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第143話、雪を欺く一輪の華

「すみません。水音に紛れて気付くのが遅れました」


 俺の腰に抱き付いていたレスミアはそう言うと、上半身を起こして斜面の下へ顔を向ける。俺も釣られてそちらを見ると、森と広場の境に居る黒い百合の花が、魔方陣を向けているところだった。

 その魔方陣は、既に完成し光を放つ。出現した〈アクアニードル〉が射出された。

 黒いリーリゲンとは距離が開いているので、直ぐに動けば射線から逃れられる。レスミアを抱き締め、横に転がろうとした時、


「〈カバーシールド〉!」


 滑る様にやって来たオルテゴさんが、仁王立ちしてカイトシールドを構えた。重戦士の〈カバーシールド〉は、攻撃を()()()()()()()()()()パーティーメンバーの元へ高速移動し、身代わりになるスキルらしい。条件は面倒だけど、オートで移動するので便利と聞いている。


 逃げる必要がなくなったので、その背中の横から顔を出して、黒いリーリゲンの様子を伺う。遠目ではあるが、黒いのは花弁だけで、茎は緑色、根っこも茶色と元のリーリゲンと同じに見える。1匹しか居ないがレア種……って感じはしないな。所謂、色違いにしか見えない。使っている魔法も〈アクアニードル〉だしな。

 黄色の光剣を操作して茎を切り裂いてやると、あっさり花が落ちた。やはり、雑魚敵……そうなると、この大規模な群れを率いていたレア種は何処行った?



「あ~、あんちゃん達、乳繰り合うのは家に帰ってからにしろよ。若いからと言っても、まだ戦闘中だぞ」


 ちらりと、こちらを見たオルテゴさんから生温かい目で見られてしまった。言われて、ハッと気付く。レスミアを左腕で抱いたままだった。

 恐る恐る、腕の中のレスミアを見ると、両手で顔を隠しながらプルプル震えている。隠せていない耳が真っ赤になっており、猫耳もぺたんと伏せていた。


「うわっ! ごめん、気付くのが遅れた。大丈夫?」


 腕から解放すると、顔を隠したままコテンと横に転がって背中を向けた。


「…………うぅぅ、落ち着くのに、ちょっと時間ください」

「追加も来ていないし、後はトリモチに掛かった奴だけだ。ゆっくり休んでいると良い」


 背中をポンポンと優しく叩いてから、離れた。周囲を確認すると、他のメンバーは残敵掃討に掛かっている。光剣もいつの間にか消えてしまったが、再召喚する必要は無いな。特殊アビリティ設定を変更して聖剣を消し、ジョブを元に戻した。

 そして気になっていた黒い魔物に〈詳細鑑定〉を掛ける。



【魔物】【名称:サーベルスタールト・ナフト】【Lv22】

・尻尾の毛が硬質化し、刃物のような鋭さを得たウルフ。爪と牙のみならず、尻尾を振り回し斬撃を繰り出す。周囲を囲まれると、体を一回転させて全周囲を切り裂くため、非常に危険。攻撃魔法は使わないが、同族がいる場合、筋力値アップのバフをお互いに掛け合う。

・属性:火

・耐属性:風

・弱点属性:水

【ドロップ:剣尾狼の毛皮】【レアドロップ:剣尾狼の刃尾、エンチャントストーン(筋力値)】


【魔物】【名称:リーリゲン・ナハト】【Lv22】

・ダンジョンのマナで魔物化した百合の花。植物型魔物に分類され、歩きながら〈アクアニードル〉を撃ってくる。また、歩くのにも使われる根で水分を吸収すると、魔法の充填時間が早まる。更に、同種の仲間がいる場合は、連携して交互に撃つ。

・属性:水

・耐属性:火

・弱点属性:土

【ドロップ:百合根、片栗粉】【レアドロップ:百合花チャーム】



 名前に『ナフト』と『ナハト』が追加されているけど、解説文は変わっていないな。本当に只の色違いか? そんな容量節約か、水増しじゃあるまいし……


 そんな事を考えながら、皆の所に向かって歩いている途中で最後の1匹が倒された。その少し後に、倒した魔物が一斉に煙に変わり、ドロップ品が落ちる。



「やっと終わったか……多くても20匹くらいと予想しとったが、その倍は来たな。ザックスの聖剣がなかったら、数で圧し潰されていたぞ」


「ほんとよね~。私も1戦で、こんなに魔法を撃ったのは初めてよ。

 ドロップ品を回収したら休憩にしましょ」


「賛成じゃ、儂も走り回って疲れたわい。ザックス殿、トリモチの上に落ちたドロップ品はお任せしますぞ」


 トリモチの上に落ちるとくっ付いてしまうので、ストレージかアイテムボックス持ちでないと回収出来ない。数が多そうなのでフルナさんにも頼もうと目を向けると、楽しそうに笑みを浮かべて、ススッと近寄って来る。そして、口元に手を添え、小声で話しかけてきた。


「私はレスミアちゃんの様子を見て来るわ。

 後、覚えたてで我慢出来ないのは分かるけど、無理矢理は駄目よ~」

「いやいやいや、違いますよ!」


 即座に否定したが、「うふふ、若いわね~」と笑いながら歩いて行ってしまった。

 店の中でイチャイチャしているフルナさんに言われたくない!



 仕方なくドロップ品の回収をしていたら、丘の上から「ちっ、違いますよぉ!」と言う、声が聞こえた。フルナさんの声は遠くて聞こえないけど、レスミアが両手を振って何かを否定しているっぽい。レスミアがフルナさんに揶揄われて、頬っぺたを突かれているけど、楽しそうなので良いか。

 俺も行くとヒートアップしそうだしな。



 サーベルスタールト・ナフトのドロップは毛皮ばかりでなく、尻尾や初めて見る小さな赤い石が手に入った。



【魔道具】【名称:エンチャントストーン(筋力値)】【レア度:C】

・魔力を込めると、内包された付与魔法が発動し、筋力値が一時的に上昇する。使い捨て。



 この3日間で尻尾は少しドロップしたけど、エンチャントストーンは1度も出なかったので、更にレアなのだろう。見た目は10cm程の四角柱の石。魔水晶の様に半透明でなく、真っ赤なので地面に落ちていても見分け易い。

 サーベルスタールトが互いに掛け合っていた、筋力値アップのバフと同じ効果に違いないが、使い捨てなら気軽には使えないな、残念。レア種がまだ居るなら、切り札にするよう話してみるか。



 ドロップ品を全て回収し終えると、全部で45個もあった。ひたすらにカーソルを操作していたけど、ここまで数が居たとは……聖剣やトリモチ、隙間を抑えてくれたパーティーメンバーには感謝するけど、地味に順々に襲って来てくれたのも助かったな。まとめて45匹来ていたら、対処出来なかったと思う。



 丘の上で小休止となった。皆疲れているのか、差し入れのキャラメルナッツの減りが早い。取り敢えず、黒い魔物の鑑定結果を話しておいた。


「そうか、黒いだけでレア種じゃなかったか……そうすると、あの群れはなんだったんだ?

 うーむ、誰か心当たりがある奴は居ないか?」


「ダンジョンの氾濫……は浅い層から外に出て行く、だったかしら?

 今朝、エントランスを通ったけど、そんな兆候はなかったわよね?」


 フルナさんの言葉に皆が頷く。ここ3日間、ダンジョンに通っているので、1層目から魔物が溢れていれば気付かない分けが無い。

 ここら辺はエヴァルトさんの講義でも聞いた覚えがあったので、俺も頷いておく。


 念の為、1階層を見に行くと言う意見もあったが、


「肉狩りの連中も居るからな。1層から魔物が氾濫しとれば、そいつらが気付くだろうし、確認は帰りの時でも良い。それより、ここの中心部の方が気になるな。あの黒い魔物も中心部をたむろしとったから、何かあるのか……」


 休憩の後、中心部へと向かう事になった。

 フルナさんは、嫌な予感がするので騎士団に任せようと主張したが、その騎士団への貢献が欲しいフノー司祭は却下したのだ。

 まぁ、魔物の群れが居たけど原因が分かりません、後は調べて下さいじゃ、点数稼ぎにもならないよな。フルナさんの言い分も分からないでもないけど、その騎士団が来るには最短でも、まだ後2日は掛かる。俺も調査続行を支持した。



 正体不明の黒い魔物を警戒しながら先に進んだが、先程の戦闘で一掃してしまったのか、1匹も出会わずに中心へ着いてしまった。


 そこには枯れた巨木が立っていた。幹の直径10mは超える大木だが、幹の中程で折れており、高さは周囲の木よりも低い。

 この大木が生きていたら、抜きん出た高さで良い目印になっただろうに、意地が悪い。何て見上げていたら、先行していたローガンさんが声を上げた。


「おうい、階段を見つけたぞ!」


 巨木の根元にある大きな樹洞(ウロ)……その中に下り階段がある。そりゃ、幹を抉って階段を作られたら、大木でも枯れるか。ダンジョンなので自然に出来る物じゃないだろうけど。


 魔物の群れについては分かっていないが、先に22層へ下りる事になった。一度到達すれば、エントランスの転移ゲートから直接降りられるから。先程、休憩を取ったばかりなので、隊列はそのままに階段を下り始めた。



 長い階段を下り、ようやく終点が見えてきた頃、レスミアがポツリと呟いた。


「少し肌寒くないですか?」

「あ、やっぱりそうよね。汗が冷えたのかと思ったけど……」


 少し前を歩くフルナさんは、二の腕を摩りながら答えた。一見すると只のブラウスしか着ておらず、一番薄着だからな。胸元が空いているし。


 通常のダンジョンなら気温は一定で、暑くも寒くない。気温が下がるなら、雪原とか雪山のフィールド階層なのだろうか?

 そんな推測を、こっそりレスミアに聞いてみたら、目を瞬いた後に小声で耳打ちを返してくれた。


「フィールド階層が連続して続く場合は、基本的に同じ地形になるらしいです。だから、気温が下がるって状況が、訳が分からないんですよ」


 コショコショと小声で話して、ようやく理解出来た。気温が(変動)下がる=寒い地形のフィールド階層なのに、21層と同じ森林フィールドなら気温が下がる訳がない。学校で習うような常識なのに、今の状況と噛み合わない。女性陣が首を傾げていたのはそんな理由だった。


 もっとも、その矛盾に答えが出る訳もなく、出口が近付いていた。



 22層に入ると、21層と同じく森林の中だった。変化といえば、肌寒いくらいの気温と薄暗さだ。木々の隙間から見える空には、どんよりとした雲が掛かっている。

 手分けして階段付近の調査を行なっていると、木の上で周囲を確認していたレスミアが下りて来た。


「周囲は木ばかりですけど、ここから真っすぐ行ったかなり奥の方、そこだけ雪が降っているようです」


「雪だと?!

 この冷え込みは、その雪のせいか? 寒いから雪が降っているのか? いや、ここはダンジョン内だぞ。

 ううむ、分からん事ばかり増えていくな。また中心部を見に行くしかないか」


 報告を受けたフノー司祭は腕を組んで考え込むが、オルテゴさんがしびれを切らしたように森の奥を指差して言う。


「ここで考え込むより、そんな怪しい場所があるなら、見に行かんか? 歩けば体も温まるぞ」


 他に調査の当てがないので、他のメンバーからも反対意見は出ず、先に進んだ。



 中心部へ向け、森の中を歩いて行く。似たような森林だが22層は起伏が少ないようで、ほぼ直線で進む事が出来た。道中では黒いリーリゲンに何度か遭遇したが、群れておらず。普通に3匹編成で登場している。色違いなだけで行動パターンは変わらず、強くなっている気はしない。むしろ、動きが鈍いような……

 まあ、既に対処法が確立しているので、楽に倒せる相手だ。


 ただ、他の種類の魔物と遭遇せず、採取物も少ないのが気になった。見逃しているだけかもしれないが……



 2時間ほど進んだ所で昼休憩を取る事になった。雪が降っている地点はもう少し先だけど、肌寒いのを通り越して、寒く感じるほどに気温が低くなっている。歩いている時はまだ良かったが、止まると冷たい風が身に染みるほど。


 女性陣の強い要望も有り、焚き火を起こして皆で囲んで温まった。


「ああ~生き返るわ~。真冬並みに寒いとか……雪が降っている所に行くなら、冬用の装いに変えないと凍え死ぬわよ。一旦出ましょう!」

「私も寒いの苦手なので、フルナさんに賛成ですぅ」


 取り敢えず、ストレージから温かいスープを渡したら元気になったけど、防寒は大事だよな。ストレージを漁っても、俺の着替えや雨具としてのマントくらいしか入っていない。後は野営時の毛布くらいか。


「ザックス、すまんが2人に貸してやってくれ。この状況は、明らかにおかしい。原因を突き止めんと、いかんからな。皆も、もう少し頑張ってくれ」


 レスミアには俺の上着、フルナさんには毛布を羽織ってもらい、ローガンさんにマントを渡した。俺を含めて、残りのガタイが良い面子は、鎧の上から着られる物が無いので我慢するしかない。

 線の細いレスミアは、鎧の上から俺の服を着ると丁度良いサイズになっていた。ただし、袖や丈が長過ぎて、指先まで隠れている。袖っ娘とか、彼シャツとか言ったか?

 以前は分からなかったけど、今のレスミアを見たらグッとくるのが理解出来た。好きになった贔屓目かもしれないが、可愛く見える。


「だから、そこまでにしよう。流石に3枚も重ねて着ると、動き難くないか?」

「え~、この服は長袖でも薄手なので、着こまないと寒いです!」

「そりゃ、冬まで村に滞在する予定はなかったからな。本格的な冬服は持ってきていないよ」


 若干、ひと悶着あってレスミアがもこもこになったが、準備を整えて先に進んだ。



 途中から雪がチラつき、地面にも薄っすらと雪が積もり始めた。雪景色なのに、頭上には青々とした枝葉はそのまま。落葉樹っぽい木なのに、葉っぱに雪を積もらせているのは変な感じだ。枝に積もった雪が、重さに耐えかねて落ちてくるので油断ならない。


 ただ、雪が降る場所に踏み入れてから、魔物が出てこない。スタミナッツなどの採取物も見当たらないのが不気味だ。この寒い雪の中、採取に時間を取られないので、かえってよかったかも知れないが。



 更に進むと木々が無くなり、雪原…………いや、クロユリの花畑に到着した。遠目で見かけた時は、黒いリーリゲンかと思ったが、サイズが小さいので只の植物のようだ。真っ白な雪化粧の中、黒い百合の花が咲き乱れているのは不気味に見える。


「〈敵影感知〉に反応があるのう。弱々しいが、あの真ん中のか?」

「俺の方でも感じていますけど……あのデカい蕾ですかね?」


 目測で俺の背丈より大きな青い蕾だ。花には詳しくないので何の種類か分からないが、地面には葉っぱが広がり、その直ぐ上に蕾が生えている。

 魔物の反応が弱いため、警戒しながら花畑に足を踏み入れる。少し近付き、あまりの怪しさから〈詳細鑑定〉を使おうとした時、か細い声が聞こえた。


「(たすけて!)」


 子供のような、少女のような声に驚き、辺りを見回すが誰もいない。その直後、蕾がゆっくりと開き始めた。

 蕾が解け、白から濃紺へグラデーションしている花弁が花開いていくのは美しく、見入ってしまった。しかし、本当に驚いたのは、その中身だ。花弁の中から、紺色の長い髪の美女が姿を現す。真っ白な着物に、真っ白な肌、まるで雪女を彷彿とさせるような女だ。

 ただし、その上半身は()()()()()()おり、腰から下は行方不明だ。花が開き切ると、伏せていた目を開き、俺達の方へ向いた。


 その目は、白目も無く真っ黒。眉目秀麗な美女は、明らかに人外にしか見えなかった。

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