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第702話、森の中の露天風呂と採取地を荒らす者?達

 あらすじ:二股人参が走って逃げてきた?!

 森に入ってきたのは、スーパーで売っていそうなサイズの人参である。葉も生えたままなので、人の脛丈程の大きさでしかない。

 その人参が6本……6体か? 兎も角、二股の足でちょこまかと走っているのである。


 それを追って来ているのはルティルトさんだ。遅れて森に入ってきたが、足の長さと早さは段違いである。程なくして人参に追いつくと、捕らえようと足元へ手を伸ばす。しかし、軽快なステップを踏んだ人参達は、葉っぱを振って左右にぴょんぴょんと逃げ回った。意外とすばしっこく、ルティルトさんの手が空を切る。


「なんと、猪口才な! こら!逃げるな!」


 こちらへ近づいてくるまで攻防は続いた。逃げ遅れた頭の葉っぱを掴む事で、2本を捕獲したが、先行する4本は逃げたままである。ウサギの様に跳ね回る人参達……その先に居る俺と目が合うと、ルティルトさんから救援要請が出た。


「ザックス! 『荒らしマンドラ』だ! 捕まえろ!」

「こいつがか! 確か、葉っぱを切れば大人しくなるんだったよな?!」


 一応、図書室の自伝で読んだ事はあるのだが、『人型の根菜』と書かれていただけので、特定するのが遅れた。対処法もうろ覚えだったので、ルティルトさんに聞き返すが……返事がなくスルーされる。


 仕方がないので、俺も捕獲するべく待ち構えて……タイミングを合わせて手を伸ばした。サイドステップで逃げる人参だが、武器コピーしたアイシスパペットに比べれば大したことはない。ジャンプした先に手を伸ばし、左右の手で2本をキャッチした。


 ただし、両手が塞がった隙に、俺の股下を残りの2本が駆け抜けて行く。振り向きざまに足払いを掛けるが、既に射程外。逃げ切った2本は草むらの中へと消えて行くのだった。


 草むらが揺れている内に追いかけたいが、両手の中でじたばた動いている荒らしマンドラの処理もしなければならない。勿体ないが見逃すか。

 駆け寄ってきたルティルトさんと、その後ろに付いて来ていたヴァイスクリガー君に、両手の人参を捕らえたとアピールする。


「これも、ハイマナポーションの素材でしたよね? 畑の方に生えていたのですか?」


 しかし、返事は無い。小首を傾げるだけのルティルトさんに、人参を振って見せて再度声をかけると、ようやく向こうも声を出した。


「…………あー、あー、聞こえるか? 何か変だと思ったら、荒らしマンドラの叫び声を聞いてから、耳が聞こえていないようなのだ」


 先ほどの痴漢の叫び声が原因か。視界の隅に映るステータスバーを見ると、確かに耳のマークに×が入ったアイコンが点灯していた。難聴の状態異常だな。

 ジョブを入れ替え、司教の癒しの奇跡を準備する。


「〈ディスデェフ〉!」



【スキル】【名称:ディスデェフ】【アクティブ】

・対象の身体的な難聴の症状を治し、正常にする。難聴の原因が魔法的、毒物的、肉体の損傷的であれ、難聴に至るものであれば、何にでも効く。



「……あー、あー、聞こえるようになったよ。ありがとう。

 いや、荒らしマンドラの処置方法は知っていたのだが、人参と間違えたヴァイスクリガーが葉っぱを咥えて引き抜いてしまってな。周りに生えていた荒らしマンドラまで反応して叫び声を上げられてしまった訳だ。

 おい、『人参美味しかった。もう1本』じゃないだろ! これは調合に使う素材だから食べては駄目だ……む、まぁ、葉だけならば許そう」


 ヴァイスクリガー君に擦り寄られたルティルトさんは、頭を撫で返しつつ、手に持っていた荒らしマンドラを差し出す。じたばた足を動かしていた荒らしマンドラだったが、葉っぱをむしゃむしゃと食べられてしまうと、ようやく動かなくなった。

 俺が読んだ自伝によると、『土に埋まった状態で葉っぱを切り落としてから、人参部分を掘り起こして収穫するのが正解だそうだ。間違えて先に引き抜くと、大声で耳がキンキンする』と書いてあったので、大体あっている。難聴の状態異常になるとまでは書いていなかったが……取り敢えず、〈詳細鑑定〉!



【素材/植物】【名称:荒らしマンドラ】【レア度:B】

・高濃度のマナで変質した人参……マンドラゴラの一種である。採取地の畑に生えている状態では栄養価の高い人参でしかない。ただ、二股の脚が出来るくらいに成長したうえで畑から引き抜かれると、絶叫を発して引き抜いた者へ反撃する。この声には難聴の状態異常になる効果があり、更に声が聞こえた同種への警戒音でもある。収穫する際は、先に葉を切ろう。

 なお、歩き出したマンドラゴラはマナの多い場所まで行き、自分で穴を掘って脚を埋める。すると、周囲のマナを強引に吸収し成長への糧とするのだ。放置すれば、採取地を丸ごと吸い尽くすだろう。

 脚が生える程に成長した荒らしマンドラは、薬品の素材となる。そのしぼり汁は固まったマナを分解する効果があり、石化の状態異常を和らげる。効果を高めたい場合は、もっと大きく育ったマンドラゴラを使用しよう。



 『採取地を丸ごと吸い尽くす』から『荒らし』なのだ。昨日発見した採取地が地図から消えてしまったのは、こいつ等が吸い尽くしてしまったのだと推測される。

 俺が捕まえた2本についても、頭の葉っぱを毟り取っておく。すると、途端に動かなくなり、只の二股人参になった……いや、美味しいかどうかは知らないが……ストレージに格納しようとすると、ヴァイスクリガー君に見られている事に気が付いた。その様子に気が付いたルティルトさんが通訳してくれた。


「すまない『葉っぱくれ』と言っている。聖馬は食事が必要ない筈なのだが、以前より食いしん坊になっていないか?」

「人参……荒らしマンドラの方はハイマナポーションの材料なので駄目ですけど、葉っぱの方なら使い道がないので、構いませんよ。はい、どうぞ……ところで、普通の人参よりも美味しかったりするのか?」

「ええと……『葉っぱは普通。人参の方は歯応えがあって良かった』だそうだ。いや、人参の方は駄目だからな。葉と私の供給するMPで我慢なさい」


 ふむ。馬の証言を信じて良いか分からないが、脚が生えると硬くなるのかね? 確かキノコ達も動き出すと硬くなって、食用にはならなくなっていたからな。レスミアは残念がるだろうけど、食材よりもハイマナポーションの材料の方が優先だ。

 雑談ついでにルティルトさんが受けた授業の事も聞いてみる。2本逃がしてしまった荒らしマンドラに付いて、どれくらい放置したら採取地を吸収してしまうのかが、気になったのだ。

 しかし、帰ってきた言葉は芳しくないものであった。


「教科書に載っていたのは、使い道と採取方法の注意点、それと放置すると巨大化して採取地を消してしまうくらいだな。

 51層以降に採れる素材をまとめた教科書であるが、国中のデータをまとめている分だけ、1つ1つに対する情報は少なめでな。錬金術の授業を取っていたソフィなら、もう少し詳しく知っているかも知れないぞ」


 ダンジョンによって産出される物が違うのは、周知の事実である。網羅すると膨大な枚数に増えるので、図鑑でなくガイドブック的にまとめたに違いない。

 ……それでも良いから、教科書読みたいなぁ。今度、ソフィアリーセに頼んで貸してもらおう。


 取り敢えず、放置すると危険かも知れないので、先ほど逃げた2本の後を追うことにした。ただ、この広い採取地が直ぐに消えるとは思えないので、道中の採取もしながら向かう。


「それなら、私が先行して探して来よう。元はと言えば、聖馬の躾が出来ていなかったせいでもあるからな」

「頼みます。それと、見つけたら俺も呼んでください。どんな風に大きく育つのか、興味がありますから」

「分かった。ヴァイスクリガー、行くぞ!」「ブルルッ!」


 ヴァイスクリガー君が声を上げると、重装の馬鎧を装備する。その背にヒラリと飛び乗ったルティルトさんは、そのまま藪を掻き分けて、森の奥へと進んで行った。

 荒らしマンドラが逃げて行ったのは草むらの中である。装備込みの重量と強化されたステータスで進むつもりなのだろう。少々の小枝が引っかかっても、圧し折って進みそうだ。重機かな?




 俺も、目ぼしい素材を〈自動収穫〉しながら、後を追う。その途中で変な物を発見した。空のプール……もとい、魔木ザフクヴェレである。肝心の樹液が殆ど無いのだ。プールの真ん中に生えている幹の下の方から、ちょろちょろと樹液が出てきているが、満タンになるまでかなり時間が掛かることだろう。有用な素材だけに、採取出来ないのは残念。

 一瞬だけ、嫌な考えが浮かんだが、まだ魔木が生えてきたばかりの可能性もあるからな。早合点しないように、自分に言い聞かせてから、先へ進む。


 ただし、そんな空のプールが2つ目ともなると、話は別だ。地図でルティルトさんの位置を示す青点を目指し、移動を優先する。木々の間を抜け、出来るだけ音が出ない様に草むらを飛び越えると、途中でヴァイスクリガー君が待たされているのを発見。彼が頭を振って『あっちだ』と教えてくれる。

 軽く手を振ってから視線を先に向けると、少し先の藪の手前でしゃがみ込んだルティルトさんが居た。俺も身を屈めて接近すると、こちらに気付いた彼女は唇の前で人差し指を立てる。


「(この向こう側だ。結構、大きくなっているぞ)」


 立てていた人差し指を奥に向けたので、藪……背が低く細い木々の隙間から覗き込んでみた。

 すると、そこにはザフクヴェレのプールに浸かった2本の荒らしマンドラが居る。いや、浸かっているというより、風呂に入っているみたいだな。位置的に見えないが、脚も90度曲がるのかね?

 その姿は、先ほどの人参サイズから人間サイズにまで大きくなっていた。逃がしてから10分も経っていないのに、早い。途中にあった空のプールは、こいつらが飲み干し成長に使ったに違いない。


「(どうする? 一人一殺で、頭の葉を切り落とすか?)」

「(……いえ、周囲の木は吸収されていません。つまり、もっと大きくなると思います。1本だけ倒し、片方は態と逃がしましょう)」


 軽く相談してから、ルティルトさんに光魔法ランク6〈インビジブル〉を掛けて、透明化させた。レスミアのように音までは消せないが、追跡するだけなら十分だろう。

 俺もストレージから黒刀を取り出し、態と音が出るように藪を掻き分けて躍り出た。その音に気が付いたのか、プールに入っていた2本……大きさ的には2体……の荒らしマンドラが、ザパァと水音を立てて立ち上がり、悲鳴を上げた。難聴の状態異常になる危険な声だが、俺には熟練採取師のパッシブスキル〈危険植物の取り扱い知識〉があるので、無視できる。ただ、叫ぶ内容は無視出来ないが……


「「キャーーーーーー、チカンよーーー!!」」

「人参なんか見ても、嬉しくねーよ!! 〈円空旋(えんくうせん)〉!」


 不条理な汚名にツッコミつつ、その場で抜刀切りを放った。刀身から風属性の剣閃が、弧を描いて飛んで行く。敵の死角から奇襲を掛ける遠距離型の抜刀術だ。

 いや、荒らしマンドラには顔が無いので、どこが死角なのか分からないけど、俺たちと相対している方が正面っぽい。右に弧を描いて飛んだ剣閃は、側面から頭の葉を切り落とした。


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