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GLAY GHOST 〜赫焉のジャンゴ  作者: DDDog
ただ一欠片の人間性のために
7/31

巫女カグヤ

「……で」

「……はい」

「おまえさん、何者だ?」


 ジャンゴはトニーが連れてきた女性を応接室のソファに座らせて尋ねた。

 今の彼女は先程まで着ていた黒いワンピースではなく、ジャンゴとベルが用意した服に着替えていた。

 さすがに、ずっと血塗れの服を着ているのは気持ちが悪いだろうし、見ていて不安にもなるので、やむを得ず着替えさせた。

 やむを得ず、というのはこの家には女子がベルしかいないので、大人の女性に着せるような服がなかった、ということだ。

 なので今彼女が着ているのはジャンゴの白シャツと、ベルの黒いライダースジャケットだ。ちなみにそのジャケットは、ベルが通販で買ったはいいものの、サイズをちゃんと確認しなかったため彼女にはやや大きめでぶかぶかだったので棚の奥にしまい込んでいたものだ。

 最初はシャツもベルの服を用意したのだが、サイズが……特に胸の部分が合わなかったので、仕方なくジャンゴのシャツを借りることになった。

 そのときのベルの微妙な顔はなんとも悲しいものであった。


「わたしは……カグヤ、と言います。ツヅキ・カグヤ、です」

「……」

「……」

「他に言うことは?」

「え……あ、その……」


 話したくないのか、それとも単に口下手なだけなのか。

 カグヤと名乗る女性はそのまま押し黙ってしまった。

 なんとも接しづらいヤツだ。

 ジャンゴは苛立ちを抑えるためにため息をついて、別な質問を考えた。


「そうさな。とりあえず、なにがあったのか教えてくれるか?」

「なにがあったか、ですか」

「ああ。ここに来るまでの経緯はトニーから聞いてはいるが、その前のことはなにもわからないしな。こちらとしては、いちおう話ぐらいは聞いておきたいね」

「それは……」


 ちなみに、トニーは今部屋でぐったりと寝込んでいる。

 先程思いっきり吐き出して事務所の床を汚し、そのまま死んだように倒れ込んでしまった。

 いったい、取引先でなにをしてきたのか……散々人にだらしない生活をするなと口酸っぱく注意していたくせに、あの醜態を晒すとは。

 あの生真面目という言葉を親にして生まれてきたようなトニーらしくもない失態に、呆れて咎める気も嘲る気にもなれない。

 まったく、もう初老に差し掛かっているのだから、健康には気をつかって欲しいものだ……などとジャンゴが言っても、説得力はないのだが。


「その……少し、追われているだけです。わたしを捕まえようと」

「理由は?」

「それは……ごめんなさい。話せません」


 その返事は、正直言って予想はしていた。

 どうにも、彼女にはやはり面倒そうな事情がありそうだ。

 それこそ、人には言えないような。

 人を殺して逃げたか……とは考えたが、そんなことが出来そうには見えない。

 このおどおどとした態度と、辛気臭い雰囲気の女が、そんなことができるだろうか。まぁ人は見かけによらないだろうが……。

 人を殺すぐらいはできても、わざわざその罪の意識から逃げ回るようなタイプには見えなかった。

 それに、彼女を追っていた連中は警察などの公安組織ではなかったというし、そもそもカタギの人間というわけでもないようだった。

 するとかなり厄介な境遇だろうな……というのはなんとなく察しがついた。

 ジャンゴはさらに追求する。


「その追われていた理由ってのは、おまえが連中に()()だとかなんとか呼ばれていたのと関係があるのかい?」

「……」


 巫女。

 その単語に、わずかにカグヤはぴくりと身を震わせ、表情を硬くした。

 その反応からしてやはり、無関係ではないのだろう。

 わかりやすいな、とジャンゴは思った。正直者で嘘はつけない、少なくとも苦手なタイプなのだろう。

 トニーから聞いたのだが、彼女を守っている最中に追っ手のひとりが彼女のことを「巫女」と呼称していたという。

 それが意味することはなんなのか。

 巫女というだけあって、なにか特別な才能や力でも有しているのだろうか。

 雰囲気だけ見れば……。

 いや、確かに大人しく、貞淑で品のある佇まいはしているが、儚げなその雰囲気は巫女というよりはどちらかというと未亡人という方がしっくりと来るものだった。

 最初に着ていた黒いカジュアルドレスも、彼女の辛気臭さのせいで喪服のようだった。


「……はい。わたしは確かに彼らから、巫女と呼ばれています」カグヤは小さくこくんとうなずいた。「けど……その理由はわたしもよくわかっていないんです。あの人たちは……わたしのことをなぜかそう呼んで……〈教団〉のもとへ連れていくと、そう、言っていました」

「〈教団〉?」


 ようやく、有益な情報が得られた。

 といっても、まだ不明な点は多いが……それでも、なにに追われているのかを聞き出せたのは大きい。

 〈教団〉。

 初めて聞く名前だった。隠遁中の身のためあまり世俗に詳しくはないジャンゴだが、それが単なる宗教団体を示すような単語ではないのは察しがつく。

 銃で武装したゴロツキを寄こすということは、カルト集団の過激派のテロ組織かなにかだろうか。だが、どうにもそれだけではないような気もする。

 なんにせよ……


「……なんにせよ。おまえさんはどうにもきなくさい。話は聞くだけ……ほとんど喋っちゃくれなかったが……聞いたが、ひとつわかるのは、首を突っ込めばろくなことがなさそうだってことだ。正直言って、関わるのはごめんだ」

「……はい」

「悪く思いなさんな。助けようにもおれは休業中の身でな。それに見たところ、用心棒を雇おうにもそんな金はこれっぽっちもなさそうだ。おれはタダ働きって言葉が嫌いでね。残念ながら、手は貸せないね」

「ええ……わかっています」


 特に驚いた様子はなかった。

 当然のことだ……そういった諦観が見て取れた。

 意外にもあっさりとした反応に、むしろジャンゴの方が驚いてしまう。顔には出さなかったが。


「こんなわたしのためにお時間取らせてしまってすみません。こんなことを言うのは失礼だとは思いますけど……むしろ、その方が助かります。すぐに、出ていきますので」

「……行く宛てはあるのか?」


 ジャンゴは、自分でもなぜそんなことを尋ねたのか不思議だった。

 おそらく、彼女があまりにも薄幸そうで、空疎な影を身にまとっていたからだろう。

 魔性の女というヤツか……ジャンゴは内心で、彼女にどこか魅入られている自分がいることに気がついた。

 計算づくか、それとも素なのか。むろん後者だろうが、恐ろしい女性だな、と思わざるを得ない。

 彼女が巫女という神秘的なイメージのある存在だと言うのも、あながち間違っていないのかもしれない……ジャンゴはそう思った。


「……行きたいところは、あります」

「そうか。なら、いいんだが」


 よくはない。

 そこへ行って、彼女はどうするつもりだ? 追われている身で、その行きたい場所とやらへ行って、それから彼女はなにをしようというのか。

 しかし、ジャンゴはそれ以上のお節介を焼くつもりはなかった。これ以上深入りすれば、引き返せなくなるだろう……そういう予感があった。

 彼女の方もそう考えている。だから、こうやって距離を置き、他人を関わらせないように壁を作っている。

 ならば、ここで終わりだ。

 ジャンゴは、今の自分の生活を捨てるつもりはなかった。それに、かつての()()()()()()()に戻る気もなかった。少なくとも、今のところは。

 彼女がこの先どうなろうと、自分にはなにひとつ関係はなく、気に病むようなことはない。後悔などすることもない。


「ごめんなさい。お世話になりました。それでは……」


 ジャンゴのそういった考えを反応と態度で察したのか、カグヤはソファから立ち上がって後腐れなく出て行こうとした。


「いや、待て」

「……なんでしょうか?」


 応接室のドアノブに手をかけようとしたカグヤを、ジャンゴは引き止めた。

 これだけは確かめておきたい。カグヤは、()()ではない。そうでなくても、あの容姿……身に纏う雰囲気……なんらかの関連はあるかもしれない。


「最後にひとつだけ聞きたい。おまえは──」

「やーっと掃除終わったよー」


 ジャンゴが尋ねようとしたそのとき、ばたーん! と豪快にドアを開けて、間が悪く応接室にベルが入ってきた。


「あー、疲れた。これからはジャンゴもトニーもお酒はとうぶん禁止ね。片付けるのすっごい大変だったし。こんなことがまたあったらサイアクだもん」


 疲れたー、とそう言う割にはにこにこしていて、特に怒っている様子もなかった。

 ベルにはトニーの粗相……吐瀉物の後片付けを頼んでいた。

 仮にも女の子であるベルにそんなことを任せるのは気が引けたが、吐いた本人はしばらく起きる気配はなかったし、カグヤから事情を聞くのはジャンゴしかいなかったため、仕方なくベルがまさに()()()()を引き受けることになった。

 もちろんベルはひどく嫌がっていたが、後でお詫びに喫茶店のパフェを奢ると言ったらコロッと落ちた。

 ……正直単純すぎて、心配になる。

 素直なのはいいことだが……どうにも、悪い気がしてしょうがない。


「あ、あの、ええと」

「お姉さん、もうジャンゴと話終わったの? じゃあなにか食べる? 私のお菓子、好きなの食べていいよ」

「え……あ、ありがとうございます……」

「じゃ、今から取ってくるから! すぐ戻るよ!」


 人懐っこく天真爛漫な少女の様子にカグヤは呆気に取られ、ぽかんとしていた。

「待っててねー」とベルは再び応接室を出て、ぱたぱたと慌ただしく去っていった。

 カグヤはちらりと困り顔でジャンゴの方を見た。

 ジャンゴは肩を竦めて返す。「ああいう子なんだ。少しだけ付き合ってやってくれ」と。

 すぐにベルは戻ってきた。彼女はカグヤに選りすぐりのお菓子を押し付ける。


「はいどーぞ」

「ええと、いただきますね」

「ベル」

「え?」

「私の名前。あなたは?」

「カグヤ、です」

「カグヤってあのお姫様の? へー、すごい。わたしかぐや姫って初めて見た。だからこんなに綺麗なんだ」

「そ、そんなことは。それに、わたしはお話に出てくるかぐや姫ではありませんし。ただそういう名前だってだけで……」


 否定するカグヤだったが、ベルはそれを聞いていたのかいないのか、「わぁーすごーい」と無邪気にはしゃいでいる。そんな彼女の様子に圧倒され、カグヤはどうしていいかわからず、おろおろとしていた。


「その辺にしておけ、ベル」


 さすがに不憫に思い、見ていられなかったのでジャンゴはベルを止めた。


「彼女はもう行くそうだ。あまり引き止めなさんな」

「え? 行くって……どうして? なんで?」


 まったく理解ができないと言った具合に、ベルは不思議そうに小首を傾げる。


「追われてるんでしょ? ならここにいればいいじゃん。ここなら、安全だよ」


 ベルはさも当然のことのように言った。

 しかしながら、カグヤの方はうつむき加減で首をふるふると振ってそれを断ろうとした。


「気遣っていただいてありがとうございます、ベルさん。でも、わたしは行かないと。これ以上留まっていたら、みなさんに迷惑がかかりますから。助けてくれたことには、とても感謝しています。トニーさんにも、あとで礼を伝えておいてください」


 カグヤはそう告げて、部屋を出ようとしたが、ベルがさっと前に立ち塞がってそれを阻んだ。


「あ、あの」

「ダメ。行かせない」

「服なら、お返ししますから。だから……」

「そういうことじゃないよ。ただここにいて欲しいの」

「でも……」

「おいベル」

「ジャンゴもなんとか言ってよ。行っちゃダメだって」

「……あのな、ベル。ここは福祉団体じゃあないし、おれは慈善事業はやってないんだ。金もないやつを助ける気はない」

「それでも、少しの間でいいからさ」

「どうしてそこまで……」

「だって放っておけないよ。カグヤ、すごく寂しそうだもん。辛くて、苦しそうだもん」

「……」


 その指摘に、カグヤは少しだけ表情を変えた。それがどんな感情を伴うものなのかはわからなかったが、少なくとも、今すぐに出ていくのは思い留まったようだった。


「お願いジャンゴ。この人を、ここにいさせてあげて」


 ……結局。

 カグヤはベルに押し切られ、もう少しだけこの事務所に残ることになった。

 ジャンゴも仕方なくベルのわがままを聞き入れ、彼女を匿うことを許可した。

 だが、やはりいつまでもいさせるつもりはなかった。

 カグヤの方も、そのつもりだった。


「……優しい子ですね」


 来客用の部屋……ずっと使っていなかったが、几帳面なトニーのおかげですぐに使える分には常に綺麗にされていた……をとりあえずあてがわれ、その部屋のベッドにちょこんと行儀よく腰掛けるカグヤが、ぽつりと言った。


「悪いな。あいつの強引なわがままに付き合わせて」

「いえ。……実は。すごく、嬉しかったです」

「……」

「あんなふうに……あそこまで誰かに気遣ってもらったのは久しぶりでしたから」


 カグヤは微かな笑みを浮かべていた。

 ジャンゴは部屋のドアにもたれかかり、タバコを吸いながらぼんやりとカグヤのことを眺める。

 彼はカグヤに食事を運んできていた。トニーがまだ動けずにいるので、食事はジャンゴが用意した。適当な有り合わせの食材で作ったサンドイッチは、彼女が食べる分には少し大きめだった。

 しかし、お腹を空かせていたのか彼女は特に嫌な顔も無理をする様子もなくそのサンドイッチをたいらげてくれた。

「ご馳走様でした。美味しかったです」。

 そう言ってくれたが、本当に美味しかったのか……お世辞にしろ、そう言って貰えるのはやはり悪い気はしなかった。


「トニーさんも、あの子も。見ず知らずのわたしを助けてくれて。本当に……嬉しかった。すごくいいひとたちです」

「ああ。そういうヤツらなんだ。世話を焼くのが好きなんだよ。おれみたいな冷徹なゴロツキと違ってな」

「……あなたも」カグヤはジャンゴのことを上目遣いで見つめてきた。「優しいひとですよ」

「……どこが。おれはおまえさんを邪魔者扱いして追い払おうとしてるのに、どうしてそう思える」

「あなたはずっと、わたしから目を背けないでいてくれましたから」


 カグヤは、そう静かに答えた。


「本当にわたしがあなたにとって邪魔者なら……そんな風に穏やかで、優しい目で見てはくれないと思いますから」

「……買い被るな」ジャンゴは携帯灰皿に吸殻を放り込んだ。「そんなんじゃない」


 ジャンゴは彼女の指摘に背くようにぷいと顔を背けた。それから、ジャンゴはまるで彼女を振り切るように踵を返して、ドアノブを引いた。


「おれは卑怯で薄情な……ただの臆病者だ」


 そう一言吐き捨てるように告げて彼はゆっくりとドアを閉める。

 部屋には、カグヤひとりが取り残された。

 彼女はぱたりと倒れるようにベッドに身を投げ出した。

 それから、まだ閉じたドアの先に彼がいると考えて、独り言めいてカグヤはつぶやいた。


「本当に……ありがとうございます。すごく美味しかったですよ、あなたのサンドイッチ」


 そう礼を告げる彼女の目には、涙が浮かんでいた。

 ……その震えた声をドア越しに聞いたジャンゴは、自分を押し殺すように再びタバコを吸い始めた。

 だが、容赦なく湧き上がってくる得体の知れない情動は、いつまで経っても治まることを知らなかった。

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