第112話、雨の日なので休日
ザアザアと煩い雨音で目が覚める。
ベッドから出て、まだ暗い窓の外を見ると、まるで嵐のように雨が降り注いでいた。
着替えてリビングに降りたが、レスミアはまだ来ていない。朝食を作ってもいいけど、レスミアの作った料理の方が美味しいからなぁ。昨日の夜も1人では味気なかったし、他の作業でもして待つ事にしよう。
さて、この雨では蜘蛛の巣解体も出来ない。昨日考えた〈メタモトーン〉を試してみるか。
倉庫の作業台に材料を出していたら、外への扉がバンッ!と音を立てて開いた。そして、フード付きマントを着たレスミアが駆け込んでくる。
「おはよう、凄い雨だけど大丈夫だったか?」
「おはようございます~。直ぐそこなのに、フードの隙間から雨が入ってびしょ濡れですよ」
こちらの雨具は、蝋引きしたフード付きマントや、幅広の帽子が主流らしい。俺の知っている、手に持つ傘は無いらしい。説明しても通じなかった。
「私は着替えてから朝食を作ります。もうちょっと待っていて下さいね」
「あ、ちょっと待った! 熟練職人のジョブで、服を乾かす〈エアリング〉ってスキルを覚えたんだけど、それで濡れた服を乾かそうか?」
「熟練職人のですか? あぁ、洗濯屋さんが使っているって聞いた事あります。
……ザックス様なら良い、かな? 分かりました。着替えてから持って来ますね」
ん? 何か一瞬困った顔をされたけど……ああ、女の子に濡れた服を出せってのはデリカシーが無かったな。スキルを試すなら、ハンカチでも濡らすだけでも出来るのに、わざわざ濡れた服を要求するのは変態と思われないか?
その後、メイド服に着替えたレスミアが、濡れた服をカゴに入れて持って来てくれた。普段通りで、軽蔑された様子は無い。いらん心配だったようだ、セーフ!
早速、カゴを対象にして〈エアリング〉を使ってみると、緑色の半透明の膜に包まれた。中を覗いて見ると、ワンピースがふわふわと揺れている。ふむ、風で乾燥させているのか。半透明の膜を触ってみようとしたところ、指が内側に入ったところで、膜は消えてしまった。ワンピースはまだ濡れたまま。
再度、スキルを使い直してみたところ、5分程経つと自動的に消えていった。今度はちゃんと乾いている。レスミアもワンピースを手に取って匂いを嗅いでいた。
「ちょっとだけ心配だった、生乾きの臭いもしませんね。ありがとうございます」
「雨続きで洗濯物が乾かない時は、遠慮なく言ってくれ」
レスミアは朝食を作りに戻って行き、俺も実験を始める事にした。
先ずは適当な棒を2つに切り、その切断面に〈メタモトーン〉を使う。触っていた部分が柔らかくなり、粘土のようになる。指で摘めば、グニグニと形を変える木の棒ってのも不思議な気分だ。あ、コネ過ぎて年輪が混ざってしまった。
魔力を追加しながら触る場所を変えていけば、順々に柔らかくなっていく。初級属性ランク0の便利魔法と同じ使い勝手だな。
棒の全体を触って魔力を流していくと、まるで煮込み過ぎた竹輪のように、ふにゃふにゃになった。真ん中で持つと逆Uの字に垂れ下がる。魔力を切ってから1分程で、元の木の硬さに戻った。U字のままなのが面白い。
さて次は、もう一方の木の棒の断面を柔らかくして、U字の断面と貼り合わせてみた。接着剤代わりにならないかと思ったのだが、効果が切れた後に軽く曲げると、パキッと簡単に折れてしまった。
ならばと、貼り合わせる断面の両方を柔らかくしてから、粘土同士を繋ぎ合わせてみる。効果が切れてから曲げようとしても、折れない。一本の木の棒に戻ったかのようだ。まあ、片方がU字に曲がって、傘の取手みたいだけどな。
〈メタモトーン〉の使い勝手も分かったから、本番に行こう。
今日の材料は、弓矢の罠から採取した木の矢と、ウインドビーがドロップした兵隊蜂の毒針です。木の矢を鏃近くで切り落とし、鏃の代わりに毒針を接着するだけ、簡単で……ヤバイッ!毒液が漏れ出した!
手に付いた毒液を端切れ布で拭き取り、〈ディスポイズン〉で解毒した。痛みは無いから多分、大丈夫。
錬金術の講義の時に雑談で聞いた話だと、皮膚に付いただけなら焼け爛れるだけ。本当に危険なのは傷口や体内に入った時で、内臓が出血して重傷になる事があるらしい。まぁ、そんな重傷でも〈ディスポイズン〉と〈ヒール〉で治るそうなので、魔法も大概だ。
この出血毒は、空気に触れると効果が弱まるそうだ。そのため、俺が提案した剣に塗るという使い方は難しい。フルナさんには、攻撃する直前に塗布するくらいなら、針のまま刺した方が良いと一蹴されてしまった。
矢の先端に付けて、毒矢というのも定番らしい。
兵隊蜂の毒針は円錐状の形をしており、先端には毒液が細い穴が空いている。突き刺すなどの衝撃で、中の毒液が注入されるそうだ。なので、円錐の太い方に木の矢を取り付けるだけと思ったのだが、思いの外薄かったようだ。
毒液が漏れた部分をみると、毒針の外周部は1cmの厚さも無い。先程の失敗は、念入りに接着しようとして破ってしまったせいだな。5mmまでの薄さで接着出来るように、試してみるか。〈作業集中〉も使って作業を再開した。
朝食の準備が出来たと、呼びに来たレスミアに試作品を見せてみると、
「毒矢ですか~。使ったことが無いので、一度豚肉辺りで試し撃ちして起きたいですね。あ、でもこれ、普通の矢筒に入れていいんですか? 毒が出てしまいませんか?」
レスミアの使っている矢筒は、右腰からお尻の方へ斜めに吊るしている。斜めにセットされるけれど、走ったりすると衝撃で毒液が出てしまうかもしれない。
「フルナさんが、毒針は毒矢にするのが定番って言っていたから、持ち歩く用の道具とかがあるんじゃないか?」
「それなら、雑貨屋に行った時に相談してみますね。 この雨だと、今日は無理ですけど」
倉庫には窓が無いけれど、雨音は相変わらず大きく聞こえる。今日はダンジョンに行くのは辞めておくか。急ぐ理由がある訳でもないし。なんてボヤくと、
「その方が良いですよ。ダンジョンに行くまでの道も泥濘で大変ですよ」
「ああ、殆ど舗装されていないもんなぁ」
「石畳なんて門から広場までしか、有りませんからね。農村で馬車が通る道にあるだけ良い方ですよ。
っと、そんなことより、朝ご飯にしましょう」
当初の目的を思い出したレスミアに腕を引かれて、リビングへ向かった。
朝食後も、毒矢作りを続けた。〈メタモトーン〉で魔力を流しすぎると、柔らかくなり過ぎる。その為、毒針を真っ直ぐ取り付けるのに四苦八苦したが、錬金術で魔力の扱いには慣れてきていた。魔力量を調整して加工しやすい柔らかさにして作業する。
まあ、木の矢の在庫が少ないので10本で終了だ。毒針はまだまだ余っている。
他の使い道を考えたが、毒針と思い付くのはアレしかない。木製の柄を毒針に取り付けてみると……アイスピックみたいなものになった。
急所に刺さなくても毒を注入出来る優れ物だ。メタルな硬いやつには刺さらないだろうし、針の部分は使い捨てだし、密着するくらいの距離でないと使えないけどな。
まあ、動物型の魔物なら効くだろう。数本作っておいた。
さて、練習は十分出来た。本命といこう。
取り出したのは、フェケテリッツァ戦で燃えてしまった槍の残り、鉄の穂先と石突きの鉄のキャップだ。〈メタモトーン〉を使えば、木製の柄を作り直せる……はず。
新しい槍に買い替える前、雑貨屋で修理出来ないか相談したのだが、村には本職がいないので、農家の人の素人修理しか出来ないと言われたのだ。結局、街から仕入れている槍を新たに買う事になった。
どの道、素人修理なら自分でやっても良いよな。ただ修理するのでは面白くないので、『黒毛豚の角』も取り出した。コイツを穂先に取り付ければ、付与されている防御貫通も強力な槍になる。
早速、角の根元に〈メタモトーン〉を使う。
魔力を注いで、注いで……一向に柔らかくならない。全身の魔力を右手に集めて、注いで、ようやく少し柔らかくなった。
更に注いで……駄目だ。MPの消費が多すぎる。
鉄の穂先を包むように角を取り付けるつもりだったが、予定変更。角の根元の中心を掻き出すように穴を開けたところで、中断した。
〈MP自然回復量極大アップ〉をセットして少し休憩する。穴を開けただけでMPが4割ほど消費してしまった。レア素材なせいか? レア度がCと高いせいか?
角の加工が難しいなら、鉄の穂先を改造するしかない。穂先の根元に〈メタモトーン〉を使う。鉄は木よりもMP消費が少し多い程度、角に比べたら簡単に柔らかくなった。穂先の刃の部分を折るように取り外す。必要なのは柄と接続するソケット部分だからな。刃の代わりに、鏃のような返しを捏ねて作る。
そして、角の穴に再度〈メタモトーン〉を使って柔らかくしてから、穂先の接続部の返しを入れる。後は掻き出した部分を穴に詰めて、固まれば完成だ。
いや、まだ柄を作ってない。MPは4割程しか残っていないが、木製なら大丈夫だろう。ゴリラゴーレムがドロップした樫の木材と、聖剣を取り出して加工を始めた。
3の鐘が鳴り響く。午前中いっぱい時間を掛けて、なんとか形になった。今はバランス調整をしていたところだ。なにせ、鉄の刃よりも角の方が重いからな。倉庫内では槍を振り回せないが、軽く突きの動作をしたりして試した。
石突き側の鉄製キャップに〈メタモトーン〉で変化させた鏃(毒矢作りで出た余り)を、巻き付けて重量を増やす。全体的に重くなったけれど、突き入れた時の破壊力は増えていそうだ。
【武具】【名称:黒毛豚の槍】【レア度:D】
・黒毛豚の角を穂先にして作られた槍。ただし、樫製の柄や、鉄製の接続部の魔力伝達率が悪く、真価を発揮できない。
・付与スキル〈防御貫通小〉
う~ん、名前がダサいうえ、レア度がCからDに下がり、貫通効果が劣化してしまったか……