第4話
私は二年の秋ごろに転校したので、彼と共にマラソン大会に参加したのは一度きりでしかない。大会のことはあまり覚えていない。私に訊ねられても困る。ろくな思い出ではなかったのだろう。
河川敷、変わり映えのしない景色、十キロだか、十五キロだかの平坦な道。・・・記憶にあるのはそんなつまらないことだけだ。
彼はうわさ通りだったかもしれないし、そうでなかったかもしれない。ただ一つ確かなのは、私より圧倒的に速かったということだけだ。マラソン、という言葉を思い浮かべるだけで反吐が出そうなので、もう触れない。
二年生に進級したからといって特に変わりはなかった。あいかわらず私たちは己の世界に没頭していった。
私はシュールリアリズムに自らの可能性を見出し、傾倒した。前衛過ぎたらしく理解者は現れなかった。時代を先駆けすぎて、描いた本人すらも自分の作品を理解できなくなった。秋ごろには筆を折った。
時期が重なってしまったのは皮肉としか言いようがない。転校の理由が美の探求の挫折といった高尚なものであれば、胸を張れただろうに残念だ。もっと陳腐で、卑俗な理由による。
夏頃には幽霊部員になり、部室にではなく図書館にこもるようになったので彼と顔を合わせる機会はめっきり減った。
転校間近となった秋の日に、美術部のみんなが送別会を催してくれたことがあった。会話らしい会話を彼と交わしたのはその日が最後になった。
連絡先を聞こうと、二三日かけて決心していたのだが、気恥ずかしくて美術談義をしただけで別れてしまった。
携帯電話などあの頃はまだお互いに持っていなかった。私の携帯ギライは根が深い。束縛されるのがキライで大学を卒業するまで不所持を貫き通していた。もっとも今では、社会の同調圧力に屈し、不本意ながらも持っている。
彼とは十九の頃に再会した。シズに強制されて見に行ったコンサートの会場で見かけた。声をかけるには遠すぎて、肩を叩きに行くには時間がなさ過ぎた。カップル割引が適用されて、私が浮かれていたせいも多分にあったかもしれない。
三年ぶりに見かけた彼の姿だった。
彼が亡くなったという知らせを受けたのは、それから三か月も経たない内のことだ。
事故死だったという。
夜遅くまで本を読んでいる時だとか、車窓にうつりゆく街並みをぼんやりと見ている時だとか、なにげない瞬間に、彼の顔が彫り物のようにまざまざと思い浮かぶ時がある。十六、十七のきめ細やかな肌をした、色白の優顔が。美術室の薄暗がりで、愚かしくも大真面目に語り合った黄昏時の横顔が。
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シズから催促のメールが来た。筆を置くにはよい頃合いだろう。これ以上書きつづけると感傷的になりすぎる。
シズへの返信はまだ考えていない。彼の面影を探しに同窓会に参加するのも一興かもしれない。旧友たちはしばしば、あいつは不幸な男だったとか、なかなかいい男だったね、とか、各人各様に彼のことを語っている。
私はこう答えるようにしている。極限値だよ、極限値。彼が数字の二で僕が極限値だ。なに言っているか分からないって?悪いことは言わない、高校数学をやり直してきな。
数学をやり直す必要が誰よりもあるのが私だということは秘密だ。




