双子の兄貴になりすまして、兄貴の彼女の超絶美少女とデートすることになった
「お待たせ輝喜くん! ごめんね結構待った?」
「あ、いや、俺も今来たとこだよ」
本当は一時間前に来てたけど。
「ふふ、じゃ、早速行こ! 今日行くお店はね、抹茶モンブランが超美味しいって評判なんだよ!」
「そ、そうなんだ」
そう言うなり椎菜さんは、俺の左腕にコアラみたいに抱きついてきた。
ふおおおおおお!?!?
――道行く男達から、嫉妬と羨望が入り混じった刺すような視線を感じる。
そりゃ椎菜さんみたいな超絶美少女とこんな密着して歩いてたら、そうなるよな。
……まあ、椎菜さんは俺の兄貴の彼女なんだけどね。
双子の兄である輝喜と俺は、顔こそ同じものの、中身のスペックは異世界転生モノのチート主人公と、名もなきゴブリン並みの差がある。
兄貴は文武両道なうえ、コミュ力もカンストしている超モテ男。
片や俺は、テストは常に赤点ギリギリ、スポーツテストは全種目赤点、コミュ力はマイナス256という超スーパーウルトラ非モテ男。
一卵性だから遺伝子は同じはずなのに、どうしてここまで残酷な差がついたのか?
神を呪わずにはいられない。
――中でも特に兄貴を恨んだのは、俺が片想いをしている椎菜美雪さんと付き合い出したことだ。
椎菜さんは超スーパーウルトラ非モテ男である俺に、唯一優しく話し掛けてくれる女神のような女性。
容姿も女神そのものである椎菜さんに心を陥落させられるのに、然程時間は掛からなかった。
とはいえ、俺と椎菜さんのスペックも、異世界転生モノのメインヒロインと、名もなきスライム並みに差があるのも事実。
俺はこの想いを誰にも言えず、ただ毎日を悶々と過ごしていた。
――そんなある日だった。
「ああ、朔夜、そういや俺、美雪と付き合うことになったから」
「…………は?」
兄貴が何でもないことのように、そう報告してきたのは。
確かに兄貴であれば、椎菜さんの彼氏として相応しいかもしれない。
だがそんな理屈では到底納得出来ない俺は、その夜、「じ、自分、これ以上水を吸うのは無理っす……!!」と悲鳴が聞こえるくらい枕を濡らした。
――ところが昨夜、そんな俺をそれ以上の衝撃が襲うことになる。
「なあ朔夜、明日美雪と初デートなんだけどさ、お前、俺になりすまして代わりに行ってくんない?」
「………………は?」
この時ばかりは兄貴が言ってることを理解するのに、体感一時間くらい掛かった。
兄貴に? なりすまして? 代わりに? 椎菜さんと俺が? デート???
「……な、何でだよ」
「いやさあ、それがついさっき、うっかり足挫いちまってさ。これじゃ一歩も家から出れねえなって。でもドタキャンするのも美雪に悪いじゃん? だから朔夜に代わりに行ってもらおっかなって思ってさ」
「何だよそれッ!!?」
椎菜さんは兄貴の彼女だろ!!?
それなのに、そんな犬の散歩代わってよみたいな軽い言い方で……!!
「まあ、お前がどうしても嫌だって言うなら、無理にとは言わないけどよ」
「――!!」
そ、それは……。
「……た、確かに、ドタキャンするのは椎菜さんに悪いな。しょ、しょうがないから、俺が代わりに行くよ」
「よっし、じゃあ決まりな。よろしく頼むぜ弟よ。精々美雪を楽しませてやってくれ」
「……やれるだけのことはやるよ」
――こうして悪魔の囁きに屈してしまった俺は、兄貴になりすまして椎菜さんとのデートに挑むことになったのである。
「ん~、美味ひぃ~! これなら何ダースでも食べられそう!」
「ハハ、美雪は甘いもの好きなんだな」
「うん! 甘いものと可愛いものはだーい好きだよ!」
「……!」
話題のシャレオツカフェで抹茶モンブランを無邪気に頬張る椎菜さんは、控えめに言って天使だった。
むしろ天使長だった。
あれ? 天使長ってミカエルだっけ? ガブリエルだっけ?
サキエル……は第3使徒か(錯乱)。
「はい、輝喜くん、あーん」
「っ!?」
不意に椎菜さんが抹茶モンブランをフォークですくい、それを俺の口元に寄せてきた。
えーーーー!?!?!?!?
こ、これは、あの伝説のリア充限定イベント――『あーん』では!!?
「ほれほれ~、私の抹茶モンブランが食べられないっていうのかい? ん~?」
「――!」
何でそんな、「俺の酒が飲めないっていうのか?」っていう、厄介な上司みたいな感じなの!?
……くっ、可愛いじゃねえか!(可愛いのかよ)
「あ、あ~ん」
「ふふ、どう? 美味しいでしょ?」
「あ、ああ」
いやそれよりもこれ、今更だけど間接キッッッスじゃね!?!?
ノルウェーだったら税金取られるやつじゃね!?!?(取られません)
……俺は今日、死ぬのかな?
「今日は一日付き合ってくれてありがとね、輝喜くん!」
「あ、うん、別にいいよ。……俺も楽しかったし」
「ふふ、優しいね、輝喜くんは」
最早定位置となった俺の左腕にしがみついている椎菜さんは、デートの帰り道、人気のない裏道を歩きながらそう言った。
確かに服屋やらアクセサリーショップやらを椎菜さんに一日中連れ回されて、ただでさえインドア派な俺は若干人に酔ったものの、それ以上の多幸感が全身を包んでいた。
好きな人とのデートの、何と楽しいことか……!
……まあ、好きじゃない人とデートした経験はないので、何とも言えないところだが。
「……ねえ、輝喜くん」
「え?」
その時だった。
急に椎菜さんが立ち止まり、頬を染めながら真剣な表情を向けてきた。
――こ、この流れは、まさか……!!
「……ん」
「――!!」
案の定椎菜さんは、目をつぶってねだるように唇を突き出してきた。
かかか、間接じゃない方のキッッッスキターーー!!!!
そ、そそそそそそうだよな。
今の俺と椎菜さんは、恋人同士なんだから、キスくらいするよな。
こんなチャンス、逃せば二度とない――!
――俺は震える手で、椎菜さんの肩に両手を置いた。
あれ程恋焦がれた椎菜さんの顔が、こんなに近くに――!
うわあ、椎菜さんまつ毛滅茶苦茶長え……!
それに唇もぷるっぷる……!
うおおおお、するぞぉ!
今から俺は、この唇にキスを、するぞぉ……!!
「……早く、輝喜くん」
「――!!」
――その瞬間、俺の中で何かが崩れた。
「ゴ、ゴメン!! 俺、今日は帰るッ!!」
「えっ!? て、輝喜くん!?」
俺は逃げ出すように、その場から走り去った。
「……ハァ」
あれからどれくらい経ったのだろうか。
辺りはすっかり陽が落ち、夜の帳が下りている。
俺は家の近所にある小さな公園のブランコに一人で座り、ただただ地面をぼんやりと眺めていた。
「やっぱりここだったか」
「――!」
あまりにも聞き慣れた声が降ってきたので顔を上げると、そこには兄貴が気だるそうに立っていた。
だが何故だろう? どことなく違和感がある……。
「美雪から電話があってさ、お前が急に帰ったから心配してたぞ。お前昔から、嫌なことがあるといっつもそのブランコに一人で座ってたもんな。だからきっと、いるならここだと思ったよ」
「……兄貴」
兄貴は俺の隣のブランコに、ひょいと腰を下ろした。
「…………俺、椎菜さんのことが前から好きだったんだ」
「……そうか」
とてもじゃないが兄貴の方は見れないので、兄貴が今どんな表情をしているのかは俺にはわからない。
「だから今日は一日舞い上がってたんだけどさ。……お陰でわかっちまったよ、椎菜さんが好きなのは、あくまで兄貴なんだって」
「……」
そうだよな。
所詮これが現実なんだよ。
「俺はもう椎菜さんのことは諦めるからさ、椎菜さんのことは、兄貴が責任を持って幸せに――」
「そんなこと言わないで、朔夜くん!」
「――!!!」
こ、この声は――!!?
思わず声のした方に目線を向けると、そこには涙目の椎菜さんが立っていた。
な、何でここに椎菜さんがッ!!?
俺は慌てて立ち上がった。
マ、マズいマズいマズい――!
こんな兄貴と二人でいるところを見られたら、俺が兄貴になりすましてたってバレちまうッ!
……ん? 待てよ?
今椎菜さんは、俺のことを兄貴の名前じゃなくて、俺の名前で呼ばなかったか?
「……ごめんね、私と輝喜くんが付き合ってるっていうのは、嘘なの」
「っ!!?」
えーーーー!?!?!?!?
椎菜さんの口から出たあまりの一言に、俺は愕然とした。
う、嘘!?!?!?
「俺が美雪から相談されたんだよ。あるやつが好きなんだけど、恥ずかしくて自分の気持ちを伝えられないってな。だから俺がこうして、一芝居打ったって訳だ」
「……兄貴」
そうだ、さっき兄貴に抱いた違和感の答えに、今気付いた。
兄貴は足を挫いて一歩も家から出れないって言ってたのに、こうしてここまで普通に歩いてきたのはどう考えてもおかしい。
つまり俺は、一から十まで、全部兄貴の手のひらで踊らされてたってことか……。
で、でも、てことは、椎菜さんが好きなあるやつって……!?
「ホントはもっと早く、私が勇気を出して気持ちを伝えてればよかったんだよね。――私が好きなのは、朔夜くんです」
「――!!!」
……椎菜さん。
「私は甘いものや可愛いものよりも、ずっとずーっと朔夜くんのことが好きです」
大粒の涙を頬に伝わせながら、はにかむような笑顔で、椎菜さんはそう言った。
「ほら、朔夜、女の子にここまで言わせたんだ。今度はお前が男を見せる番じゃないのか?」
「兄貴」
……ああ、そうだよな。
まったく、俺はとんだ大バカ野郎だな。
「……俺も、椎菜さんのことが好きです」
「――! 朔夜くん」
「アニメよりも漫画よりも、この世の森羅万象どんなものよりも椎菜さんのことが好きだよ! 未来永劫、俺の一番はずっとずーっと椎菜さんだけだよッ!」
「あ、あふう……」
感極まってしまったのか、椎菜さんは両手で顔を押さえながら嗚咽した。
くうううう!! 可愛いぜッ!!!
「ふっ、やれやれ、お安くないな。じゃ、俺はお邪魔みたいだから、クールに去るぜ。朔夜はちゃんと美雪のことを、家まで送っていってやれよ」
「っ! あ、兄貴」
「て、輝喜くん、本当にありがとね!」
「なーに、可愛い弟と未来の妹のためだ。これくらい、お安い御用さ」
「か、可愛い――!?」
「い、妹――!?」
恥ずかし気もなくそんなクサい捨て台詞を残し、兄貴は颯爽と帰っていった。
俺と椎菜さんはそんな兄貴の背中を、ただ呆然と眺めていた。
お読みいただきありがとうございました。
普段は本作と同じ世界観の、以下のラブコメを連載しております。
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