基本的人権について。
何とか…何とかやってます
「着いたー!商業都市、シャギーン!!」
僕は奇妙な達成感と共に大きく伸びをした。目覚めた丘から歩き始め、ゴブリンとの遭遇を含めると小一時間ほどが経っていた。日はもう完全に沈んでいたが、常夜灯と市場の照明が街を明るく照らしていた。数字にするとそれほどでもないが、短い時間でも歩き慣れない山道と密度の濃い内容が僕たちの体力を根こそぎ奪い去ったのだ。隣で傾いた状態のまま立っている伊織は通常状態にも増して眠そうで、よくここまで歩けたと褒めたくなるぐらいである。
「皆さんはぐれないようにお願いしますねー!まっすぐ行きますよー!」
クリスの呼び声が聞こえたが、僕たちは完全に市場の雰囲気にやられていた。
「ほら夕方からの割引セール!安いよー!」
「お兄さんどこ行くの?長旅ならこれ、買って行きな!」
辺りに飛び交う客寄せの声。路上ライブをするミュージシャンが所々にいるため、騒々しい熱気は瞬間も途切れる様子がない。
「うわぁ!マンドラゴラ売ってますよマンドラゴラ!」
振り返ると、光が興奮した面持ちで黒星に話しかけるのが見えた。
「本当だ…美味しいのかな?」
それって味わうもんなの⁈
黒星の感覚に冷や汗をかきながらも、僕自身、市場の雰囲気を存分に楽しんでいた。
ここシャギーンは高さ3メートルほどの塀に囲まれており、僕たちが降りていったところには大きな門があった。武装した門番にクリスが二言三言言い交わすと、門番達はすんなりと僕たちを中へ通してくれた。そこはシャギーンにおける裏門にあたる入り口だったそうなのだが、それをくぐった途端に溢れ出した音と色彩の波に、僕たちは大いに仰天した。
中心の城まで一直線に伸びた大きな街道の両側に据えられた数々の店の他にも、さらに屋台まで出ている。完全に人でいっぱいになっているのでみんなで固まることはおろか自分一人前に進むのすら難しかった。
それでも人の流れに上手く乗っかり、僕たちは順調に街道を行った。
軽く袖を引っ張られ、僕はそちらに顔を向ける。
「息ができない。引っ張り上げて」
僕は慌てて手を伸ばし、そいつの両脇に手を差し込んで持ち上げる。思った以上に軽かった。
「ぐはー。生き返った…ありがとう」
伊織が十分に深呼吸したのを確認し、僕は伊織がそのまま眠ってしまわないよう素早く降ろす。
「僕の後ろ歩いとけよ。道作ってやるから」
僕も背はそれほど高い方ではなかったけれど、伊織はもっと小柄である。体の大きなトールマンや鎧を着込んだドワーフに潰されでもしたら大ごとだ。
「皆さーん!一旦路地に入りますよー!そこの『ゴリ押しキャビネット』っていう酒場のところで曲がってくださーい!」
クリスの声に各自返事を返す。ゴリ押しキャビネットなる酒場ががどういった企業方針でやっているのかは謎だが、僕たちは取り敢えずクリスの指示に従った。
「はい!ここが、私たちの泊まる宿、『マジギレハンモック』です!」
たしかに語呂はいい感じだけれども!
僕はできればベットで寝たいです。
名前は気になるけれど、暖かそうな雰囲気の可愛らしい木造建築だった。木目調のドアを開けると、テーブルが何台か置いてあり、酒を飲んでいる人々や、食事をとっている者もいた。市場でも思ったけれど、なかなか多種族の街である。小人にサテュロスに、ケンタウロスまでいる。エルフはやはり美形揃いだった。
カウンターに歩み寄ったクリスが受付に名前を告げると、二つの鍵を持って戻ってきた。
「もちろん、部屋は男女で別れていただきますね!申し訳ないのですがお風呂はなしです。夕飯は頂けるので、少しお喋りしてからもう一度下に来ましょう!」
宿屋の3階まで上がった僕たちは、男子部屋に集まることにした。ベット三台と少しのスペースがある、必要最低限の広さだった。それでも掃除はしっかりと行き届いており、清潔感があった。いい宿を見つけたな、クリス。
「それでは第2回!転生会議といきましょうか!」
転生された直後の会話を、第1回と換算するらしい。僕たちは向き合うように、それぞれベッドに腰を下ろした。
「皆さんとりあえず宿を確保するためにまとまって行動してくださったと思うのですが、ここからは各個人の自由となってきます。今回は転生違いもあったことですし、皆さまのご希望には出来るだけ協力いたします」
ここまで親の仇のように語尾にびっくりマークを付けてきたクリスだが、ここでは真剣な表情だった。
「魔王を倒すだ何だの話も、スルーしてくださって結構です。こちらのミスですから」
まじか。なんだか大切な話らしいのに、んな雑な。
でもたしかに、僕たちはこれからここで何をして生きていくのか、考えなければならない。けれども、僕の場合はもう…
「もう決まってるんだよね」
驚いたような視線を感じながら、僕は膝の上で組んだ両手を見つめたまま続ける。
「元々僕はギャンブルしながらスリル満点の世界で生きていきたいと思ってたんだけど、さっきゴブリンたちの喜ぶ姿見て、マジック始めた頃のこと思い出した。新しい芸覚えるたんびに誰かに見せたい!ってワクワクしてさ。それを楽しんでもらうともっとやりたい!ってなって。その繰り返しが本当に楽しくて。またそういうマジックがしたいなぁって思う。それが一つ目の理由」
僕は一息ついた。伊織が眠らずにしっかり聞いてくれていることに気がつき、少し嬉しくなった。
「もう一つの理由は、これはさっきみんなも見てて感じたと思うんだけど、」
「ズバリ、ゴブリンがいい方々だった、てことですカネ、レオ氏?」
その通りだ。僕は頷いてみせる。
「もしかしたら、人間…その、人間型っていうの?ここみたいな文明を築いている奴らの偏見とかそういうので、あいつらみたいなのが殺されているのかもしれないって、思うと…何だか自分に重ねちゃうんだよね、僕、ちょっとした事情があってさ、言いづらいんだけど。もし分かり合える『悪役モンスター』がいるんだったらさ、少しその間違った認識を曲げてやりたいなって。分かりにくいかな、ごめんね?」
僕は長く喋りすぎたことに気がつき、慌てて締めくくる。
「僕はそういうモンスターとこっち側の橋渡し役になりたい。この世界のいろんなところいって、もっとモンスターのこと知りたいんだ。それで、」
僕はすっと息を吸う。
「前世では出来なかった友達を作りたいんです」
…
沈黙。
「台無し感」
「もしかしてレオ氏、ぼっち君だったですか」
「え?どういうこと?友達いなかったの?一人も?」
「えぇとそれは、その事情っていうのが関係してるんでしょう?それで友達が…ね!大変だったんだね…」
「神様はどこの世界でも理不尽なものです…。あぁ神よ。どうかこの哀れな子羊に祝福を…」
「…寝る」
僕は激しく後悔した!つい言ってしまった!何が悲しくて前世友達0だったことを明かさなきゃならんのだ!仲間たちの気まずそうな反応が、さらに心の奥底のふにゃふにゃな部分を抉り取っていく。
黒星がフォローしてくれたのだが、それは違う。たしかに僕の前世は色々と波乱万丈だったが、健全平和1日3食時代は確かにあった。それでも僕は、友達を作れなかった…。ただ単に僕は…。コミュ障だった…。
「えぇ⁈だってレオ君、ふつうに私たちと話してるじゃない!さっきの手品の時だってノリノリで!」
黒星が痛いところを突いてくる。これはあまりバラしたくなかったのだが。
「出だしが良かったんです…」
そう。折角の異世界デビューだ。出だしが本当に肝心だと踏んだ僕は、全身全霊、声を絞り出したのだ。
「ギャンブルワールドって空気でもないよな」
本当に頑張った!僕は常に、物事は一番最初に決まると考えている。最初うまくいけば、最後まで何とかなる。外で一般人相手にマジックを披露する時だって、泣きそうになりながら第一声を発する。それでも、ちゃんと声をかけられた時は最後まで頑張れるのだ。
「最初レオはなんて言ってたんだっけ?」
佐久が隣に座った柊に尋ねる。
「ギャンブルワールドって空気でもないよな」
よく覚えてるな。僕は素直に感服する。だけどちょっと恥ずかしい。
「今思うと確かにギャンブルッて声が裏返ってたな」
やめてぇ!ふにゃふにゃが!僕の心の奥底のふにゃふにゃが!
「はっ!ってことは、レオ氏の友人第一号は、ゴブリー殿ということになりますな!」
「はっ!じゃないよ!気づかないでよ!」
「でもレオ君!友人第一号がゴブリンなんて、『モンスターとこっち側の橋渡し役』としては最も適した人間とも言えなくもないと思うんじゃないかな⁈」
「フォローになってないぃ!せめてもっと自信有り気に言ってえぇ!」
連続でふにゃふにゃを切り刻んで行く同胞たち。彼らの身代わりになろうとさえしていたのか僕は…。
「もう嫌だ!こんな気分でみんなの話なんて聞けないよ!目を輝かせながら宇宙へ旅立つ夢を語った直後にクラスメイトたちは淡々と高校進学のめどについて話し始めた時の悲しい少年のような気分だよ!」
それ実話?と聞いてきた佐久に蹴りを入れる。
(普通に避けられた。)
マジックという得意分野があるというのに…僕の立場はクールな高校生マジシャンではないというのか⁈
なぜ転生初日にここまでメンタルを破壊尽くされなければならない…!僕の人権は異世界に来たことで、法の下に守られなくなってしまったというのか…⁈
こうして僕のみんなの中でのキャラ設定は、
日比谷レオ
高校生にして初めてできた友達はゴブリン
コミュ障
まじっくがとくい
いじめるとちょっと萎む
となった。
次回!主人公死す!
なんて