光菜ちゃんと倉木くん2
光菜はジッと窓を見つめたままで、こちらに目をよこす気はないようだ。遠くから野球部の掛け声が聞こえる。僕は、手元にある解きかけだった数学の問題集の続きをすることにした。時計のカチコチという音がやけに響いている気がした。光菜は無言で窓の向こう側を見ていた。
どれくらいそうしていたのか。30分は経ったがしたが、結局は簡単な計算問題を1,2問しか解いていないから、実際はそんなに経っていないかもしれない。
するりとこちらに目線を戻した光菜は、胸ぐらいに切りそろえた髪を後ろに払いながら、少し思案するように、彼女の手元にある僕と同じ問題集をトントンと人指し指で2,3度叩いた。
「そー言われると、私にも分からない」
ガタッと少し机が揺れてしまったのは許して欲しいから、そんな怪訝な顔で見ないでほしい。
「分からないのに、死にたいって思うのか」
僕は呆れ半分、心配半分で光菜に聞く。
「だって、死にたいなって思ったんだもん」
彼女は少しムッとしたようで、顔をふいっと背けて、ジトっとした目線をよこす。
「じゃあ、なんでお前生きてんの」
その軽さにいつもの不思議ちゃんモードかと、心配なんかするもんじゃないと馬鹿らしくなった。だから僕も負けじと半目で彼女を見つめて言った。何か言い返してくるかと身構えたのに、彼女は顔を下向きにすると、予想外に無表情な顔を僕に向けた。
「だって、死にたくなかったから」
声が少しだけ低い。何か地雷を踏んでしまったらしいことはわかった。
「さっきと言っていることが違うじゃないか」
心なしか声が細くなった気がする。僕は真っ当な事を言っているはずなのに、何だか真っ当でない気がした。それなのに、突然に顔を真上に上げて、先ほどのは演技かというくらい満面の笑みで、
「そうなんだよ!死にたいけど死にたくないんだよ!」
と、言い放った。僕の先程までの不安を返してほしい。地雷を踏んだかと無駄にヒヤヒヤしたじゃないか。
「意味が分からん」
真面目に答えるのが、とても、とても、バカらしくなった。時間の無駄だったと問題集に目を移す。続きをしようと思ったのだ。
「うん、だから、倉木君が見つけてよ」
「は?」
その意味不明さには流石に驚いて、光菜に目を一気に戻してみたら、それはそれは真剣な表情をしているものだから、
「うん」
と、あっさり答えてしまった僕は悪くないと思うんだ。
「ありがとう」
光菜は静かに微笑むと自分だけ、さっさと問題集の続きに取りかかった。僕はその様子に悪化に取られながらも、しょうがないと問題集にペンを走らせはじめるのだった。
だってそれは、「彼女だから」で全て納得できる程度のものでしかなかったから。




