転生がかなり突然だった件について。
まだ慣れません…
三話まで続くといいのですが
「じゃあお姉さん、僕の目を見てくださいね。
言っとくけど、よそ見は厳禁だよ。」
僕は目の前に立つ若い女性に声をかける。週末らしく着飾った彼女は、連れの男性と笑い合いながら僕の方を見た。
彼女の目は明るい焦げ茶色。そこに浮かぶ微弱な緊張を確認しながら、僕は彼女に問いかける。
「そのお兄さんは彼氏さん?いややっぱりそうか。愛し合ってるみたいで何より。それより、今日は何かの記念日なの?」
顔を赤らめた女性が言葉を発する前に、僕はそれを遮って言う。
「もしかしてお兄さん誕生日?あ、そうなんだ。」
カップルはハッと息を呑む。何も言っていないのに、女性の誕生日であるのを当てられたことに驚いたのだろう。
僕達を囲んで輪になったギャラリーも、興味津々と言った様子でこちらを見ている。僕は大きめのサングラスを指で押し上げ、大きな声でいった。
「こんなもんじゃないよ、どんどん当ててくからね」
僕は言って、手に持ったカードをシャッフルし始める。
「じゃあお姉さんの方の誕生日を当てようかな。そうだな…夏っぽいけど…あ、そうなの?じゃあ6に7に8に…8月の?10に20に…にじゅう…6らへんかな?あ、当たり?」
女性は興奮した様子で彼氏の腕を掴む。観客も驚きの声を上げた。女性はもちろん何も言っていない。
「血液型はなんだろ、Bあたりかな?」
どうやら当たったらしい。これは完全に勘である。
続けて好きな色、携帯のパスワードなどを一通り当てていった後、僕はシャッフルする手を止めた。
「これ以上やるとお姉さんの個人情報がダダ漏れになっちゃうからね、そろそろさっきの続きに移ろうかな」
僕はトランプの束から1枚のカードを取り出し、2人の前に突きつける。
「最初にお姉さんが選んだカード、これでしょ?」
そこで初めて、客の顔に軽い落胆の色が浮かんだ。
女性が申し訳なさそうに言う。
「えーと、違う…かな…?」
僕は驚きを顔に浮かべ、慌ててトランプの束をめくり出す。と、手元が狂い地面にぶちまけてしまった。
「うわっごめんなさい!」
お客は哀れみのこもった笑顔を浮かべながら、散らばったカードを集めてくれる。カップルも、でも凄かったよ、みたいな言葉を言いながら手伝ってくれた。
途中まではかっこよかったのにな、という空気が辺りに流れ、雰囲気はすっかり重くなってしまった。ズレたサングラスも気にせず、わたわたと謝りながらカードを受け取る僕を見兼ねて、離れていってしまう人もいる。
トランプを全て受け取った僕はそれを整えた。
そして、微笑みながらそのカップルの男性に言う。
「1枚足りないみたいなんですが、持ってたりしません?」
彼氏は戸惑いながら首を横に振ったが、察しの良い彼女がこの言葉の真意に気がついた。
期待に目を輝かせ、彼氏のポケットを探り始める。
胸ポケットに入れた手を止め、彼女はゆっくりとそれを引く。
その手には1枚のカード。
彼女は驚きの悲鳴をあげた。
「当たり!」
観客にも一気にざわめきが走る。僕は「偶然ですね」なんて言いながらカードを受け取ると、協力してくれたカップルに礼を言い、聴衆にもあいさつしてショーを締めた。
満足したように引き上げていく人々を見ながら、僕はその場を去る支度をする。置かれた缶箱に小銭を入れていく人もいる。感想を言いに来てくれる人々に笑顔で応対しながら大きめのナップザックに道具を詰める。客足が完全に引いたところで、僕はステージをあとにした。
マジックの披露に使った駅前の広場から離れ数ブロック行ったところ、建物前の花壇に身を下ろした僕は羽織ったコートの懐をまさぐる。取り出した財布を横に置いていく。1つではない。大小、色も様々である。
もちろん自分のものでは無い。中身を抜いていく作業に入ろうとしたところで、突然頭上から声がした。
「その実力、見込みあり!」
驚いて体がすくんだ。近くには誰もいなかったはずだし、誰か近づいてきたら気がつくはずなのに。
いざとなれば荷物を置き捨てていく覚悟で僕は身構えた。顔を上げる。
「…は?」
どんなときも動揺を見せない姿勢はマジシャンの基本であるが、こればかりはさすがにマジック歴12年の僕も驚いた。
そこには人がいた。純白のローブと長い総白髪にも軽く引いたけど、何より度肝を抜かれたのは、その老人が浮いている事だった。
マジシャンの悲しき運命、浮遊のトリックを探してしまう自分。しかしそんな思考もすぐに停止させる。
目の前の老人、まさに、神っぽい。
何だかとても、神っぽいのだ。
年頃思春期の青少年なら当然、期待したことがないなんて事はありえない。
異世界転生。その文字が僕の頭を駆け巡る。
浮遊しているように見せる手段ならいくらでも思いつくが、老人に差す後光、輝くような白髪に白ひげ、何より溢れ出るオーラは、意図的な製作は不可能に思えた。
「お前のことをちょっと前から見ておった。あのマジック、素晴らしい!客の目をそらす工夫はもちろん、目をとられた客の財布を盗みとる技術、ワシじゃなければ見逃していたやもしれん!」
笑っちゃうようなおじいさん言葉。動揺は変わらず続いているけれど、早くもこの状況に順応しようとしている自分に驚いた。
「おじさん…もしかしてじゃないけどさ、神様?」
それはほぼ確信に近かった。
当然、老人も頷く。
「その通り、ワシは全知全能の神じゃよ」
心の奥で期待が膨らんでいく。
「ここじゃなんだ。場所を移動しようか」
神様を照らす後光が一段と強くなった。と思ったら、次の瞬間僕は異世界とは行かないまでも確かに異空間にいた。
4面真っ白な部屋。神様は目の前でクッションのついた木製の椅子に座っている。
電灯がないにもかかわらず、部屋は明るかった。いや、神様自体が光源なのかもしれない。
「本当に早い話になってしまうから申し訳ないんじゃけどね、単刀直入にいうとな、
君を異世界に転生させようと思うんじゃ。」
「やっぱり?」
つい口に出して言ってしまった。神様が意外そうな顔で言う。
「おや、あんまり驚かないんじゃな?なんか寂しいんじゃよ、さっきからみんなリアクションが薄くての…。君の前の子なんか話の途中で寝てたぞ」
すごいなその人。多少フレンドリーすぎではあるが本物の神様っぽいのに。
それにしても、と僕は思う。別に突然の転生話に驚いていないわけじゃないけど、僕は何だかそれを自然な事のように感じていた。
「それでな、君の配属先なんだが…」
職場か。
「騙し合いすかし合いの、ギャンブルワールドに送ろうと思う。君のその読心術、手先の器用さ、頭の回転の早さがあれば、さぞ優秀なギャンブラーになるだろう。君、ギャンブルの経験もあるんだろう?」
僕は堂々と頷く。ギャンブルなら小学生の頃から賭け金ありで身を投じている。もちろんイカサマの腕も磨きながら。神様は満足そうに微笑んだ。
「よし!転生決まりだ!」
何やら書類を取り出すと、神様はそこにペッタンとスタンプを押した。そしてその書類をポイッと放り投げる。書類はヒラヒラと空中を舞ったあと、光の粒になって消えた。あんな雑な扱いでいいのだろうか。
「それじゃあ転生に移るぞ。頑張ってくるんじゃよ」
神様が立ち上がる。そこで、僕はある疑問を抱いた。
「普通転生って、死んでからするもんなんじゃないんですか?」
神様は少しの沈黙の後、にっこり笑った。
嫌な予感がした。
「痛くないよー」
神様がどこからともなく拳銃を取り出し、僕の頭を撃ち抜いた。
なすすべもなく僕は素直に吹っ飛び、死んだのだ。
でも、
ちょっとだけ痛かったな。
三話まで続くといいのですが