りなめこ』も沢山生えており、『踊りエノキ』と絡み合う様に踊りまくっている。51層でマナが豊富なのか踊りも激しく、元気になめこのヌルヌルを周囲に振りまいていた。近くに生えていたフクロトビタケまで、粘液に溺れていたけど、アレだと麻痺胞子を噴出して飛べなさそうだ。まぁ、使い道は少ない毒キノコなので、収穫しなくても良いけどね。
踊りなめこ自体は、MP回復兼おやつのマナグミキルシュの材料でもあるので、あるだけ欲しい。
使えそうな毒キノコといえば、こっちでは初めて見るヨイテングタケも生えていた。真っ赤な天狗のお面を、長い鼻から地面に刺したようなキノコである。
【素材】【名称:ヨイテングタケ】【レア度:B】
・テングタケの亜種。食べると天狗も酔っぱらうという。実際にはアルコール成分は入っておらず、免疫力と肝機能を低下させる毒を含んでいる。摂取すると酒に弱くなり、他の毒や病、魔法的な状態異常にも掛かりやすくなる。人族的に食用ではないが、非常に美味。
『美味』なのは気になるが、食べたことはない。鬼人族や天狗族くらい酒に強くないと、毒に耐えられないとも聞くのだ。〈ディスポイズン〉を掛けつつ食べる? いや、そんな対毒訓練みたいな真似はしたくない。どうせなら、無毒化する方法を考えた方が良いだろうに。珍味で有名な『河豚の子の糠漬け』みたいに、塩と米ぬかで3年漬けこんでみるとかさ……米が無いから無理か。
まぁ、ベルンヴァルトやギルドマスター辺りは喜んで食べるだろうから、沢山採取しておこう。
そうして採取を続けながら先に進むと、横合いから既に採り尽くされた畑が出始めた。レスミアが通った跡だろう。食材にならない素材が残っているのが、それっぽい。
取り残しを収穫しつつ先に進んだのだが、途中から痕跡が消えた。どうしたのかと、視線を先に向けると、納得する。畑の奥には果樹園が広がっていたのだ。樹液を採った森ほど密集しているわけではなく、横に大きく広がった果樹が斑に生えており、その黄金色の実りを枝にぶら下げている。
そんな果樹の園の中に、白銀の髪を揺らしながら、採取袋を広げる女の子がいた。出会った頃を思い出す。レザー装備だった昔から移り変わり、青と白のグラデーションが綺麗なドレス装備に身を包んでいるが、その笑顔は変わらない。
最初に2人で採りに行ったのも『蜜リンゴ』だったからな。街ダンジョンでは取れなかった果物だが、ここでは沢山実っているようだ。声を掛けると、満面の笑みを返してくれた。
「ザックス様、丁度良いところに!! 採取袋が足りなくなったので下さい!
こんなに沢山の蜜リンゴ、一つも残さず採って帰りますよ!」
「これだけの規模の果樹園は初めてだから、テンションが上がるよな。採取袋も樽も、ナールング商会からまとめ買いしたから、沢山あるよ。俺も手伝うから、パパっと回収してしまおう」
レスミアに30枚くらいの大袋を渡し、一緒に採取することになった。レスミアが興奮するもの仕方ない。果樹の本数も多いのだが、実っているリンゴの8割くらいが完熟……蜂蜜色に熟成しているからである。そういえば、村のローカルルールで、『熟すまで中途半端な色のリンゴは採るな』なんてあったな。アレは3層くらいまでの低層だったから完熟が少なかったせいでもあるが、51層ともなればマナが豊富なので熟す方が多いようである。
「私は、この半分くらい熟したリンゴが好きなので、お昼か夕食のデザートに食べたいですね。
熟している蜜リンゴは足が速いからって、リース姉さんに頼んでも買えませんでしたから」
「あー、それなら俺は蜜リンゴの剥いた後の余りの皮で作った、甘いアップルティーが飲みたいな」
「それも良いですね! 冬場なので暖かいのが飲みたいです」
白銀にゃんこの商品にも蜜リンゴを使ったお菓子は沢山ある。村時代の在庫がなくなってからは、ナールング商会経由で近隣の村から輸入されたものを購入していた。ただ、レスミアが言うように蜜リンゴの熟した部分は腐りやすい。その為、熟していない赤い普通のリンゴと、完熟蜜リンゴに火を入れて溶かした瓶詰のみが入荷されていたのである。
普通のリンゴの皮でもアップルティーは作れるが、ちょっと味が違うんだよな。
それに、村時代にレスミアと一緒に料理をしていた、半同棲を思い出すのもある。蜜リンゴの瓶詰作業をして、『お疲れ様』と言い合ってアップルティーを飲むのは楽しかったのだ。
今の生活も楽しいけど、二人きりになれる時間は限られているからな。
雑談をしながら収穫を続けた。もちろん、最初の目的も忘れずに荒らしマンドラの顛末も話しておく。すると、やっぱり一番近くにあった畑で、見慣れない人参を見つけて〈詳細鑑定〉を掛けていたそうだ。
「新種があるのは分かっていましたから、初めて見る物には鑑定掛けますよ。
あっ、そうそう、あの人参……荒らしマンドラでしたっけ? 〈自動収穫〉を掛ければ、先に葉っぱだけ毟られて、叫び声は出ませんでしたよ。葉っぱだけ採取袋に貯まった後、人参部分が畑から飛び出して収穫出来ましたから」
「それは知らなかった。流石は〈自動収穫〉と言うべきか。まぁ、葉っぱを収穫されても、馬の餌にしかならないだろうけど」
「え? 馬の餌には勿体ないですよ? 人参の葉っぱも料理次第で美味しいのですからね。サラダにしたり、ベーコンと一緒に炒めたり、ミキサーに掛けてジュノベーゼにしたり。
街の外で新鮮な野菜の補給も限られているのですから、ダンジョンで採れる野菜は積極的に食べましょう。
何を作ろうかな~」
上機嫌で夕飯のレシピを考え始めるレスミアだった。
先に収穫されたという、小さい荒らしマンドラを見せてもらったが、本当に只の人参だった。走って逃げていた二股人参よりは小ぶりだが、料理に使う分には十分だろう。
【素材】【名称:早採り人参】【レア度:C】
・高濃度のマナで変質する前のマンドラゴラ。栄養価が高いだけの、只の人参である。
薬品の素材にしたいのなら、もう少し畑で育てないと効能が備わらない。
51層での新種をまとめると、『走りメイジキノコの幼体』(レスミアが畑で収穫していた)、『荒らしマンドラ(早採り人参→荒らしマンドラ→強欲マンドラ→破滅のマンドラ)』、『癒し草』、『ザフクヴェレの樹液』、『獣除けスズラン』。
これらに加えて、再度採れた『スタミナッツ』、『ヨイテングタケ』、『蜜リンゴ』。
〈採取の心得上級〉で豊作になったお陰だと思う。結構良い収穫だったと言えるだろう。