第724話、フランベルジュとフルプレートメイル
午後からは近所(平民街)の奥様方を招いたプレオープンであるが、続きは白銀にゃんこカフェのメンバーに任せて、俺とレスミア、ソフィアリーセ一行は貴族街へ向かった。伯爵令嬢が居ては、一般人のお客様の気が休まらないのもあるが、俺の用事にソフィアリーセが付き合ってくれたのである。
昼ご飯は、以前行ったソフィアリーセの行き付けの高級レストランで御馳走になった。昨日帰ってきたのは夜だったのに、予約を取っておいてくれたらしい。食後のデザート……明らかに白銀にゃんこの物よりも手の込んだ高そうなのを頂きつつお礼を言うと、ソフィアリーセは苦笑して見せた。
「良いのよ。こうでもしないと、ザックスは明日の準備に走り回るだけじゃない。そこに、わたくしとミーアも付いて行けば、お買い物デートになるのよ。
それに、側近への労いも兼ねているからね、ルティ?」
「まだ、遠征に1回行っただけだから、それ程疲れてはいないけどね。
私としては、ダンジョン攻略が終わるまで2ヶ月、3ヶ月は頑張る覚悟をしていたから……宿舎が快適な分、夜休めれば大丈夫よ」
個室が予約されており、ルティルトさんとマルガネーテさんも、同席しての昼食だったのは、労いの一環だったらしい。ソフィアリーセ的には、もう2階層分攻略出来た事を喜んでいたが、推定60層以上なので目標達成には、まだまだ遠い。
食事のマナー講師のように、綺麗な所作で食べていたマルガネーテさんも、ルティルトさんの意見に同意した。
「ええ、今が人生で一番大事な場面です。お嬢様、側近の負担など考えずに、攻略に集中して下さいませ。それを支えるのが、我々のお仕事なのですから。
それに、街の外は安全性に問題はありますが、街とは違って他の貴族との折衝はありません。書類仕事と食事の準備が主な仕事になりますので、意外と楽な部類ですよ……王都に行く役目も他の人に頼めましたし」
マルガネーテさんは、最後に俺の方を見て意味ありげに、にこりと笑った。
ああ、うん。俺関連の仕事、ゴールドカードの納品だな。口に出されて言われたのは初めてだが、やはり王族との対応は疲れるらしい。最初は信頼できる人としてマルガネーテさんにお願いしていたが、エディング伯爵の側近に引き継げたのなら、そのまま向こうに渡してしまっても良いかも?
マルガネーテさんには、改めてお礼を言っておいた。
昼食の後は、南門前のツヴェルグ工房へ向かった。こちらの店は、先の防衛戦でもシャッターを降ろして自衛していたお陰で被害は出ておらず、今も盛況な様子である。武具の修繕や買い替え需要が多く、混んでいるとは聞いていたので、事前に予約は取ってある。ただし、遠征に行く前だったので『ミスリル武具について相談と発注』を、お願いしてしまったんだよなぁ。ミスリルインゴット1.5本分しかないけど、発注出来るかね?
ちょっと不安ではあったが、ソフィアリーセに腕を取られてたまま受付を済ませると、2階のアクセサリーフロアの真ん中にある商談スペースへと案内される。
そこで待っていたのは、ツヴェルグ工房のオーナーであるメディウス子爵(書痴の父)だった。白髪交じりの強面の子爵は、俺の手を取り握手し破顔する。そして、空いた手で肩を叩くくらいに、気安く歓迎してくれた。
「ハハハッ! 久しぶりと、いうには早いが、色々と噂は届いているぞ。
3週間程度で、火山フィールド攻略からサード証まで取って、外のダンジョン攻略に乗り出したとな!
流石は、この街の英雄であるな!」
「ありがとうございます。皆の力添えや援助があってこそですけどね。特に装備品や、街の外の拠点がなければ、ここまで順調に行かなかったでしょうから」
「はっはっはっ! 謙遜が過ぎるな!
私もツヴァイスト・フリューゲル勲章持ちだ。51層以降の手強さを知っているのだぞ」
席を進められてからも、雑談は続いた。彼は子爵家の長男として管理ダンジョン50層を攻略後、60層の試練のダンジョンに挑戦し、討滅したそうだ。サードクラスの人は口を揃えて言うが、中級属性魔法の連打は痛い。メディウス子爵は、登場する魔物が変わるたびに、自身のミスリル武具の付与スキルを変えて戦ったそうだ。
例の付与導師の〈付与スキル全消去〉で消した後に、別のスキルを付与するのだがブルジョアだなぁ。確かに、武器に弱点属性、防具に敵の使ってくる魔法と同じ属性、そして状態異常耐性を付与すれば、優位に戦えるだろう。ただし、3層ごとに新しい魔物が登場するので、60層まで3回から4回はスキルを変えなければならないのだ。実家が太くないと無理だろ。
こういったアドバイスの他、末娘であるリプレリーアから手紙が来ないと愚痴られ、逆にエヴァルト司教から娘の近況が届いて微妙な気持ちになったとかを聞いた。
それらの雑談が終わってから、ようやく本題に入る。商談テーブルの上のお茶とお菓子が横に避けられると、真ん中に大剣が置かれた。
「現神族のミスリル武具を、私がもらい受ける代わりに、作成を請け負った武器の最後の1つだ。
其の方のパーティーメンバーである鬼人族のオーダーで作った大剣、フランベルジュである」
【武具】【名称:ミスリルフランベルジュ】【レア度:B】
・軽くて魔力伝達率が良い金属、ミスリルで作られたツヴァイハンダーの一種。刀身が炎の揺らめきのように波打っている為に名付けられた。普段は銀色の刀身だが、魔力を通すとエメラルド色に反射するようになる。
ミスリル武具の特徴として、魔力を通していると魔力で刀身が保護され強度が上がり、攻撃は無属性の魔力攻撃となる。
・付与スキル〈HP自然回復阻害〉
・〈HP自然回復阻害〉:この武器でダメージを与えた相手のHP自然回復力を阻害し、一定時間回復出来なくする。ただし、回復の奇跡や薬品、その他回復スキルは阻害できない。
刀身だけで2mを超える長大な大剣である。許可をもらって手に取ってみたが、軽いミスリル製な筈なのに、かなり重い。ジョブを入れ替え、重装歩兵のパッシブ〈装備重量軽減強化〉の効果で楽に持てるようになったが……今度は刀身が長過ぎて鞘から抜けない。店員さんに手伝ってもらって、何とか抜刀する。
すると、出て来た銀色の刃は直線ではなく、波打っていた。反射光はエメラルドメタリックなので、ミスリル製なのは間違いないが、扱い難そうだ。抜刀は元より、波打つ刀身のせいで納刀する時も引っかかりそうだ。
「『ミスリルで軽くなる分、大型の威力が高い武器にしてくれ』と言うオーダーに、特注させたのだよ。代わりに鞘に回すミスリルが足りずチタン製で拵えてあるが、抜刀納刀は手間が掛かる。ダンジョン内では抜き身で肩に担いで持ち歩いた方が良いだろうな。
ああそれと、フランベルジュは特殊な形をしている為、素人では手入れが難しい。鬼人族の彼は『ザックスが手入れ出来るから』と言っていたので、コレにしたのだが、大丈夫であるか?」
「はい、鍛冶系スキルの〈簡易手入れ〉や〈破損補修〉が使えますから、大丈夫です。
それより、この付与スキル〈HP自然回復阻害〉は、何かの素材由来ですか? 見た感じ刀身はミスリルなので、柄の部分とか?」
「いや、刀身を鍛える際に、〈会心の出来栄え〉の効果で偶然付与された物だ。運が良いな」
【スキル】【名称:会心の出来栄え】【パッシブ】
・術者が鍛えた鍛造品において、完成品が他よりも『出来が良い』と認識した物に、低確率でスキルを付与する。
この時、武具にスキルが多く付与されており、スキル数の上限に達していたとしても、特例として1つ追加する。
メディウス子爵が教えてくれたのは、鍛冶師のサードクラス、鍛冶親方が習得するスキルの一つである。
俺も既に習得はしているが、『術者が鍛えた鍛造品』(熱した金属をハンマーで叩く方法の事)なんて制約があるので、使える日は来ないと思う。
それはさておき、低確率を突破して付与が付くとは運が良い。特に付与導師では付与できないレアスキルなのが良いな。回復阻害はオピオタウロスやミノタウロス系のような、タフで回復力が高い敵には有効な手段だからである。
ベルンヴァルト用のミスリル武器を頂いた事で、戦利品における約束事は終了である。これ以上のミスリル武具が欲しければ、新たに発注する他ない。ただし、オーダーメイドの代金の他、素材となるミスリルインゴットがないと注文すら出来ないのだけどな。俺の手持ちの1.5個で予約くらいは出来れば良いのだが……
ただ、その相談を口にする前に、メディウス子爵は新たな商談を持ちかけて来た。部下に命じて、アイテムボックスの中から直立した鎧一式……防具立てに着せているのだろう、所謂マネキンみたいなのが出て来た。それは、メタリックレッドに輝くフルプレートメイルである。胸の所にはヴィントシャフト家の紋章でもある風車の羽が、メタリックグリーンの線で描かれていた。
初めて見る鎧なのに、何故かデジャヴを感じるような……?
「ザックス殿用の防具ならば、我が店の新製品である、このミスリルフルプレートをお勧めしよう。
各部の関節構造を一新させ、防御力はそのままに動きやすさを両立させたのだ。
総ミスリル製なのは勿論の事、各部の寸法もザックス殿に合わせてあるので特注品とも言えるだろう」
「ん? 俺の身体のサイズなんて測りましたっけ?」
今使っているウーツ鋼製の増加装甲は、ベルトで固定するタイプなので、細かなサイズは計っていない。ジャケットアーマーを作った時は計ったが、それはアドラシャフトに居た頃の話である。
俺が思い出そうとしていると、メディウス子爵だけでなく、ソフィアリーセまで笑った。
「はっはっはっ! もう忘れてしまっておられるかな?
貴方が領主様へ挨拶に来た日、スキルから取り出したミスリルフルプレートを貸して頂いたではないか。
あの時の鎧は貴方の寸法で作られており、模倣して研究に使った試作品がコレだ。つまり、必然的に貴方のサイズで作られたのだな」
「わたくしも、お父様経由でその話を聞いて、おねだりしておいたの。だから、ザックスに似合う色に変えて貰ったのよ」
【武具】【名称:ミスリルフルプレート】【レア度:B】
・軽くて魔力伝達率が良い金属、ミスリルで作られた全身鎧。関節部の内側にはミスリルチェインなどが使われ、動きやすさも両立している。
ミスリル武具の特徴として、魔力を通していると魔力で鎧全体が保護され、抗魔力状態となり魔法攻撃のダメージを和らげる。
そういえば、初めて伯爵家に行ったとき〈プラズマブラスト〉を撃って見せたのだが、プラズマランスは模倣できないと知った職人達に、代わりとしてミスリルフルプレートを見せた覚えがある。(第214話、緑閃光の揃え)
アレから約3ヶ月、ようやく模倣が完了したらしい。




