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26.勝利をこの手に


 敵と味方の入り乱れる大広間を一望しながら、瑠璃は神経をとがらせていた。

 すぐ背後には銀星がいる。金剛を囮に誘い込んだ胡蜂の第一王女とその側近もいる。他はおそらく大多数が広間だ。殺し合いを続ける精霊たちを眺めながら、瑠璃は大きく息を吸って、吐き出すと同時に叫んだ。


「あなた達の姫はここよ!」


 瑠璃の声に、広間にいたほぼすべての胡蜂が反応し、とっさに瑠璃へと視線を向けた。その瞬間を瑠璃は逃さなかった。これまで何度も練習を重ねた幻惑の力を一気に発散し、味方を巻き込むことも躊躇わずに注意を惹きつけた。瑠璃に目を奪われた者たちは、皆、等しく動けなくなってしまった。


 こうなれば、こちらを見なかった者が圧倒的に有利になる。その数は、事前にこのことを聞かされていた紅玉やその部下ばかりだった。一部、胡蜂の中にも瑠璃の幻惑を免れた者がいたようだが、それでも数には敵わない。瑠璃の目の前で次々に胡蜂たちが傷つき倒れていった。

 だが、注意を惹きつけたからといって、完全に動きを止められるというわけではない。この魔法には大きな弱点があるのだ。


「おのれ、胡蝶の分際で!」

「絶対に捕らえろ! 引きずり下ろせ!」


 金剛の蜜薬の効き目が薄れてきたこともあるのか、好戦的なままこちらに向かってくる胡蜂たちも複数いた。

 その脅威を前に、瑠璃はぎりぎりまで耐えなくてはいけない。蜜薬で抑えきれていない本能的な恐怖を感じながら、それでもどうにか味方を信じて、瑠璃はその場を動かなかった。


 幸いなことに、一か八かで瑠璃を捕らえようと動いた胡蜂たちの大半は、死角から襲い掛かる紅玉の部下たちには敵わなかった。蟷螂や蜘蛛、蜥蜴や蜻蛉たちによる一斉攻撃で深手を負わされ次々に倒れていく。そして、それを突破した者の前には、雷電が立ちふさがっていた。

 姉妹であるはずの彼女は、今や紅玉の命令に逆らえない奴隷である。心までは失っていないとは主張するが、それにしては顔色一つ変えずに姉妹たちを貫いていた。


 今のところ、雷電が全てを止めてくれている。だが、全部止めきれるとは限らない。王女を嵌められた胡蜂たちの怒りは激しく、目の前で姉妹が殺されようと意に介さず突き進んできた。


 ――ひとりでも来てしまったらおしまいだ。


 瑠璃は祈りながら耐えていた。


 そんな時、背後で銀星が動いた。その風が瑠璃に伝わり、いよいよ運命の時が迫る。ここで金剛と銀星が敗北すれば、瑠璃もまたただでは済まない。後ろにいる敵は三名。うち、一人は次期女王候補である第一王女。大精霊としての力も受け継いでいると聞いている。

 他二名はともかく、本当に銀星と金剛は王女を仕留められるのか。不安が頭をよぎりながらも、瑠璃は信じるしかなかった。


 勝利であれ、敗北であれ、受け入れるしかない。

 瑠璃が覚悟を決めた時、結果はもたらされた。


「そんな……まさか――」


 苦しそうな呻き声と、倒れる音。

 銀星のものでもなければ、金剛のものでもなかった。


「己、よくも! よくも私の部下たちを!」


 次いで瑠璃の耳に届いた焦りを強めた怒号もまた、金剛と銀星のものではなかった。どちらの功績にせよ、結果は変わらない。瑠璃は少しだけほっとして、広間を見つめ続けた。

 まだ広間の胡蜂たちは諦めていないらしい。せめて瑠璃だけでも止めようと戦っている。紅玉の部下たちも無傷ではない。数名は胡蜂たちのように傷つき倒れ、自由に動ける者の数も減っていた。


 ――それでも、きっと勝てる。


 瑠璃は信じてその場に留まり続けた。

 そして、運命の時は訪れた。


「そん……な……女王陛下おかあさま……」


 悲痛な声が、そのままこの戦いの結果を伝えてきた。


 ――勝利はこちらのものだ。


 広間を睨み続ける瑠璃の横に、背後から音もなく歩み寄って来る者がいた。金剛である。傷一つないその手で小瓶の蓋を開けると、広間を見渡しながらその香りを風に乗せた。

 まだ戦っている胡蜂たちの動きが一斉に止まる。そこへ、金剛は告げた。


「お前たちの姫は敗北し、我が手に落ちた」


 残酷なまでに響くその声に、胡蜂たちの表情が一変した。皆、信じられないという顔をしている。

 瑠璃は彼女らを眺め、そして理解した。金剛がここまで厄介な相手であったのは、胡蜂たちにとって誤算だったのだろう。事前にどれだけの情報を握っていたかはともあれ、少なくとも王女が負けるなんて微塵も信じていなかった。

 だが、現実は違ったのだ。その衝撃に皆が皆、打ち震えていた。


 金剛は冷たい眼差しで広間を一望した。


「お前たちには選択肢をやる」


 色気のある声で嘲笑する。


「祖国を裏切り我が手駒となるか。忠誠を守って我が宴の贄となるか。好きな方を選びなさい」


 そして、躊躇いもなく高台から飛び降り、甘い香りのする風を伴いながら広間に散らばる胡蜂の兵たちの元へと迫っていった。その気迫のせいだろうか。あれほど勇ましかった胡蜂の兵たちの中から、逃亡者が現れだした。飛べる余裕のある者は飛び、地を這うしかない者は地を這って、この要塞をどうにか逃げようとしている。

 だが、逃がしてやれるはずもない。広間で戦っていた紅玉が素早く指示を送り、その部下たちが速やかに出入り口を塞ぎ始めた。


 一瞬にして数名の命が散った。胡蜂がほとんどだが、傷つくのは味方も同じだ。その有様を眺めながら、瑠璃はただ金剛の姿を見守っていた。胡蜂は戦意を失っている者が大半だが、中にはまだ戦おうとしている者もいる。その中の誰かが主人を傷つけないか、とても心配だったのだ。


 そんな瑠璃を背後から抱きしめる者が現れた。


「瑠璃……」


 その声に、瑠璃はびくりと震えた。

 蜜の香りからも分かった。白珠である。


「どうしてここに? 地下にいたんじゃなかったの?」


 やや咎めるように問いただした時、銀星もまたやってきた。


「壁の向こうに隠れていたらしい。怪我はしていないよ」


 落ち着いたその声に瑠璃は振り返り、そしてちらりと勝敗を決した部屋を覗いた。

 瑪瑙が見下ろしている中で、三名の胡蜂が血を流して倒れていた。うち一人は女王候補である第一王女。蒼ざめたその顔には生気が宿っていない。息はか細く残っているが、それも今に消え去るだろう。


「蜂というものは指導者を崇拝している者ばかりなんだ」


 銀星は広間を眺めながら、力なく言った。


「その指導者が殺されれば、世界が終わるかのような絶望感に打ちひしがれる。この隊にとって、姫の存在は絶対だったはず。彼女を失ったとなれば、彼らにはもう未来がない。彼らに出来ることは、せいぜい生き延びてこの惨状を祖国で待っている女王に伝えるくらい。もしくは、万に一つを狙って捨て身で立ち向かうことだ」


 瑠璃は再び広間へと視線を向けた。


 先ほどまで勇ましく戦おうとしていた胡蜂の兵たちは、切り裂かれて命を落としていた。金剛や紅玉に挑む者はめっきり減り、いつの間にか脱出を試みる兵の方が増えていた。

 だが、そちらも上手くいかない。紅玉の部下たちが足止めしている間に、金剛の漂わせた蜜薬の風が襲い掛かる。胡蜂たちの動きはどんどん鈍っていき、ろくな抵抗も出来ずに切り伏せられる者も出始めた。


 しかし、胡蜂たちの数の多さや執念の力は、ついに実った。出入り口の一つ――壁の上部にあった穴を塞いでいた蜻蛉の精霊たちが、空中で胡蜂たちに打ちのめされて地上に落ちてしまったのだ。

 胡蜂たちは追撃も疎かにそのまま穴から脱出する。それに気づいた他の胡蜂たちも一斉にそこを目指しだした。


「逃がすな!」


 紅玉の怒声が響き、他の部下たちが慌てて襲い掛かり、あらゆる得物で攻撃を始めた。その結果、残りの胡蜂の半数が飛ぶ力を失って地上に落ちていった。だが、すでに逃げて行ったものを連れ戻すことは出来なかった。

 紅玉がすぐに外を覗き、そのまま悔やむような表情を見せた。追いかけるには遠すぎたらしい。


「仕方ないわ」


 地上から金剛がそう言って、広間を見渡した。


「それよりも、後片付けといきましょうか」


 怠そうにそう言って、傍に倒れていた胡蜂の傍へとしゃがみこんだ。まだ息がある。そのことを確かめると、金剛は傷の様子を確かめた。蜜薬と傷のせいか、抵抗する様子がない。だが、金剛が体に触れると痛そうに悶えだした。

 それを見て、金剛はすっと短剣を抜き取った。


「息のある胡蜂共の中から傷の治る見込みのある者と、そうでない者を選別なさい」


 近くにいる紅玉の部下たちにそう告げると、金剛は躊躇うことなく手に持っていた短剣を胡蜂の首に突き刺した。その一撃で、胡蜂は命を奪われた。

 周囲で様子を窺っていた他の胡蜂たちが蒼ざめる。そんな中で、金剛はただ一人澄まし顔で立ち上がった。


「紅玉。そろそろ降りてきて。あなたにも選別してもらわないと。手駒に相応しい兵と、そうでないただの食料を見極めましょう」


 慈悲に欠けるその言葉が、様子を眺めていた瑠璃の心に突き刺さる。

 味方であるはずなのに、彼らの姿は非常に怖かった。だが、目を逸らすことが出来ないまま、瑠璃はじっとその顛末を眺め続けた。

 傷ついた敵は金剛と紅玉の部下たちによって次々に選別されていき、ある者は問答無用で刺され、ある者は金剛に引き渡されて蜜薬を飲まされていく。その光景を、瑠璃と共に銀星や白珠もまた無言で眺めていた。


 ――戦いに敗北すれば、私たちがああなってしまう。


 瑠璃はそのことを胸に刻み、振り返った。瑪瑙の見守る中で、胡蜂の姫はひっそりと息を引き取っていた。あれだけの隊を任され、蜜蜂王国を滅ぼしたという胡蜂の戦士。しかし、呆気なく死んでしまった。どんなに血筋がよくとも、力があっても、才があっても、信用されていても、生きるか死ぬかの戦いの中では、状況が少し傾いただけで、命を落としかねないのだ。

 そのことを思い知り、瑠璃は緊張気味に息を吐いた。


 だが同時に、自信もついた。

 恐ろしい胡蜂たちに勝てたのだ。勝利の実感は遅れてやってきた。


「――祖国の仇は取れた」


 瑠璃の隣で銀星が呟く。広間を眺めているが、その目は何処か果てしなく遠くを見つめているようだった。


「……でも、まだだ。まだ復讐は終わっていない。向こうもきっと仇を討ちに来るだろう。蜂の魂が本物ならば、女王自らが指揮を執る可能性だってある。その時が本当の勝負だ。絶対に、私は負けない」


 荒々しく誓う銀星に対して、瑠璃は静かに同意した。


 やや怯えている様子の白珠の手を握りしめ、先程までの戦いを一つ一つ思い出しながら広間を眺めた。残された胡蜂の半数は屍となり、半数は蜜薬を飲まされて動けないまま横たわっている。

 そんな彼らを見て回る者が一人いた。戦いを終えて槍を地面に突き刺した雷電である。血を分けたはずの姉妹たちを眺めて歩いている。無表情だが、その目に光はなかった。瑠璃はその姿を何となく見つめ続けていた。


 間違いなく勝った。勝利の喜びは確かににある。それなのに疲労のせいか、はたまた、雷電の姿から漂う物悲しさのせいなのか、瑠璃の心が晴れることはなかった。

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