第148話、狂い咲く氷精の華
後半に視点変更があるので、ご注意下さい。
20層は元々、九十九折りの土手道とその下にある沢山の小部屋から成り立っていたはず。それなのに今は、一面の大部屋だったかの様に様変わりしていた。
そして、雪が積もっていないのは、19層への階段付近だけ。本当に支配、占領される間際だった様だ。雪原には黒い魔物が3匹編成であちらこちらにおり、小さいクロユリもポツンポツンと咲いていた。
「ちょっと、試させてもらうわよ」
フルナさんが、一番近くのクロユリに黒い球を放り投げる。爆発音と共に炎が広がり落ち、下にいたクロユリを炎上させた。油でも入っていたのかクロユリを焼き尽くし、周囲の雪まで溶かしても、炎は燃え続けた。何と言ったか、歴史で習った……焼夷弾?ナパーム?
そして、雪が解けた下に、白い床が現れた。大扉前の広場やボス部屋と同じ床だ。ただ、記憶が確かなら、そこは小部屋がある場所だった筈……蓋でもされたのか?
「推測通りね。花の状態で燃やしてしまえば、氷の蔦には変化しないみたいよ」
「ちょっと、フルナさん! 今の音で魔物が集まって来てますよ!〈プリズムソード〉!」
壁も無い雪原なので、爆発音はよく響いたらしく、大多数のサーベルスタールト・ナフトが走り寄ってくる。青い光剣を射出し、近い奴から順に倒していく。時間稼ぎをしている間に階段へ逃げ込んだ。
重装備のオルテゴさんが、階段を塞ぐ様に仁王立ちして〈ヘイトリアクション〉する。トリモチを仕掛ける時間は無かったが、群がって来た敵を盾で受け止め、ホーンソードで返り討ちにしていた。
「ガハハハハッ! 良い斬れ味だ!」
叩き潰す様に斬り下ろすオルテゴさんに対し、その横でサーベルスタールトの前脚を斬り飛ばしたのはレスミアだ。
流れるようにホーンソードで首を突き、とどめを刺す。
「ふぅ……確かに軽くて、私でも使いやすいですけど、雷の追加ダメージというのはよく分からないですねっ!」
「オラァァ!! 鉈より楽に倒せるから、俺はどうでもいいがな!」
そんな声を聞きながら、俺も剣を振るっていた。
カーソルを動かし光剣に斬撃を指示し、別の近寄ってくる敵を聖剣で尻尾ごと両断する。聖剣は光剣とは違い、属性の違いなんて関係なくあらゆる物を両断する。初めて切った石壁から、何を切っても豆腐と変わらない。それは、サンダーディアーの周回で再確認した。〈ブレイブスラッシュ〉なんて使う必要も無く、ただ振るうだけで首を切り落とせたからだ。
今までは射程距離が長い〈プリズムソード〉に頼っていたが、接近戦は聖剣自体を振るった方が圧倒的に強い。雪女アルラウネに氷の蔦が多数有る場合、遠くから〈プリズムソード〉を撃っているだけでは勝てない事は、前回の敗戦でよく分かっている。だから、光剣を操りつつ、聖剣での接近戦も出来るように、鍛錬し続けた。
昨日の群れと同じくらいの数であったが、戦闘時間は短めで終わった。半分はリーリゲン・ナハトだったため、オルテゴさんを盾にして光剣で伐採したからだ。流石に〈アクアニードル〉の弾幕の中を歩いて近付く気にはなれない。
魔物を全滅させた後、ドロップ品を拾い集めるついでに、小さいクロユリも光剣で駆除しようとカーソルを動かした。光剣が根元から伐採し、花が宙を舞う。その瞬間、花が膨張し、長く伸び、氷の蔦に変化していく。下側が地面に付くと、その細い蔦がムチのようにしなり、光剣に絡み付こうとしていた。
「全員!クロユリに注意!
花を切っても蔦に変化します!」
カーソルを操りながら、声を上げて注意喚起する。しかし、少し遅かったようで、ドロップ品の回収に散っていたメンバーも、同じように氷の蔦に襲われていた。
光剣を囮にしている間に接近し、氷の蔦を伐採する。4、5mはある長く細い蔦を真ん中で切り裂き、返す刀で根元の方も断ち切った。
しかし、切られた蔦は雪の上に落ちると、そのまま2本の蔦として動き出す。驚きながらも剣を振るい、再度両断すると、今度は3本に増えた。短くなった1本は雪の上に倒れて、動いていない。
取り敢えず、短くなれば倒せるようだ。昨日はこんな再生はしなかった筈なのに……
「と、言う訳で、大体1mくらいの長さになれば、動かなくなります。他の魔物みたいに、倒せば消えていきますけど、ドロップ品を落とさないのは残念ですね」
「おお、その情報は助かるな。俺が相手した蔦はメイスで粉々に砕いてやったが、結構手間でな」
皆が拾い集めて来たドロップ品をストレージに格納しながら、氷の蔦に情報交換をする。俺も気付かなかった情報もあった。クロユリに近付いても直ぐには蔦に変化しないが、花が索敵するかのように向き直る。その後、更に近寄ると蔦に変化して攻撃してくるそうだ。そして、花の状態で花だけ切り落とすと、分割された状態から蔦に変化し、2本に増える。ただし、分割された分だけ蔦も短くなっている。
「俺は楽勝だったぞ。新しい剣でスパスパ切れたからな」
「私もです。囲まれでもしない限りは、楽に倒せますよ」
ホーンソードの雷属性が効いたのだろう。MP消費もウルフテイルより少ないそうだ。
「属性武器か……そうなると、2人にはバラけている花の処理を頼む。
後は、大扉の前の花畑だな。フルナ、爆弾か魔法で対処出来るか?」
「爆弾は数がそこまで多くないから、レア種用に取っておきたいわ。後、私は火属性が使えないから、ザックス君宜しく~」
レスミアは2属性しか適性がなかったが、フルナさんは火以外の3属性だそうだ。3属性もあれば魔法使いでもやっていけたけど、実家が錬金術の店だっため、後を継ぐために錬金術師になったらしい。その後、嫁入りになって揉めに揉めて、ムッツさんが頑張ったと惚気ながら聞いた覚えがある。
「……了解。範囲魔法で焼き払いますよ」
聖剣をポイントに戻し〈MP自然回復極大アップ〉と〈充填短縮〉に変更した。マナポーションが有るといっても、温存するに越した事はない。
点在する少数のクロユリは他のメンバーに任せ、大扉へ向かった。昨日はショートカットの為に、段差を登り降りしていたのに、平面の部屋になっているのは変な気分だ。普段から平面なら移動も楽に……いや、さっきみたいに魔物が群がって来るから危険か。
そう言えば、本来居るはずのウインドビーとアクアディアーが見当たらない。床下に監禁されている?
「〈フレイムスロワー〉!」
直径5mの点滅魔法陣から火が噴出し、クロユリ畑を焼き尽くす。理由は分からないが、群がっているなら纏めて焼き尽くした方が楽だ。〈充填短縮〉のお陰で、普段の1/3程の時間で魔方陣を完成させ、再度〈フレイムスロワー〉を発動させた。
大扉前の広場を一掃し、パーティーメンバーが集まるのを待っている。後はボスを倒して休憩所に行くだけなのだが、何気なく見上げた風景がいつもと違う事に気が付いた。大扉が少しだけ空いている。
興味に駆られて、その隙間を覗こうと近付こうとした時、中から蔦が飛んで来た。雪の無くなった広場にべちゃりと落ちると、その場で蔦が縮んでいき、クロユリへと姿を変える。
後ろから唸り声が聞こえたので、振り返るとフノー司祭が腕を組みながら顎を摩っていた。
「なるほど、ああやって蔦を飛ばして支配領域を広げるのか。どう見ても、普通の植物じゃねぇな。それに、魔物が溢れる時は、あの大扉が開いてボスも侵攻して行くと聞いているが、あれだけの隙間じゃ、鹿のボスは出られんよなぁ?」
「えぇ、頭上の枝角も巨体も通れそうにないですよね。ちょっと中がどうなっているのか、覗いてみませんか?」
クロユリを4分割に伐採してから、大扉へ近付く。そして、大扉の影から隙間を覗いて見ると、中には無数のクロユリと蔦に拘束されたサンダーディアーがいた。ガリガリに痩せ細り、皮と骨だけになって背中にクロユリを咲かせている異様な光景は、醜悪そのもの。
冬虫夏草と言うか、苗床と言うべきか……これは女性陣に見せない方がいい光景だ。手元に魔方陣を出し、一緒に覗いていたフノー司祭に見せると、頷き返し許可してくれた。
〈フレイムスロワー〉を連打し、クロユリを焼き払った。
マナポーションに口を付け、どろりとした白い液体を飲む。甘ったるく薬品臭い感じは子供の頃に飲んだ風邪シロップを思い出す。材料の主成分は歩くキノコらしいが、踊りエノキの親戚と考えれば、そこまで嫌悪感も湧かない。範囲魔法の連打で消耗していたMPバーが目に見えて回復していく。〈MP自然回復極大アップ〉と合わせれば、消耗した分も小休憩くらいで回復するだろう。
ただ、粘性があって飲み込み難いので、戦闘中だと無理だ。普通のポーションみたいに一息で飲める様にして欲しい。錬金釜を買うついでに、そんなレシピがないか探してみるのも良いかもな。
ボス部屋内の熱気が冷めるのを待ってから、大扉の隙間から中に入る。
部屋の中央にはガリガリに痩せ細ったサンダーディアーが横たわっていた。〈フレイムスロワー〉に巻き込んでいたのに、毛が焦げ付いているだけで死んでいない。ただ、息も絶え絶えの状態だが。
サンダーディアーを苗床にして、生命力……いやマナの方か? まぁ、それらを栄養にしてクロユリを量産し、侵略を進めるのだろう。周回で散々殺して来た俺が言うのもなんだけど、魔物同士とはいえ胸糞悪い。
聖剣で首を落とし、介錯して楽にしてやった。
皮がドロップし、宝箱も現れた。ただ、それらをストレージに回収しても、休憩所への魔方陣が現れない。
首を捻りながらも周囲を見回すと、部屋の端にかなりの大穴が開いているのを発見した。
中を覗き込むと、坂道になっている。見かけ上は階層を繋ぐ階段に似ているが、階段が無い時点で手抜き工事にも見えた。
「ああ、魔物が階層を移動する為の道らしいぞ。それに、大扉が開いていた事から嫌な予感はしていたが、休憩所は封鎖されていたか」
「まあ、仕方がないわ。ここで小休憩しながら、準備しましょう」
「そうだな。ローガン、下から魔物が登って来る事もあるから、警戒をしといてくれ。
21層は雪山になっとるだろうからな、ここで作戦をもう一度確認するぞ」
レア種は階層を支配すると、移動する。既に21層に来ているものと推定し、最後の準備に掛かった。
雪が舞い散る中、雪山に咲く花の上で、私は焦燥感に駆られていた。何か大事な物を奪われた気がして、取り戻しに行かないと行けない気がして腕を伸ばす。
私では無いような真っ白な腕を伸ばし、その延長上として蔦を伸ばして氷の領域を増やしていく。
熱いのは嫌。赤いのも嫌。
白に染め上げ、早く上を目指さないと……
お腹を撫でると、力が湧き出て来る。その力を、大好きな百合の花に与えて増やしていく。お腹の中の何かが喚いているが、何を話しているのかも分からない。そこはあの人の子が居るべき場所なのに、何故こんな物が居るのか。
しかし、私とは別の何かが、それを使って地上を目指せと囁いてくる。地上に行けば、又あの人に、あの子に会えると。
私は朧げな記憶と焦燥感に駆られて、世界を白く染め上げ続けた。
突然、破裂音と共に赤い光が空に広がった。曼珠沙華の様な、細く赤い線を引きながら消えていく。赤い光に、何かの記憶がフラッシュバックする。
一瞬思い出した光景に嫌悪感を抱き、頭を抱えていると、今度は遠くの森から火の手が上がった。それも離れた2箇所から燃え上がり、雪の中とは思えない程の勢いで広がっていく。
「(火はダメ! 燃やさないで!! 私の家がぁぁぁ!!!)」
フラッシュバックした光景に悲鳴をあげるが、声は出ない。手を掲げて魔方陣に力を注ぎ込む。お腹から力を吸い上げ、強引に魔方陣へ叩き込み完成させると、燃えている森に〈ブリザード〉を打ち放った。
火の勢いは、見る見るうちに衰えていく。もう一箇所も同じように鎮火させようと、〈ブリザード〉の魔法を放った瞬間、沢山の爆発音が響き渡る。
突然現れた火の海が、周囲の百合の花を燃やしていく。燃えていく家と家族の姿がフラッシュバックして、声が出ない喉で悲鳴をあげる。
「(あああああぁぁぁ!!! やめてぇぇぇぇ!!!)」
腹の力を無理矢理に引き出し、〈ブリザード〉の魔法の数倍の力を込める。掲げた魔方陣がもう少しで完成する……次の瞬間、視界が宙を舞った。視界には千切れた白い腕が舞っている。更に回転する視界には大きな花と、その中心にいる真っ白な私……バケモノの身体が見えた。
その後ろに、赤い青年と白い少女がそれぞれ剣を振り上げている。
その虹色に輝く剣に目を奪われながら、私は火の海に落下した。
クロユリの花言葉:恋、呪い
アネモネの花言葉:はかない恋、恋の苦しみ、見捨てられた
アネモネは色別にも意味がありますが、ここのレア種は黒く染まってしまっています。そして黒のアネモネは存在しないです。