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第1話 スカートの中身

 チュンとすずめが愛らしく鳴いた。

 答えるかのようにチュンチュンと返す。

 チュンチュンチュンと会話が始まる。

 チュンチュンチュンチュンと何やら強い口調となった。

 チュチュチュチュチュチュチュンと激しく応戦した。

 羽ばたきが混ざる。加勢するかのように鳴き声が集まって大乱闘が始まった。


「うるさい!」


 時田翠子ときたみどりこはカーテンを開け放って怒鳴る。雀は一斉に飛び立ち、家々の間を突き抜けるようにして飛んでいった。

 翠子は恨みがましい目付きで部屋に引っ込む。パジャマの中に手を入れてヘソの辺りを掻いた。

 生欠伸を噛み殺してベッドにいく。二度寝の体勢には入らず、上部の棚に置いてあるスマートフォンを手に取った。画面には午前六時五分と表示された。薄い唇はへの字となり、不機嫌を隠そうともしない。

 ペタペタとフローリングの床を歩いて冷蔵庫に向かう。開けると何も入っていなかった。身を屈めて見ると奥の方にビールの缶と一口サイズのチーズが打ち捨てられたように転がっていた。

 翠子は扉を乱暴に閉めた。冷凍庫に目をやる。開けると、ずらりと容器が出迎えた。中には小分けされたご飯が収まっている。手を突っ込んで漁ってみたが他には何もなかった。

 溜息が漏れた。

「コンビニかな」

 パジャマを脱いでベッドに投げ捨てる。白い半袖シャツと花柄のスカートを合わせた。出掛ける前に両手で髪の状態を確かめる。ショートなので寝癖が相当に酷い。クローゼットからカンカン帽を取り出して頭に被った。

 素足でスニーカーを履くとワンルームマンションを後にした。


 一戸建てに挟まれた道をゆく。方々から雀の鳴き声が聞こえてきた。間に挟まるようにまな板で何かを刻むような音がする。

「味噌汁かな」

 流れてくる匂いを鼻で味わう。腹が遠慮がちに鳴った。

 丁字路ていじろを右に曲がる。伸びをしながら歩いていると後ろから足音が迫ってきた。早朝のジョギングを想像させる。日曜日もあって翠子が気にすることはなかった。

 急に立ち止まったように音が聞こえなくなった。微かな息遣いが耳に届き、さすがの翠子も目を剥いて振り返る。

 爽やかな笑みを浮かべた青年が直立不動の姿で立っていた。黒を基調にしたスウェットスーツを着ている。

「お姉さん、おはようございます!」

 よく通る声だった。直後に視線を下げて翠子の胸をじっと見る。

「……お嬢ちゃん、おはよう」

「どこを見て判断した?」

「胸だけど」

「正直者は救われるかもしれないが変態は別枠だ!」

 翠子は一歩、退がる。やや猫背となった。

「じゃあ、どう呼べばいいんだ?」

「私は二十一歳なのよ」

「それならお姉さんで。取り敢えず、パンツ見せて」

 青年は人懐っこい笑みを見せた。

 翠子は鼻筋に皺を寄せる。

「取り敢えずビールみたいに言うんじゃない! 何なんだおまえは」

「僕はお姉さんのパンツが猛烈に見たい好青年だよ。だからパンツを見せて」

「初対面だよね? 自称好青年の変態に私が従う必要がある? ないよね? あるはずがないよね?」

 光を全く通さない暗黒の目で翠子が静かに言い募る。

 青年は爽やかな笑顔で対抗した。

「お姉さんに一目惚れしました。だからパンツを見せてください」

「私の後ろからきて一目惚れ? 顔を見ていないことはわかっているのよ。その、控え目な胸は()と……知らなかったわけだし……」

 気恥ずかしい思いが表情に出た。

 青年は朗らかな顔で自分の額をぴしゃりと叩いた。

「一目惚れは後付けの設定で嘘です。お姉さんの貧乳に萎えそうになりましたが、パンツ見たさで頑張りました」

「はっきり言うな! それと頑張るな、萎えろ! 一生、地に伏していろ!」

 青年は鼻で笑った。蔑むような目となり、顎を摩る。

「困ったお姉さんだ。僕は純粋にパンツを見たいだけなんだよ。人間は生きる為に食事をするけど、食べる物はバラバラだよね。僕にとってパンツを見る行為は食事と同じなんだ。もちろん好みがあって自分のパンツでは満たされない。僕はお姉さんのパンツが見たいんだ。わかるよね?」

「あなたが変態だということはわかったわ。私がパンツを見せないといけない理由は全くわからないけどね」

「……そうだよ。お姉さんは世の中にたくさんいるんだ。取り敢えずビールみたいに言ったけど、居酒屋はどこにでもある訳で。もう少しランクを上げてファミレスをターゲットにしてもいいかもな」

 青年は納得して踵を返す。走り出そうとした瞬間、翠子が肩を掴んで強引に振り向かせた。

「引っ掛かる言い方をするじゃない。もう少し私の顔をよく見てもいいんじゃないのかなー」

「お姉さんは丸顔だよね。眉毛は普通。二重で大きな目をしているね。鼻筋は通っているけどあまり高くない。唇は薄くてサイズは人並み。トータルで見ると、まあまあかな」

「その感想はどうなのかなぁー。トータルはもう少し高くてもいいと個人的には思うんだけどぉ~。まさか、顔以外のところがマイナスになっている、なんてことはないよねー」

 砕けた口調で翠子は凄む。敵意に満ちた目を青年に向けた。

「じゃあ、もう少し見てみるよ」

 青年の全身が緩んで呆けたような顔になる。右目が不自然に揺れ動き、猛烈な速さの果てにキュポンと音を立てた。眼球が奥に引っ込んで代わりに緑色の小さな人のようなものが姿を現した。糸目を見開いて翠子の顔を眺める。

「髪が傷んでいる。肌荒れが酷い。口がアルコール臭い。足からも少し臭う」

 指摘が終わると奥に引っ込み、キュポンと眼球を嵌め直した。

 青年はにこにこと笑う。

 翠子は怒りの形相で震えていた。

「好きなことを言ってくれるわね」

「あと、もう一つ。Aカップ(・・・・)の貧乳」

 口にした瞬間、青年はロケットスタートを決めた。疾風となって道の砂塵を撒き散らす。

「正直者は地獄を見ろ!」

 翠子が小鼻を膨らませて猛然と追い掛ける。大気を切り裂く腕の振りで見る間に距離を縮めていく。

 危機感を覚えたのか。青年は顔だけを後ろに向けた。

「お姉さん、黒の紐パンなんだね」

 その一言が決め手となった。翠子は慌ててスカートを押さえた。

 青年は即座に脇道に飛び込んで姿が見えなくなった。

「あの緑野郎が……」

 落ちていたカンカン帽を拾って頭に被せる。

 翠子は追撃を諦めて別の道に入った。目に付いた空き缶は上から踏み付けた。プレスされた上に減り込んだ。

「ビールも買い足すかなぁ」

 翠子は喉を摩りながら薄青い空を眺めた。

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