魔手
「もう一度聞く。この写真の女性はどこへ行った?」
〈方舟〉と呼ばれる積層都市のひとつ、イストラカン。
五つある積層都市の中でこの街は〈方舟〉の中央にあたり、最も最初に作られた積層都市でもある。規模も最も大きく、人口も多い、この世界の首都とも言える街であった。
そのイストラカンの第四層のスラム街、そこに存在する廃墟同然のオフィスビル……つんと鼻をつくような嫌な匂いが充満した薄暗い部屋の中で、若い女性……エイミーは乱暴に鳩尾を蹴られ、蹲り苦しみ喘いでいた。
彼女の隣には、真っ赤な血の水たまり……おびただしい血の量から、どちらかと言えば血の池と言うのが相応しい……が出来上がっていて、むせ返るような悪臭を放っていた。
蹴ったのは、フォックスフレームのサングラスをかけた、痩せぎすな男。彼の周りには、銃を持って武装した男たちが冷たく無感情に女性のことを見下ろしている。彼は黒いコートを羽織っていて、その姿はコウモリめいていた。
「知ら……ない。私はただ、昨日その人と偶然会っただけよ……!」
「ほーほーほー。そうかそうか」
ズドン! と再び痩せぎすの男はエイミーの鳩尾を責めた。
「ぎゃぼ!」と間抜けな悲鳴を上げて、女性は血と涎を無様に口から零した。
男はエイミーの藍色の髪を乱暴に掴み、ぐいと引っ張って体を無理矢理起こさせた。
「おまえが彼女と無関係でないというのは既に聞かされているんだ。おまえも昔、彼女の世話になったんだろ? 素直に口を割った方が身のためだぞ」
「……っ」
「つまらない意地を張るなよ、虫けら。おまえもさっき始末した愛しい愛しい旦那さんみたいに血のシミになりたいか? ん?」
エイミーはさらに髪を引っ張られ、痛みに苦悶の声をあげた。だが、彼女はそれでも反抗心をいささかも失わず、きっと男のことを睨みつける。
男はため息をつき、彼女の顔を思い切り殴りつけた。
鼻が折れ、唇が切れた。エイミーはだらりと体を弛緩させ、男の手からぶら下がるように力を失った。
「あ……ぃは……」
「おまえの旦那もそうだったが……どうしてそう、哀れに逃げ回る臆病者の女ひとりのために命を張れるんだ? まったく気が知れん。利益がある訳でもないのに、裏切り者を庇おうとするなんて。バカなのか?」
「……な……」
「ん? なんですかぁ? よく聞こえませんが?」
「あの人を……悪く……言うな……裏切り者は……そっちの、ほうだ……!」
呻くようにエイミーは言った。殴られてもなお、彼女の目に宿る強い意志の炎は勢いを失っていなかった。
その様に、男は肩を震わせ、やがて声を上げて笑った。
「いやいや、勘違いしなさんなミセス。オレたちは別に、彼女のことを蔑むつもりはない。むしろ、リスペクトしている。なんせ、偉大な教祖様が唯一愛したお方だ。であれば、オレたちにとってもそうだ。彼女はオレたちの巫女となる女性なんだからな」
「……き、さ……まらぁ……!」
「手荒な扱いをするつもりはないんだ。彼女を迎え入れ、我らが教祖のもとに献上し、そして……オレたちは更なる進歩……いや進化を遂げる。巫女サマの素晴らしいお導きでな」
そこで、男の仲間のひとりがそばに近づき、耳打ちをした。「ほう」男はその報告の内容を聞かされ、感嘆の声をあげた。
彼は腕を振るってエイミーのことをゴミを捨てるように無造作に放り投げた。
ばしゃりと音を立てて、エイミーの体はかつて愛した人だったもの……彼が流した血の水たまりに転がった。べっとりとした血が、エイミーの体を真っ赤に汚した。
「いや、悪かったよ。乱暴なことをしてすまなかった。彼女がどこに向かったかわかったんでそこへ行くとするよ。邪魔したな」
「……ま……て」
エイミーは立ち去ろうとする男を止めようと、最後の力を振り絞って、這いつくばって尺取虫のように男を追う。
男はそれを愉快そうに見つめてじっと待ち、彼女が自分の足元に縋りついたところで彼はエイミーの首根っこを掴んで持ち上げた。
「見上げた忠誠心だ。ガッツがあるな。さっきは意気地無しと言ったが訂正しよう。そのお詫びと言ってはなんだが」
男はにやりと笑って、五指に力を込めて彼女の首の肌を突き破り、そしてそのまま肉をばりばりと引き裂き、首の骨を直に掴んだ。
そして、
「たっぷり苦しんで死ね」
ご。
鈍い音を立てて、彼女の首の骨を直接折り、力任せにねじ切って頭から下を泣き別れにした。
ずるり、と力なくエイミーの首から下が落ち、床に倒れた。
男は手に握られたエイミーの生首を見つめた。ボタボタと、大量の血液が足元に滝のように零れる。
男はぶんと思い切り腕を振り上げ、エイミーの生首を床に思い切り叩きつけた。何度も、何度も。彼は繰り返し叩きつけ、床がバキバキとひび割れていく。
そして、血だらけになった生首をごとりと転がし、彼は仲間からソードオフショットガンをひったくるように取り上げると、
BANG! BANG!
二度、12ゲージの散弾を容赦なく生首にぶち込んだ。
エイミーの生首は無原型がわからないほどぐちゃぐちゃの無惨な肉塊と化し、床に真っ赤な血のシミを作った。
「ハァー……スカッとした」
男はショットガンをブレイクオープンさせて、薬室から弾丸を排莢させると、銃身を握って突きつけるように仲間に銃を返した。
「さて。ここにはもう用はない。行くぞ、おまえら」
「ああ。で、どこへ向かうんだクラウス」
「サン・ミゲル。イストラカンの北部にある別の積層都市だ。先に派遣させた駒から彼女をそこで見つけたという報告があった。取り逃したらしいがな。ともかく、俺たちもそこへ行く」
痩せぎすの男こと、クラウスは目を細めて死神のように不気味な笑みを浮かべた。
「さぁ、俺たちの千年王国のために……偉大なる巫女サマをお迎えに上がるとしよう」