6
何が襲ってきても怯まない。
「はッ」
天叢雲剣を横に薙ぐ。
依り代の指す方向にしばらく歩いてきたら、なにやら変なのに囲まれてしまった。
何やら天照の警護担当の神々らしいのだが、天照に会いたいと言ったら攻撃された。だから戦ってるんだけど……。
正当防衛だよね?
「案外弱いんだな。拍子抜けだ」
――我々を愚弄するかッ!
挑発してみたらホイホイ乗って来た。馬鹿かコイツら。
天叢雲剣に火雷神の炎を纏わせて構える。こうすると、威力が上がるのと、剣で斬った傷口を瞬時に焼けるので血が飛び散らないことを発見したからだ。ヤマタノオロチの時は炎を無理矢理剣の形にしていたので、熱を発する分のエネルギーがなかったんじゃないだろうか。
――この地に来たことを後悔するがいい!
高速で突進してくる一人をひらりと避け、ついでに剣で突き刺しておく。
そいつは言葉にならないような悲鳴をあげて倒れた。
「…うるせぇなぁ。断末魔すらあげないようにするか?」
「伊澄、なんか殺人鬼っぽくなってるよ?」
俺の服に潜って守られていた明がひょこっと顔を出してつっこむ。
「挑発なんだからつっこな」
「挑発って言っちゃったら意味ないよね?」
あぁ、やっちまったな。
けれど、その呑気な会話が敵の気に触ったようで。
――貴様あぁぁぁ!
揃って突っ込んできてくれた。同時に突っ込んでくる敵は7人。でも、今の俺にとっては障害にすらならない。
「いらっしゃいませー」
間の抜けた声を発しつつ、くるんと横に1回転して全員を同時に斬る。
――ッ……。天照様……お逃げくださ…。
……なんか天照を殺しに来た人間みたいに見られてるな、俺。
ま、コイツらは正直どうでもいいので先を急ぐとしよう。
草原を抜けて森を抜け、川を渡ってまた森を抜けた草原。さっきの戦闘から、またしばらく歩いたところで、俺は座り込んでいた。
「伊澄、大丈夫?」
ふわふわ飛んでいる明が心配そうに尋ねた。
何時間も歩いてたし、何回か戦闘もあったから、俺の足は限界に到達してしまったようだ。立つのすら辛い。どうして能力が上がってもこういうところは変わらないんだ。
「……大丈夫、じゃねぇな。でも、悠長なこと言ってられないだろ」
立ち上がろうとするも、足の筋肉が悲鳴をあげて倒れてしまう。
「無理しないで、ね?」
明はなだめるように俺に言う。
「……ごめん」
これ以上心配させるのも気が引けるので、大人しく休むとしよう。
「……自分の不甲斐なさに吐き気がするよ」
ぽつりと呟くと、明は首を横に振った。
「伊澄はがんばってる。結ちゃんのためにできることをやろうとしてるよ」
けれど、結局俺は結さんになにもしてやれてない。
そのことが悔しくて、けれど、口に出して否定するのは卑怯だと思ったから俺はもう口を開かなかった。
俺はもっと強くならなきゃいけない。ひたすらに結さんのために頑張りつづけていた明より、強く。
一緒に居たいと願ったから。助けると誓ったから。独りにしないと約束したから。
あとどのくらい歩かなければならないかはわからない。あと一歩のところまで来ているのか、まだ数千歩歩かなければならないのか。
だから、今は休もう。次に歩くとき、少しでも長く歩けるように。
『――――思――て』
懐かしい声が聞こえた。
白い、なにもない空間で。周りには、誰もいないのに。
幼い女の子の、ガラス細工のようにいまにも壊れてしまいそうな声。
消え入りそうな小さな声は聞き取り辛く、耳を澄ましても何を言っているのかよくわからない。
『お――――だ――て』
声の主が近づいてきているのだろうか。少しずつだけど、声が大きくなってきている。
そのまま耳を澄ましていると、ようやく聞き取れた。
『お願い――――を、思い出して』
そう懇願する、少女の声。
俺は、何かを忘れているんだろうか。肝心なところだけが聞こえない。
「教えてくれ」
俺は姿の見えない相手に問い掛ける。
「俺は何を忘れているんだ」
反応はない。白い空間に静寂が訪れる。
不意に、なにかが光って見えた。近づいてみると、それは――――
「ん……」
目を開けると、そこは一面に緑が広がる草原だった。
どうやら俺は、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。夢を見る夢ってのはたまにあるけど、今のはそれに含まれるんだろうか。
なんだったんだろうか、今の夢は。あのあとのことが思い出せない。
身体を起こして周囲を確認すると、すぐ隣に明がいた。まだ眠っている。
唯一の荷物である天叢雲剣はちゃんとあるし、身体的な異常もない。警戒を怠ってしまったけど、幸いなことに何事もなかったようだ。ほっと胸を撫で下ろす。
立ち上がってみると、足はもう痛くない。軽く跳んでみたり走ってみたりもするが、なんら異常はなかった。
どれくらいの時間休んでいたんだろうか。日は高い。……いや、待て。寝てしまう前もずっと日は照っていた。夜がないのかもしれない。
腹は減ってないし、喉も渇いてない。精神世界だからか。
…………だったら、疲れることもない方がよかったな。
明を起こすのも悪い気がしたので、もうしばらく休むことにしよう。なんかこの世界に来てから、っていうか結さんの部屋で火事のことを聞いてから、俺は明に優しくなってしまった気がする。気の迷いって怖い。
明を起こさないように隣に座って、また少し考えてみることにした。
逸る気持ちはあるが、これもまた重要なことだ。この世界にいる間は、結さんの想いを読み取ることができる最大のチャンスでもあるんだ。今なら結さんが何を望み、俺が何をすることができるか。それを考えることができる。年頃の女の子の胸の内を探るなんて悪趣味ではあるけれど、あの結さんが俺にハッキリとなにかを伝えるのは相当追い込まれたときだけだろう。実際、勿忘草なんかは殆どの人が見落としてしまうくらいさりげないメッセージだった。助けを求めたのもシンデレラの世界が崩れる直前だった。
だから、俺が読み取ってあげなきゃいけない。叶えてあげなくちゃいけない。
結さんが喜ぶ顔が見たいから。結さんに幸せでいてほしいから。
幸せな結さんの、隣に居たいから。
考えよう。結さんのために。結さんに尽くしてきた明のために。
「ふぁ……」
明が目を覚ましたのは、あれから一時間くらい経ってからだった。
「おはよ。よく寝てたな」
眠そうに目をこする明に言う。
「はよ~。しばらく見張りしてたのに寝ちゃったみたいだから……」
「……途中で寝たら意味ないぞ?」
「そこはありがとう、くらい言って欲しい」
いつも通りの雰囲気で会話をしつつ、俺は立ち上がる。
「行こう。眠いんなら服の中で寝てていい」
「ふぁ~い」
返事をした明は早速服に潜り込んで寝てしまった。特に気にすることじゃないから、別にいいけど。
天叢雲剣を手に取り、指輪が指す方向を確認する。
待ってて、結さん。
心の中で大好きな人にそう言って、俺は歩き出した。
しばらくして、草原の中にそびえ立つ石造りの神殿に辿り着いた。指輪が放つ光がそこを指しているから、天照はここにいるんだろう。
ここにいるんだろう、けど。
「……なぁ、明」
「ん?」
神殿の正面、入り口に立って明に話し掛ける。俺も明も同じように神殿を見上げてるんだが……。
「……なんでパルテノン神殿なんだ?」
俺たちの目の前にあるのは、どこからどう見てもパルテノン神殿。
「結ちゃんの神殿のイメージなんじゃないの?」
「だからってフリーダムすぎるだろ、これ……」
日本神話の神々が泣くぞ。ここに来てベースの世界ぶち壊しじゃないか。
明はそんなことなんて気にした様子もなく、びっと神殿を指差して言った。
「まぁいいじゃない。とりあえず入ってみよう」
「一人で入ってって殺されてしまえ。どのくらいの敵がいるか――――」
俺がそこまで言った、瞬間だった。
「今は我しか中には居らぬよ」
俺の言葉を否定する、女性の声が響く。
「主ら、我に会いに来たんじゃろう」
声の主の姿は見えない。けれど、その声はやけにはっきりと聞こえる。誰の声か、なんて疑問はすぐに理解できた。
天照だ。
「遠路はるばるご苦労じゃったの」
穏やかな口調なのに、俺は一歩後退さってしまう。……さすがに、ちょっと怖いな。
俺の様子に気づいたのか、天照は笑いながら言った。
「ふふ、そんなに怖がらなくてもよいぞ。統一神とはいえ主らと大して変わらんからの」
子供に諭すような優しい口調で天照は言う。……俺は違うと思う。
「……ふむ。まぁ我の姿を見れば、少しは親近感が湧くかもしれんの」
天照はふふ、と少し悪戯っぽく笑って、こう続けた。
「主らには、特に………の」
しゃん、と澄んだ音と共に、神殿の中から天照が出てくる。
ゆっくりと、ゆっくりと。
姿を現した天照は、確かに人の少女の姿をしていた。
黒い着物に、金色のかんざし。黒くて艶のある髪は長く、美しいと形容されるだろう。
そして、髪型や服は違えど、その姿は。
「……助けに来たよ」
俺は天照を見据え、その名を呼んだ。
「………結さん」
予想はできてた。あの時、シンデレラとして現れた結さん。シンデレラは、その世界で中心となる人物。だったら、日本神話での中心、統一神である天照が結さん、ということも可能性としては考えられた。
考えられた、けれど。
「……あまり驚かんのう。ちぃとばかし期待はずれじゃ」
天照はがっかりしたような表情で溜息をつく。
「それにの、我は主らの探し人とは別人じゃぞ?」
「……は?」
間の抜けた声が出る。なんだって?
「……ふむ、やはりそこまではわからんかったかの。……う~む」
天照は指を顎に当て、思考するポーズをとる。考え事をする明と、一緒なポーズ。本当に別人なんだろうか。
俺が考えてる間に天照は何かを決断したらしく、俺の前までとてとてと小走りで来て(仕草が可愛かったから、本当に統一神なのかちょっと疑ってしまった)こう言った。
「とりあえず、入って話をしようではないか。こんなところでいつまでも客人と立ち話をするのもあれじゃからの」
にこっ、と太陽のように――結さんそのもののような――笑顔で、天照は俺の手を取る。
「……伊澄、どうする?」
しばらく黙っていた明が囁くような声で尋ねる。
「ぶっちゃけこの神殿入りたくないんだけどな、いろいろな意味で。けれど、天照以外に手がかりもないし、そもそも無関係とは到底思えない」
「ぼくも同意見」
なら、決まりだな。
「よいかの?」
天照にも聞こえてたようで(別に聞かれて困ることじゃないからいいんだけど)、笑顔のまま尋ねる。
俺と明が頷くと、天照は嬉しそうに言った。
「歓迎するぞ、客人たち」
なんというか、天照には邪気が無い。無邪気すぎるくらい、清々しいくらい無い。無さ過ぎるんだ。
「置き菓子とかないんじゃ、申し訳ない。うちの連中は基本的に食事を必要とせんからの」
キッチンで棚の中を漁って、同じ急須からお茶を注ぎ、天照が先に口をつけて安全であることを俺たちに主張した。
さっき一度思い切り転倒したし、本当に統一神なのか疑ってしまうけど、あの時の畏怖は拭えない。紛うことなく統一神なんだ。
あれからずっとにこにこ笑ってるし、仕草も逐一可愛らしいのも、統率力に含まれるんだろうか。そんなことを思いつつ。
「……聞きたいこと、聞いていいか?」
話を切り出す。
「我の好みの男性かの?」
「違う。俺たちが探してる人についてだ」
なんでこういうところは明っぽいんだ、天照。
「……そうか……お主は我には興味ないか……」
俯いて落ち込むな。
「あー、伊澄がまた女の子を泣かせたー」
「またってなんだまたって。ここしばらく女の子を泣かせた覚えはねぇよ」
「よよよ……」
肩を震わせて泣くな。明が1人増えた感じですごくウザい。
めんどくさいので、とっとと話をすることにしよう。
「俺たちが探してるのは天照、あんたにそっくりな女の子だ。知ってることはないか?」
「…………」
俺は真剣に、真っ直ぐ天照を見て問う。
天照はしばらく口を開かない。
「……何でもいい、知ってることがあったら教えてくれ。その子に関係なさそうなことでもいい」
「…………」
天照は目を閉じ、静かに呼吸をする。
その呼吸の音が、いつか聞いた結さんの寝息と同じだったから。
やはり別人とは――思えなかった。
「……主らは」
すっ、とゆっくり目を開き、静かに、真剣に、天照は言った。
「其奴を見つけて、どうするつもりじゃ」
その目は威嚇するように、試すように、真っ直ぐ俺を見ている。
だから、俺も真剣な眼差しで、心の底からの本心を伝えよう。
「助けるって約束した。独りにしないって誓った。だから――――」
自分の手を見つめ、ぎゅっと握る。
一呼吸を置いて、力を込めて、言い放つ。
「独りで抱え込むなって叱って、結さんがまた居なくならないように抱きしめて、離さない」
それは俺の役目であり、同時に誓いでもある。
しばらく俺も明も、天照も、言葉を発することなく、微動だにしなかった。
「…………ふ」
沈黙を破ったのは、天照。
「ふふっ……はは、あっははははは!」
腹を抱えて大爆笑。一応こっちは真剣なんだから、失礼じゃないか。
「いや、すまぬすまぬ。あまりにも真っ直ぐじゃったもんでの、ふ、ふふ」
目に涙を浮かべるくらい笑った天照は、涙を拭いてお茶を一口飲む。
「それがお主の役目じゃの、確かに」
俺もお茶を一口飲む。天照がこう言ってるんだから、それが悪いことじゃないんだろう。
「じゃぁ――」
「……じゃがの」
嬉しそうな表情になった明の言葉を、天照が遮った。
「お主は、わかっておらんじゃろうな」
真剣な、けれどさっきとはまるで違う、恐怖さえも感じさせる表情で。
手を振りかざした、瞬間。
光の塊が、明を貫いた。
真っ赤な血が、俺に、天照に、降り注ぐ。
「――――!?」
明は、言葉にならない小さな悲鳴をあげ。
そのまま、消滅した。
「明ッ!?」
慌てて駆け寄るが、明はもう、完全に消滅してしまった。まるで岩が風化するように、さらさらと。
一瞬、何が起こったかわからなかった。なんで、天照が明を――。
「わからぬか?」
天照の、低い声が空間に響く。
「……わからぬじゃろうな」
さっきまでの天照じゃない、別人としか思えないような表情。
瞳はどこまでも暗く、何も映していない。
「お主には――」
再び天照が手を振りかざす。俺は咄嗟に転がって避け、天叢雲剣を抜く。一瞬前まで俺が居た場所は、床ごと消し飛んでいた。
「――わからぬよ」
まるで独り言のように喋る天照は、ふわりと宙に浮き。
真っ直ぐ、その暗い瞳で俺を見つめて、こう言った。
「わからせてやろう。この世界を。彼女の想いを」
次から次へと放たれる光弾を避け、剣で弾き、防ぐ。防げてはいるが、限界がある。
こっちは体力を消耗しているというのに、天照は涼しい顔で光弾を放ち続けている。
……不利にも程がある。
「どうした、防ぐばかりでは勝てぬぞ?」
光弾が頬を掠る。血は出ているだろうけど、軽傷だから気にしない。
天照は何かを知ってる。それも、この上なく重要なこと。俺がわかっていないこともわかっている、という口ぶりだった。
だったら。
「……知ってること、全部吐いてもらうぞ」
火雷神の炎を剣に纏わせ、薙ぎ払う。炎が光弾を包み、消滅させた。
一瞬、空間が無音になる。天照は光弾を放たず、俺もまた動こうとしない。
ふっ、と天照が笑みを浮かべて、愉しそうに言った。
「やってみるがいい」
結さんと同じ顔でそんな表情すんな。不快だ。
俺が地を蹴り走り出したのと天照が手を振り上げたのは、ほぼ同時。わずかな距離を一瞬で詰め、躊躇することなく剣を横に一閃し――ようとして。
「甘いのぅ」
天照の手に握られた、光の剣に阻まれた。
「チッ」
舌打ちして一旦距離を取るが、天照は剣を振りかざし、光弾を次々と放つ。
さっきと同じように防ぎ、体制を立て直そうとしたところで。
天照の顔が、目前にあった。
反射的に剣で防御をしようとするが、間に合いそうにない。ぐっ、と力を込め、剣に纏った炎を膨張させる。
「――ッ」
天照が一瞬怯んだ。
その隙に蹴りを放ち、同時に後退して一旦距離を置いた。
天照は平然としている。蹴りは腹部に当たった筈だけど、全く効いてないみたいだ。ダメージなんて期待はしてなかったけど。
その顔にはまだ笑みが浮かんでいる。この上なく不快だ。
本当の結さんは――
――太陽みたいに笑うんだ。
剣の切っ先から爆発するように炎を放つ。
天照が炎に包まれたかと思ったが、剣を一振りするだけで炎は切り裂かれ、天照を避けるようにして後ろの壁に直撃した。
……涼しい顔して防いでくれるな。
天照はお返しとばかりに掌を俺に向け、そこから太いレーザーを放つ。
無理。防げない。
大きく右に飛び退いてそれをかわすと、しゃん、という音。
剣から大きな衝撃が伝わる。天照が握る光の剣が、天叢雲剣と交差していた。
「積極的でないと、彼女は捕まえられんぞ? 奥手じゃからの」
うるせーよ、お前に言われる筋合いはねぇ。
強引に光の剣を押し返し、隙を与えず首を狙って突く。天照は大きく後ろに反って避けると同時に身を翻しつつ放った蹴りが、俺の右手に直撃した。
天叢雲剣は離さなかったが、痛みに顔をしかめる。
そのままひらりと飛んで距離を置いた天照が、感心したように言った。
「ほぅ、なかなかやりよるのぅ」
「お前に褒められても嬉しかねぇよ」
戦えてはいるものの、天照はどう見ても本気じゃない。本気でやられたら勝ち目はまず無い。
そんなこと、理解はしているさ。
理解はしている、けれど。
「負けられぬのじゃろ」
俺の頭の中を透かして見たかのように的確な言葉が、俺に投げかけられる。
「本気で来るがよい」
――言われなくとも。
地を蹴り、突進しつつ炎を放つ。天照がさっきと同じように炎を切り裂いて防ぐのを予想して。
「なんとかの一つ覚え――」
天照は小さく呟きながら、予想通りに炎を切り裂く。
――ビンゴ。
一瞬で背後に回り、剣を振り下ろす。
が。
「――というわけでもないのぅ」
読まれてた。天叢雲剣が天照に届く前に、光の剣に阻まれて、止められた。
「……単純じゃのう、馬鹿でも思いつく戦い方じゃ」
そうかい。じゃぁ――
「その馬鹿みたいな戦法であんたがどうなるか、楽しみにしてろよ」
悪戯っぽく笑ってみせ、剣を握る手に力を込め。
「――はッ!」
爆破させた。それも、神殿全体が巻き込まれるくらい大規模な爆発。使い手の俺には炎や爆発によるダメージは無いから、思いっきり爆発させた。
戦法を読まれ、受け止められるのも想定内。本当の狙いはこれだった。
砂埃が舞い、前が見えない。
さすがにダメージを与えられただろうか。神殿が崩れなかったのは予想外だったけれど、また爆発でも起こせば今度は崩れるだろうから、それも考慮して戦わなきゃならない。
荒い息を整える。こんなことでくたばる相手じゃない。早く、早く出て来い。
しばらく剣を構えつつその場から動かずにいた。けれど、天照に何の動きもない。動きもないから、どこにいるのかもわから――
「小癪な奴じゃの」
呟きが、やけに大きく聞こえた。
反射的に伏せる。俺の上で空気が斬れる音がした。こいつ、いつの間に後ろへ――
「あぁ、もうここも崩れそうじゃの」
距離を取って天照の動きを警戒する。けれど天照は、その場から動こうとせず呟いて。
「邪魔じゃのぅ」
手を振りかざし、光が――爆発した。
「――ッ」
咄嗟に作った炎の障壁で防ぐ。けれど、爆発の衝撃が大きすぎる。俺のそれとは比べ物にならない。
吹っ飛ばされて壁に背中を打ち付けた。損傷こそないけれど、背中の痛みに顔をしかめる。
「……崩れるのぅ」
敵である俺のことなど気にもしないように、天照は落ちてくる砂埃を見てそう言った。ナメられてるなぁ。
神殿は音を立てて崩れはじめた。ナメられてることに腹は立つけど、ここから逃げないとマズい。
天照の動向に警戒しつつ出口へ向か――おうとして。
「面倒じゃのぅ」
小さな天照の呟きが、微かに聞こえた。
さっきよりも大きな規模の爆発が、俺を、神殿を、飲み込んだ。
目を覚ますと、草の上にいた。目の前には砂埃で霞んで見える神殿――の跡。跡形もなく吹き飛んだんだろう、今では形跡さえも僅かにしか残っていない。
俺は短い間ではあったけど気を失っていたみたいだ。起き上がって周囲を見渡す。そういえば天叢雲剣が手元に無い。どこに――
「どこであろうと構わんじゃろう」
背後、それもすぐ近くから。
天照の、声がした。
「お主にもう一つ、聞きたいことがあるんじゃ」
天照の腕が俺の身体に絡みつき、後ろから抱きしめられる。俺は突然の奇行に驚いたが、ぎゅっと力を込められ、あの日、結さんがナルコレプシーで倒れて、俺が背負って行ったときのことを思い出した。
天照の「聞きたいこと」というのは、俺には予想しえなかったことだった。
「ここで、我と――共に暮らす気はないか?」
「――は?」
思わずそんな声が出た。は?
「じゃ、じゃからっ……我と一緒に……ここで、暮ら……さないかって、えぇい恥ずかしいから何度も言わせるなっ!」
ぎゅっと天照の腕に力が込められる。え、なに、この人ツンデレだったの?
「……我は……もう」
力を抜かないまま、天照は言った。小さく、悲しみに満ちた声で。
「戦いたく、ない……」
天照の声が、震えが、呼吸が、泣いていることを理解させる。けれど、俺にはなんで天照が泣いているのか理解できない。
「自分のすべきことなんてどうでもいい。我は、我は――お主と、一緒に居たい」
心の底から想いを吐き出していることがわかる。それくらい、天照の声は悲しげで、辛そうだった。
けれど。
「……ごめん」
天照の手をそっと握って、ゆっくり、優しく俺の身体から引き離す。
「俺は――約束したんだ。結さんと、明と」
天照は抵抗することもなく、俺から離れた。
「だから、ここで立ち止まるわけにはいかない」
くるりと後ろを向いて、天照と向き合う。天照は涙を流し、小さく嗚咽をあげている。
「……そう、か」
天照は涙を拭って小さく頷く。
「わかった。……いや、それでいいんじゃ。そうでなければ我の役割も意味が無くなるからの」
再びふわりと宙に浮き、ゆっくり目を閉じる。
しばらく、俺も天照も動かずにいた。やがて天照はゆっくり目を開いた。
「すまなんだの。変なことを言って」
「…………」
謝られても、なんて返せばいいかわからない。
ふふ、と笑ってから、天照は言った。
「彼女のところへは、我と戦わねば辿りつけぬ。行くと約束しておるのじゃろう? お主の役割、果たすがよい」
「お前、今の流れだと明らかに戦いにくくなるだろうが」
「……ふっ」
こ、こいつ……さっきのは全部演技か……。
「さっきのは本心じゃよ、一応な」
天照は笑って、けれどさっき戦っていたときとはまるで違う、明るい笑顔でそう言った。なんかもうそれすらも疑わしいんだけど。
「はぁ……」
溜息を一つつく。さっき天照は自分と戦わなければ結さんの元へは辿りつけないと確かに言った。つまり、天照を倒せば、結さんのところへ行けるんだ。
だったら、迷うことはない。
「……悪いな」
「何を謝ることがあるか。それが進むべき道なんじゃよ」
第二幕の幕開けだ。
とは言ったものの。
とりあえず天叢雲剣を探さないと勝ち目はない。
放たれる光弾を避けつつ天叢雲剣を探す。
「……ッ」
ダメージが残ってるんだろう、さっきより身体が重く感じる。上手く動けずに頬を光弾が掠った。
早く天叢雲剣を探さないと。
手に力を集中させ、一気に炎として放出する。天照は炎を切り裂いて突進してくる。
「げっ……」
接近戦じゃまず勝ち目は無い。天叢雲剣が手元に無いこの状況を早く打破しないと。
後方に大きく跳んで天照の斬撃をかわす。
「ほっ」
間の抜けた声と共に、天照は勢いそのまま俺の方に掌を向けてレーザーを放つ。
ちょっと試してみようか。
身体を捻り紙一重のところでそれをかわし、炎を天照に向かって放つ。真っ直ぐ天照に向かう炎はそれまで通り天照に切り裂かれ――天照の後ろで収束し、爆発させる。
「――ッ」
天照が初めて顔をしかめた。
反撃の隙を与えまいとすぐに炎を放――ったところで、天照がうっすら笑みを浮かべているのに気がついた。
――罠だったか。マズ――
「甘いな」
天照の放った光の弾が炎とぶつかり爆発し、俺は体勢を崩してしまう。
その隙を見逃すはずもなく、天照は光の剣を構え、俺へ向かって来る。俺は反射的に目を伏せ、死を覚悟した。
その刹那。
《最高の結果以外を招かない覚悟をして!》
明の声が、聞こえた気がした。
《早く来て、伊澄くん》
結さんの声が、聞こえた気がした。
――そうだ。俺は、約束したんだ。誓ったんだ。願ったんだ。
こんなところで、俺は。
死ねない。
目を開くと、視界に映るのはゆらゆらとゆらめく赤色と、目の前で止まる光の刃だった。
一瞬で理解ができた。けれど、信じられなかった。
「……んで、そこまで」
――なに、興味本位じゃよ。
なに呑気に返事なんてしてんだよ。
こいつは俺を庇って、刺されたんだ。結さんの想いのままに、俺の力になって、俺を守ってくれた。
「火雷神ッ!」
人の形を模したような炎の身体。
なんとなくだけど、火雷神だってすぐにわかった。
――探し人に、会うんじゃぞ。
蝋燭の炎が息を吹きかけられて消えるように、火雷神の身体は一瞬で消えうせた。
同時に、ピシリと音を立てて、依り代が2つに割れ、俺の指から外れて落ちた。
……なんでだよ、精神だけ宿ってんじゃねぇのかよ。なんで消えちまうんだよ。
「火雷神は本体ごと依り代に宿っていたんじゃよ」
呆然と立ち尽くしている俺の頭の中を見透かした天照がそう言った。
「なんで……俺に嘘を……? なんで……」
俺の疑問を、刃のように鋭く、清水のように澄んだ声で。
「それが与えられた役割じゃからじゃ」
天照が、切り裂いた。
役割。
火雷神が全うし、天照が投げ捨てたがったもの。
そして、結さんの想いが、それを与えた。
「……さぁ」
ふわりと宙に浮いた天照は、手を振りかざしながら言った。
「終わらせよう、この物語を」
その手に、どこからか飛んできた銀色の何かが――天叢雲剣が、握られる。
「なっ……!?」
「天叢雲剣はスサノオノミコトが手に入れた後、我に献上されるものじゃからの」
……最悪だ。
火雷神の炎と神力による肉体強化も失われ。
天叢雲剣までもが、天照の手に渡った。
絶望的な状況なのは、考えるまでもない。
――それでも。
「……負けられない」
喧嘩すらやったことなんてない。構えも隙だらけで、さっきみたいに戦うこともできないだろう。
けど、逃げるわけにはいかない。約束した。誓った。願った。だから。
「……見上げたものじゃの。お主の心は」
天照の姿が消える。火雷神の力がなければ、見ることすら――
「――ッ」
腹が、熱くなるのがわかった。
いつのまにか、天照が目の前にいて、それで。
天叢雲剣が、俺の身体を貫いていた。
終わってしまうのか。ここで。こんなところで。今度こそ。
天叢雲剣が、俺の腹から引き抜かれる。同時に倒れた俺を、天照がふわりと抱きしめた。
「……お疲れさま」
優しい声で、天照は言った。
「……よく頑張ったね……ありがとう」
なんだよそれ、意味わかんねぇ。
視界が、霞みがかかるようにぼやけてくる。本当に、今度こそ――終わりなのか。
――チリ。
いつか聞いた音と共に、脳裏に映像が浮かぶ。3人の子供が同じ部屋に居る。
あの時――この世界に来る前――に見た映像が、はっきりと見える。
人は死ぬ前に走馬灯を見るというけど、それなんだろう。
一人は幼い俺。一人は幼い、まだ普通の男の子だった明。そしてもう一人は――――結さん。
俺は――会っていたのか。あぁ、そりゃ悲しいよな。小さい頃とはいえ、一緒に遊んだのに、自分のことを覚えてなかったら。結さんに保健室で名前を聞いたとき、結さんはどれだけ悲しかっただろうか。明が怒るのもわかる。
最悪だ。こんなところで思い出すなんて。
死んだらもう、謝ることもできない。
一緒に居ることも。その肩を支えることも。一緒に笑うことも。一緒に泣くことも。
――――俺は、まだ死にたくない。結さんを残して死ぬなんて、できない。
けれど、天照の温もりを感じながら、俺は。
今度こそ、死んだ。