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第40話 運命の兆し

 立ち飲み屋に時田翠子の姿があった。会社帰りにぶらりと立ち寄ったような濃紺のパンツスーツを着用。L字型のカウンターの端で注文したタコのぶつ切りを添え物のワカメと一緒に口に入れる。数回の咀嚼でコップ酒を掴み、喉を鳴らして飲んだ。

 軽く息を吐いた。やおらスーツのポケットを弄り、取り出したスマートフォンを耳に当てた。

「どうかした?」

「また単独行動のようです」

 真横にいた半透明の仙石竜司が渋い顔で答える。

「仕事に打ち込む姿勢は悪くないと思うけど」

 通話の姿勢を崩さず、翠子は正面を向いて言った。小ぶりの鶏の唐揚げを摘まみ、小鉢に盛られたマヨネーズに付けて一口にした。

「仕事熱心というよりは憂さ晴らしの面が強い点が問題で……前に尾行した時は弱い浮遊霊を宝刀で切り刻んでいました。どうにか出来ないもんですかねぇ」

「あれを見られたら、なにを言っても無駄だよね。私も隠せている気がしないし。まあ、実家から呼び出しがないのは救いよね。マグロの漬けを一つ」

 カウンター内で機敏に動く青年に人差し指を立てる。爽やかな笑顔で、畏まりました、と返ってきた。

 竜司は神妙な顔で言った。

「姉御、聞いてもいいですか」

「スリーサイズは教えないわよ」

 その一言に竜司の表情が緩んだ。

「気になりますが諦めます……玉藻前の戦いで見せた、あの巨大な姿が姉御の真の力なんですよね」

「あれは賭けみたいなものだから実力とは言えないよ」

 青年が差し出した皿をカウンター越しに受け取った。とろみのあるマグロの山に刻まれた緑の紫蘇がよく映える。

「意識してあの状態にはなれないってことですか」

「そういうことになるわね。手や脚は自分の意志で動かせるけど、頭を明け渡したら無理だよね」

 ガクンと頭を下げた。竜司は悲鳴に近い声を上げて後ろに跳んだ。壁に半身が減り込んだ状態でガタガタと震える。

 横目で見た翠子は呆れたような顔になってマグロの漬けを食べ始めた。


 会計を済ませた翠子は竜司と並んで歩く。

さかなが美味しいとお酒が進むよね~」

 火照った頬に手で風を送る。瞬く間に安らいだ顔となり、長々と息を吐いた。

「羨ましいです」

「玉藻の世界では飲めたからね~」

「そうなんですよ。だから、こう余計に飲みたい欲求が高まるというか」

 竜司は頭をガリガリと掻いた。直後に慌ててリーゼントを整える。

「なにしてんのよ、あんたは~」

「いや~、本当に何してるんでしょう」

 旧知の仲のような状態でマンションに帰り着く。

「今日は良い酔い方をしたね~」

 翠子は上機嫌で自宅のドアノブを掴んだ。抵抗なく回った。

「赤ちゃん、いるのかな」

 そっと扉を開けて中を覗き込む。一点の光も見えない。樹林に覆われた洞窟を想像させる。

 翠子は頭を下げる。赤い鼻緒の草履が端に揃えて置いてあった。

「……いるみたいなんだけど」

 後ろ手に扉を閉めた。素早くパンプスを脱ぐと通路の壁に手を当てて奥へと向かう。竜司は後から付いてきた。

 部屋に入るなり、明かりを点けた。竜司の踏み出した一歩が浮き上がる。

「おわああ!」

「亡霊のくせに驚き過ぎだって」

 翠子はやんわりと言った。

 明かりに照らされた時田赤子は着物姿で身じろぎもしない。蒼白の肌で無表情を通し、どこか虚ろな目で正座をしていた。

 翠子は中腰になって赤子と向き合う。

「赤ちゃん、どうしたの? なにか嫌なことでもあった? 悩み事ならお姉ちゃんが聞いてあげるよ」

 赤子は顔を上げた。動きを止めずに後ろへと倒れる。その状態でゴロゴロと横に転がって押し入れに当たった。

 背中を向けた状態でぽつりと口にする。

「過酷な運命が動き始めたのです」

「私にも関係することだったりして」

 突如として激しい歯軋りが起こる。翠子と竜司は目を合わせて共に苦笑した。

「影女が伝えてきたのです。明日の土曜日に姉妹が揃って生家に帰ることになったのです」

「やっぱり、そうなるのか~」

「運命なのです」

 横になったまま、赤子は脱力した。傾いた艶やかなおかっぱ頭は、どうして? と問い掛けているようだった。

 竜司は二人を交互に見て無理矢理に口角を上げた。

「悪い知らせと決まった訳じゃないですよね。ほら、この間の勝利を祝って、大規模な宴会とかも考えられますよ」

「それはないかな~。あればいいけど、それはどうかな~」

 翠子は微妙な笑みとなった。

 半回転した赤子は竜司を睨む。目は暗黒に染まってゆく。

「呑気なトサカ頭が腹立たしいのです。急激に膨らむ殺意で、なます切りにしたくなるのです」

 胸元に差していた短刀の柄を掴み、激しく上下に動かした。連動した頭が不自然に揺れる。

「い、いやいやいや、なんで俺が! お、おち、落ち着けって!」

「あんたもね」

 肩の力が抜けたように翠子は朗らかに笑った。

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