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tira mi su  作者: tetori
8/8

 目がさめると、そこには――

「おはよう、伊澄くん」

 結さんが、微笑んでいた。

 手を伸ばし、頬に触れる。確かに結さんは、そこに居る。

「……お帰り、結さん」

 身体を起こし、結さんを抱きしめる。

 結さんは、確かに帰ってきた。

「……ただいま」

 ぎゅっ、と最後に少し力を込めてから、結さんを離す。

 時計を見ると、4時半を指していた。そんなに経ってないんだな。なんか変な感覚。あっちの世界では何日か経ってた筈だから。

 早朝じゃないか……もうちょっと寝ようかなぁ……。

 ……って、ここ結さんの部屋か。結さんのベッドで寝るのも申し訳ないな。さっきまで寝てたみたいだけど。

「そういえば明は?」

 部屋を見渡しても明の姿はない。

「一旦帰った。またすぐ来るって」

「……そっか。俺も一回帰ろうかな。シャワー浴びたいし」

 そう言って立ち上がろうとすると、結さんが制した。

「うん、でもその前に……」

 結さんの両手が、俺の頬に添えられる。え、まさか……。

 唇に、柔らかな感触。2回目……だよな。キ……ス。

 たっぷり数秒経ってから、唇が離れた。

「……できるだけ、早く戻ってきてね」

 結さんは何事も無かったかのようににっこり微笑んで言った。

「……結さん、だいぶ変わったね」

「伊澄くんのおかげかな」

 ……まぁ、いいか。変わるのは悪いことじゃない。

「……じゃぁ、行ってくる。待っててね」

「うん」

 部屋を出て、けれどすぐに振り返って、結さんを見る。

「ん? どうしたの?」

「……いや……」

 もしかしたら、また居なくなっちゃうんじゃないか。そんな不安が急に押し寄せた。

「……大丈夫、もう居なくなったりしない」

 察してくれたのか、結さんは俺の手を握って微笑んだ。

「……うん、ありがとう」

 俺は礼を言って、今度こそ部屋を出た。



 その日はみんなで学校をサボった。

 疲れが半端じゃなかったし、なにより結さんと一緒に居たかったから。

 いつかみたいにみんなでゲームをして、飽きたら買い物に行って。

 俺は店長に遊ばれて、結さんと明のミニファッションショーで楽しんで、結さんと一緒に帰った。長いマフラーを、二人で一緒に


巻いて。まるで恋人みたいに。

 結さんはよく笑うようになった。喜ばしいことだし、それまでより一緒にいると楽しく感じるようになったから、実際嬉しい。

 明はそれまで以上に明るくなった。肩の荷が下りた、っていうと言い方が悪いかもしれないけど、それまで以上に自由になった。

 俺は、どうだろう。変わったのかもしれないし、変わってないのかもしれない。自分じゃよくわからない。

「え~っと」

 俺は一人で繁華街にいた。明にお使いを頼まれたからだ。メモを確認して、商品を探す。

 そういえば少し明に優しくなったかな。自分の変化ってのはやっぱりよくわかんない。

「あら、伊澄くんじゃない」

 後ろから声をかけられて振り向くと、店長がいた。

「あぁ、店長。買い物?」

「そう。伊澄くんも? 奇遇ね」

 相変わらず妖しい笑みの人だなー……。

「あ、そうだ伊澄くん。聞いて聞いてー」

「何だよ気持ち悪い」

「気持ち悪いとは失礼ねぇ。でも伊澄くんイヂめたらお嬢ちゃんが怒るからなぁ……」

 相変わらず変な人だなー……。

「で、聞いて欲しいことってなにさ」

「あ、そうそう! 店の名前決まったの!」

 え、決まったの? 前は「店名がないのがこの店の常」って言ってたのに?

「お嬢ちゃんが考えてくれたのよ。私ももうすごい気に入っちゃって」

「結さんが?」

「……お嬢ちゃんが絡むと興味湧くのね」

 う……。まぁ結さんが考えたことだから興味がある、ってのは否定はできない。

「で、どんな名前なんだ?」

「『ティラミス』って言うの」

 それって結さんがティラミス好きなだけじゃ……。

「ノンノン。ティラミスはイタリアのお菓子でしょ? イタリア語の意味が素敵なの」

 イタリア語でティラミス……?

「どんな意味なんだ?」

 俺が尋ねると、店長はにっこり笑って答えた。


「『私を引っ張りあげて』」


 ――――あの日。『英雄』を結さんが聞かせてくれた日。

 あの日も、結さんは俺にティラミスを――――。

「……どうしたの、伊澄くん」

「……いや、なんでもない。いい名前だと思うよ」

 結さんは、やっぱりずっと待っててくれたんだ。

 もう、辛い思いをさせちゃいけない。結さんと一緒に、笑っていたいから。

「店長、ごめん。俺急いで帰らなくちゃ」

 今日は急いで帰ろう。早く、結さんに――会いたい。

 今まで辛い思いをさせてた分、一緒に楽しい時間を作りたい。

「わかったわ。またお嬢ちゃんと一緒にうちの店に遊びにいらっしゃい」

「ありがと」

 店長と別れて、頼まれたものを急いで探して購入する。

 結さんに会いたい。

 愛しい人に、会いたい。

 走って走って、やっと明の家に着いた。

 預かっていた鍵で玄関のドアを開く。

「ただいま――」

 息を切らしながらも、大きな声をあげる。

 ドタドタという足音とともに、2階から降りてくる愛しい人。

「――おかえり」

 その微笑みが、俺を幸せにしてくれる。


 俺たちは、ずっと一緒に生きると約束した。

 約束と、誓いと、願い。それが、力になる。

 孤独の中での神の祝福は、いらない。一緒に掴む幸せを、俺たちは求める。

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