第722話、白銀にゃんこカフェのプレオープン
翌朝、レスミアに起こされて、思わず抱き着いてしまった。頭を撫でられてあやされながら目を覚ますと、窓から差し込む光で既に明るくなっていた。ベッドサイドの懐中時計を手に取って見ると、まだ日の出直後のようである。普段よりは寝坊したが、朝食にはまだ早い。昨晩は遅くまで頑張ったからなぁ。
しかし、レスミアの方は眠そうな様子も見せずに俺を引きはがすと、着替え始めた。白銀にゃんこのメイド服に着替える光景は、中々に眼福である。幸せを噛みしめてボーっと眺めていたら、着替え途中のレスミアに気付かれて、着替えを投げられてしまった。昨日脱いだ俺の服だな。寝る前に〈ライトクリーニング〉はベッドごと掛けたので綺麗になっている。
「早く着替えちゃって下さい。ソフィアリーセ様達が来る前にカフェの出来栄えを見ておきたいって言ったのはザックス様ですよ」
「まだ、3時間もあるから、急がなくても大丈夫だって」
「私はキッチンの手伝いもしたいので、一緒に見るなら朝一の今しか、時間が空いてないの!」
なんて、可愛い事を言われたら、従う他ない。ぱぱっと着替えて、外へ向かった。
家の門から出て、外の道路に出る。お客さんが見る外観も見ておきたかったので、外に回ったのだ。
家の庭を半分近く使った、白い外壁の店は真新しい看板を掲げて光を放っていた。朝日が反射しているのか、よく目立つ。看板の絵自体は前と一緒ではなく、銀カードの意匠の方、ルティルトさんが貴族向けに装飾を追加したバージョンだな。白い猫が横に寝転んだ姿が描かれており、お腹に『お菓子屋白銀にゃんこカフェ & ザックス工房』と達筆な店名が書かれている。黄色い屋根の上に掲げられているので、デカい猫がお昼寝をしているようにも見えなくはない。
白い壁には大きな窓が並んでいる。錬金調合でしか作れない大型窓を奮発しただけあって、良い意味で目立つだろう。通りがかる人が、店内を見易くなる他、込み具合も分かる。ただ、目立つのは窓だけではない。壁にも彫刻が施されており、角度を付けて見ると猫が現れるのだ。窓枠で爪とぎをする彫刻猫や、寝転ぶ猫が居た。
「いや、見栄えにも凝るとは言っていたけど、高そうだな。リスレスお義姉さん、どんだけ金掛けたのやら。いっそのこと、猫カフェにでもすれば良かったかも?」
「予算内に収めたとは聞きましたけど、猫カフェ?」
猫カフェが通じないとは、こちらには無い文化のようだ。壁の彫刻を見て回りながら説明すると「地元にもありますよ」と納得された。ただし、斜め上に。
「実家の方だと、猫族だけでなくペットの家猫や街猫も多いですからね。喫茶店でお茶をすると、どこからともなく出て来た猫が、膝の上に乗って来る事も良くあるんですよ。今日みたいな冬場だと、人の居る所に寄って来るんです。
こんな感じに!」
急に腕を取られ、身体を押し付けるようにしてくっ付かれた。
これはこれで嬉しいのだが、通りがかる出勤途中のメイドさん達の視線が気になる。今日は白銀にゃんこの定休日なのであるが、貴族街への勝手口を使って通勤する人は多いからだ。今、目が合ったおば様とか、「朝から仲が良いわね~」と、口元を上品に抑えつつ笑って通り過ぎて行った。
流石に人目が気になる。さっさと中に入ろう……っと、その前に勝手口側を。ちらりとだけ見ておこう。こちらは、旧来の店舗と同じく、窓口が設けられている。その為、朝方のケーキ販売は今まで通り対面販売を行う、お持ち帰り専門なのだ。新しいカフェ部分は朝9時くらいからの営業である。
店の入口のカギを開けて中に入ると、来店受付兼会計カウンターが目に入った。貴族街のカフェっぽく見えるように色々、内装や調度品も気を使っているのが分かる。背もたれに猫の木彫りが付いた椅子とか、猫意匠のレースのカーテンやテーブルクロス等々。
ただ、それらより目が引くのは、カウンターに置かれた『幸運のぬいぐるみ』である。
【魔道具】【名称:幸運のぬいぐるみ】【レア度:C】
・クゥオッカの毛皮で作られたぬいぐるみ。
撫でた人の幸運値をほんの少し上げ、ダンジョン内でのレアドロップの確率が極小アップする。
また、ダンジョン外の場合、病や不慮の怪我をする確率を少し減らす。効果は半日、もしくは幸運が1回訪れると切れる。
はい、幸運の尻尾亭の女将さんにも話を通して、真似させてもらいました。ぬいぐるみ自体は新たに取ってきた物である。ずいぶん前の話になるが、クゥオッカワラビーからのレアドロップ方法は、以前に確立(松膨栗で誘い出す方法、335話)していたので、テオ達に教えて採ってきて貰ったのだ。
お会計後にお客様にも撫でてもらい、幸運のお裾分けをしてリピーターを狙うって寸法である。
……まぁ、ダンジョンに行くとレアドロップが出ただけで効果が切れてしまうので、あまり実感出来ないけどな。
出来れば店のコンセプト的に猫型ぬいぐるみが良かったけど、クゥオッカ型から変えると効果が無くなるらしいので、そのままである。可愛いのには変わりないので、子供や女性は喜ぶと思う。
テーブルは4人掛けが6個に、2人掛けが3個の、MAX30人までとなっている。元々、それ程広い店舗ではないのだが、ぎちぎちに詰めるよりも、客席間のスペースを取ってゆったりと過ごせる事を優先させたのだ。
ただし、それとは別にスペースを広く作ったのには、もう一つ訳がある。それは、壁際に置かれた変わったテーブルだ。1m四方程度の背の低いテーブルであり、その天板の隅を半透明な壁がコの字型に囲っているのである。ぱっと見は、防弾ガラス付きの演説台だろうか? いや、そんな物々しい代物ではないけどな。
アイディアだけ出して、発注とかは任せていたが、こういう形になったのか。
初めて見る実物を見ていたら、厨房の方からフォルコ君が顔を出した。今日のプレオープンの準備の再チェックをしているようだ。
「おはようございます、ザックス様。昨日も話しましたが、実際の店舗は如何です?
ちょっと、猫に寄り過ぎな気もしますけど、貴族街にあっても可笑しくない店になったと思いますよ」
「ああ、お早う。猫がコンセプトなのだから、しょうがないって。女性客にはウケるさ。
それより、コレ、ちょっと低めに作ったんだな?」
「はい。10歳くらいの子供が立って見えるくらい。母親がテーブルに座ったまま、見えるくらいの高さに調整しました。
後は、貴族の奥様方が気にいるかどうかは分かりませんけど……料理長を雇っている人が多いでしょうから』
「まぁ、目新しさはあるから、子供には受けるさ。子連れの招待客にしてもらうよう、ソフィに頼んでおいたから大丈夫だろ」
今日のプレオープンは、午前中は貴族の親子連れ。午後は近所の常連さんを招く予定だ。近所の人は、フロヴィナちゃんの井戸端会議仲間とも言うが、白銀にゃんこに好意的な人達なので、口コミで広げてくれる事を期待している。
朝食を終えた頃、従業員でもあるプリメルちゃんやピリナさん達が出勤してきた。
招待客だけとはいえ、貴族対応をしなければならないので、念入りに準備が進められる。ついでに、明日の開店以降も忙しくなりそうなので、作り置き出来るお菓子や料理の量産も進められた。
そして、9時過ぎ、5台の馬車がやって来た。ソフィアリーセのゴーレム馬車は、いつも門を潜った玄関へと案内するのだが、今日はお客様なので白銀にゃんこカフェの入口の前に停めてもらった。
馬車から降りるソフィアリーセに手を貸してエスコートしつつ、軽く挨拶を交わす。
「お早う、ソフィ。休みの日に態々ありがとう」
「おはよう、ザックス。わたくしも婚約者で出資者の一人ですもの。これくらいは手伝うわ。
今日のお茶会は、わたくしの従姉妹や学園の先輩を誘ったの。気心の知れた人達だから、堅苦しい挨拶も不要よ。むしろ、街の英雄として堂々と胸を張りなさい。そっちの方が皆、喜ぶわ」
「りょ、了解。頑張ってみるよ」
……貴族よりも軍人っぽく振舞った方が良いのだろうか?
それはそれで、演技しないといけないので、難しいのだけどな。
ソフィアリーセを店の中へ案内する様にスティラちゃんに指示すると、仲良く手を繋いで入って行った。今日は護衛役でないのか、普段着のルティルトさんやマルガネーテさんも後に付いていく。
次の馬車から降りて来た人達も、知り合いであった。確か、ソフィアリーセの従姉と婚約式で挨拶した覚えがある。軽く挨拶を交わした後、一番年嵩の女性の後ろに隠れていたお子さんを紹介された。
「ウチの子も、貴方のドラゴン退治の話とか、カボチャ退治の話が大好きなのよ。握手してあげて」
背中を押されて前に出た10歳くらいの少年は、目をキラキラさせながら手を差し出した。そんな目で見られたら、サービスする他ない。その場で片膝を突いて目線を合わせてから、握手を交わした。
「僕もドラゴンから街を守れるくらいの騎士になりたいです! どうしたら、成れますか?」
「そうだな。幼年学校でも訓練はあるだろう? 地道な訓練で身体を強くするのは大事だな。それに、信頼できる仲間も。友達と一緒に訓練すると張り合いが出る。
後は……好き嫌いせずに、肉も野菜も沢山食べて大きくなろう」
特に当たり障りのない事を並べたが、『好き嫌いせず』の部分は良かったようだ。後ろにいたママさん達が一斉に頷いていた。この辺は、どこの世界でも一緒だな。
「では、店内にてお待ちください。この白猫が案内するから、付いて行ってね」
「にゃ~ん」
「猫も店員さんなの?!」
俺の肩に乗っていた白猫……〈猫変幻の術〉で変身したレスミアが、子供たちを誘導する様に歩いて行った。奥様方も驚きながら後に付いていく。
次の馬車のお客様の案内は、うさ耳のプリメルちゃんに頼み。その後も戻ってきたスティラちゃんやレスミアに案内させる。
ふっふっふ。子供受けを狙ったメルヘン店員作戦である。猫族や兎人族のメイド服姿も可愛らしく、奥様方の反応も上々だった。取り敢えず、掴みはOKだな。




