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27.褒美の花


 功労者たちに褒美を。

 金剛の恩情により、白珠は瑠璃と二人きりにされていた。場所はたくさんある部屋の一つ。新しい兵たちの寝室として使われる予定の空き部屋だった。すでに藁のベッドが置かれており、寝心地よく整えられている。

 客人用の食卓よりも、居心地の良さがある場所だった。


 銀星は今頃、別の部屋で紅玉の隷従である花の精霊をあてがわれている。蜜薬ではなく生の蜜を吸えることは、瑠璃にとっても銀星にとってもこの上ない褒美となるらしい。それがどれほどの幸福なのか、白珠には分からない。ともあれ、瑠璃と二人きりになれるのならば白珠にとっても幸せなことだった。

 邪魔をされることもなく、気兼ねすることもない。その喜びをただ噛みしめることができるのだから。


 白珠は喜んで金剛の命令に従い、いつも以上に瑠璃をもてなした。

 金剛に仕込まれた蜜食精霊を虜にする技のあれこれを余すことなく試しては、瑠璃を喜ばせ、その欲を刺激する。命を懸けて奮闘し、仲間の勝利に貢献した彼女を言葉なく讃えながら、白珠は喜んで蜜を捧げ続けた。


 それは、いつもとは違う奇妙な空気の漂う触れ合いだった。ただの食事でもなければ、戯れでもない。お互いの無事を確かめ合い、喜び合うための祭りであり、神聖な儀式。

 蜜を吸われる喜びも、満足させる充実感も、白珠にはまるで初めて味わうかのような感動に繋がった。そして白珠にとって何よりも嬉しい事は、瑠璃もまた同じように感動し、今この瞬間に陶酔しているという事実だった。

 許された時間いっぱい互いを求め合い、疲れてくると手を繋いでひたすら幸福感に浸り続ける。愛を確かめ合えることが嬉しくてたまらない。白珠はその幸福を何度も噛みしめていた。そんな白珠に瑠璃は囁いた。


「平和が戻る頃には、あなたもお母さんになっているかもしれないわね」


 微笑みかけ、瑠璃はその手にキスをする。


「あなたの子の成長を眺めて過ごせたらきっと楽しいはずよ。思いがけず、仲間は増えてしまったけれど、金剛たちは約束してくれた。今度こそ、ここを私たちの世界にしましょう。そのために、私はあなたを守ってみせる。だから信じていて」


 ぎゅっと抱きしめられながら、白珠はときめきを感じていた。

 瑠璃の吐息、瑠璃の鼓動、瑠璃の温もり。それらが白珠にとっては生きる源となる。蜜をどれだけ吸われた後でも、じわじわと回復していくのが実感できるほどだ。そのくらい、白珠にとっての瑠璃は生きるための希望そのものだった。


 それから程なくして、時間は来てしまった。


 名残を惜しみながら白珠は瑠璃と手を繋ぎ、共に部屋を出ていく。真っすぐ向かうのは金剛の元だった。

 彼女はいつも過ごしている蜜薬の保存庫にいた。花の精霊で出来た人形に囲まれながら、身体を休めている。訪れてみれば、傍には紅玉がおり、白珠たちの訪れを見るとすんなりと立ち去った。


「じゃあ、俺はそろそろ狩りに行くとしよう。いいかい、金剛。何度も言うが、翡翠の命を奪うまでは油断するなよ。君はこの場所を守り、不要な外出は避けてくれ。間違っても、胡蜂どもの視界に入らないように」

「分かっているわ。そう言うあなたこそ、奴らの安っぽい罠に掛からないでね」

「勿論だとも」


 笑い飛ばすようにそう言ってから、紅玉は白珠と瑠璃に目を向けた。

 不意に瑠璃の頭に軽く手を置くと、目を細めて呟いた。


「褒美の味はどうだったかな? だが、次にまたいつ奴らがやって来るかは分からない。後悔しないためには、ただの食事では物足りないだろう。必要ならば、俺の捕まえた月花の雄を貸してやるから気軽に相談するといい」


 そして瑠璃の背を軽く押して立ち去っていった。

 横で聞いていた白珠は、やや遅れて彼の言っていた意味を理解して赤くなった。もじもじとしていると、金剛の鋭い眼差しが二人に向いた。


「こっちへ」


 命じられるままに瑠璃が歩みだし、白珠も慌ててついて行った。

 繋いだ手が汗ばみ、蜜の甘い香りが漏れる。そのことを密かに気にしながら、白珠は大人しく金剛の前に立った。隣に立つ瑠璃の様子を窺いつつ、ただただ言葉を待つ。

 金剛はじっと瑠璃だけを見つめ、そして訊ねた。


「楽しめたかしら?」


 深く切り込んだその問いに、白珠は俯いてしまった。だが、瑠璃は表情一つ変えずに金剛を真っすぐ見つめ、答えた。


「ええ。とても」


 握る手に力が籠り、白珠はさらに気恥ずかしさを感じた。金剛はそんな二人を見比べると、目を細めた。


「それは良かった。お前の頑張りは予想以上だったわ。紅玉に先に言われてしまったけれど、もしもお前が望むのならば、その子をもっと深く愛する権利をあげましょう。すでにたくさんの精霊たちに愛でられてしまったけれど、幸いにも、その子はまだ身籠っていないわ。これから先は、お前だけの花にしてやってもいい」

「――え?」


 その言葉に白珠は驚愕した。

 瑠璃が何か言うよりも先に、その手を離れ、金剛の前に跪く。じっと顔を見上げ、下手に出ながらその真意をしばらく探り、そして慎重に訊ねた。


「今の言葉は本当ですか?」


 その膝に縋りつき、答えを求める。


「わたしを瑠璃のためだけの花にしてくださるの?」


 金剛は冷静に頷いた。


「そう言ったでしょう? ただし、瑠璃が望むのならばね」


 そしてその判断を瑠璃に委ねる。

 瑠璃はやや警戒気味に金剛を見つめていた。白珠は不安に思いながら瑠璃を見つめた。


 こちらの望みは一つだ。以前のように、瑠璃にだけ愛されていたい。愛する彼女の為だけに蜜を溜め、彼女を喜ばせるためだけに咲きたい。大勢の命を奪う死の花でなく、愛する人の大切な花でいたいというのが、心からの願いだった。


 望んだ未来が瑠璃の手に委ねられた。彼女とて答えは一つのはず。そう信じてはいたが、戸惑い気味の彼女の様子に、白珠の不安は増していくばかりだった。

 じっと金剛を見つめ続けてから、瑠璃はようやく口を開いた。


「どうしてそんな約束が出来るの?」


 とても鋭い問いかけだった。


「食料確保のためにこの子に負担をかけている。これまではそうだったわよね。あなたと紅玉、そして紅玉の部下たちの食料のため。そう言っていたじゃない。それなのに、この子を私だけの花に出来るなんて約束、本当に守れるの?」


 疑い深いその質問に、金剛は少しだけ笑みを深めた。


「当然、守れるわ。だから、こちらから持ち掛けたの。狩りの事なら心配いらないわ。そちらは胡蜂たちに任せることになった。雷電を中心に傷の浅い者達だけで狩りに行かせたら、とても成果が良かったの。誘惑して一人ずつ殺すよりも効率的ね。情報収集も瑪瑙や紅玉の部下たちで事足りる。蜜薬の材料も同じ。紅玉が時折捕まえてくる花の精霊たちがいる。だからもう、白珠に負担をかけてまでさせることはないの。これが約束できる根拠よ。納得できたかしら?」

「そう……それなら納得したわ」


 瑠璃は静かに頷き、そしてちらりと白珠を見つめた。その頬に手を這わせ、じわりと感触を楽しんでから、瑠璃は改めて金剛に向かって告げた。


「それなら、答えは一つよ。白珠を私だけの花にしたい。私の手で、子を産ませたい。その為にかつての私は頑張ってきたの。あなたに捕まる前まではね」

「知っていたわ。瑪瑙に調べさせていたもの。理想の要塞になり得るこの住まいと、そこに隠された蜜薬の素材にちょうどいい若い月花。そして、弄るのが楽しそうな可愛い玩具。手に入れた時は、まさかこれまでお前が役立つとは思ってもみなかったけれどね」


 妖しく微笑みかけ、金剛はため息交じりに言った。


「お前の望みを叶えましょう。今後、白珠の蜜を吸えるのはお前だけよ。でも、忘れないで。お前自身は私の所有物に変わらない。私が望んだときは、逆らわないで。いいわね?」

「――ええ。もちろん」


 声を震わせ、瑠璃は頷いた。

 そして、すぐに跪くとそのまま白珠を抱きしめた。急な抱擁を受けて、白珠は茫然とした。先ほどまでの冷静さとは打って変わって、瑠璃は嗚咽を漏らしていた。白珠の背中を何度も撫で、小さな声でどうにか呟いた。


「白珠……今日からは私だけの花よ」


 その言葉に、白珠もまた強く応じた。


 金剛が気怠そうに見守る中で、白珠は瑠璃の感触をひたすら味わった。蜜をどれだけ吸われても、飽き足らない大好きな温もり。一度は奪われ、ひょっとしたら永遠に失われるかもしれないとまで恐れた。

 再びこうして抱き合える。もう我慢しなくていい。辛い思いをしてまで他人に蜜を分け与えなくていい。好きなひとだけの花でいていいのだということが、白珠にとってはこの上ない幸福だった。


 夢うつつの感傷に浸る白珠を抱きしめながら、瑠璃は金剛を見上げた。


「金剛、あなたは私に未来を約束してくれた。戦う権利も与えてくれた。それでよく分かった。あなたの気持ちも、私自身の気持ちも。あなた一人では勝てない相手だろうと、これからも私はあなたの集めた仲間たちを勝利に導いて見せるわ」


 そんな瑠璃の姿に、白珠は思い出していた。

 独り立ちしてしばらくの間、白珠にとって瑠璃は世界の全てだった。彼女を愛し、恋焦がれ、嫌われたくない一心でずっと約束を守ってきた。そして、彼女に独占され、守られる花でいることに悦びを感じていたのだ。

 二人まとめて金剛の手に落ちて以来、忘れかけていたその憧れが一気に蘇る。白珠はその感覚を心の中で抱きしめ、そして感じていた。


 金剛が勝てば、夢見た世界は訪れる。瑠璃と共にいつまでも幸せに暮らせるのだと。

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