第700話、走りメイジキノコ
1.5m程の背丈(脚も含めて……キノコに使う言葉じゃない気がする)の巨大キノコが2体、こちらに向かって走ってくる。魔物でなく、只の植物?だ。ぱっと見では何の種類のキノコかは分からない。細めの白い柄に、茶色の傘。松茸に似ているが、傘の張り具合が半月状の形をしているので違う気がする。どうやら、日本のスーパーに並ぶようなメジャーなキノコでは無いようだ。
騎乗したままだったルティルトさんが、聖馬を走らせ始める。
「私は奥に逃げた2体を追う! こちらは任せたぞ!」
そう言いながらも、こちらへ向かってくるキノコとすれ違う際、ランスを薙ぎ払った。柄の後ろの方を持ち、長くしたうえでの足元を掬うような一撃である。
当たれば足ごと圧し折れそうな攻撃は、キノコが宙返りした事により回避されてしまった。キノコとは思えない程に華麗な前宙である。ルティルトさんも予想外だったのか、聖馬を走らせながらも振り返り「避けられた!?」と驚きの顔をしていた。
前宙したキノコは石畳へ着地すると、殆ど勢いを殺さずに走り始める。両手を振って前傾姿勢で走る様子は、短距離走の選手のようである。
前衛として前に出ていた俺とベルンヴァルトで対処しようと目配せをした時、後ろからソフィアリーセの指示が飛んで来た。
「胴体のキノコが重要なの! 傷付けないでね!
手足を切ってしまえば、動かなくなる筈だから!」
「って、殴っちゃ駄目なのか?! 武僧正じゃ切断スキルなんてねーぞ!」
「それなら、動きを止めよう。〈遠隔設置〉〈トリモチの罠〉!」
走るキノコの直前を狙い、足元に罠術を仕掛ける。
石畳の一部が白いトリモチに変化し、そこにキノコが踏み込む……すると、先程の様にジャンプして回避しようとした。トリモチに引っ掛かった片足で踏み込み、飛び上がる。勿論、粘着を踏んだ足はくっ付いて離れず、逆にキノコの足が付け根から千切れた。
……トカゲの尻尾切りか!
ただし、片足では上手く着地出来なかったようで、両手を突いて倒れ込む。そのまま、三つ足で逃げようとする根性は大したものである。その横合いからベルンヴァルトがタックルを仕掛けて、逃げるのを阻止した。
「捕まえたぜ! ……こら、暴れんな!」
「ヴァルト、そのまま押さえてろ! 〈風刃脚〉!」
俺は、ベルンヴァルトが組み敷いている間に足側へと回り込み、風を纏ったローキックでキノコの足を切断した。トリモチで千切れたくらいなので、強度は無いと思ったが、所詮はキノコのようだ。蹴った抵抗も殆ど無く、〈風刃脚〉の真空刃で簡単に千切れ飛んだ。
まだ、両腕がジタバタして暴れているので、そいつも切ろうと黒短刀を抜こうとした時、後続の2体目がジャンプして来た。組み敷かれた1体目の頭……傘を踏み台にして大ジャンプ。見事に俺達を抜いて行ってしまうのだった。
その先には後衛の女性陣が居るが、フィオーレが文句を言いつつ踊り始める。
「ちょっと~! 二人掛かりで1匹しか抑えられないとか、情けないな~。
しょうがない、足止めするよ〈囚われのメドゥーラ〉!」
敵の足を確率で動けなくする呪いの踊りである。使用頻度の高い踊りなので、フィオーレも踊り慣れており、華麗に舞い踊った。新衣装のスカートがふわりと舞い、見る者を魅了して足を止める……いや、人間ならいざ知らず、効果が発動する確率には関係ないが……2体目のキノコは足を止める事無く、横を抜けて走り去った。
と、思いきや、少し走った先で、いきなり両足が千切れ飛んだ。盛大に倒れ込んだキノコの側に、レスミアが虚空から姿を現す。〈ステルス迷彩の術〉で奇襲を掛けたのだろう。そして、ミスリルサーベルで残った両腕も切り落とされた。まるで、食材の下拵えのようである。
俺達の方も両腕を切り落として、普通の巨大キノコ(1mサイズ)になったら、大人しくなった。抱えて皆の所に戻ると、フィオーレが愚痴っていたが、小首を傾げたソフィアリーセが問い返す。
「ミーアに手柄を取られちゃったか~。足止めは結構入る確率高いのにな~」
「フィオーレ? 呪いの踊りは、敵にしか効かないのではなくて?」
「え~、動いているんだし、魔物みたいなもんでしょ?」
「いえいえ、歩きマージキノコと同じく、食材だと思いますよ。おっきなポルチーニキノコですから、きっと美味しいですよ」
「ミーアも食材にしないでね。ハイマナポーションの素材だから、結構貴重なのよ」
レスミアは大きなキノコの元となった物を知っているようである。美味しいのか。
合流ついでに、〈詳細鑑定〉を掛けた。
【植物】【名称:走りメイジキノコの成体】【レア度:B】
・マナを過剰に内包したメイジキノコであり、育ち切ると繁殖の為に動き出す。魔物に食べられないよう、走って繁殖に適した場所を探すのである。魔物が居らず、マナが豊富な場所を見つけると、そこに根差して倒れ込み、背中に幼体を生やすのだ。両手両足は栄養となって吸われて消えてしまう。
成体まで育つと移動用の筋力(菌力?)が付いて硬くなり、食用や調合には不向きとなる。大人しく捕獲して、繁殖した幼体を採ろう。
なお、魔物が食べた場合(食べずともマナを吸収でも同様)、1日の間、全ステータスを少し強化し、魔法陣の充填が早くなる。
【木属性:50%】【その他全属性:50%】【熟成100%】
また、変な植物だ。歩きマージキノコとの共通点は多く、成体だと美味しくないのも一緒である。この鑑定結果を皆に話して聞かせると、レスミアはがっくりと肩を落とした。
俺としては、最後に書かれていた、魔物を強化する効果が気になる。通路の先に走りメイジキノコを追って行ったルティルトさんは……と、丁度戻ってくる姿が見えた。聖馬の背には横向きに乗せられたキノコの頭が見えているので、無事確保出来たようである。
「すまない、1体は取り逃がしたよ。授業で聞いていた以上の速さだったな。
ザックス、格納しておいてくれ」
「ありがとうございます。ただ、西の方角に逃げて行ったのが心配ですね。下手すると、第3部隊の探索範囲の魔物が強化されてしまうかも知れませんから」
「ん? 強化とは何の話だ?」
聖馬の背中から短い丸太のようなサイズのキノコを受け取り、ストレージに格納する。そのついでに、鑑定結果を教えると、驚かれてしまった。魔物を強化する話は初耳だそうだ。
ルティルトさんはソフィアリーセの元へ向かうと、学園の授業について話し始める。どうやら、授業では習っていない事のようであるが、ソフィアリーセの方には心当たりがあるようで、頬に手を当てて思い出す仕草を見せた。
「メイジキノコの授業ではなく、3年生用の教科書に書いてあった事なの。来年分の予習も済ませていて正解だったわ。
ええと、確か……『51層以降の魔物の中には、稀に少しだけ強い個体が敵パーティーに混ざる事がある』
『恐らく、レア種の成り損ないか、変異する途中の個体と見られている』
『ただし、少し強い程度なので、弱点属性で攻めれば、強化個体と気付かず倒せてしまう事も多々ある』
メイジキノコを食べて、少しだけ強化された結果と考えた方が、辻褄が合いそうよね?
やったわね、ザックス! また、教科書を書き換えてしまうわよ」
「あー、どうだろうね? 〈詳細鑑定〉のカードは結構な枚数を納品しているから、先に調べた人が居る可能性もあるよ。まぁ、いつもの報告書にして、エディング伯爵には提出しておくけど」
学園の教科書は、春からジョブの解放条件が追記された物に改定されると聞いているが、この調子で新事実が出てくると、毎年改定が必要になりそうだ。俺が心配する話でも無いけどな。ただ、報告書にして提出しているだけなので。
そんな話をしていると、ソフィアリーセがメイジキノコの授業の再現をしてくれる事になった。
捕まえた3体の内の、1体を横向きに寝かせる。手足が無いと前後が分かり難いが、シミュラクラ現象みたいな丸3つが空いただけの顔を下にすれば、自ずと背中が上に来た。その背中にソフィアリーセは手を乗せ、黄緑色の魔法陣を展開する。
「授業では先生が実演してくれたけど、魔導士なら簡単に出来るわよ。ザックス、〈グロウプラント〉の銀カードを貸してちょうだい」
「構わないけど、〈グロウプラント〉なら俺が掛けようか?」
「わたくしも試してみたかったのよ。ありがとう……〈グロウプラント〉!」
メイジキノコの背中に木属性の魔力を注いでいくと……徐々に背中が盛り上がり始めた。その数10個。植物の成長記録を早回ししたように、にょきにょきとキノコが育って行く。
なにかデジャヴを感じたが、椎茸の原木栽培かな? 小学校の林間学校でビデオを見た覚えがある。その日のバーベキューは、椎茸が多くて生徒には不評だったな。
さて、それは兎も角として、にょきにょき伸びたキノコは傘も張り、15㎝程の大きさになると、成長が止まった。
「大きくなるのは、ここまでみたいね。ミーア、ナイフで収穫してもらえる?」
「はい! わー、これですよコレ、ボルチーニキノコそっくりじゃないですか。やっぱり美味しいのかなぁ」
10本のメイジキノコが収穫できたので、こちらも〈詳細鑑定〉っと。
【素材】【名称:走りメイジキノコの幼体】【レア度:B】
・採れ頃のメイジキノコ。濃縮されたマナが含まれており、薬品や料理にすると、強力なMP回復効果を効率良く接種出来る。手が生えるくらいになると、育ち過ぎで硬くなり始める。その前に収穫しよう。
ただし、〈グロウプラント〉による養殖では、これ以上育たない。成体にまで育てたい場合は、ダンジョン内のマナで育てよう。
【木属性:50%】【その他全属性:50%】【熟成30%】
「あら? 今度は授業で習ったとの同じ内容ね。〈グロウプラント〉で成体まで育てられたら、量産するのも楽でしょうに……調合に使うメイジキノコは、採取地に生えている幼体を採取するか、走り回る成体を捕獲しないといけないのよ。
そうそう、こうやって採り切った後に〈グロウプラント〉!を追加で掛け続けると……ほら、もう一回生えて来た!
2回から3回くらいは収穫できるの。下の親キノコが乾燥した木みたいに硬くなるまでね」
「20本から30本も採れるなら、1本くらいは料理してみましょうよ。ほら、『薬品や料理にすると』ってあるのですから、きっと美味しい筈ですよ!」
食材の話となると、レスミアは引かないな。ソフィアリーセが判断を仰ぐように俺の方をチラ見して来たので、頷いて返す。元々、食材の半分はレスミアの取り分って契約だからな。取り敢えず、美味しいかどうか1本くらい料理に試すのも良いだろう。MP回復のバフ料理になれば、回復量次第では有りになるからである。
そんな意見を返すと、レスミアはメイジキノコの一本を貰って、頬擦りをして喜んだ。ただし、そこにソフィアリーセが釘をさす。
「どんな料理にするかは、わたくしの側近とも相談しなさいね。彼女なら料理法を知っているかも知れません」
「ポルチーニキノコと同じなら、クリームパスタとかリゾットとかシチューだとか、煮込み系の料理にすると美味しいのですよね~」
「そうそう、ハイマナポーションの素材として人気なので、その1本で2万円します。貴族向けの高級料理くらいの味を期待しますね」
「…………2万円?!」
レスミアは値段を聞いて驚き、危うくメイジキノコを取り落とすところだった。