起
どこかで見たような事件が元ネタですけど、もちろんフィクションです。
「なんで?」
黒光りする手錠を見ながらつぶやいた
後藤は理解していない
自分が致命的な間違いをしていたことに
◆◆◆
「なんだこれは!どうしてエリア展開がこんなに遅れてるんだ!?」
社長室に乗り込んできた男の罵声が飛んだ
「基地局を設置するだけだろ?その程度もできないのか」
B2Cで市場を拡大した新興財閥が鳴り物入りでスタートした通信会社。当主がぶち上げた計画は、大幅に狂っていた。
「基地局は、ただ作ってもダメ。障害物や回り込みの影響を考慮しての設置場所決定。
「ビルが決まっても、電源や配線の設置や屋上の強度。そこまで考えてから、ビルのオーナーと交渉。
「でも、最適なビルはすでに他のアンテナが建っている。」
という事情をひたすら呑み込んで、社長はだまって頭を下げていた。何を言っても聞かないのはわかっているのだ。
「もういい。お前らじゃ話にならん。オレがなんとかする。」
「それは、いったいどのような策でしょうか?」
「ヘッドハンティングだよ。経験者のエンジニアを見つけるさ。それまでは、とにかく遅れを何とかしろ。」
好き放題言って、当主は社長室を後にした。
◆◆◆
「即戦力のネットワークエンジニアねぇ。そんな便利な人間が、ほいほい見つかるかね。」
転職エージェントはあきれていた。
「個人の技量だけで動かせる業界じゃないよ。それに金だけで転ぶエンジニアなんて使えるわけないだろうが。まぁ、募集だけは出しとくか。」
◆◆◆
「はい。この会社のように、ベンチャー要素があるほうが、私の実力を発揮できると考えております。」
転職エージェントは、「なんかダメそうだな」と思いつつ、面接していた。
「後藤さん、具体的な業務経験を聞いてもよろしいですか?」
「はい。通信機器の配線から、設置、設定、テストなど、一通り実施してきました」
「その技術は、あなたの知識や経験によるものですか?」
「もちろんです。わからなかったことも、社内の技術文書で勉強してましたので、どのような案件もこなせます。」
『ん?いま、なんていった?技術文書?これはうまく誘導すれば...』
「なるほど。それは頼もしい。でも技術文書読まずには、作業できないなんてことは無いですよね?」
『まずい、自分じゃできないと思われてるのか?確かにそれはそうだけど、なんとか誤魔化さないと。』
「そんなことはありませんよ。自分なりに理解して、自分の技術にしてますから大丈夫です。」
「「はっはっはっは」」
◆◆◆
「さて、こまった。」
後藤は頭を抱えていた。転職が決まったのはいいが、このままだとボロがでる。
業務経験にウソはないが、それは手順書を見ながら、やってきただけなのだ。
「やっぱ、手順書を持ち出すしかないか。」
ある意味、決断だけは早かった。