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tira mi su  作者: tetori
3/8

「……っはぁっ」

 立ち止まり、大きく息を吐く。呼吸が荒い。落ち着けないと。

 日は落ちている。もうどれくらい探していただろうか。挫けそうにもなるけれど、挫ける訳にはいかないんだ。

 前を見る。どこにいるのだろう。どこに行ってしまったんだろう。

 右手に持つ花を見る。それだけで、力が湧いてきた。

 諦めるなんてできない。あなたの願いは、絶対に叶える。

 だから、待ってて。

「結さん…!」

 俺はまた、走りだした。



 数時間前。明から電話があった。

 今日は学校があるが、明は欠席だった。保健室に結さんを探しに行ったけど、結さんも欠席らしい。

 暇だったからいつかみたいに屋上で暇を潰していた。

 微睡んでいたら携帯が鳴って、耳に入ったのは明の叫ぶような声。


『結ちゃんがいなくなった!』


 唐突すぎて、耳を疑った。なんだって?

『だから、結ちゃんがいなくなったの!』

 明の泣きそうな声が耳に刺さる。俺の頭はその言葉を理解する。理解すると同時に急に押し寄せる、不安。

「いつから!?」

『朝から!家にもいないし、携帯も部屋に起きっぱなしだった!』

「…俺も今行く、待ってろ!」

『結ちゃんの家に来て、できるだけ早く!』

「わかった!」

 通話を切って携帯をしまう。なんで、どうして。疑問が俺の脳内を支配する。疑問が不安を増加させる。

 結さんが一人でいたら。もし、倒れたら。もし――死んだら。

「嫌だ」

 思わず口にしてしまった。でも、紛れもない本心だ。

 どうか。どうか――

「……無事でいてくれ…」



 学校を飛び出して、ひたすら走ってきた。早退の手続きなんざ面倒くさくて無視したから、後で何か言われるだろう。けど、今はそんなことはどうでもいい。

 学校から結さんの家まではそう遠くはない。とはいえ、ずっと走ってくれば息が上がりもする。

「明!」

 家の前に明を見つけ、その名を叫ぶ。振り向いた明は――泣いていた。

「い…ずみっ」

 大きな瞳から大粒の涙が零れる。

 俺は明の傍まで行き、荒い呼吸を整える。

「…一昨日、結ちゃんから電話があった」

 涙声で明は話を切り出す。その声に、俺も泣きそうになった。

「…いつ?」

「夜に。家に帰ってから」

 明は涙を拭いて玄関のドアを開き、俺もそれに続く。

「すごく、嬉しそうだった。伊澄のことを、笑って話してた」

 靴を脱いで、家に上がる。

「また一緒に遊びたい、って言ってた」

「…うん」

 俺も、また結さんと遊びたい。喋りたい。笑顔を、見たい。

「…なのに、居なくなった」

 二階に上がって、結さんの部屋に入る。

 結さんの匂いが残る部屋。机の上には、携帯電話。

「…お願い、伊澄」

 部屋の真ん中で、明が振り向く。

「結ちゃんを、探して」

 明は言った。大きな瞳を潤ませて、今にも泣きそうな表情で。

「…断るわけ、ないだろ」

 俺の答えを聞くと、明は目を閉じて頷く。その拍子にまた、涙が零れる。

「結さんを独りになんてしない。居なくなったなら探して、絶対に見つけ出す」

「…うん」

 明は涙を拭いてまた頷いた。

 部屋を見渡しても、なんの手がかりもない。

「…心当たりは?」

 俺が問うと、明は首を横に振る。

「…ない。なんにも」

 アテもなく探すしかないのか。

 ベッドは整えられてる。毛布をめくってはみたが、なにもない。

「…これは――」

 ふと、机の上に置かれた花が目に入った。

 薄い青色の、小さな5枚の花びらの――

「――勿忘草(わすれなぐさ)…」

 結さんは、何を思ってこれを置いたのか。

 その花の、意味は。


「私を、忘れないで《for get me not》」


 忘れるわけ、ないのに。

 俺は走り出した。いてもたってもいられなかったから。

「待って伊澄!」

 玄関を出たところで、二階から明の声が飛んできた。

「これ!」

 窓から身を乗り出した明は、そう言って何かを投げる。受け取って確認すると、鍵だった。

「この家の鍵!なにかあったら戻ってきて!」

「…わかった!」

 鍵をポケットにしまい、今度こそ走り出す。

 花を握り締めて。

 結さんを、自分を忘れて欲しくないと願った少女を、探すために。

 結さんが自分から消えたのか、何かに巻き込まれたかはわからない。この花がメッセージなのかどうかさえ、定かではないのだから。

 俺には結さんが自ら居なくなったとは思えない。でも、それ以上に。


 俺はあなたと一緒にいたい。


 だから、探しに行く。それ以上の理由なんて、必要ない。



 辺りは既に真っ暗になった。

 明から連絡はない。もちろん、結さんからも。

 結さんは、今何をしているだろうか。

 元気にしているだろうか。

 怪我をしてないだろうか。

 辛い思いをしてないだろうか。

 携帯を見ると、21時を過ぎていた。あれからずっと探し続けていた俺の身体は悲鳴を上げ、これ以上は動けそうもない。

 けれど。

「…結さん」

 彼女の笑顔を思い浮かべる。口数は少なくて、静かだけど。

 それでも、太陽みたいに笑ってくれた。心からの、純粋な笑顔で。

 その笑顔は、俺を暖かな気持ちにしてくれるから。

 俺を癒してくれるから。

 また、見たい。

 また、一緒に喋りたい。

 また、一緒に買い物に行きたい。

 このままもう会えないなんて、絶対に嫌だ。

「…動け、俺の身体ッ」

 無理をしてでも、今は結さんを見つけ出さなきゃならない。

 一歩、また一歩と道を歩く。倒れそうになりながらも、倒れることなく。

 その時だった。

 ズボンのポケットの中で、携帯が震える。

 明かと思って取り出してみると、そこに表示されていたのは――


 「着信 杵島 結」


 目を疑った。

 結さんの携帯から、俺の携帯に電話がかかっている。

 通話ボタンを押し、携帯を耳に当てる。

「――――――――」

 聞こえてくるのは結さんの声――ではなく、ノイズ。

 ――いや。

「――ヶ―」

 微かに。

「た――――ケ――」

 聞こえる。結さんの、声。

「結さん!?」

 叫んで呼びかけても、ノイズは酷くなる一方だった。でも、確かに聞こえる。


 助けて、という結さんの声。


「結さん、どこにいるの!?」

「――エに―――」

 ノイズは大きくなる一方。結さんの声がどんどん小さくなっていく。

「――イ―にい―」

 聞き取り辛いけど、答えてくれてる。耳を澄まし、声を聞き取る。

「イエ――にイ――」

 家に、いるのか。

「待ってて結さん、今行くから!」

 そう叫ぶと、ノイズの音が一瞬消え。


「早く来て、伊澄くん」


 ブッ。ツー、ツー。

 はっきりと、聞こえた。結さんの、声。

 通話が切られた携帯を、ポケットにしまう。

 待ってて、結さん。なにがあろうと。

 絶対に、あなたを助ける。

「――イ―にい―」

 聞き取り辛いけど、答えてくれてる。耳を澄まし、声を聞き取る。

「イエ――にイ――」

 家に、いるのか。

「待ってて結さん、今行くから!」

 そう叫ぶと、ノイズの音が一瞬消え。


「早く来て、伊澄くん」


 ブッ。ツー、ツー。

 はっきりと、聞こえた。結さんの、声。

 通話が切られた携帯を、ポケットにしまう。

 待ってて、結さん。なにがあろうと。

 絶対に、あなたを助ける。



 結さんの家についたのは、21時半を過ぎた頃だった。

 明に渡された鍵で玄関のドアを開ける。

「結さん!?」

 呼びかけても、反応がない。

 でも、確かに結さんだった。履歴も残ってる。

 なのに、結さんはどこにもいない。

「…結さん」

 目から涙が溢れてくる。


 結さんの家についたのは、21時半を過ぎた頃だった。

 明に渡された鍵で玄関のドアを開ける。

「結さん!?」

 呼びかけても、反応がない。

 でも、確かに結さんだった。履歴も残ってる。

 なのに、結さんはどこにもいない。

「…結さん」

 目から涙が溢れてくる。

「…諦めない。絶対に」

 涙を拭いて、前を向く。ここで泣いてたって、どうにもならない。

 結さんは、俺に助けてと言ってくれた。結さんは、望んでいるんだ。

 だったら。

「こんなところで、立ち止まれない」

 叶えると決めた。結さんの、願いを。

 明と約束した。結さんを、独りにしないと。

 立ち止まったら、結さんにも、明にも顔向けできない。

 何より、俺は。

 結さんが、好きだから。



 結さんの部屋にも、結さんはいなかった。

 結さんの携帯も、机の上に置いてあったままだった。

 数時間前に明といた時となにも変わっていない。

「結さん…」

 誰も居ない部屋で、呼びかける。

 居ないとわかっていても。

 居ると信じていたいから。

 結さんを信じたいから。

「もっと、一緒に居たいよ…」

 へたりと座り込んでしまう。疲労が、限界に達していた。

「…一緒に遊んで、買い物して、ご飯食べて」

 考えることもできなくなってきた。意識が、遠のいていくのがわかる。

「店長の服着て、明とゲームして」

 それでも、不思議と喋っていた。

「みんなで、喋って。もっと…もっと、一緒に笑っていたい」

 誰もいない部屋で。

「だから、さ…」

 俺は、遂に。

「帰って、きて」

 意識を失った。



 目が覚めた。

 あぁ、俺はいつの間に寝てしまったんだろう。はやく、結さんを探しに行――

 ――あれ、なんで俺もう立ってるんだ?

 目の前に大きな鏡がある。鏡に映った俺は、確かに俺だった。いや、当然なんだけど。

 けれど、決定的に違う。なぜだ?なぜ俺は。


 王子様のような衣装に身を包んでいるんだ?


 辺りを見渡すと、そこはお城の、それも王室のような雰囲気だった。 

 俺は確かに、結さんの部屋で寝てしまった筈なのに、なんでこんなところにいるんだ?

 ていうかまずここはどこだ?

 不意に、コンコン、という音がする。

「失礼します」

 そう言った後に入ってきたのは、老婆だった。

「まぁ、よく似合っておりますよ、王子」

 老婆は近付いてくるなりそう言った。俺は王子なのか?

「おかしな人ですこと。さぁ、もうすぐパーティーが始まりますよ。こちらへ」

「あ、あぁ」

 ここがどこだかわからない。状況も呑めないが、流されてみれば状況が読めるかもしれない。

 俺は老婆に続いて部屋を出た。



 社交ダンスなんてもう嫌だ。

 部屋を出てから1時間、ひたすらに何人もの貴婦人と踊らされた。こういうダンスの経験なんてなかったが、不思議と身体が勝手に動いた。踊れなかったらいい笑い者だったなぁ。

 まぁそのお陰で、なんとなくとはいえ状況が呑み込めてきた。

 まず、ここは日本じゃない。いまさらだけど、それは確か。周りにいる人たちはほとんど金髪だし、日本にはこんな「王宮」みたいなのは現存しない。

 次に、これは夢じゃない。食べたもの、飲んだもの、疲労感、すべてが現実のそれだからだ。夢の中だからそう思う、ということもあるかもしれないが、夢ではないと思う。

 あとは、この場にいる全員が富豪かそれに近い人物であることと、俺はどうやら王子でこのパーティーの主催者であることくらいだ。

 …大して状況を飲み込めてない気がする。

「踊ってくださりませんか?」

 一人の貴婦人が俺にそう問うた。さっきからずっとそうしてきたように、断らずに誘いに乗る。

 この人はさっきの人より踊るのがうまいな。ステップを踏むタイミングも測りやすい。

「お上手ですね」

「あら、王子様ほどではないですよ」

 余裕が生まれてきたのか、自然と会話をすることができるようになった。意外と向いているのかもしれないな…そんなことないか。

 しばらく踊っていると、異変を感じた。

 会場がざわつきはじめた。ざわつきは瞬く間に広まり、演奏者も手を止める。

「どうしたのでしょう?」

 踊るのをやめ、貴婦人が不思議そうに呟いた。

 周りは皆同じ方向を向いている。俺もそっちの方を向くと、人の間からちらりと見えた。

 女性は真っ直ぐこっちに歩いて来ている。

 パーティーの参加者達は左右に散り、道を作る。俺はようやく女性の姿を見ることが出来た。

 歩み寄って来たのは、黒髪の、思わず絶句してしまうほど美しい女性だった。真っ白なドレスに身を包んで、ガラスの靴を履いた――


「…結、さん」


 俺は思わずその名を口にした。なんで、結さんが。

 結さんはドレスのスカートの裾をつまんでお辞儀をする。俺も反射的にお辞儀をする。

「よろしければ」

 結さんはそう言って手を差し出す。声も、確かに結さんだった。あの時「早く来て」と言った結さんの、声。

「…喜んで」

 俺はその手を取り、演奏者に演奏を再開するように指示をする。

 演奏が再開され、俺と結さんは踊り始める。

 周りの参加者は踊らず、俺達を見ているだけ。

「…結さん?」

 ステップを踏みながら話しかける。

 結さんは答えず、踊り続ける。

 しばらく無言のまま踊る。結さんにしか見えない。他人とは、思えない。

「…本当に、来てくれたんだ」

 結さんが口を開いた。口調はどことなく嬉しそうだったが、表情は今までに見たことのある表情ではなく、嬉しさと悲しさが混ざったような表情。

 これは、夢なのだろうか。

「行くって言ったでしょ」

「…約束、守ってくれてありがとう」

 都合のいい、夢なのだろうか。

 曲が終わる。なぜだか演奏者は次の曲を演奏しようとはしなかった。

 俺と結さんは踊るのを止め、真っ直ぐに向き合う。

 都合のいい――夢なんだろうか。

「伊澄くん」

 結さんが俺の名を呼ぶ。

 そっと頬に手を添えられて。

「…ん」


 結さんの唇が、俺の唇に重ねられた。


 たっぷり数秒、結さんの唇の柔らかさを感じる。

 唇を離して、結さんが少し悪戯そうに笑った。

「これでも、夢だと思う?」

 今、結さん何した?顔が近付いてきて、唇が重なっ――

「…なっ」

 結さんの唐突な行動によってフリーズしていた頭がようやく動き。

「ななななっ…なにをっ」

 動揺を隠すことなんて浮かばないくらい動揺してしまう。

「…伊澄くん、結構面白い」

 これは絶対都合のいい夢だ。うん。じゃなかったら結さんがこんなこと――

「…伊澄くん」

 結さんが真剣な声音で言った。その、瞬間。

 ピシリ、とガラスの靴と世界に亀裂が入り。


 次の瞬間には、世界が崩壊した。


 世界だけじゃない。人々も、一緒に。

「伊澄くん」

 結さんと俺だけが、崩壊した世界に取り残される。

「一つ、お願い」

 ガラスの靴の亀裂が、大きくなる。

「私を――」

 結さんは、泣きそうな顔で。

「私を、助けて」

 俺に、助けを求めた。

 鐘が鳴る。灰かぶり(シンデレラ)の魔法が解ける、十二時の鐘。

 同時に、ガラスの靴が割れ。

 結さんも、消えた。

「結さん!」

 ガラスの靴の残骸だけが目の前に残る。

 また、消えてしまった。また、助けを求めて。

 唇に残る感触はやけにリアルで、やっぱり夢だとは思えない。

 だから。

「…待ってて」

 願いを叶えるために。

 約束を果たすために。

「絶対に助けるから」

 再び、そう誓った。


 世界は、完全に消滅した。


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