第701話、51層の植物系巨大採取地
走りメイジキノコ原木に〈グロウプラント〉3回目を掛けてみたところ、2回収穫した跡から又生えて来た。魔法陣に魔力を注ぐと、それだけにょきにょきと大きくなる。しかし、ある程度大きくなると、魔法陣が詰まった様に魔力が入らなくなった。成程、これ以上は成長しないと、反応しているようだ。
新たに生えたメイジキノコの幼体10本を収穫すると、原木だった親キノコが役目を終えたかのように割れた。古くなった木のように中身がスポンジ状になっており、軽く触っただけで割れる程に脆くなっている。栄養を取られ尽くしたって感じだ。
すると、レスミアが崩れた原木に手を伸ばし、残骸をガラガラと崩し始めた。その意図を聞いてみると……
「いえ、キノコ飴は残っていないかな~って……」
「あら? メイジキノコからキノコ飴が採れたなんて話は聞いた事が無いわよ?
キノコ採り名人のお爺さんから高値で仕入れていたのも、入手手段が殆ど無かったからなの。歩きマージキノコにしか出来ない素材ではないかしら?」
「………………無いですねぇ。残念」
キノコ飴の採取方法が騎士団にもたらされ、安定供給されるようになった事は、貴族の間でニュースになったらしいからな。美食に五月蠅い人ほど、参入したがったとか何とか。
取り敢えず、格納した残りのメイジキノコ(原木)の養殖は後回しで良い。地上に戻った後、手が空いた時にやれば良いからな。収穫したキノコをストレージに格納し、先へ進んだ。
先程の走りメイジキノコが来た方向には、目指していた植物系採取地が有る。地図に葉っぱマークが付いているので、そこで育ったキノコなのは間違いないだろう。追加で走ってくるキノコが居るかもと期待したのだが、何事もなく辿り着いてしまった。ちょっと残念。
そこは巨大な森と畑だった。ダンジョンが拡張されている為、採取地となる部屋も大きくなっている。ざっと見回した感じだと超大部屋……学校のグラウンドが丸々採取地になったと想像すれば分かり易い。
高くなった天井までは届かないが、大きな木が何本も立ち並び、鬱蒼とした森が部屋の半分を占めている。そして、その反対側は区画整理された畑が広がっているが、所々緑が溢れて畦道を遮っていた。もしかすると、熟練採取師の〈採取の心得上級〉の効果で豊作になった結果かも知れないな。
ぱっと見た感じだと、森の方には変わった形の木が生えており、畑の方には青っぽい草も生えている。恐らく、どちらも新種だろう。
……素材がいっぱいで嬉しいけど、〈自動収穫〉がなかったら収穫に丸1日は掛かっていたな!
熟練採取師が〈収納上手〉なんて覚える訳だ。ここまで多いと、全部採り切るのは諦めるのも手だろう。
パーティーメンバーの皆には、暫し休憩を言い渡した。
「新素材を優先で〈自動収穫〉してくるから、みんなは好きに休憩していてくれ」
「私も手伝いますから、採取師に変更して下さい」
真っ先に手伝いを申し入れくれたのはレスミアである。以前のレベリングでは複合ジョブを優先していたので、植物採取師はレベル40のままであるが、〈自動収穫〉は使えるので問題ない。レスミアが好きな食材系から収穫を頼んでおいた。
すると、他の皆も口々に要望を言ってから動き始める。
「あ、私も果物があったら摘まみ食いしたい! ミーアと一緒に行くよ」
「俺は奥の方に生えている竹林に行ってくるぜ。筒竹を回収して来るから背負い籠を出してくれよ。
それと、お嬢様よう? MPに余裕があるなら、〈グロウプラント〉で酒造りを手伝ってくれ……頂けないでしょうか?
ほら、他の騎士達にも酒の土産を持って行けば、士気があがるだろ」
「そうねぇ…………殿方がお酒好きなのは、わたくしも理解しているわ。この後の探索に影響が出ない程度なら、手伝いましょう。幸い、採取地に居るとMPの回復が早まるもの……ただし、マルガネーテに怒られないよう、二日酔いにならない飲酒量に留めると約束なさい(マルガネーテの機嫌が悪いと、わたくしにも厳しくなるのよ)」
「おおっ! ありがてぇ! 大丈夫、遠征中は程々にするし、蒸留酒は水割り炭酸割りにしておくぜ」
珍しくベルンヴァルトがソフィアリーセに絡みに行ったようだが、その約束で大丈夫か?
人族は酒の強さがまちまちなので、弱い人には無理に勧めない様にフォローしておいた。俺も飲めない方だからな。
ソフィアリーセが言っている『採取地に居るとMPの回復が早まる』のは、魔道士のスキル〈マナの循環〉の効果である。
【スキル】【名称:マナの循環】【パッシブ】
・ダンジョン内など、マナが濃い場所のみMP自然回復量が上がる。これは〈MP自然回復小アップ〉などの回復系スキルと重複する。
これに加えて、魔導師が〈MP自然回復量大アップ〉を覚えているので、マナの濃い採取地では、じっとしているだけでMPが多く回復するのである。
二人乗りで騎乗していたので、ソフィアリーセが聖馬から降りる。その一方でルティルトさんは、護衛をベルンヴァルトに頼むと、自身は別行動をするようだ。聖馬の鬣を撫でつつ、俺に許可を投げ掛けた。
「ヴァルト、暫くの間、ソフィの護衛は任せたぞ。私はヴァイスクリガーが食事をしたいと言うので、食べさせてくる。
ザックス、採取地の植物は好きに食べさせても構わないな?」
「ええ、先程のメイジキノコみたいに貴重な素材は避けて欲しいですけど、それ以外なら好きにして下さい。
馬が食べられる物があるかは知りませんが」
「野菜や果物等、色々食べるぞ。人参は言うまでもなく、ヴァイスクリガーはえんどう豆やベリー、リンゴも好きなのだ。街のダンジョンと同じく、大きなえんどう豆の『プリンセス・エンドウ』や、『プラスベリー』『環金柑』があると良いな」
「ブルルルッ!」
「何々? 『聖馬になって身体が強くなったから、もっと色々食べられそう』だって?
ハハハッ! 馬が食べられない物を食べて、お腹を壊したらメダルに戻してしまうからな。程々にしておけよ」
ルティルトさんは、ヴァイスクリガー君と談笑しながら畑の方へと向かった。
念話で話しているのは分かるが、傍から見ると変な人……いや、重度の馬好きに見えるな。携帯電話やスマホも無いので、余計に奇異に見えるかもしれない。ダンジョン内なら問題ないけど、街中でやらかさない様にそれとなく注意しておいた方が良いかもな。
森の方へとやってきたが、本当に多いな。水撒きの魔木ザフランケ、半透明な魔絶木、デリンジャーレモンの木……おっと。ランドマイス村では生えていたけど、ヴィントシャフトでは見かけなかったスタミナッツの木まで生えている。ラッキーだ! スタミナ回復のバフ料理に使うので、ここで補充できるのはありがたい。優先して〈自動収穫〉しておこう。
〈自動収穫〉を使用すると、木に生っていたスタミナッツが一斉に飛び上がり、ストレージの黒枠に飛び込んできた。樹液の場合はストレージ内の空の樽に入る。〈収納上手〉の効果であるが、採取袋の口よりも黒枠の方が大きいので、あっという間に収穫出来てしまった。これは早い。魔絶木でも試してみたが、複数の枝が勝手に落ちると、その断面から吸い出される様に大量の黒い樹液が飛んできた。これまた、あっという間に回収出来てしまった。収納口が広くなった分だけ時短も出来るとは有能である。
同一スキルは同時発動出来ないので、新種や需要がある物を優先しようと考えていたが、嬉しい誤算だな。時間が余れば、根こそぎに切り替えてもいいだろう。51層からの新素材があると期待して、採取袋も樹液用の樽も買い足してきたのだ。
収穫して進むと、初めて見る木に出くわした。幹の根元が水没しているのだ。いや、地面が泉になっている訳ではなく、地面から木枠が迫り出して丸く囲っている……水がたっぷり溜まった大きなタライか、子供用ビニールプールに見えなくもない。そして、その真ん中から木が生えているのだから、よく分からん木だな。水に生えているとなるとマングローブを想像してしまうが、アレは細目の根を沢山張って支えていた筈なので、幹ごと生えているコレは何か違う。
ともあれ、〈詳細鑑定〉っと。
【植物】【名称:魔木ザフクヴェレ】【レア度:B】
・ダンジョンの憩いの場にもなる泉の魔木。自らの幹で囲いを作り、そこに樹液を溜め込む性質がある。その樹液は仄かに甘く、飲むと探索で疲れた身体に染み渡って自然回復力をアップさせる。薬品の素材としても有用で非常に人気があるが、それは人に限った話ではない。貪欲な魔物が採取地に入り込む原因にもなり、荒らしマンドラの様に栄養を欲する植物が浸かりに来ることもある。
水飲み場みたいな木なのか。名前だけは『ハイポーション』の材料の一つだと聞いた事がある。これも沢山収穫して帰りたいところではあるが、先に味見もしたいな。周囲の木から〈自動収穫〉している合間を縫って、ストレージからコップを取り出す。そして、プールの様に溜まった樹液を掬ってみた。
見た目は透明であるが、匂いを嗅いでみると、確かに仄かな甘い香りがする。薄いメープルシロップの香りだな。
【素材】【名称:ザフクヴェレの樹液】【レア度:B】
・自然回復力を強化する力を秘めた樹液。そのまま飲んでも効果はあるが、煮詰める事で効果と甘さが凝縮される。
様々な薬品やバフ料理に利用され人気が高いが、採取量や流通量が少なく希少価値も高い。
【水属性:50%】【その他全属性:50%】【熟成100%】
『煮詰める事で効果と甘さが凝縮される』とは、益々メープルシロップっぽい。実際に飲んでみると、メープル風味で味の薄いスポーツドリンクのようである。なるほど、運動=ダンジョン攻略で疲れた身体には効くのだろう。『自然回復力アップ』の効果は、それほど疲れていないので、よく分からないが……MPバーが回復する速度が速くなったかも?
「キャーーーーーー!!」
「「「「「キャーーーーーー、チカンよーーー!!」」」」」
ザフクヴェレの樹液に対しても〈自動収穫〉を掛けて、収穫を始めていると、急に変な悲鳴が聞こえた。思わずコップを取り落としそうになったが、ストレージに放り込んで、即座に周囲を索敵する。
地図に赤点無し。〈第六感の冴え〉の反応無し。
声のした方は……今居る森と反対側の、畑の方角か?
それに、声の感じがウチのメンバーじゃないな。女性っぽいけど、聞いたことが無い声だ。しかも、複数がハモっていたような? しかも、なんで痴漢? ここはダンジョン内で採取地だぞ?
改めて地図を確認すると、パーティーメンバーを示す青点の一つが動き始め、俺の居る方向へ向かってくるではないか。こちらにも魔物を示す赤点は無いが、途中からジグザグに動き出す。
まだ皆と別れたばかりなので、それほど遠い話でもない。1分もしない内に、その正体が森の中へと入って来る。
それは、ルティルトさんと聖馬のヴァイスクリガー君であった。ルティルトさんは前かがみになりながら小走りし、足元に手を伸ばす……その先には二足歩行をする小さな人参が居た。俗に言う二股人参である。
頭の上の葉っぱを揺らし、軽快に走り回る人参だ。
……キノコに続いて、今度は人参が走るのか!